小野原くん、VRゲームをする・その3
《城塞都市レムナレス》
キャラクターを作ると、古城からいきなり街中へと飛ばされ、町の名前が表示されたが、横文字の名称に弱いシオンに覚えることは出来なかった。
新宿とか池袋でいいだろ……と思いながら、進行していくストーリーを眺め、欠伸をつく。
ゲーム自体は楽しいが、ストーリーはさっぱり頭に入って来ない。ただでさえチュートリアルとキャラメイクだけで二時間もプレイし続けているのだ。一度ヘッドギアとグローブ、足のバンドを外し、トイレに行き、水を飲んだ。
戻って来て、残りのストーリーを眺める。やはりほとんど頭に入って来なかったが、NPCが町の名前を口にしたときだけは、休憩中に用意したノートに書き込んだ。
「じょーさいとし……? ってなんだ? レム……ナレ……ス? ……と」
口にも出して覚えつつ、しっかりメモを取る。
これで忘れても大丈夫だ。
序盤のストーリーが進行していく。とりあえず冒険者ギルドというものに入り、冒険者になれと言われたのでそうした。
「ゲームの中でも、やること一緒だな……」
言われたことをすべて終え、待ち合わせの場所に急いだ。
ゲーム初日だけあって、最初の町である大都市レムナレスは、大勢のゲームプレイヤーでごった返していた。
ゾンビのゲームは、自分以外は全部ゲーム内の存在だったが、笹岡の話によると、このゲームでは、こうして町を歩いているほとんど全員がプレイヤーだという。
「なんか、女のワーキャットとワーラビットが多いなぁ……」
やたらと露出度の高い衣服を着た亜人女性たちとすれ違いながら、ゲームやってる女性って案外多いんだな、と思った。
中央広場というエリアに、大きな噴水がある。そこで待っていると、笹岡が言っていた。ウィンドウを通すと、他人のステータスが表示される。すれ違う人々のプレイヤーネームを見てみたが、笹岡はいなかった。
なんか、眠くなってきた……。
うとうとしていると、背中をぽんと叩かれた。
と言っても、背中ではなく腕にぶるっと振動が走っただけだが、顔を上げるとゲーム内で隣に立っている男が、シオンの肩をぽんぽんと叩いて、よお、というように手を上げている。
銀色の毛並みを持つワーウルフだが、笹岡のようなフルヘッドでは無い。顔は人間で、ふさふさとした耳と尻尾が生えている。
戦士らしいいでたちをした、長身の男だ。
「お前……シオンだよな?」
その声は、笹岡のものだった。
「アンタ、笹岡さん?」
「そーよ」
白い歯を見せ、爽やかに微笑む男を、シオンは見下ろした。
「というか……お前、なんでそれ選んじゃったの」
「え? ダメだったのか?」
「ダメじゃないけどさぁ……」
シオンは自分の姿を見下ろした。笹岡もじっと自分を見つめている。
「牛じゃん」
シオンが選んだ種族は、全身つややかな黒毛で覆われた、屈強なミノタウロスだった。
「牛じゃない。ミノタウロスだ」
「牛だよね……。まあお前がいいならいいけどよ、しかも、ソーサラーで来ちゃったか」
「ダメか?」
「いや、戦士でくるかと思ったからよ。意外だった」
逞しいミノタウロスと化したゲーム内のシオンは、ソーサラーの初期装備である全身を覆うローブを着て、樹木の枝をそのまま加工したような杖を手にしている。
「だって、魔法使ってみたいし」
「へー、お前もそういう可愛いとこあったんだな。魔法使ってみたーいって、幼稚園の女の子のセリフだべそれ」
「う、うるさいな……いいだろ」
「まあね。それはさておき、お前の名前ってこういう漢字だったのなー」
「はあ……」
ウィンドウ越しにシオンのステータス画面を見ているのだろう。
「素朴な疑問だけど、なんでカードとかカタカナなん?」
「だって、オレの字難しいだろ。書くの」
「え? 難しい? 紫苑って字が?」
「字数とか多いし……」
「どこが? 俺のダチウルフに狗屋敷超寿郎って奴がいるんだけど、そいつが言うなら分かるわ。でも、小野原紫苑のどこが難しいの?」
「えっ……」
そう言われると、そうでも無い気がしてきた……。
「たしかに、小学生の頃なら難しいかもしれないけどな」
犬耳を生やした青年が、肩を竦めるしぐさをする。
「シオンくんもう大きいお兄ちゃんなんだからさぁ、いい加減自分のお名前くらい書けるようになろうね?」
