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episode 04 ―芋スナ―

「お待ちしておりました。アイリッシュ」


 そう言って彼女を出迎えてくれたのは、ローズマリーではなくブラッディマリーという女性兵士であった。とはいえ、アバターフィギュアは見覚えのあるものだ。アイリスと同じく、ナローファンタジーオンラインのユーザーであったローズマリーである。ブラッディマリーは、そのアバターであるところのヨザクラにそっくりであった。


 だが、何ゆえにブラッディマリーなどという悪趣味な名前なのか?


「アイリッシュが名前入力を間違えているのを確認いたしましたので」

「あんたまたハッキングしたの?」

「………」


 半眼で睨みつけるアイリッシュに対して、ブラッディマリーは視線を逸らす。しらの切り方は相変わらず下手くそだ。彼女の倫理教育に関して、親御さんにしっかり申しつけておく必要があるだろう。

 さて、ウェイティングルームには、ブラッディマリーの他にもう一人先客がいた。 

 〝Screwdriver〟という名前の掲げられたそのアバターは、白いケロイド状の肌にむくつけき肉体を持った怪物であった。爪は鋭く、ところどころ鱗のように硬質化して見える。全身を迷彩衣装をまとい、厚手のミリタリーベストを着用しているのがちょっと憎たらしかった。耳も尖って見える。


「どもっす、杜若さん」

「あ、やっぱ茶良畑くんなのね」


 地の底から響くような邪悪な声を聞きつつ、アイリッシュは安堵の表情を見せた。まるでこの世の暴力をすべて具現化したような、邪悪なパワーに満ち溢れたアバターフィギュアである。外見は多少ファンタジーと言えるかもしれないが、こんなのはナローファンタジー・オンラインでもお目にかかったことがない。


「そのアバターなんなの?」

「エルヴン・ウォーっつー、タワーディフェンスゲームのアバターっすけどぉ」


 ぽりぽりとケロイド状の禿頭を掻きながら、茶良畑あらためスクリュードライバーは言う。


「かなり最初の頃のタイトルなんすけどぉ、杜若さん知らないんすか?」

「知らない。オンラインゲーム?」

「おれはオフラインでばっかやってました」


 ここでブラッディマリーの補足説明が入る。


 タワーディフェンスというゲームジャンルがどういうものかはさておいて、エルヴン・ウォーは、エルフ族とオーク族の戦争を攻城戦というテーマで描いた作品だ。トールキンの指輪物語よろしく、このゲームにおいてエルフとオークは起源を同じくする種族であり、プレイヤーはゲーム開始時にどちらかの陣営を選び、その陣営に即したアバターを作成できる。茶良畑が作ったスクリュードライバーは、オーク陣営のキャラクターだ。

 ちなみにアイリッシュの原型となるアイリスは、MMORPG〝ナローファンタジー・オンライン〟におけるエルフなので、アイリッシュとスクリュードライバーは、ゲームこそ違えど同族ということになる。


「ま、いいや。よろしくね。スクリュードライバー」

「改めて挨拶すんのも変な感じっすけどぉ。うす」


 スクリュードライバーの巨躯が気だるげな仕草をしつつ、頷いた。


「アイリッシュ、ゲームシステムについての説明は受けましたか?」

「うん。基本的なことは。これから3人で一緒に戦うの?」

「習うより慣れろ、ということで、そうしてみようかと思います」


 ブラッディマリーは、銀色のポニーテールをふわりとなびかせながら、ウェイティングルームの中央に設置された巨大なディスプレイに触れる。直後、大画面には【BloodyMary】【Screwdriver】【Irish】と、3人の名前、および兵科と持ちポイントが表示される。

 兵科は3人とも【ASSAULTアサルト】となっていた。強襲兵だ。ゲームにはまったく詳しくないアイリッシュだが、それでも、3人が3人同じ兵科ではバランスが悪すぎるというのは、わかる。強襲兵というのはつまり戦士ファイターなのだ。前線でバシバシ戦うポジションで、ナロファンでは魔法職に慣れたアイリッシュに向いた兵科ではない。


 いかにも、強襲兵向きっぽそうと言えば、この中では、


 と、アイリッシュがスクリュードライバーを見る。彼はそうした彼女の視線に気づいたのか、一歩前に踏み出し、その無骨というにも過ぎる指先でディスプレイにタッチする。兵科のタブを広げ、彼が選択したのは【MEDICメディック】であった。


