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後編

しばらくすると、外が騒がしくなった。

音がくぐもっていてわかりにくいが、怒鳴り声や何かが壊れる音がする。

もしかしたら真実の彼氏がやって来たのかもしれない。

今まででかなり体力と精神力が削り取られているが、ここからが本番だ。彼氏さんが勝たないと私も真実もひどい目にあうだろう。

このまま気絶したふりでやり過ごして、機会をみて真実を連れて逃げよう。

鉄の扉が開く音がした。


「真実はどこだ…!」


怒りを含んだ男の声だ。

間違いない、真実の彼氏だ。

早瀬川が私をソファーに下ろした。私はうっすらと目を開いた。

扉の前には恐らく真実の彼氏であろう男が立っている。そして私の寝ているソファーの前には男が二人いる。一人は身長が高くがたいのいい男。もう一人は身長は高いが細い。首には赤いスカーフなのかストールなのかじゃ分からない布を巻いている。

奥には倒れている真実の姿も見える。たぶん気絶しているだけだ。できれば起きて欲しい。真実を背負って逃げる自信はない。


「お前の女ならそこで寝てるぜ。返してほしいなら…分かるよな?」


がたいのいい男がいかにも悪人のように言い放った。

この声は大将だ。それなら細身の男が早瀬川だろう。


「随分となめたまねしてくれるじゃねえか。人質とらなきゃまともに喧嘩もできないのかよ。弱虫くん?」

「黙れ。状況分かってんのか?…おい、早瀬川。女連れて来い」

「はーい」


早瀬川が真実に近づいていく。


どうしよう。これは本当にまずいことになったかもしれない。逃げ出すどころじゃない。

真実が危ない。


思わず声を上げそうになる。その時、早瀬川と目があった。

早瀬川は小さく笑って人差し指を唇に当てた。私が起きているのに彼が驚いている様子はない。

もしかして、今まで起きていたのを分かっていたのかもしれない。私は小さく頷いて、また気絶したふりを続ける。


早瀬川は真実に近づいたが、真実には目もくれず物陰から何かを手に取った。

鉄パイプだ。

何をする気なのかと、ハラハラしながら早瀬川の行動を見るしかできない。


「おい、何してんだ。早く女を…グァ!?」


大将が振り向いた瞬間、早瀬川は鉄パイプを頭に振り下ろした。

鈍い音が響く。


男は倒れて、そのまま動かない。小さなうめき声が聞こえるだけだ。

不気味な沈黙がおりた。

真実の彼氏は顔色を変えずに早瀬川を見ている。早瀬川の顔は見れない。

自分の手が震えているのに気がついた。


「・・・何してんだ、お前」


最初に口を開いたのは真実の彼氏だった。


「いやー、ちょっと気が変わっちゃってねー」

「気が変わった?俺を潰すのをやめたってことか」

「うん。それどころか、仲良くしたくなっちゃったぁ。あははははっ」

「・・・」


何がそんなに面白いのか、早瀬川は声を上げて笑っている。その姿は正常な人間には見えない。


「あ、君の大事な女の子はそこでお寝んねしてるよ。怪我はないから安心してねー」


彼氏さんは無言で真実の元へと行き、軽々と真美を横抱きにする。未だに真実は起きない。これだけしても起きない真実は凄いと思う。

というか、私もいつまで寝ていればいいのだろうか。だけど、起きるタイミングがないのも事実だ。でも今起きたら確実に場違いだ。


「で、望みはなんだ、早瀬川。」

「さっきも言ったでしょー。仲良くしたいんだって。お互いの大切な子のために。」


早瀬川はそう言いながら、私に近づいてくる。冷たいコンクリートの床に、足音が響く。

起きているととっくに知られているはずなのに、思わず目をつぶって気絶したふりをしてしまう。


「あれ、寝ちゃったの?そんなわけないよねー。ほら、起きて」

「…すみません。」


やっぱり無意味だったと思い素直に起き上がる。

早瀬川は私を見てただ笑っている。その視線が怖くて俯いてしまう。

私はこの男が怖い。

草食動物が肉食動物に感じる、本能的な恐怖だ。


「おい」


急に聞こえた男の声に弾かれるようにその方向を見た。

