episode 18 ―vsモヒート(2)―
横合いからの奇襲で、あっという間に一人。カンパリを射殺したブラッディマリーは前方に回り込むと、工兵の放ったRPG-7をかわし、もうもうと立ち上がる煙の中からゆっくりとその姿を現した。その身体にはダメージを負った形跡ひとつない。
反射神経と反応速度の化物だ。モヒートは相手を睨みつけ、思う。足取りひとつとっても、一切の気負いは感じられない。ただ、血の色を思わせる不気味な双眸が、ただ無感動にこちらを貫くのみであった。ただ実直に任務をこなす、戦闘機械のそれである。これが演技であれば大したものだが、素であるとすれば、いささか気味が悪い。
「ま、マリーさん……」
「俺たちを助けたのか……?」
震えた声でつぶやくのは、FPS同好会の残党だ。そう、彼女の横槍のおかげで、仕留めそこねた。ブラッディマリーがどういうつもりであれ、結果的にはそのようになる。
ブラッディマリーはちらりと2人を見ると、MP7を両手に構え、その銃口をこちらへと向けた。
一応敵対勢力である2人に対して無防備に背中を向けることとなるが、まぁ、正しい。FPS同好会、服飾デザイン同好会ともに、残るメンバーは2人ずつ。こちらはカンパリが倒されても4人が健在だ。最終的に敵対するとしても、彼らは共同戦線を張らざるを得ない。
「ウォッカ、引け!」
「了解!」
少し離れた場所にいた衛生兵が、モヒートの指示に従う。直後、ブラッディマリーの右手と左手に携えられたMP7が、交互に弾丸をばら撒いた。モヒートも飛びのき、建物の陰に身を隠す。弾丸の掃射が地面をえぐっていった。
現在、敵の強襲兵は3人。NPC兵が残っていることを考えれば、狭い路地での戦闘は不利だ。アイリッシュに狙われることを覚悟の上で、ある程度広い場所に出るしかない。モヒートはウォッカとともに、路地を走った。やや離れた地点から援護してくれているエールとファジー・ネーブルにも、その旨を通達する。
エールの軽機関銃による援護射撃は、適度に足止めとして機能した。もうすぐ大通りというあたりで、ゴーグルをした兵士が3人、前方に飛び出してくる。NPC兵の標準装備であるAK-47を携えていた。
「どけぇっ!」
モヒートは立ち止まり、M4A1の引き金を引く。毎分900発のフルオート射撃で5.56x45mm弾が無造作にばら蒔かれ、NPC兵の1人を撃ち殺す。サバイバルゲームとは違う、リアリティのある鮮血のエフェクトは、見ていてあまり気分のいいものではなかった。
「相変わらず、軍曹は突撃厨ですね!」
横でサブマシンガンを持ったウォッカがそう叫ぶ。
突撃厨。そんなことを言われたのははじめてだ。いや、アカメに『後先考えずに突撃する癖は直したほうがいい』と言われたのは覚えているのだが。おかげで割と、BB弾による青痣が絶えなかったりする。
ウォッカはNPC兵に対して射撃を行いながら、はっとした顔を作った。
「あ、ああいえ。すいません軍曹」
「いや、別にいいんだ」
そうか。突撃厨か。直したほうが、いいんだろうな。少しばかり恥ずかしい気持ちになって、物陰に隠れる。
NPC兵の思考ルーチンは極めて単純に作られている。2人目を撃破するのも容易かった。最後の1人になった時点で、NPC兵は撤退を試みる。
「追いますか」
「いや、いい」
ウォッカの言葉に対し、ひとまず冷静にそう答えた。
大通りに出る。アイリッシュが狙撃可能な位置で、既に狙いを定めている可能性があった。あまりど真ん中で堂々とはできない。エールとファジー・ネーブルを、近くの建物の中に待機させる。モヒートとウォッカは、背中を建物に預ける形で、しばらく待った。
先ほどの銃撃戦が嘘のように、周囲が静まり返る。ゲームのアバターが生唾を飲み込むようなことはありえないが、それでも、緊張からごくりと喉を鳴らす仕草を、システムは忠実に再現した。じりじりと焼け付くような焦燥があった。
衛生兵であるウォッカの戦闘能力は最低限だ。迫り来る3人の強襲兵を迎撃するのは、基本的に自分とエールの仕事になる。また、遠距離への応対能力があるエールとファジーは、失うわけにはいかない。自分とウォッカだけでは、残った一人のスナイパーに抵抗するのはまず不可能だ。
条件は厳しい。が、やるしかない。
少なくとも今は、彼らは自分を信頼してくれている。一人のプレイヤーとして。それだけで十分だ。
不意に、路地から二人の強襲兵が飛び出してくる。FPS同好会の残党だ。アサルトライフルの銃口がまっすぐにこちらを向いていた。急ぎ、遮蔽物へと隠れる。