「おれ、衛生兵にするんで」

「そのナリで!?」


 思わず突っ込んでしまうアイリッシュだが、スクリュードライバーは少し顔をしかめるだけだ。


「いや、おれぇ、別に銃とか好きくないんでぇ……」

「あたしだってそうよ……」

「それに、けっこう、こういうの好きなんでぇ。大丈夫っすよ。怪我してもすぐ助けてあげるんでぇ」


 衛生兵はその名のとおり、味方プレイヤーの支援に徹した兵科だ。攻撃的なアシストに重点を置いた援護兵とは異なり、主にライフやスタミナの補給を行ったり、特定のフィールド効果、トラップ効果による弱体エフェクトを解除することができる。緊急キット、医療キットといったアイテムの装備必要ポイントが格段に低く、死んだ仲間を一定時間以内に、ペナルティなしで蘇生させるアイテム〝除細動機〟を持てるのは、この衛生兵だけだ。

 面倒見のいい茶良畑にはよく合った兵科かもしれないと思いつつ、やはりこのいかつい外見には似合わないなー、と、思わざるを得ない。


「私が強襲兵になるので、アイリッシュは好きなものを選んでください」


 そう言いながら、ブラッディマリーは既に武器選びを始めている。棚から取り出した短機関銃を両手に構える仕草は、なかなかサマになっていた。


「えーっと、あれよね。前衛の物理職と回復職が揃ったって解釈でいいのよね?」


 あまり豊富とは言えないVRMMOの知識を振り絞って、アイリッシュは尋ねる。


「そうなります。どの兵科を選んでも、問題ないとは思いますが」

「っすねー」


 スクリュードライバーも頷いて、複数の回復用アイテムキットを棚から引っ張り出す。加えて、防弾ジャケットや防弾アーマーなどを着込むので、ただでさえ大きな身体がどんどん膨らんでいった。


 好きなもの、と言われてもなー。

 アイリッシュは兵科のタブをくるくると回しながら、考え込む。何が好きで何か嫌いかもよくわからない状況だ。ナローファンタジー・オンラインでは錬金術師をベースにキャラクタービルドを行った過去がある彼女なので、最前線で戦うマッチョな兵科が好みでないことだけは、確かである。

 とは言っても、後方で華麗に魔法を使い敵を打ち倒すような兵科があるかといえば、そんなことはない。火薬の匂いだけが鼻腔を揺する戦場だ。打ち出すのは魔法ではなく銃弾のみである。


 アイリッシュの乏しいミリタリー知識を総動員指せる中、ふと、彼女の脳裏にはこんな単語がよぎった。


「スナイパー、ってのは、どれ?」


 ぴたり、と、ブラッディマリー、そしてスクリュードライバーの腕が止まる。


「スナイパー、ですか」


 抑揚のない声で、ブラッディマリーが呟いた。


 そう、スナイパーだ。アイリッシュだってゴルゴ13は知っている。超遠距離からライフルを構えて、ターゲットの脳天をパスンと撃ち抜く。クールでスタイリッシュでカッコイイ兵士のことだ。魔法使いとまでは言わないが、あれは、彼女が仮想世界に求める〝戦う自分〟の姿に合致する側面がある。そもそも大前提として戦うことが得意ではないアイリッシュだが、戦うならば、やはりクールにキメたいものなのだ。


 アイリッシュは、割とカタチから入りたがるタイプである。


「それだと偵察兵になります。サブウェポンとしてフルオート機能付きの銃は選べませんが、射程距離の長いライフルを低ポイントで取得できるほか、ギリースーツなどが選択できます」

「ふんふん」


 兵科を【SCOUTスカウト】に合わせる。斥候スカウト。ナロファンでもクラス名として馴染み深い単語だ。


「ギリースーツって?」

「スナイパーなどが身を隠すときに着用するスーツです」


 ブラッディマリーが指さした先には、全身からツタを生やしたような、モッサリとした寝袋が置かれている。いや、寝袋ではないか。彼女の言葉を信じるならば、これがすなわちスーツ、衣装の類であることは確かなのだろう。


 いやしかし、これは……。


「モリゾーとキッコロって、あったわよね……」

「愛知万博っすか。なついっすね。やべぇ」


 スクリュードライバーはチャラ男特有の語彙で相槌を打ちながら、サイドアームとしての拳銃を物色し始める。葉巻かウインナーソーセージを思わせるオークの指ではトリガーが引けるか不安そうだったが、やはり小型の拳銃ではグラフィックが引っかかって指を通せないらしい。最終的には、実用性に薄そうな無骨な回転式拳銃をセレクトしている。アバターがどんなに大きくても、銃の反動は一律なのだから不公平な話だ。


「なんかこんな、カビの生えたムックみたいな格好は、ちょっと……」

「ギリースーツは行動を著しく阻害するようなので、無理に着用する必要はありません」

「あ、そうなんだ」


 ほっとため息をつきつつ、ギリースーツを棚に戻すアイリッシュ。


 武器を選ぼう。どうやらスナイパーライフルらしき武器は、いくつか見られる。が、はっきり言えばアイリッシュにとって、どれも同じように見えた。

 そもそもグリップがあって引き金があって銃口があれば、彼女にとっては全部それはピストルなのだ。リボルバー? オートマチック? なにそれ。運転免許? みたいなことを、平気で口走るのがこのアイリッシュである。そもそも、ライフルは腔綫ライフリングを施してあるからライフルなのだ、という、スナイパーの基礎知識というべきものすら、彼女には欠けている。