「ム、ムカつく……」
優しい口調で小馬鹿にされ、シオンは顔をしかめた。
が、この人にいちいち怒っても仕方が無い。怒らせて喜ぶような人なのだ。
「そういやアンタの名前も、オレ初めて知ったな。狼牙っていうんだ。笹岡狼牙ってなんかかっこいいな」
犬耳青年のステータスを見て言う。
「いや? 俺の名前は笹岡一郎だけど?」
「へ? でも、名前……」
「んなもんゲームで使ってる名前に決まってるでしょーが。顔が思いっきり狼なのにそんな名前付ける親いないって」
「え?」
「それに狼牙ってかっこいいかー? シオンくんが将来自分の子供にどんな名前付けるのかお兄さん不安になっちゃうぜ」
「じゃあ、偽名なのか?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。ゲームで本名をフルネームで入れてるシオンくんのほうが剛毅だっつの」
「え? 本名、ダメなのか?」
「いやいや、ダメじゃないよ。とにかくゲームじゃ普段と違う名前を入れる奴は多いってこと」
「そうなのか……。でも、かっこよくない名前をなんで付けたんだ?」
「そりゃウケるからだよ」
「はあ」
「ゲームで知り合った奴と意気投合して、リアルでも会って呑む約束するじゃん。で、待ち合わせるわけだけど、リアルじゃ初対面だから緊張するじゃん。『狼牙さんってどんな人なのかなー?』って相手はドキドキしながら待ってるわけじゃん。そんで狼牙さん行くじゃん。『狼牙でーす!』って登場したら、『ちょ……! マジで狼じゃん! アバターより本物のが狼じゃん!』って大爆笑ってわけよ。掴みはバッチリ。その後の酒もウマい!」
「はあ……?」
「そもそも顔が狼で本名まで狼牙だったらオレここまで明るく生きてこれてねーわ。シオンくんも本名が猫太郎じゃなくて良かったじゃん。猫太郎だったらスカしても決まんないもんな」
「オレ、そんなにスカしてるのか……?」
笹岡にはよくクールぶってるとか言われるが、あんまり何度も言われると地味に傷つく。
黙ってしまったミノタウロスの肩を、犬耳青年がぽんぽんと叩いた。
「でもお兄さんは君の成長に驚いたよ。正直、お前がバッチリキャラメイクしてくると思わなくてさ、デフォルトキャラのまま歩いてる奴を探しまわってたのよ。まさかちゃんとキャラ作ってくるとはな。思いっきり本名入れちゃうあたりはまったく期待を裏切ってねーけどな。そっかー、ミノタウロスか。そうきたかー。しかもそれ体格一番デカい奴だよな。体でか過ぎる奴は鈍足になるんだけどね。しかも毛色も黒光りしてるのを選んじゃうあたりが……」
「かっこよくないか?」
「はいはい、かっこいいかっこいい。しかも顔にいっぱい傷入れちゃってまあ……」
「強そうだと思って」
「どう考えてもその杖で殴って戦ったほうが強えーだろって感じのソーサラーだね」
「だって魔法、使ってみたいし……」
「そう……ウププ」
笹岡はそれ以上何も言わなかったが、笑いを噛み殺しているような声が聴こえてきた。
大勢のプレイヤーでごった返す噴水前で、笹岡もとい犬耳男の狼牙がきょろきょろと辺りを見回す。
「さてさて、浅羽ちゃんはどこかなー」
なんだか声がいやにうきうきしている。シオンは嫌な顔をした。
「いやー、緊張するわー。息子の彼女に会うお父さんってこんな気持ちかー」
「誰が息子だ。それに彼女じゃないって何度言ったら……」
「はいはいごめんねごめんね。大事な仲間ですよねー。あーどんな子かなー。狼牙兄さんの予想では、ショートカットの元気っ子なんだけどね」
「浅羽は髪長いぞ」
「あ、そう」
「最初、仕事するのに邪魔だから切ればって言おうかと思ったんだけど……」
「言うなよ、そんなことー」
「言ってねーよ。だから、最初はそう思ったんだけどさ、仕事のときはちゃんと短くしてくるから、別にいいかって。女って器用だよな」
「ああ、結んでるってこと?」
「そう。なんで自分の髪の毛結べるんだろ? 見えないのに」
笹岡が自分の額にばしんと手を当てる。
「かぁー! いいねいいね! 女の子がパーティーにいるって!」
「あ、でも、元気は元気だな」
「シオンくんとこは、面白いメンバーが集まっていいなー。オレもう鷲尾の顔見飽きたよ」