「2人だけですか!?」
「そんなはずはないが!」
ブラッディマリーはどこにいる。断続的な銃声とともに、二人の強襲兵が近づいてくるのがわかった。銃声が止むわずかな合間を縫うようにして、モヒートとウォッカは反撃に転じる。ちょうど斜向かいの建物から、エールがにゅっと軽機関銃を覗かせた。
「やらせるかぁっ!」
上空から降り注ぐ弾丸の雨に、敵兵2名は反応が遅れる。掠める銃弾にライフをごっそりと持って行かれながらも、大通りに停車していたジープの影へと退避する。
「ウォッカ、エール、そいつらをジープの陰から出すな!」
「了解!」
『任してください!』
モヒートは、愛銃のピカティニー・レイルにアンダーショットガンを取り付ける。断続的な銃声が続く中、待機するもうひとりの仲間に指示を下した。
「ファジーはあのジープを爆破しろ!」
『了解ィ!』
ファジー・ネーブルのロケットランチャーが2人の隠れたジープに向けられる。モヒートは大きく息を吸い込むと、M4カービンを抱え込んだまま飛び交う火線の中に身体を踊らせた。
「あっ、軍曹! また!」
ウォッカの心配するような怒るような声が届く。成形炸薬弾がジープに着弾し、大規模なダメージ判定を持つ爆風と破片が撒き散らされる。が、それによって仕留められたというシステムメッセージは、流れなかった。爆煙の中に人影が浮かび上がる。
「………ッ!」
それを認めるや否や、モヒートはM4A1の、正確にはそのピカティニー・レイルに取り付けられたM26 MASSアンダーバレルショットガンを発射する。打ち出された散弾は放射状に広がり、広範囲に面状のダメージ判定をもたらした。射撃ゆえに確かな手応えというものは存在しないが、重い反動にやや遅れるようにして、煙の向こうで鮮血のエフェクトが大きく渋くのが見えた。
―――【Mirin】が【MOJITO】にキルされました。
仕留めた! まずはひとり!
『軍曹、上です!』
チーム内回線を通してエールの警告が走る。モヒートが顔をあげる。
まだ完全に消えていない爆風に紛れるようにして、一人の女性兵士が迫ってくるところだった。手足を放り出したように悠然とした姿勢は、その身体が落下の最中にあることを感じさせない。ふわりと浮かんでいるようですらあった。
『このやろおおおおおッ!』
怒号とともに、エールの軽機関銃が弾丸を撒き散らした。しかしその一発すらも、ブラッディマリーを掠めることはない。いよいよ爆煙が晴れた中、明確にその姿を見せた戦闘機械は、両手に携えたH&K MP7の銃口を、モヒートへと向けた。
いざ迎撃せんと、モヒートはアンダーショットガンの遊底に手をかける。この距離ならばショットガンの方が確実だ、と、そう思ったのが、かえって命取りであった。
ボルトアクションにかかるほんのわずかな隙を縫うようにして、空から弾丸が降り注ぐ。モヒートの小柄な体躯がわずかに幸いし、致命打を免れるものの、無視できない量のライフが、ごっそり持っていかれるのがわかった。
ブラッディマリーは着地とともに左手のMP7をモヒートの額につきつける。やられる、と思った瞬間、ブラッディマリーは何かに気づいたように跳ねた。エールの放った掃射が、モヒートの足元をかすめていく。ほんの数瞬前まで、ブラッディマリーが立っていたところだった。
なんなんだ。あの反応は。
跳躍したブラッディマリーは、左の銃を収めると片手でモルタルの壁に張り付き、顔をのぞかせていたエールに向けてMP7の引き金を引いた。エールは慌てて建物の中に姿を隠す。
そのまま壁を蹴っての三角飛び。ブラッディマリーは空中に無防備な身体を晒した。
「真下がガラ空きだぞ!」
モヒートは声をあげてM4A1の銃口をあげる、が。ちょうどブラッディマリーの身体は、その時まさに太陽を背に跳んでいた。仮想世界の中に作り上げられた陽の光は、現実世界のそれさながらに網膜を焼く。
わずかに目を細めた瞬間、ブラッディマリーは着地し、左のMP7をモヒートへと向けた。
「くっ、このぉっ!」
遊底を押し込み再装填を完了させ、引き金を引く。が、ブラッディマリーは広範囲に撒き散らされた散弾の効果範囲を熟知しているかのように回り込みながら、MP7の弾丸をバラ撒いてきた。
「軍曹、下がって!」
ウォッカが叫びながら、サブマシンガンを構えてこちらに駆け寄ってくる。ジープの残骸から、残ったもうひとりのFPS同好会部員が飛び出してくるが、こちらはエールの援護射撃により足止めされていた。