いつの間にか、真実の彼氏が真実を抱えて近くまで来ていた。早瀬川に気を取られてまったく気がつかなかった。


「真実っ」


思わず真実に駆け寄った。

小さな寝息が聞こえる。どうやら眠っているだけの様だった。本当に図太い神経だ。


「お前、真実の言ってた阪田光か。」

「あ、はい。」

「…巻き込んで悪かったな。こい、出るぞ」

「は、はい!」


扉の方へ歩いて行くその人に、これ幸いとついて行こうとした。しかし、後ろから腕を掴まれて進めない。


「だーめ。まだ話は終わってないでしょー。お前もだよ、山咲。」

「ああ?」


ドスの聞いた返事をしながら、立ち止まる。

真実の彼氏は山咲さんと言うのかと、場違いにもそう考えていた。


「そういえば、光って言うんだねー。ひかちゃんでいいかなあ。」

「えっ」

「あ、俺は早瀬川歩。歩って呼んでねー」


早瀬川だけが、場違いな明るい声で私に話しかける。この人は空気を読まないのか、それとも読めないのか。どっちだろう。


「とっとと要件を言え」


痺れを切らした山咲さんが、睨みをきかせる。それに早瀬川が向き合った


「俺が大将を倒した、だから俺が大将。…大将同士、手を組みたいんだよねー。」

「・・・」

「手を組みたいって言っても、俺が大将じゃなくていいよ。大将って柄じゃないしねー。」

「つまりは、お前が俺の下に入るってことでいいんだな」

「別に悪い話じゃないよねえ?」

「俺にとってはな。…お前のメリットは?さっき言っていた『大切な子のため』ってやつか?」

「そう。」


私を置いて二人は会話を続けていく。よく分からないが、口を挟むべきではないことは分かる。

しかし、私がここにいる必要はないと思うので帰らせてほしい。


「だって、お互いの彼氏が敵対してたんじゃ、気まずいでしょー。せっかく友達なんだから。」

「おい」

「は、はいっ」


急に声をかけられたせいで、少し声が裏返ってしまった。


「お前、こいつの女だったのか?」

「え?」

「そうだよー」

「てめーには聞いてねえ。…どうなんだ」


さっきから話がよく分からない。

こいつの女、ってことは私と早瀬川が付き合っているどうかということだろう。そんなことあるはずもない。


「いや、今日が初対面ですけど…」

「だそうだが?」

「あー大丈夫大丈夫。」


何が大丈夫何かは分からないが、何だか嫌な予感がする。


「もう帰っていいよ、山咲。後で連絡するから。」

「ああ。」


短く返事をすると、山咲さんはさっさと出て行ってしまう。後を追おうとするが、やはり早瀬川に阻まれる。


「さあー、二人っきりだね?ひかちゃん」

「あ、あの、早瀬川さん。私、帰らないと。巻き込まれただけで、関係ないんです。」

「そうだねー。巻き込まれただけなんだよねー。」


楽しそうに笑う。歪んだ笑み。


「本当に、運がわるかったね」


何故だが、涙が出そうになった。

恐怖の涙だろうか。それとも、この男の笑みがあまりにも美しかったからだろうか。


「…可哀想に。でも、ごめんね。この想いは止められそうにないんだ。

恋は落ちるもの、なんてよく言ったものだよねー。全く持ってその通り。」

「わ、私は、貴方を…」


好きではない、その言葉は言えなかった。

早瀬川の人差し指が私の唇に当てられたからだ。


「しぃぃぃー」


小さな子供を黙らせるように私の肩に手を置いた。


「大丈夫、きっと君も俺のことを好きになるよ。」



そして


その男はニンマリと笑って、私に手を伸ばした。正面から腕を回して後頭部を撫でる。

背中に冷たさが這い上がる。

自分の呼吸がうるさい。鼓動もいつもよりも何倍も大きく聞こえる。


「・・・」


早瀬川がなにか言った気がする。吐息のようなその声は私には届かない。

しかし、確かに鼓膜が揺れた。耳の中から脳に囁きかける。

その囁きに答えるように、意識はゆっくりと沈んでいった。


お読みいただいてありがとうございました!

一応完結ですけど、番外編を書こうと思っています。

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