砂塵の虎、団長
翌日、目が覚めた伊織は綾香の部屋に向かった。
「綾香ー、そろそろ起きろよー」
ガチャッ
「えっ?ちょっ、伊織待っ…」
「へ?」
扉の先には着替え中の綾香の姿があった。羞恥に顔を染める綾香を見て、伊織は硬直してしまった。この状況では悪手だろう。
「い、い、伊織のバカーーーーッ!!」
硬直後の頬に思い切り平手を喰らってしまった。自業自得であるが……
ギルドの食堂では、現代の学食のような形態をとっていた。1つ違うのは、席を並べるのが青春真っ只中の学生達ではなく、筋骨粒々の冒険者達だということだ。
そこに左頬を腫らした伊織と綾香の姿もあった。
「全く、部屋に入るときはノックぐらいしてよね!今日みたいに着替え中の時もあるんだから!」
「はい…すみませんでした」
こんなテンプレ、現実に存在するのか曖昧だったがまさか自分で確めることになるとは……
突然食堂のドアが勢い良く開けられ、若い冒険者の男が1人怒鳴りながら入ってきた。
「おい!お前らの中に昨日シュリウス樹林に行った奴はいるか!いるなら聞きたいことがある、俺についてこい!」
途端に辺りの冒険者がざわつき始める。時折、砂塵の虎の、と聴こえる辺り有名人なのだろう。ここは出ていくべきか否か…
「どうする?綾香」
「うーん、出てった方がいいんじゃない?話って言うのが何かは分からないから」
それで納得し、二人で席を立ち入り口の方に歩き出す。
「なんだ?てめぇらが昨日シュリウス樹林に行った奴等か?」
「あぁ、それで?話ってのはなんだ?」
やたら上から目線でしゃべる冒険者の男に、ついてこいと言われ、綾香と伊織は黙って後をついていく。
「ここだ。中で団長が待ってる」
着いたのは、ギルドの中にある応接室の1つだった。意を決して扉を開ける。
「やぁ、君たちが昨日シュリウス樹林に行っていたという冒険者達だね?」
そこには、上座に座る見た目30代程の如何にも紳士といった感じの男が居た。
「はい、それで失礼ですがお名前を聞いていいでしょうか」
何か不吉なオーラを感じる。この男に逆らってはいけない気がしてならない。
「あぁ、すまないね。私は砂塵の虎というパーティーの団長をしているスクルドと言うものだ。以後お見知りおきを。今度はそちらの事を聞いていいかな?」
とても礼儀正しい自己紹介の筈なのに背筋が凍りつきそうだった。砂塵の虎と言えば、確かこのギルド1の実力を持つクウのパーティーだ。
「俺は相良伊織、隣にいるのは笹倉綾香だ。それで?用件はなんだ?まさか自己紹介だけで済ますわけでは無いでしょう」
「ふむ、君は中々頭が回るようだ。そういう子は好感が持てるよ。なぁに、用件というのは質問したいことがあるだけだよ」
寒気の理由が分かった気がした、この男はとてつもなく強い、その上で俺達を観察しているんだ。まるで虫籠の虫でも眺めているように…
「それで、質問というのは何でしょうか」
「実はね、つい先日からシュリウス樹林で上位のドラゴンであるはずの黒龍が度々目撃されていてね。我々砂塵の虎にもその調査依頼が来たというわけだよ。しかし、いざ昨日出立してみると既に黒龍は討伐されたあとではないか。ということだよ」
黒龍、十中八九昨日のドラゴンの事だろう。
「なるほど、それで昨日シュリウス樹林に行った冒険者の中に目撃者がいるのではないか、という訳ですか」
「あぁ、その通りだ。何か知っていることはないかい?伊織君、綾香さん」
これはどうしたものか。黒龍を倒したのが自分だと言うのは簡単だ。しかし、それで変ないざこざが増えないとも限らない。スクルドの言う通り上位のドラゴンともなれば素材としての価値も高いだろう。それを狙って俺ならともかく、綾香が標的にされる可能性が出てくる。
綾香と顔を見合わせ、答えを告げる。
「いや、知らないな。確かに俺達は昨日シュリウス樹林に行ったが妙な痕跡を見つけて依頼を終えたら直ぐに帰ったからな」
