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episode 07 ―疑惑―

「ガスガンですか」

「ガスガンよ」


 部室の中で得意げにM700を構えるあいりと、それを眺めるローズマリーの会話である。


 TANAKA M700 Police Cartridge Type、と、いうらしい。ポリスというのはつまり警察のことで、どこかの警察で採用されているレミントンM700に似せて作られたライフル型のガスガンだ。カートリッジタイプというのは、つまりBB弾を詰め込んだカートリッジを鉄砲玉(薬莢、という語彙はあいりにはない)に見立てて装填するスタイルのこと、らしい。

 昨日、ミリタリーショップで仲良くなった女の子に教えてもらった。このM700ももとは彼女の持ち物で、あいりがゲーム内でレミントンM700を使っているといったところ、貸してくれたものだった。ご丁寧に倍率変更が可能なスコープまでついている。


 あのあと、射撃練習場シューティングレンジでその女の子、薄荷ラムに指導してもらいつつ、あいりは射撃の練習をした。ゲームの中のように上手くはいかないもので、最初はなかなか苦戦していたが、徐々に命中率もあがってきて、『なかなか筋がいいじゃないか』と、褒められた。お世辞だとは思うが、少し嬉しい。嬉しいので、大学にも持ってきてしまった。


「見て見てマリー、これねー。中にバネがついてるから、こう、ボルトをゆっくり引いてもね? カートリッジがぴょんって飛び出すのよぴょんって。ほら!」


 あいりはM700の遊底ボルトを引きずり出しながら、嬉しそうに言う。飛び出したカートリッジがコロコロと床に転がる。ローズマリーは感情の浮かばない瞳でそれを眺めながら、小さく頷いた。


「なるほど、ジャムらないんですね」

「ジャム? ジャムだったらアプリコットが好きかなー」


 まぁ、銃器に関するあいりの知識などこんなものだ。


 初陣以来、ガンサバイブ・プラネットでは相変わらずの芋スナっぷりを発揮しているあいりだが、芋は芋なりに使い続けてきた銃器に愛着を持ち始めていた。銃器のことがとんとわからぬあいりだが、レミントンM700というライフルは、なんだかほかの銃に比べて細身だし、一切の遊びがない非常にストイックな外見であるように見えてきたのである。クールでスマートで、可愛い。

 じゃあせっかくだし現実世界でも同じ銃に触ってみたいと思って向かったのが、昨日のミリタリーショップになる。あまりにも高価なガスガンの値段に二の足を踏んでしまったわけだが、そこで知り合った薄荷ラムの好意で、同じものを貸してもらったという運びである。


 結果、あいりはこの借り物のM700をとても気に入っている。自分でも、有名ブランドの新作や煌びやかなアクセサリーなどではなく、こんな無骨で飾りっけのないモデルガンに興味を示すなんて思ってもいなかった。


「やっぱバイト代の半分、洋服じゃなくってコレに回そうかなー……」

「アイリ、今はどこのブティックでバイトを?」

「……い、今はブティックじゃないのよ……」


 ローズマリーの疑問に心をえぐられるような気持ちになって、あいりはぎこちない笑みを浮かべる。自身のこらえ性のなさは、あいりも自覚するところであって、接客業は向いていないとは思っていた。だがそこは、アパレルファッションに対する愛で乗り切れる部分だとは思っていたのだ。

 が、その無自覚な口汚さより問題を起こしてはバイト先を切り替えて、様々なブティックを渡り歩き、現在はお刺身にタンポポを載せる仕事に落ち着いていた。これはこれで、やりがいがある。


「月に10万も稼ぐなら、それを旅行代に回すべきだったかもしれませんね」

「う、うん……。でも、月の新作をひとつも買えないって、ちょっとキビしいわねー……」


 ライフルをぎゅっと抱きしめて、あいりは考える。まぁ、結局はこれも甘えなのかな、と思ってしまう。洋服を買うのも、ガスガンを買うのも、フランス旅行に行くのも、結局は自分が本当にしたいことかというと、そう言い切るのも難しいわけで、それを、


