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鯉のぼりは風に揺れる

掲載日:2016/05/05

子供の日ということで、鯉のぼりをテーマに親子の愛を書いてみました。


俺はベランダに出て、鯉のぼりを出した。

腕の長さくらいしかない小さい物だったが、息子はこれを喜んだ。


去年なんかは、午前中に出したら昼ご飯も食べずにベランダにしゃがみ込んでずっと眺めていた。

まるで恋でもしているように見とれて、俺が声をかけても全く反応もしないくらいだ。

しつこく息子に話しかけている俺に妻は、

「放っておきなさい。自分の世界に入り込んでいるのよきっと。邪魔してはダメだわ」

と苦笑いで言ってきた。

妻もこの状態の息子にはお手上げなのだ。

だから俺も、それからそっと見守ることにした。



今の時間は午後1時。

去年のことがあったから、今年は昼ご飯を食べてから出した。

流石に昼ご飯を食べないのは健康に悪い。

俺は息子に話しかけた。

「ほら、今年も鯉のぼり出したぞー?」

俺は息子を鯉のぼりの目の前に連れていった。

息子からの返事は無いが、彼は笑顔で鯉のぼりを見ていた。


俺は台所でグラスに水を注いで、そっとそれを息子の隣に置いた。

「脱水症状には気を付けなきゃな」

一言声を掛け、俺も水を飲んだ。

俺は寝室に行き、ベッドに横になった。




「パパ!パパ!すごいね!鯉のぼりかっこいいね!」

息子の声が聞こえる。

「そうだな!お前が選んだんだもんな!」

俺は息子の頭をワシワシと撫でた。

キャッキャッと息子も喜んだ。

「鯉のぼり、ずっとここにいるの?」

息子は俺を大きな目で見上げてきた。

「あー、いや、今日が終わったらしまっちまう」

息子は頬を大きく膨らませた。

「嫌だ!パパいじわる!」

息子の潤んだ目に俺はどう理由をつけようか悩んでしまった。


俺が唸ると、息子は窓の外に出て鯉のぼりの前にしゃがみこんだ。

「おいユウマ、中に...」

「ここにいる!!!」

「外暑いぞ?」

「いいもん!だって、鯉のぼりは今日しかいないんでしょ?今日が『子供の日』だからでしょ?だからここにいる!」

俺は驚いた。

5歳の子供がこんなに知っていたとは。

自分の息子ながら感心してしまった。

もう何も知らない子供じゃない。

「でもあれだぞ?これからお昼なんだぞ?」

「いいよ、夜食べるもん」

息子はこちらも向かずに声だけで答えた。

「いや、昼は昼だぞ?ちゃんと食べなきゃ...」

もう息子は返事をしなくなった。

笑顔で鯉のぼりを見つめている。


「なぁユウマー。中でパパと遊ぼうよー」

やはり返事は帰ってこない。

「あなた」

妻に呼ばれて振り返る。

「放っておきなさい。自分の世界に入り込んでいるのよきっと。邪魔してはダメだわ」

妻は苦笑いしながら言った。

俺は渋々その場を離れた。

「ねえあなた、私夕ご飯のお買い物に行ってくるけれど、ユウマを見ていてもらっていいかしら?」

「あぁ、わかったよ。今日は何?」

「そうね、子供の日だし、ユウマの好きなハンバーグでどうかしら?」

「いいね!!」

俺は親指を立てて見せた。

「うふふ。わかったわ。それじゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

妻は笑って手を振って出ていった。


ベランダを見ると息子は変わらず鯉のぼりを見つめていた。

「ユウマ」

俺は息子の名前を呼ぶ。

「ユウマ」

返事はまた返ってこない。

「なあユウマ」

まるで聞こえていないようだ。

「ユウマ!」

俺は息子に触ろうと手を伸ばす。

「ユウ...!」


手が届かない。すぐ目の前にいるのに、ずっと遠くにいるみたいだ。

いや、届かないんじゃない。触れられないのだ。

息子の肩に手を置いているはずなのにすり抜けていく。

どう頑張っても触れられない。

俺は両手を探るようにバタつかせた。

「ユウマ!ユウマ!」

すると、スッと背中が遠くなる。

もう手は届かない。どんどんどんどん離れていく。

「ユウマ!ユウマーー!!」




はっ!と目が覚めた。

見えるのは見慣れた天井。

窓から入る光はオレンジで、真横から入る光が眩しかった。

目尻からこめかみへ滴が流れ、全身汗だらけだった。

俺は体を起こして台所へ向かった。

グラスに水を注ぎ、1杯飲んだ。

ベランダの方を見ると、息子の横に置いた水は減っていなかった。

「ほら、水はちゃんと飲まなきゃダメだろ?」

俺は息子に話しかける。

「もうそろそろ夕飯の時間だ。今日はお母さんのハンバーグなんだぞ?」

息子は笑顔のまま動かない。

「なあユウマ、もうあれから1年経つんだぜ?信じらんねーよな、まったく...」

俺は溢れそうな涙を堪えて笑顔しか見せない息子を食卓へ連れていった。


「さあ、食べましょうか」

妻は笑って、息子の方を見ながら言った。

「いただきます」

「いただきます」

食卓には三人分の食事が並んでいたが、そのうち一人分はいくら時間が経とうとも無くなることはなかった。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。はあ、美味しかったわ」

妻は食べ終わった食器を片付け始めた。

俺は乾いてきている一人分のご飯を仏壇に持っていった。

「ほら、ハンバーグだぞ」

置いてリビングに戻った。


「何か手伝うか?」

「いいえ、大丈夫よ。あなたは休んでいて」

俺はリビングのソファーに腰掛けた。


少しすると、水道の水の音と共に、妻の鼻をすする音が聞こえた。

俺は胸が締め付けられる思いで暗くなったベランダに出た。

紐を緩めて鯉のぼりを外す。

視界がぼやけて手の中の鯉のぼりが見えなくなった。

瞬きをすると鯉のぼりに雫が落ちた。

俺はその場に崩れてしまった。

「ユウマ...ごめんな...!」





俺の息子は去年の子供の日に死んだ。

ユウマが鯉のぼりを見ていることをいいことに、妻が夕飯の買い物に行っている間昼寝をしてしまった。

起きた時にはベランダには息子の姿はなく、外に転落していた。


何故息子が落ちたのかはわからない。

ただ言えることは、俺が妻に言われた通りユウマを見ていれば、こんな事にはならなかった。

もうどんなに悔やんでもユウマには会えない。


この鯉のぼりは、俺自身への戒めなのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 回想の部分と幻想の部分が入り混じって、 一度読んだだけでは疑問が浮かびましたが、 後半に向かうにつれて伏線を 回収していく様子は見事の一言です。 [気になる点] 言葉の使い方に若干の違和…
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