 結果、壁にずらりと並ぶライフルの中から、彼女が手にとったのは、レミントンM700。ボルトアクションライフルの金字塔と言われるレミントン社の傑作モデルだが、もはや言うまでもなく、アイリッシュはボルトアクションもレミントン社も知らなかった。

 ただ、スナイパーライフルとしては妥当というか、無難なチョイスであったので、ブラッディマリーも特に口は出さない。射程距離が長いとは言えないが、そもそも長距離射撃に適した銃を持ったところで彼女が使いこなせるはずもないので、些細な欠点だ。300、400メートルを射程内に収められれば十分ではある。


「アイリッシュさん、M700は軽いんでぇ、マズルブレーキとかつけて反動減らしたほうが良いんじゃないっすかねぇ」


 スクリュードライバーは、棚からライフル用にアクセサリーを手渡しながら言う。


「そう? けっこうずっしりしてるわよ?」

「スコープ無しで2.4キロは軽いんすよぉ。反動まじパねぇんで、気をつけてくぁっさいよぉ」


 マズルブレーキやスコープの取り付け方に難儀するアイリッシュに代わり、スクリュードライバーは手馴れた手つきでアクセサリーを取り付け、レミントンM700をいっちょまえのスナイパーライフルに組み立てていく。


「……銃、詳しくないんじゃなかった?」

「好きくないっつったんでぇ。ていうか、これ一般教養っすから」

「そ、そうなんだ……」


 縦に長く、それなりに精悍な狙撃銃の威容も、スクリュードライバーの巨躯が構えればおもちゃみたいなものだ。とにかく彼は身体がでかいので、スコープを覗くのすら一苦労という様子だったが、すぐに頷いて、ライフルをアイリッシュに手渡す。


「エルフがスナイパーというのも、なかなか洒落ていますね」


 自らの装備を整えたブラッディマリーが、棚からアイリッシュ用のサイドアームを見繕いつつ、言った。


「そーねー。エルフっていうと、こう、弓兵みたいなイメージあるもんね」

「ちなみに選択可能武器には弓もあります。正直おすすめはしませんが」


 初めてやるはずのゲームだというのに、妙に詳しいブラッディマリーだ。彼女はどんなに短時間でも、ウェブにおける予習をしっかり済ませてくるタイプなので、こうしたときは非常に頼りになるのである。


「サイドアームには拳銃を。偵察兵には、ナイフなどの白兵戦武器に補正がかかるらしいですが、無視して良いでしょう。大事をとって、アイリッシュはライフポイントを多めに残しておいたほうがいいと思われます」

「あ、うん。そーねー」


 アイリッシュは防弾ベストを着込んでから、ディスプレイの残りポイントを確認する。キッカリ1000。ライフとスタミナに7:3で割り振るとして、だいぶ残したほうだろう。スクリュードライバーも、スタミナを最低限確保しつつ、やや多めのライフポイントを残していたが、ピーキーなのはブラッディマリーである。

 彼女は武器の選択も最低限に止め、防弾ベストやアーマーの類は一切身につけず、1200というやや多めに残されたポイントを、ライフ10、残りすべてスタミナという極端な割り振り方をした。


「あんたそれで大丈夫?」

「当たらなければどうということはありません。スタミナの総量はそのまま行軍速度に直結しますので、重要です」


 また変な攻略wikiでも見たのだろうか。すぐに影響されるのだ。このマリーは。しかも傾向としては極振りを好む。


 かくして、ウェイティングルームに集ったファンタジーな初心者3名は、ようやく戦闘準備を整えた。ブラッディマリーはチーム名を『アイリスブランド』と設定し、3対3のマッチングを希望すると、システムに要望を提出した。


「よーし、初陣ねー」


 アイリッシュは、腕の中にぎゅっとライフルを抱きしめてから、気合を入れた。


「このゲームの戦場がどういったものか慣れるためですので、あまり気負わない方が良いでしょう」


 ブラッディマリーは平坦な声で告げる。

 やがて、対戦相手とのマッチングが完了した。チーム名は〝なし〟。おそらく野良チームか何かなのだろう。すぐさま戦場が決まる。デトロイトの廃墟街。現実に即したバトルフィールドだった。


「とりあえず、高いところに陣取ってパンパン撃ってりゃいいのよね?」

「まぁそれでも構いません。芋ですが」

「最初のガンゲーでやることが芋スナとか、やっぱ杜若さんパねぇ」

「?」


 2人の言っていることが、アイリッシュにはよくわからない。が、2人の意図はともかくとして、『芋』というのが褒め言葉ではないのだろうな、ということだけは漠然と察し、何やら釈然としない気分であった。

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