「いい人じゃないか、鷲尾さん。キキと交換してほしい」
「キキたんって、リザードマンっ子だっけ?」
「そう」
「鷲尾に聞いたらさー、知ってたよ。有名なんだってな。神奈川の妹尾組の偉いじいさんがすげー孫バカだって話」
「うん……」
「お婿さんにしてもらえば? 玉の輿に乗れるよ」
「誰の?」
「キキたんの」
「ねーよ。……そういう冗談ばっかり言うなら、オレもう寝るぞ」
「ええー! そういう冗談が好きなのに!」
青年がぶりっこポーズを取り、ぷるぷると頭を振る。気持ち悪い。
「オレは嫌いだ。それに、パーティー内恋愛っていいことないんだぞ」
「お? シオンくんにしては知ったような口聞くじゃん」
「それで自殺した人がいるんだよ」
「えっ? マジ?」
「間違えた。死んでなかった。自殺未遂しようとしたんだ」
「間違えちゃダメだよ、それ……」
笹岡が呆れたような声を出す。
紅子は中々待ち合わせ場所に姿を現さなかった。
「浅羽、どうしたんだろう。チュートリアルが難しいから、時間がかかってるのかな」
「あんなん一発クリアだろ」
「いや、そんなはず無い」
「……そういやゲームで使う名前教えてなかったなーって、お兄さん今になって思い出したわ。案外このへんうろうろしてるかもね。でもウシオンくんの名前見たらあっちもすぐに分かってくれるだろ」
と言っていると、聞き覚えのある声が響いた。
「すいませーん、遅れましたー!」
ぶんぶんと手を振り、ドコドコと音を立ててやって来たのは、浅黒い肌に胸板の逞しい男性ケンタウロスだった。
なんだか動きがあまり滑らかで無い気がしたが。
「あ、浅羽なのか?」
「おおう……ケンタできたか」
シオンが言えたことでも無いが、普段の紅子とはあまりに違う姿に戸惑う。
浅黒い肌に長めの髪をオールバックに流している、サーファー風の男だ。上半身はほとんど裸で、馬の下半身にはケンタウロスの若者がよく身に着けている腰巻きスカートを装備し、背中には弓矢を背負っていた。
「小野原くん、ミノタウロスなんだ! 本名だし、びっくりしちゃったよ。でもおかげですぐ見つかってよかった! 私、ゲームで使う名前言ってなかったなーと思って」
筋肉で隆々と盛り上がった胸をそらしたケンタウロスが、声だけは紅子なのでものすごく不気味だった。
「浅羽、どうして男なんだ?」
「問題そっち?」
男性は男性キャラを、女性は女性キャラを使うものだと、シオンは思っていた。
「うん。女の子も可愛いから悩んだんだけど、せっかくゲームの中だし、男の人になって半裸で歩いてみたくって」
「は、半裸?」
紅子ケンタウロスの逞しい胸を、シオンはまじまじと見た。まあ、たしかに女子でこれは出来ない。ワーキャットのシオンがどれほど鍛えても筋骨逞しいミノタウロスにはなれないのと同じだ。
「そういうことなら、分かる」
うん、とシオンは頷いた。
「それに、ちょっとケンタウロスには思い入れあるんだ……昔、亜人カレシって乙女ゲームをやったことがあるんだけど……ほんとは狙ってたキャラがいたんだけどね……結局、最後に告白してくれたのは、ケンタウロスのタクマくんだったの」
「だ、誰……?」
「ほんとは狙ってたキャラってワーキャット?」
「きゃー! やめてください言わないで!」
笹岡の言葉に、逞しいケンタウロス男性が両手をばたつかせ、ドタドタと四本の足を踏み鳴らした。
「あー、なんかちょっとラグいな。ケンタウロスは。ベータテストんときも文句バリバリきてたけど、完全には改善しなかったか」
「あ、そうなんですか。どうりで、ちょっと動き遅くなるときあるなと思ってました」
「こっちから見てもちょっとカクついてる。ま、それでもプレイヤーキャラにケンタを入れようとした製作者の心意気は買いたいとこだな」
「そっかぁ。ケンタウロスじゃないほうがよかったかなぁ」
「ま、難しいゲームじゃないから大丈夫じゃないかな。修正くるだろうし。ケンタ人口は少ないし、いいんじゃない。ベータでも男ケンタ一番少なかったらしいからね。しかもボイスチェンジャー無しとは、想像以上にシオンくんのお友達って感じだね」
「あっ、声って変えられるんですか!」
「別売りの機械があってね。ちょっと機械声っぽくはなるけど」
「へー! そうなんだ!」