ブラッディマリーとモヒートは、極めて近い距離で相対した。もう一度アンダーショットガンのリロードを行う余裕はない。改めてM4A1の引き金に指をかけんとする。が、やはりブラッディマリーの方が素早かった。MP7から弾丸が吐き出される寸前、なんとか横跳びに避けて、わずかに延命する。ブラッディマリーは視線だけでそれを追い、再度、マシンピストルの照準をモヒートに向ける。撃たれる、と思った。
かちり、と、虚しい音がした。弾切れだ。ブラッディマリーは、それまでの神がかり的な動きにそぐわない、致命的な隙を晒す。
「今だぁっ!」
ウォッカがサブマシンガンの弾丸をばら撒きながら突撃する。だが、ブラッディマリーは慌てなかった。エールの援護射撃を切り抜けるようにして飛び出してきた、最後のFPS同好会部員の袖を引っつかむ。
「えっ、うわああっ!?」
ウォッカがばら撒いた弾丸を一身に受けたのは、ブラッディマリーではなくその男のほうである。盾にされた彼は、何が起きたのかもわからぬまま、全身から鮮血のエフェクトをはしらせた。
―――【Cidre】が【Vodka】にキルされました。
味気ないシステムメッセージが、わかりきった顛末を簡潔に告げる。ブラッディマリーはマガジンの交換を完了させ、呆気に取られたままのウォッカに向けて、アバターの亡骸を突き飛ばした。
「うぉっ……」
死体を振り払おうとする寸前に、アバターはゆっくりと透明化して消えていく。ちょうど判定部位の消滅に合わせるようにして、ぱすん、という乾いた銃声が、静まり返った広場に響き渡った。
―――【Vodka】が【BloodyMary】にヘッドショットキルされました。
ウォッカが間抜けな顔をしたまま、頭部をはじけさせる。彼の身体がゆっくりと地面に落ちて、そのまま消滅した。
セミオート射撃による的確なヘッドショット。クロスレンジという状況を鑑みても、あまりにも見事なエイムである。
弾切れという致命的な状況からの、あっさりとした逆転劇。モヒートは全身が総毛立つ勢いだ。いや、あるいは、あの弾切れすらも、迂闊な敵の突撃を誘発するための、布石のひとつであったのかもしれない。
ブラッディマリーは最初から、4対4を仕掛けるつもりなどなかったのだ。彼女には、たった一人でこちらの4人を相手取るだけのプレイヤースキルがある。まさに怪物であった。
今更、負けられるものか。
モヒートは体勢を立て直しつつ、路地へと逃げ込んだ。もはや賞品などどうでもいい。ただ、この勝負、絶対に負けるわけにはいかないのだ。
『軍曹、大丈夫ですか!』
通信回路越しに、エールの声が届いた。
「私は無事だが、見ての通りウォッカがやられた!」
『仇を打ちましょう、軍曹』
「ああ。もちろんだ」
ファジーの言葉にも、しっかりと頷く。
走りながら、M4A1のマガジンを交換する。微かな高揚感が、モヒートにはあった。勝負の最中、全身がかっと熱くなるような、頭が急激に冷えていくような、ちぐはぐな感覚だ。それ自体は決して、心地の悪いものではない。
久しく忘れていた、人間関係のしがらみなど一切忘れて、勝負に熱中したいと思う気持ちだ。この瞬間ばかりは、赤城瞳の存在も、杜若あいりの存在も、何ひとつとして関係がなかった。ただ、一介のプレイヤーとして、今目の前に立ちはだかるあの怪物を、撃破したいという気持ちがある。
銃でひたすらドンパチやりあうこのゲームの、なんと楽しいことだろうか。
とても、女の子の思うようなことではない。モヒートは口元を釣り上げた。
「体勢を立て直すぞ。カキツバタのことを考えれば、なんとしてもファジーは残しておかないといけない」
ゲームシステム上、スナイパーに対する有用なカウンターとなり得るのが工兵の装備するロケットランチャーだ。市街戦ともなれば尚更である。無論、1対1となってしまえば、スナイパーであるアイリッシュが有利であるのは変わらないので、ファジー・ネーブルのほかにもうひとり、残しておかねばならない。
もうひとりというのは、エールか、自分だ。両方である必要はない。
ファジーが殺されるか、あるいはファジーを残して2人が殺されるかすれば、こちらの負けだ。
先ほど交戦したばかりの路地へと戻る。エールとファジーが、それぞれの得物を携えてこちらに追いついてきた。2人をそれぞれ後ろの方に退避させ、モヒートは前に出る。この路地ならば、スナイパーの横槍が入る可能性は薄い。
アンダーバレルショットガンのリロードを済ませておき、路地の角でじっと待機する。出会い頭に散弾をぶちまけることができれば、それが一番効果的だ。が、あのブラッディマリーが、安々とそれに引っかかってくれるとも思えない。最悪、相討ちは覚悟する必要がある。
