伊織の本心
それから数十分経っただろうか、直に治まると言われていた頭痛や目の痛みはまだ治まる気配すらない。
「お、おい。どうなってんだ。一向に治まらないじゃんか」
それを聞きクリュウは腕を組み、なるほどと言い少し目を閉じ考えだす。
「フム、やはり人間の肉体では勝手が大分違うようだ。今日はもう終わりにしよう。貴様の精神ももう保たんだろう」
そう言うとクリュウは踵を返し、出てきたときと同じ方向に歩いていく。
「ま、まて。俺はまだやれる。もう少しな気がするんだ!」
伊織は狼狽える。ようやく見えた光が閉ざされようとしているのだから。
「ふっ、貴様には守るべきものがあるんじゃないのか?それをいつまでも放ったらかしていて本当に良いのか?」
ド正論で返された。その言葉は伊織の心を突き刺すのに十分な鋭さを誇っていた。
「貴様は言ったな、守るための力が欲しいと…ならば今ここでもう一度聞こう。貴様が欲しいのは圧倒的な力か?それとも守るべきものか?」
クリュウはさらに伊織に問う。その言葉に伊織は更に心を抉られる。
「お、俺はただ、強い力があれば綾香を守れるって、それで……」
伊織は下を向いてしまう。確かに最初はそんな気持ちであったが、だんだんとただ力が欲しい、そう考えるようになってしまっていたからだ。
「まぁいいだろう。貴様には一つ忠告しておいてやろう。大事なものを見失ってしまうと2度と見つけられないかもしれんぞ」
そういうとクリュウは、再び歩きだし闇の中に消えていった。
気が付くとそこは、先ほどまでいた暗い空間ではなくなっていた。
「あっ、伊織目が覚めたの?大丈夫?なにもされてない?」
まるでお母さんの様なセリフでわたわたとしている。
「あ、あぁ、大丈夫だ。」
内心冷や汗をかきながら答える。さっきまでの修行で精神的にボロボロになっていたからだ、しかし客観的に見れば俺はさっきまで寝ていたんだろう。そんな状態で眠たい何て言えるわけがない、さらに綾香を心配させるだけだろう。
「話してる最中に寝ちゃったからすごく心配したんだよ?それで、クリュウとなに話してたの?」
「いや、ちょっとな、、それより今何時ぐらいなんだ?綾香」
無理やり話をはぐらかす。お前を守るための力を手に入れるために修行をしていた、なんて顔から火の出るような事を言えるほど伊織の心は強くなかった。
「えっと、時計がないから正確な時間は分からないけど…多分9時ぐらいじゃないかな」
そういえばこの世界には時間の概念がない、そんな世界で時間を聞くのが無駄だったか、いやまてよ?そういえば綾香の固有魔法って……
「綾香、もしかしてだけどお前の固有魔法で時間を正確に測ることができるんじゃないか?」
「ふぇ?…わ、私の固有魔法で?」
「あぁ、確かお前の固有魔法って魔法の創造だったよな?時間を測る魔法も創れるんじゃないか?」
「あ、そうか!じゃあちょっとやってみるね?」
「……よし、多分できたよ。これで合ってるのか分かんないけど」
これが成功したらこの能力の有用性が判る。できなくても効果範囲が判る、一石二鳥だ。
「じゃあ一度使ってみてくれ」
「じゃ、いくよ?【創造・時間】」
途端に綾香に光が集まっていく。正確には綾香の左手に収束していく。徐々に光が散っていき、綾香の手の中には、アンティーク調の懐中時計が握られていた。
「これで時間が分かるようになるのか?どう見てもただの懐中時計だけど」
少し不安になり綾香に問う。
「知らないよ、ただ時間が分かるようになる魔法って考えてただけだから」
本人も詳しい事は分からないらしい。とにかく開いてみればどうなるのか気になるところだ。
中を開いても何の変哲もない懐中時計だった。一応今の時刻?に針は指していたが…
「これは一応成功なのか?まぁとにかくお前も今日は疲れただろ、部屋に戻って休んだ方がいいぞ?」
「うん、そだね。じゃあ部屋に戻るけど何かあったら呼んでね?」
綾香が部屋に戻り、ようやく1人になる。
「はぁ、俺ももう一眠りするか……」
伊織も目を閉じ、意識をそっと落とす。