「それ欲しいな。オレも声変えたい。もっと強そうなかんじに」
「なんでウシオンくんはそんなに強そうになりたいの?」
「でも分かるよー。いつもの自分と違うふうになりたいよね」
「うん」
こくんと頷くミノタウロスに、ケンタウロスがきゃっきゃとはしゃぐ。
「ケンタのハンターか。えーと、名前はこっこ丸ちゃんね」
「誰だそれ?」
「ステータス見ろよ」
笹岡に促され、紅子のステータスを見ると、プレイヤーネームが『こっこ丸』とあった。
「あっ、自己紹介してなかった! 笹岡さんですよね!」
「あ、はいはい。笹岡でっす。シオンくんの兄貴ぶんでーす!」
「違う」
「はじめまして、浅羽紅子です! 友達はこっこって呼ぶんですけど、このゲームでは男性をやりたかったので、こっこ丸にしました!」
「おーよろしくー、こっこ丸ちゃん」
「あの、ソフトありがとうございました! まだ始めたてだけど、すっごく楽しいです!」
「いやいや、いーのよ。おにーさんも若いこと遊べて楽しいしさ」
「笹岡さんは、ゲームの名前は、狼牙さんって言うんですね! かっこいいですね! ゲームは友達のおうちでしかあまりやったこと無くって、初心者ですが、よろしくお願いします!」
「オケオケ。フレンド登録しよっか。ログイン中はいつでも呼んでくれてオッケーだから」
「あっ、はい!」
「なんだそれ?」
「はいはい。ウシオンくんには後で説明するからねー」
とりあえず三人で町の外に出た。
「ヘルデ平原……と」
地名が出たので、シオンは慌ててメモを取った。
城壁でぐるりと囲まれた町の外も、ここは行楽地かと言わんばかりにプレイヤーとモンスターでごった返していた。
「町の近くにこんなにモンスターいるわけないだろ」
「ゲームだからね。こっこ丸ちゃん、なんかクエスト受注してる?」
「クエスト?」
シオンの質問を笹岡はあっさり無視する。
「あ、はい。町の外のモンスター討伐のクエストをいくつか。ヘルデ平野で出来るのは……あ、これかな。たまごスライムを10体討伐」
「なあ、クエストってなんだ?」
「ウシには今度説明するから。どうせお前ヒマな時間多いだろ。今日はこっこ丸ちゃんのクエストを優先的にこなそうぜ」
「オレ、そんなにヒマってわけじゃないけど……」
「はいはい、ごめんね。ま、今日はお前に説明する時間が惜しいからさ、とりあえずついて来てくんない?」
「分かった」
「ごめんね、小野原くん。付き合ってもらっちゃって」
「いいよ」
「チュートリアルで操作は大体掴んでるよな?」
「ああ。大体分かる」
「ならばよし」
初心者二人の前で、背中に盾を背負った犬耳の銀髪剣士が腕を組んだ。
「偶然だけど、パーティー編成はけっこうバランス取れてるんだよな。オレは盾も装備してるから、敵を引き付けつつ攻撃にも参加する、いわゆる壁役だ。こっこ丸ちゃんは遠距離からの攻撃役」
「はい!」
ケンタウロスが元気に声を上げる。
「そんで、ウシオンくんが……これが一番心配なんだけど、回復役だ」
「心配しなくていいぞ」
「なにその自信」
「説明書見ながらやってるからな」
「お前にとって説明書ってそんなに信頼に足るものなの? ま、ゲームってのはやりながら覚えてくもんだからね。ウシオンくんはとにかく回復がんばって。パーティーの命は君の腕にかかっている」
「分かった。任せてくれ」
「ほんと自信だけすごいわ。こっこ丸ちゃんも、失敗とか気にしなくていいからね」
「はい! がんばります!」
「じゃあ、たまごスライムを10体狩ろう!」
「おー!」
狼牙の声に、紅子が合わせる。シオンだけは気乗りしない様子を見せた。
「なんかそれ弱そうだな。もっとドラゴンとかと戦いたい」
「ねえ、なんでウシはそんなに身の程知らずなの?」
「ダメなのか?」
「小野原くん、このへんドラゴンいないよ」
「さっきいたぞ? 城みたいなとこで」
「チュートリアルのやつ? あれ、前世の記憶だぞ。ストーリー見てないのかよ、お前は」
「あんまり頭に入って来なかった」
「おま……エアルドオンラインのウリは重厚なストーリーだってのに」
「そんなのいいから、戦おうぜ」
「さっきからそう言ってるよね!?」
「ね、小野原くん。まず、たまごスライムのクエストやっていい?」
こっこ丸にやんわり言われ、シオンは頷いた。
