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神様、俺の日常を返してください  作者: 夜十奏多
side 伊織
16/52

大判狂わせ

レクスが膝から崩れ落ちるのを見届け、伊織は周りを見渡す。


逃げようとしていた群衆達が、今は全員こちらに注目して唖然としていた。その中には砂塵の虎のメンバーや綾香も含まれているのだから、どれ程の事態かは事情を知らないものでも分かるだろう。


「これで終わりでいいんだよな?」

伊織のその一言によって静寂が破られ、ギルドの中庭が興奮の渦に巻き込まれる。



「スゲェ、やりやがったぞあいつ」

「まさかリクがクウに勝つとはな、大した大判狂わせだ」

「俺はあいつが勝つって信じてたよ」

「嘘つけ、お前レクスに賭けてただろうが」

「逆に誰がクウが勝つって予想したよ」

「嘘だろ…?レクスが負けるなんて…」


観衆達の興奮の声はギルドの外にまで届く程、大きくなっていた。


その歓声の中には嫉妬、恨みの声も含まれていたが、伊織の実力を示すものとしての効力は十分だった。


「ガッハッハ、まさかレクスが負けるとはな、面白い奴もいたもんだ」

「レクスの奴、リク如きに遅れをとるとは情けない」

「新しい世代というのは怖いねぇ、そろそろおっさんは世代交代かな?」

「いやいや、王国一の魔法使いがなに言ってんすか…」

砂塵の虎の会話は様々であった。


するとギルドの上階、中庭が一望出来る部屋の窓からパチパチと拍手が聞こえる。全員がそちらを見上げると、伊織に向かい惜しみ無い拍手を送るスクルドの姿があった。


「お、おいあれって…」

「あぁ、砂塵の虎団長のスクルドだ。この決闘を観てたのか…」

観客達がざわめきだす。


「流石だね、良い闘いだったよ。多少予想外ではあったけどね」

スクルドが勝者に向け、誉めの言葉を送る。


一般的な冒険者であればパーティーの団長、しかも砂塵の虎の団長からの誉めの言葉となれば光栄の極みだろう。しかし、相手は数日前にこの世界に来たばかりの伊織であって、その威光は関係ないも同然である。


「そりゃどうも、もうかえっていいのか?」

その言葉を聞き、綾香以外の観客達が別の意味で唖然とする。

「ははっ、君にとってはレクスじゃ格下だったかな?」

「いや、そんなことはないよ。かなり強かった。お陰で学ぶこともできたしね」


「ふむ、君は実に謙虚なんだね。1つ、君に聞きたいことがあるんだがいいかな?」

「なんだ?変なことを聞くようなら帰らせてもらうぞ」



「おい、リクが団長に向かって何て口の聞き方だ!!」

遂に砂塵の虎の大柄な男が我慢の限界らしい、今までの伊織の態度を考えればもっともな反応だが…


「…静まれ、ラース」

スクルドの一言によって抑制される。それでも大柄な男、ラースは更にいい募ろうとする。

「し、しかし団長!こいつの態度、俺には我慢できません」

「私は今、彼と話しているんだ。それを遮るというのであれば、例えラース、君であろうと処罰する」


スクルドは淡々と、しかし威圧を含めラースに語り掛ける。

「し、失礼しました……団長…」

ラースが深々と頭を下げ、下がる。

「それに、恐らく君では伊織君には勝てないよ。まだ実力の全てを出したわけでは無さそうだからね」


やはりこの人は油断ならない。


「それで、話を元に戻そうか。俺に何の質問があるんだ?」

「それはね、伊織君。君を砂塵の虎に迎えたい。パーティーに加入してくれないかな?」

中庭が今度は驚愕に包まれる。リクの冒険者がクウのパーティーに誘われるなど前代未聞だからだ。誰もが加入するだろうと思った矢先、


「断る」


伊織の即答する声が響いた。



「…………………」

暫しの間、中庭が驚愕に次ぐ驚愕に口をポカンと開けたまま伊織に視線を向ける。それはスクルド唯一人を除いてだったが


「それでは仕方ないね。諦めるとしようか」

先に言葉を発したのはスクルドの方だった。

「あぁ、そうしてくれると助かる。メンバーが欲しいなら他を当たってくれ」


まるで伊織が断るのを見越していたかの様にやっぱりかという表情を浮かべるスクルドと、目上の人間相手にも飄々としている伊織の会話に、その場にいる全員がある意味拍子抜けしてしまう。


「ちょっ、ちょっと伊織」

呼び掛けたのは、観客席で見守っていた綾香だった。

「おう綾香、勝ったぞー」


「勝ったぞー、じゃないでしょ。なんで断っちゃったのよ。クウのパーティーに誘われるなんて滅多にないんでしょ?」

観客席から飛び降り、伊織のもとに詰め寄る。


観客席は地面から高さ5メートルはあるのだが、それを軽々と飛び降りる少女にも観客達は度肝を抜かれたが、それに関しては辺りに漂う今更感によってスルーされた。


「あー、いやそれはだな。どうせパーティーを組むなら綾香とが良かったからな」

「な、伊織あんた、にゃ、にゃにを…」

綾香の顔が、火を吹きそうな程に真っ赤に染まり、動揺で呂律も回っていない。


「やっぱ知ってる奴が一緒の方が気が楽だからな、その点お前なら昔から知ってるしな」

「…へ?」

綾香の表情が嬉しそうな顔から気の抜けた顔に切り替わる。


「いやー、知らない奴しかいないなんてやたら気を張りそうだしさ。俺そんなん耐えらんないからさ。ハハハ」

さっきまでの綾香の赤面が別の意味で赤く染まっていく。


「……死ね、バカ!!!」

伊織の左頬に捻りの加わった強烈な右ストレートが打ち据えられる。咄嗟の事にガードも出来ず、1~2メートル程殴り飛ばされる。


「な…なん、で……」

伊織の意識が朦朧としていく。


伊織の最後の記憶は、出入り口のゲートに向かって歩いていく綾香の姿と、スクルドの「やれやれ、だね」という若干の憐れみを含んだ一言だけだった。

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