「アイリ」

「うん……」


 いけないなぁ。一度考え始めると、いつもこうだ。


 部室の机からは、服飾デザインに関わるすべての道具が撤去されている。ローズマリーの指示だ。あいりの夢は未来のアパレルデザイナーだが、今の彼女にとってそれは精神的な害悪でしかない、というのがローズマリーの意向だった。夢は時として、身体を蝕む毒になる。

 のんきに芋スナをやっていたり、おもちゃのライフルに夢中になったりするのは、いいことだ。それが気分転換になるのなら。人間とは、同じことをずっとやり続けることに向かない生き物である。


 あいりは正直、このローズマリーの方針には感謝していた。自分が真面目だとは思わないが、一度思い込むといつでも一直線だ。それがたとえマイナス方向であったとしても。これが非常に、よくない。

 今は夢のことは忘れよう。単位のことも忘れよう。M700が可愛ければそれでいいじゃない。モラトリアムって、そういうものだと思うし。


「ちーす」


 あいりが悶々とした気分でいると、部室の扉が開き、茶良畑が講義から戻ってくる。


「お、杜若さん。M700貸してもらったんすねぇ」

「うん。可愛いでしょ?」

「そっすね。おれぇ、エアガンはあんま詳しくないんすけど、あれっすよ。あんまボルトがちゃがちゃやると、バカになるからやめたほうがいいっすよ」

「そうなんだ。気をつけるわ」


 大切な借り物だ。ボルトアクションは癖になるが、ダメにするわけにはいかない。あいりは、スコープを覗きながらぐるりと室内を見渡す。窓ガラスはまだ割られたままで、とりあえず紙を貼ってあった。このまま狙撃兵よろしく地面に這いつくばってポーズを決めたいところだが、服が汚れるのでやめておく。


「午後から、FPS同好会とガンサバイブ・プラネットにて集団戦の練習です。アイリ、ミライヴギアは?」

「あーうん、持ってきてるわよー」


 あいりはカバンの中から、ミライヴギア・エックスのごっついフォルムを取り出す。これとガスガンを学校に持ってくるため、普段使っている可愛らしいバッグではなく、大型のボストンバッグを引っ張り出してこなければならなかった。こちらは、あまり可愛くはないのだが、ファスナーの端っこにハート型のアクセサリーをつけるのが、あいりのせめてもの抵抗だ。


 あいり改めアイリッシュは、最近芋りつつもなんとか自衛する手段は身につけてきている。ま、足を引っ張らない程度の動きでも、チームにとっては重要だ。マイナスからようやくゼロに至る程度の活躍である。

 先日はそれでも敵兵に見つかりそうになって危ない思いをしたが、ブラッディマリーが颯爽と駆けつけ、一瞬で敵を叩きのめしてくれたので事なきを得た。トドメは彼女が譲ってくれたので、アイリッシュはゲームにおける初キルを奪取することに成功した。


 軽亞みるくをはじめとしたFPS同好会のメンバーは、まだあいりが凄腕のプレイヤーであると信じて疑わない。マップを見ればアイリッシュが芋っているのは疑いようもないはずなのだが、『彼女なりの考えがあるに違いない』と、面倒くさい勘違いをしている始末だった。

 実際のところ、凄腕級の活躍をしているのはローズマリー/ブラッディマリーであり、茶良畑/スクリュードライバーも堅実な支援スタイルでチームに貢献している。その2人がアイリッシュに対して敬意をもって接しているという点が、勘違いに拍車をかけていた。


 あいりとしては、いつバレるかと思うと溜まったものではない。同時に、50万円欲しさに彼らを騙しているという後ろめたさがあった。M700を求めたのも、そういった後ろめたさから少しでも逃れるためだ。ゲームの中でのレミントンM700の手触りには慣れてきた。あとはあの銃に、きちんとスナイパーライフルとしての仕事をさせてあげることが大事になる。