「分かった。じゃあ、それを倒そう」
きょろきょろと辺りを見回すと、丸々とした柔らかそうなモンスターがあちこちに転がっていた。
「あれだな!」
とシオンが丸々としたモンスターに近づこうとすると、そこにはすでに他のプレイヤーが群がっていた。
「ストーップ! シオンくん! それは他のパーティーが相手にしてるから邪魔しちゃダメだって!」
「え? そ、そうなのか?」
黒いミノタウロスが慌てて立ち止まる。
「現実の戦闘でもそうでしょ? 人が戦ってるとこ割って入るのは危ないでしょ?」
「でもこれゲームだし。別にいいんじゃないか?」
「ばっかもーん! ゲームだから何してもいいって発想ダメ! ゲームとはいえここは仮想現実! 仮想――しかし現実! 相手の顔は見えなくても、回線の向こうにいるのは心を持ったプレイヤー! すなわちここは一つの社会! 遊びとはいえ礼儀を欠いちゃいかんのだよ!」
「なんかめんどくさいな……」
「ゲームを通じて、シオンくんには人間関係を築くことの大切さを学んでほしいってお兄さんは思ってるのよ。そしてもっと面白いことをやらかしてほしい……」
「やらかす?」
「あ、いや。何でもない。とにかく、先に戦ってるパーティーの邪魔はしちゃいかんよ」
「でも、人が多くて、モンスターどんどん倒されてるぞ」
「そだね。サービス初日だもん」
「モンスターより人のほうが多そうだ。こんなに大勢に報酬払ってたら、ギルド潰れるんじゃないか?」
「いいのいいの、ゲームだから」
「なんだよ。オレにはゲームじゃない現実だって言ったくせに……」
「人間関係とシステムでは問題が違うでしょーが」
「こういうのって、一度死んだモンスターは、また同じ場所に出現するんですよね? どこかのパーティーが倒し終わるまで、順番待ちしたらどうかな?」
辺りを見回していたこっこ丸が、そう提案した。
「そうだねー。そうしよっか」
「変なゲームだな……」
比較的空いている場所を探し、とことことパーティーは町の外を歩いて行く。
「あ、あの人たちに聞いてみよう!」
たまごスライムを倒し終わったばかりのパーティーに、こっこ丸がドコドコとひづめの音を立てて近づいていく。
「すみませーん。ここ、もう空きますか? 私たち、たまごスライム倒したいんですけど、混んでて……」
「うお、ケンタだ」
「びっくりした。ゴツいケンタなのに、声女の子じゃん」
「いいよいいよ、俺らもうここ引き上げるから、使いなよ。しばらくしたら、たまスラが三体リスポーンするから」
あっさり場所を譲ってもらい、こっこ丸が両手を上げて喜ぶ。
「やったぁ! ありがとうございます! 狼牙さーん! 小野原くーん、ここいいってー!」
見た目はチャラ男、声は紅子のケンタウロスが、ぶんぶんと手を振る。
「おおー。女の子がいるとこういうとき便利なー。だからボイスチェンジャー使ってまで女装う輩が増えるんだろーなー」
「女だと有利なのか」
「ま、男プレイヤーの人口がダントツに多いからね。こっこ丸ちゃん見た目は湘南の海を愛してそうなギャル男だけど声可愛いし」
「オレも女のキャラにすれば良かったかな」
「ダメだと思うよ。声可愛くないし」
他のプレイヤーに譲ってもらった狩場で、たまごスライムが再び出現するのを待った。
変なゲームだ、とシオンは改めて思う。
「出てくる場所が分かってるなら、罠を仕掛ければいいのにな。そうやって駆除してるほうがコストもかからないし、こんなにたくさん冒険者を雇うことないのに」
「いい加減にしろよ、ウシ。ゲームだっつの」
「――あ、たまごスライム出ました!」
「よっしゃ!」
狼牙が左手に盾を構え、右手に長剣を持ち、モンスターに接近する。同時にこっこ丸は素早く後退し、弓を構え、矢をつがえた。
シオンも杖を片手に、突進した。
「って、ウシー! 突進すんな! 見た目強そうだけど、弱いから!」
狼牙が叫ぶ。
ミノタウロスの見た目は強そうだが、選んだクラスがソーサラーであるため、防具の防御力が低い。
三体出現したたまごスライムの群れに突っ込み、果敢に殴りかかるも、叩けば割れそうなスライムは意外に頑丈だ。あっという間にシオンは囲まれ、ボコボコにされた。
「あれ? なんかオレ弱いな……」
「ウシ! 下がれ下がれ!」
