ギルド本部からの召集
決闘から数日が経ち、上がっていた伊織への評価、期待度はある程度鎮静化していた。それまでは会う冒険者の中で決闘を見ていた者は、伊織の実力を知っているため酷く畏まってしまうのだ。
いくら伊織でも自分より一回りも二回りも年上の相手から敬語を使われたり、信者のような者まで出てくるのは流石に我慢ならなかったのだが、スクルドが手を回してくれたらしく事態は鎮静化していった。
その伊織はというと、現在ギルド本部からの召集を受け、ガタゴトと揺れる馬車に乗り王都に向かっていた。
「はぁ、マジで酔いそう…」
「言わないでよ伊織。私も、うっ、酔いそうじゃない」
乗り心地は最悪、この馬車に乗って水の入ったコップでも持っていたら瞬時に空になって、辺りがびしゃびしゃになっているだろう。
「いやーっ、すいませんねぇお客さん。なにしろ久々の客なもんで馬車にガタがきててねぇ」
(日頃から点検してろよ)
そんな言葉を綾香と共に心の奥底にしまう。
「てか、ギルドの本部から召集って何なんだろうな。何かやったっけ」
「あれじゃない?決闘でクウに勝ったでしょ?それで格上げとか」
「あー、それかもな」
そんなことを話していると御者のウワッという声と馬の嘶きが響き、馬車が急停止する。
何かと思い伊織と綾香も窓から顔を出す。すると前方には岩が連なって蛇のような形をした魔物が鎌首をこちらに向けていた。見ると一匹の馬が泡を吹いて倒れている。背中の噛み傷から察するに毒でも持っているのか。
「お、お客さん。冒険者なんだろ?あのロックスネイプを何とかしてくれ。じゃなきゃ俺ら全員喰われちまうよ」
御者が血相を変えながら懇願する。まだ王都までたっぷりと距離はある、ここで馬車を失うのは大きな痛手になってしまう。
「しょーがない、酔いざましに相手するか。綾香はどーする?」
「あ…私もやる。気分転換しないとかなりヤバイから…」
既に顔が青ざめているが、綾香もやるようだ。
ロックスネイプはこちらをジッと睨みながら舌をチロチロと出している。出方を探っているらしい。綾香にお先にどうぞ、と手で促し綾香が前にたつ。
綾香がローグスを構え、固有魔力【創造】の詠唱を始める。
「【創造・氷結】!」
これは伊織のフューガルをヒントに作り出した魔法だが、効果は至ってシンプルに対象を凍らせる魔法だ。対象の内包水分を凍らせ、一瞬の内に芯まで凍らせることができる。
だが、全身が岩で出来ているロックスネイプの内包水分では、動きを鈍らせはするが、凍らせるには至らなかったようだ。ここで伊織とバトンタッチする。
フューガルを片手に歩いてロックスネイプの側まで近づく、一見するとただの自殺行為の様だがこれは伊織や綾香のような身体能力を持っているものからすると、余裕の現れである。その証拠に近づいてくる伊織に噛みつこうと顎門を開けるが、敢えて紙一重の距離でかわし、更に歩み寄る。
危機感に駆られたロックスネイプも、逃げ出そうと体を揺するが凍りついた身体は思うように動かず、既にフューガルの間合いに入ってしまっていた。
伊織がフューガルを構え、詠唱を唱える。
「【瞬速】」
次の瞬間には、納刀した伊織と輪切りにされたロックスネイプが転がっていた。
「少しは酔いは覚めたか?」
「まあまあね、まだ若干気持ち悪い…」
「まぁ、すぐ終わったからな」
ハハハッ、と笑いながら馬車に戻る伊織たちに青ざめた表情の御者は、絶対にこの人達の機嫌を損ねないようにしなければと心に誓った。
出発から数日が経ち、漸く伊織達の目的地である王都の外壁が見えてきた。
「はーっ、やっと着くな」
「なんだか凄く長く感じたわね。移動系の魔法創ろうか考えてたわ」
「あ、それ良いじゃん。ワープホールみたいなの作ってさ、行ったことある場所ならどこでも行ける的な」
「いや、それじゃル◯ラじゃない」
和気あいあいと話す伊織と綾香を余所に御者のおじさん、フソーは一人疲れたような顔をしていた。
それもそのはず、二人の反感を買わないがために途中の宿場町で馬車の修理をしたり、割高の宿舎に部屋をとったりで精神的にもお財布的にも疲弊しきっていた。
「それにしても王都ってデケーな。東京とじゃ比較になんねーよ」
「そうね、この距離で全体がまだ見えないって相当よね。外壁なんか万里の長城みたいだし」
綾香の言うとおり、外壁はそのまま持ってきましたってぐらい写真で見た万里の長城そのものだった。
「後10分ぐらいか?思えばこんな長旅したことなかったな。それにしても、野宿と思ってたのに宿舎に泊めてもらったときは驚いたな」
「ね、その間に馬車の車輪まで直してくれてたし、あの岩蛇倒したお礼かしら」
「なんにせよフソーさんには感謝しないとな」
フソーの思惑は功をそうしていたようだ。
「そうだ。これからも何かあったらフソーさんに頼もう」
前言撤回、フソーは引き際を見謝ったようだ。
フソーの心労はこれで終わりではなかった。このあと家に帰ったフソーは、自分の財布の薄さに嘆きながら、生きて帰れた喜びを噛み締めるのだがまた別の話である。