「次は、きちんとプレイヤーを狙撃できるようにするわ」

「ワンショットワンキルが原則です。一度撃ったら、だいたい居場所は特定されるものと思ったほうがいいでしょう」

「わかったー」


 サバゲー同好会との決戦の日は徐々に近づきつつある。頑張って50万を手に入れて、フランスに行こう。少し余ったら、タナカのM700をアクセサリーごと揃えても良い。

 あいりは、机の上に並べられたM700とミライヴギアを眺める。なんだか、以前ほどの違和感や焦燥感は薄れつつある。夢からは確かに離れつつあるはずなのに。こんな感覚は以前にもあった気がするが、それがいつのことなのかは思い出せない。


「ひとまず、メシにしねぇっすか。おれぇ、まじベントー作ってきたんっすよぉ」


 茶良畑はバッグから、こじんまりした弁当箱を3つほど取り出す。女の子の腹に収めることを考えた適度なサイズが心憎い。その割に、弁当箱の外見は黒塗りで遊びがなく、媚びた感じもないのが、実に茶良畑らしかった。

 中身も素朴なものだったが、ご飯にゆかりがかかっていたり、栄養が偏らないよう気を使っていたり、地味だが色彩豊かだったり、冷凍食品を一切使っていなかったりで、やはりまぁ、行きすぎない程度の細かな配慮が彼らしい。


「相変わらず妙なところで女子力高いのね……」

ちゃーも淹れるっすよ」


 弁当の中身を取り立てて自慢するでもなく、茶良畑は部屋の片隅に用意した陶磁器のティーセットに手を伸ばす。ローズマリー曰く、このティーセットはウェッジウッドとかいうイギリスのメーカー製で、彼女の実家でも使っていたのと同じものなのだ。ローズマリーも結構、箱入りのお嬢様だったりする。

 ローズマリーの生家は、ミライヴギアや仮想空間技術の開発、商品化に何枚か噛んでいるところだったりするのだが、それが何かゲーム内で有利に働くことがあるかといえば、そうでもない。基本的にローズマリーが家族と称する人間は、どれもこれもフェアであった。ま、この辺は完全に余談だ。


 茶良畑の提案通り、メシにすることにする。あいり達は茶良畑の作った弁当に舌鼓を打った後、持ってきたミライヴギアをオンラインへと接続した。





 どうせ学内なのだから、FPS同好会の部屋に行ってそれからミライヴギアにつなげばいい、という話もあるのだが、ミライヴギアを使って仮想空間にドライブするということは、つまりその場で横になって意識を手放すということと同義である。あいりとローズマリーが並んで寝ている光景は、非常に刺激が強いと遠まわしに言われ、それ以降、FPS同好会の方へお邪魔することはなくなった。まぁ、あいりも口には出さなかったものの、あそこは冬場だというのに炎天下に放置したスイカのような匂いがしてあまり気分が良くなかったから、助かったといえば助かった。


 杜若あいりが究極の芋スナアイリッシュとなるように、軽亞みるくは、ゲーム内では屈強なる強襲兵カルーアとなる。コントローラーを握らせれば、あるいはキーボードを叩かせればほぼ無敵ということだったが、ミライヴギアによって体感ドライブしたゲーム内では、都合も勝手もだいぶ異なるようで、動きには不慣れなところが何点か見られた。


「クソが、なんで武器の交換がこんなめんどくせぇんだよ……」


 たまーに、ぼそっと独りで吐く暴言が、なかなかに厳しい。アイリッシュはウェイティングイルームで今日の武器を物色しながら、不満を漏らすカルーアを横目に見ていた。


「カルーアくん達は、クラシックギアは買わないの?」


 もはやすっかり愛用と化したレミントンM700のほかに、武器を選定する。その傍ら尋ねると、カルーアははっとしたように顔を上げた。


「あー、クラシックギアですか。まぁ、確かにあれ使えたほうが強いんですけど、動作環境厳しいんですよね……」

「ふーん……」


 クラシックギアというのは、バーチャル酔いによってVRゲームがプレイできない人用に開発されたゲームハードで、1年半前に販売されている。キーボードと各種レバー、ボタンなどによってアバターを操作できるが、実物がかなり大掛かりなのは、あいりも知っていた。