「小野原くん、攻撃やめて自分を回復して!」
狼牙がモンスターの間に割って入り、こっこ丸が援護してくれるも、すでに遅かった。シオンはたまごスライムにリンチされ、一人死んでいった。
「お、小野原くーん!」
「ウシー!」
二人の声が木霊する中、シオンの目の前が暗くなっていく。
そして、メッセージが現れた。
『! 戦闘不能です。リボーンしますか?』
「あ、うん」
死ぬのはチュートリアルで慣れているので、シオンは素直に従った。そして一人町中に戻され、二人の許へ戻っていくと、そこにたまごスライムの姿は無かった。
「おかえりー、小野原くん」
「あれ? 敵は?」
「二人で倒して、いまリスポーン待ち」
と狼牙が言い、腕組みをしながら告げる。
「ウシオンくん、ちょっとそこ座りなさい」
「どうやるんだ?」
「両膝をぐっと思いきり曲げるんだよ」
こっこ丸に言われた通りにすると、ゲームの中でミノタウロスが正座した。
その前に、ずいと狼牙が仁王立ちする。
「ウシオンくん、戦闘時の君の役割は、なんだっけ?」
「ファイター……」
「それは普段のお前だろーが! このゲームでの話だよ」
「ソーサラー」
「そう。回復を頼むって話だったよね?」
「でもまだ誰も怪我してなかったし」
「その前にお前が死んだんだろーが!」
「あのぐらいのモンスターなら、殴ればすぐ死ぬと思った」
「見た目で判断するな!」
「小野原くん、これゲームだから。小野原くんがいくらミノタウロスでも、ソーサラーだと物理攻撃力がほとんど無いんだよ」
「おかしくないか? オレ、こんなにデカいのに」
「ゲームだから」
「ゲームだから」
二人の声が綺麗に重なった。
「――え? なに? お兄ちゃん。あ……うん」
紅子が急に声を上げた。
「こっこ丸ちゃん、お兄ちゃんいんの?」
「イトコのお兄さん」
尋ねる笹岡に、シオンはそう答えた。
現実世界で透哉と会話しているのだろう。紅子は一人でうむうむと頷いてる。
「あー、そっか。でも、どう言ったらいいの? えー。もう、お兄ちゃんが喋ってよー」
という紅子の言葉の後、しばらくして知っている男性の声がした。
「え、これかぶるの? 美意識に合わないんだけど。この変なグローブも? おいこら、足に変なもん付けるなって。ちょっとこれ、頭重いんだけど。……ああ、こういうゲームなんだ。すごいね」
という言葉の間に、こっこ丸の中の人が入れ替わった。
「透哉さん?」
「ああ、小野原くん、こんばんは」
男性の声になると、ケンタウロスの不気味さがずいぶん薄れた。
彼はワーウルフの剣士に向き直った。
「すみません、うちの紅子が、ちょっとトイレに行きたいと……ここからしばらく僕が代理で失礼します」
「どもども! シオンくんの兄貴ぶんの狼牙です!」
人見知りをしない笹岡が、気安く挨拶をする。
「どうも。浅羽です。……と、いまはこっこ丸か。なんだこの名前。それで、さっきからテレビ画面を横で観てたんですけど、ちょっとアドバイスというか、小野原くんに言いたいことがあってね」
「オレに?」
「そう。それをこっこに伝えてもらおうと思ったら、強制的に変なもの付けさせられてしまった」
「透哉さん、ゲームやったことあるんですか?」
「全然。でも、こっこがバタバタしてるのずっと見てたからなんとなく理解はしたよ。それで、小野原くん」
「はい」
こっこ丸(二号)が、正座しているシオンを見下ろす。
離れた場所では、たまごスライムがリスポーンしていた。
「あ、たまごスライムが」
「ちょっと放っておこう。距離を取っていれば攻撃してこないようだからね」
「こっこ丸兄さん、シオンくんより理解してるじゃん」
たまごスライムがじっと三人の男を見ている。再び突撃したい気持ちを抑え、シオンはこっこ丸の話を聞いた。
「戦いの前に、君の話をしよう」
「オレの?」
「そう。君は、ミノタウロスでありながら、生まれつき体が非常に弱いんだ。つまり、病弱なミノタウロスなんだよ」
「えっ……そうだったのか……」
「そうだったのかよ?」
自分でも知らなかった生い立ちに、驚くシオン。別の意味で驚く狼牙。