「フッ、そうか。ならすまないな、わざわざ呼び立ててしまって、ではご足労感謝する」
それを聞き、伊織達は扉に向かい歩き出す。
「あぁそれと、これはただの助言なのだが、選択を誤れば一生後悔することになる、全力で選び抜くことだ」
本当に恐い人だ。この短時間で俺の事を見抜いたらしい。あまり関わらない方がいいか……
部屋を出ると、入り口に最初の男が控えていた。「俺はお前等みたいなのが黒龍を倒したとは思っていない。俺等クウのパーティーでもてこずる相手をお前等リク如きが敵うはず無いからだ。団長が気に掛ける程の実力も無いくせにうろちょろしてんじゃねぇよ」
何でこの男はここまで突っ掛かってくるんだろうか。やたら挑発的な言葉ばかり投げつけられるんだが…
「そんな、俺等が砂塵の虎の方々でも苦労する様な相手になんて関わりたくもありませんよ。自分の命が大事ですからね」あえてわざとらしくそう伝える。
「あぁ?なんだてめぇ、喧嘩売ってんのか?いいぜ?リクとクウの差を叩き込んでやるよ」
こんな挑発に引っ掛かるとか、こいつほんとに強いのか?どちらにせよ頭は悪いようだ。
「そんな滅相もない。砂塵の虎のメンバーに喧嘩を売るなんて度胸、俺にはありませんよ」今度はヘラヘラとしながら伝える。
「よーし、それは喧嘩売ってるってことで良いんだろ?良いんだよな?いくらなんでももう頭にきたぜ。決闘だ。中庭に出ろ」
簡単に釣れた。これで冒険者のトップとかこの世界大丈夫なんだろうか。
「分かりました、綾香は少し待っててくれ。ちょっと行ってくる」
先ほどからおどおどと伊織達のやり取りを聞いていた綾香にそう伝え、男についていく。
「おい、聞いたかよ。砂塵の虎のレクスとリクの冒険者が決闘するってよ」
「げっ、マジかよ。あ~あ終わったな、そいつ」
「レクスって確か王国剣術の免許皆伝取ったって奴だろ?何でそんな奴がリクの冒険者なんかと決闘するんだよ」
「それがさ、そいつの方から喧嘩吹っ掛けたらしいぜ?」
「なんだ、ただの馬鹿か。でもレクスの決闘が観れるなら感謝しなきゃな」
「中庭でやるらしいからさ、早く行かねーと席なくなっちまうぞ」
ザワザワ ザワザワ ザワザワ
「ちっ、野次馬が集まってきやがったか。テメー等、見せ物じゃねーぞ!さっさと帰れ!」
「そう硬いこと言うなってレクス、皆お前の決闘見に来てんだぞ?」
客の1人、大柄な男がレクスを囃し立てる。
「お前等も来てたのかよ。たかが決闘1つに何でパーティー全員集まれんだよ。お前等暇かよ」
レクスと同じ砂塵の虎のメンバーのようだ。全員でレクスを煽っている。
「あぁ暇だね、依頼も大体終わらせたしなーんもする事無いって時にちょうど良くお前が決闘するって聞いたからな。良い暇潰し期待してるぜ?」
「んで?俺等に喧嘩売ったって野郎は?まだ準備してんのか?」
「あぁ、何か部屋に剣を置いてたそうだぜ?今それを取りに行ってる」
「えっ?なにそれお前相手に剣で挑もうとしてんの?マジかよ面白すぎだろそいつ」
大柄な男が愉快そうに笑う。主に嘲笑であるが……
「待たせて悪いな。さぁ、やろうぜ」
全員声のした方を振り替えるとフューガルを片手に歩いてくる伊織の姿があった。
「やっと来やがったか」
レクスもそれを見て戦闘態勢に入る。しかし、まだどこか余裕の表情だ。
「ハンデをつけてやろうか?リク相手に本気でやるのは流石に忍びないからな」
「いや、必要ないよ。すぐ終わるから」
「へぇ、やっぱお前調子乗ってんだろ。俺を相手にここまで言うとはな、いいぜ、全力でやってやる」
レクスの額に青筋が浮かび、ようやくレクスの表情から笑みが消える。
「んじゃ、始めるか」
伊織もフューガルを鞘から抜き、上段に構える。
砂塵の虎のメンバーはその剣をみて、一瞬で戦慄した。自分達の使っている物でさえ、王国屈指の最上級大業物だ。それすら霞むほどの剣、一体どこでそれを手に入れた、その事で頭がいっぱいになっていた。