 当初の試作機はロボットのコクピットを思わせるものであったと、ローズマリーが教えてくれた。家庭用に流通している現在は相当ダウンサイジングが進んでいるはずなのだが、それでもそう簡単には使えないらしい。


「それにねぇ……。ああいや、これはアイリッシュさん知ってそうだからいいかな……」

「なになに?」

「いや、結局、俺たちが慣れた環境でプレイできても、相手が体感ドライブしていることには変わりないわけで、そのへんだいぶ不利じゃないですか。自分の手足として動かさない分、動きは制限されるし、視覚と聴覚以外の感覚は使えないでしょ」

「あー、そーねー……」


 ナローファンタジー・オンラインをやっていた頃は、一人だけ知人にクラシックギアを使ってログインしていたプレイヤーがいて、その人物はカルーアの言うようなハンデをものともしていなかった。だからついつい忘れてしまいがちだったが、まぁ確かに、おおよそそう言った懸念はある。


「アイリッシュさん、サイドアーム何にするんですか?」

「決めてないわ。いっつも迷うのよねー……」

「FPSとかは、やんないんでしたっけ」

「うん。だからこの辺のは全然詳しくないわ」

「………」


 カルーアが意味ありげな視線をじっとこちらに向けてきたので、アイリッシュは首をかしげる。


「なに?」

「いや……。じゃあ、盾とかどうですか?」

「盾? そんなのあんの?」


 カルーアが武器棚から引っ張り出したのは、機動隊が使うような大型の金属製シールドだ。きちんと覗き穴がついており、前方からの弾を防ぐにはうってつけといったところだろう。が、偵察兵というか、スナイパーにはそこまで必要なものだろうか?


「CoDなんかのタイトルでは、盾は最強の近接武器ですからね。近寄られた際の手段としては安全です。偵察兵だと、結構ポイントは使いますが」

「ふーん……」


 ちらり、と少し離れた場所で銃器を選択しているブラッディマリーや、スクリュードライバーを眺める。本当は彼らに意見を仰ぎたいところではあったが、一応、カルーア達には実力を偽っている手前、あまり彼らの目の前で2人をアテにするような行動はしたくない。


 アイリッシュは、自分なりの吟味を続けた後、その盾を採用してみることにした。構えていない間は背中に表示されるようで、この間も防御能力は有効らしい。臥せて狙撃を行うスナイパーとしてはちょっぴり安心感がある。

 と、言うようなことをブラッディマリーに言えば、『また芋る気ですか』と呆れられてしまいそうだ。そろそろこう、イモムシは卒業したいところなのだが。なかなか、あの銃弾飛び交う戦場に突っ込んでいくのは勇気がいる。


 レミントンM700とシールドをとってしまえば、後はほとんどポイントが残らない。アイリッシュは少し迷ったが、残るポイントをライフとスタミナに振り分けた後、ディスプレイに触れて準備を完了させた。


「整いましたか、アイリッシュ」

「あー、今日はシールド持ってんすねー」


 ブラッディマリーとスクリュードライバーも準備を終えて、そう声をかけてくる。


「うん。スクリューくんは、今日は援護兵なのねー」

「っすよ。がっちり援護するんでー。まー、アイリッシュさんはスナイパーなんで関係ねぇっすけどー」


 仲よさげに談笑を交わす彼ら3人を、カルーアをはじめとしたFPS同好会のメンバー数人がじっと眺めている。


「あのさ、部長」

「わかってる」

「杜若さんって、やっぱり……」

「ああ、わかってる」


 彼らの会話は、アイリッシュ達の耳には届かない。

 ガンサバイブ・プラネット特有の、あまり面白みのないアバター達は、赤髪エルフのスナイパーにじっと視線を向けたまま、浮かび上がった疑惑に対してこのような結論をつけていた。


「アイリッシュさんが素人かどうかは、今日、はっきりさせる」

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