「なので、非常に打たれ弱い。だから他のミノタウロス族が戦士の道を選ぶ中、病弱な君は近接武器ではなく杖を手に取ったというわけだ。防御力が低いのは、病のせいだ。いかに弱そうなたまごスライムであろうと、迂闊に近づいてはいけない。君は病に蝕まれたガラスの肉体を持つミノタウロスだからね」
「そういうことだったのか」
「ガラスの脳みそを持つミノタウロスだろ?」
自分のキャラクターのルーツを知ることで、シオンはようやく自分が小さなモンスターに負けた理由に、納得出来た。
「だから、さっきはあんな弱そうなのにやられたんだ」
「納得出来るのがすげーわ」
「これからは魔法を駆使して、後衛で仲間を援護するといい。僕からのアドバイスはこんなところかな。じゃあ、こっこも戻って来たし、代わるよ。がんばってね。……って、どこ行くんだ……はぁ? 夜中におやつ食べたら太るぞ」
という言葉の後、青年声のままのこっこ丸から、こほんと咳払いが聴こえた。
「ごめん、食い意地の張った奴で……ちょっとおやつを取りに行くそうだから、もう少し僕がプレイするよ」
「じゃあ、戦闘やります?」
狼牙が言い、こっこ丸があっさり頷く。
「そうですね。ただ待ってるのも退屈だし、やってみようかな」
「こっこ丸兄さん、こういうゲーム初めてっすか?」
「まったくやったこと無いけど、見てたから大体分かったよ。こっこは思いきり身振りしてたけど、指を動かすだけでもいいんですよね?」
「あ、そうっすね。基本、指の動きだけでイケますよ」
「え? そうなのか?」
シオンもけっこうバタバタしているので、顔を赤らめた。
「でも痒いところ掻きたいときとか、困りますね」
「あー、あるある!」
狼牙がゲラゲラと笑う。
「じゃー、まずオレが攻撃して、敵を引き付けるから。ウシオンくんは今度こそ援護頼むぜ。紙装甲なんだから近づき過ぎんなよ」
「分かった」
「小野原くん、このへんからでも魔法届くよ」
たまごスライムから離れた場所で、透哉が手招きする。
「遠くないですか?」
「大丈夫。他のパーティー見てごらん。ソーサラーはみんな、このぐらいの距離取ってるだろう?」
「あ……ほんとだ」
「こっこ丸兄さん、ほんとにゲーム初めてっすか?」
「テレビゲームは今日初めてですよ。ゲームなんてトランプと麻雀くらいしかしたことないな」
「うーん、やっぱりシオンくんが際立ってヘタクソなのか」
「なんか言ったか?」
「よっしゃー、突撃ィ!」
狼牙の号令と共に、二度目の戦闘を開始する。
今度はきちんと狼牙がスライムを引き付け、中身が透哉に代わったこっこ丸二号が、スムーズな動きで弓を構え、矢を番える。
シオンがぼんやり見ていると、透哉が言った。
「小野原くん、そろそろ狼牙くんを回復してあげて」
「え? でも、元気そうだし」
ゲームのアバターに怪我が反映されないのは当たり前である。
「見た目は元気でも、体力ゲージを見てごらん。三分の一以下になってる。見た目のダメージに惑わされちゃいけない。彼はいま前衛で、身も心も削って戦っているんだよ」
「そ、そっか」
シオンはおたおたと杖を振りかざし、ヒールをかけた。
「あ、すごい。魔法使えた」
「良かったね」
「ナイス! ナイスよ、ウシオンくん!」
狼牙が叫ぶ。ちょっと嬉しかった。
透哉がアドバイスする。
「戦闘中はウィンドウを出しっぱなしにして、回復するタイミングは体力ゲージを参考にするといい」
「あ、はい」
言っている間にも、こっこ丸はバシバシと矢を打ち続けている。
「オレも、弓使いにすれば良かったかな。そっちのほうがかっこいい」
「こういうゲームで回復役だと、最初は物足りないかもしれないね。敵もあんまり強くないみたいし。でも、大事な役割なんじゃないかな?」
ヒールを連発し続けていると、魔力が枯渇することがたびたびあった。
「ウ、ウシオンくん、オレ死にそうなんだけど!?」
「あ、いま魔力無いから」
「ヒール無駄打ちするからだろ!?」
「このゲームって、ゲージでしか体力の減りが分からないんだね。具体的な数値が出ないから、回復のタイミングを間違いやすそうだね。小野原くん、大雑把に説明するけど」
矢を放つ手を止めないまま、こっこ丸が言った。
「いま交戦しているのが、レベル1のたまごスライム三体だ。この三体同時に狼牙くんが攻撃を受けると、体力ゲージが大体五分の一減っている。これは三体同時攻撃に、狼牙くんは四回は耐えられるということだね」
「え? ……あ、はい」
「だが時々、通常よりおおよそ1・5倍近いダメージが入ってるときがある。だから絶対に四回耐えるとは言えない」
「は……はい……そう……ですね……」
「かりにすべての攻撃が1・5倍ダメージになったとしたら、耐えられるのは三回まで。最低三回に一度ヒールをかけてあげれば、狼牙くんが死ぬことはまず無い」
「……あ、はい……わかり……ました……」
「分かってないよね!? 絶対!」
狼牙が叫ぶ。
そうしている間に、三体のたまごスライムをなんとか殲滅した。
リスポーンを待つ間、透哉が改めて説明する。
「たまごスライムからのダメージを1とする。これを三体から一回ずつダメージを喰らうと3になる。この攻撃で五分の一の体力が減る狼牙くんの総体力は、15というわけだ。15割る3で、五回の攻撃で狼牙くんは体力0になる」
「えーと……つまり、四回までは放っておいていい……てこと?」
「ダメだっつの! クリティカルのことも考えろって!」
「ああ、クリティカルっていうんだ。そう、敵の攻撃がクリティカルになると、1ダメージが1・5ダメージになる。敵三体がクリティカルを連発し続けたとして、1・5かける3は4・5ダメージ。4・5かける四回攻撃で18ダメージ。体力15の狼牙くんは死んでしまう。4・5かける3なら13.5だから、三回攻撃なら狼牙くんは死なない。すべてクリティカル攻撃を受けたとしても、三回までは耐えられるわけだ」
「……わ……かった……」
「分かってねえええええ! 小学生の算数うぅぅぅぅっ!」
「うーん。大雑把に説明したつもりで、余計分かりにくくしちゃったかな。ごめんね。どうせその間に、こっちも敵倒すわけだしね」
「いやいやいや、ウシオンくんがおバカなだけっすよ! やーい、バーカ!」
揶揄する笹岡に、シオンは小さな声で反論した。
「……だって……ゲームじゃないか、こんなの……」
現実の耳はぺたんと下がり、ゲームの中のミノタウロスはうな垂れた。またラグが発生しているのか、動きのぎくしゃくしたケンタウロスが近づき、ぽんぽんと肩を叩く。
「そうだね。遊びなんて楽しくやるのが一番だよ。どうせゲームだからほんとに死ぬわけじゃないんだし」
「……はい」
「回復魔法は、狼牙くんを助けたいと思ったときに使うといいよ」
「はい」
透哉に慰められ、シオンは頷きながら、気を取り直した。
再び三体のスライムが現れ、戦いが始まる。
「……ちょっと、オイ! 回復して! ごめんね、シオンくん!」
死んで消えていく狼牙を見ながら、ローブに身を包んだ黒いミノタウロスが呟く。
「……思えば、最初から間違ってたんです。現実でも笹岡さんとは絶対パーティー組みたくないタイプの人だった。そんな人と一緒にゲームを始めたのが、そもそも間違いだったんだ」
「そ、そっか……」
サーファー風ケンタウロスが困ったように頷く。
「ゲームとはいえ、パーティーはちゃんと選ばないといけなかった。それがオレの間違いだった」
「そうかもしれないね。僕もなんか、目と頭が痛くなってきたよ。もしかしてこっこの奴、自分の部屋に戻って寝てるんじゃないかな……チュートリアルのときからずっとウトウトしてたからね。あの子、映画とか最後まで観られないタイプなんだよね。寝ちゃうから」
「ゲームしてたの、透哉さんの部屋なんですか?」
「うん」
「遅くまで付き合ってもらって、ありがとうございました」
黒々としたミノタウロスが深々と頭を下げる。
「構わないよ。僕も童心に返ったようで楽しかった。ゲームなんてまったく興味もわかなかったけど、よく出来てるもんだね。僕の姿じゃないのに、だんだんと半裸でいることが恥ずかしくなってきた。しかも名前がこっこ丸とか。我に返ると死にたいよ」
「でも浅羽や透哉さんとはまたやってみたいです」
「うん。そのうちね。また遊んでくれよ」
「はい。しばらくはこのゲーム、一人でがんばってみようと思います」
「うん。がんばってね」
「なんでだよー! もっと笹岡さんと遊んでよー!」
戻って来た犬耳男が、キキばりにジタバタと手足をばたつかせた。
「もっとシオンくんで遊びたい……シオンくんと遊びたいのにー!」
「アンタとはもう遊ばねーよ!」
【終わり】