路地の構造からして、ブラッディマリーが出てくるとすればこちら側からのはずだが。
そう思っていた直後、後方からフルオートで弾丸をばら撒く音が聞こえた。銃声に紛れて聞こえる悲鳴にモヒートはハッと顔をあげる。まさか、と思う。
「軍曹!」
ファジーの呼ぶ声が聞こえ、モヒートは走る。ここであの2人を失うわけにはいかないのだ。
見れば、背後の2人に奇襲をかけてきたのは、ブラッディマリーではなかった。最後の残されたNPC兵。失念していた。自身の詰めの甘さに歯噛みしそうになりつつも、モヒートはM4A1の銃口を敵兵に向ける。が、このまま引き金を引けば、誤射の可能性があった。
NPC兵のAK-47にライフポイントを削られながらも、ファジーとエールはなんとか反撃に転ずる。サイドアームとして携えていていたハンドガンで、NPC兵を撃ち殺した。ぱん、ぱん、という軽い発砲音とともに、NPC兵が路地に倒れた。
「2人とも、無事か!」
「なんとかね、生きてますよ」
エールが苦笑いを浮かべて、言う。モヒートは小さく安堵のため息をついた。
「でもだいぶライフを削られました」
「私もだ。先にウォッカを落とされたのが響くな……」
もちろん、衛生兵がいないという状況は敵も同じだ。だが、ブラッディマリーは縦横無尽に動き回り、弾丸をかすらせもしていない。異様なまでのスタミナ特化振りであることがわかる。反面、ライフは少ないはずだ。防弾ベストの類も身につけていない。
当てれば倒せるはずだ。当てることができれば。
そのための路地だ。ブラッディマリーの派手な動きを封じるための。
不意に、かつん、という足音が、路地に大きく反響した。顔を向けると、両手にMP7を握ったブラッディマリーが、白い髪をたなびかせながらゆっくりと歩いてくる。来た、とモヒートは思った。背後で、エールとファジー・ネーブルも身をこわばらせているのがわかる。
逃げ場がないのは、こちらも同じだ。だが、決して条件で劣っているわけではない。
「援護を頼む」
モヒートは後ろの2人に、小さく言った。エール達は小さく頷き、ドラム缶の陰に身を隠した。
「決着をつけましょう」
ブラッディマリーが、初めて発した言葉がそれである。現実世界の野々ローズマリーと同じ、一切の感情を感じさせない、淡々とした声音であった。モヒートはM4A1を抱えたまま、ゆっくりと歩く。
杜若あいりがこのゲームに参加する旨を伝えに来たのも、思えば彼女であった。別に個人的な恨みがあるわけではない。が、やはり彼女は、薄荷ラムと杜若あいりの間に設えられた、壁であるように感じられた。彼女を倒さねば、アイリッシュには会えない。
よしんば会ったところで、言葉を交わすことができるかどうかは、怪しい。スナイパーと強襲兵を隔てる壁は、下手をすればそれ以上のものであるからだ。
だがそれでも、ブラッディマリーを倒し、敵となったアイリッシュと火線を交えねばならぬと、モヒートは思っていた。時間が経てば経つほどに、彼女に言いたいことがかさんで行く。今もだ。それは決して、美辞にまみれた友情の麗句ばかりではなかったが、とにかく、言いたいことがあった。
決着をつける。あらゆるものにだ。
「………」
ブラッディマリーは両手のMP7を構え、勢いよく駆け出した。モヒートは、エールの援護射撃を受けながら、M4カービンを構えて遊撃にうつる。狭い路地の中、逃げ場をかき消すように掃射される弾丸を、ブラッディマリーは壁蹴りなどを駆使して回避していく。
このゲームにおけるMP7の欠点は、発射速度に比してマガジンの装弾数が決して多くはないことだ。弾丸は総じて5秒も持たない。両手に構えたMP7を交互に撃つため、弾切れまではおよそ10秒。だが、それよりも早く、こちらを取りに来るのは明白だった。
モヒートはM4A1の引き金を絞り、ブラッディマリーの足を止めていく。赤い目をした死神が、至近距離まで迫った時、不意にカチリという軽い音がして、M4カービンのフルオート射撃が止まった。弾切れだ。
すぐ目前にまで、ブラッディマリーは迫ってきている。
彼女は勝ち誇った表情をするでもなく、ただ機械的に、マシンピストルを握る両腕を突き出していた。モヒートはその瞬間、愛銃をかなぐり捨てて、小柄な身体を活かし、その懐へと滑り込む。腰のホルスターから引き抜いたベレッタm92を、ブラッディマリーの胸元へと突き付ける。
殺った!
モヒートが引き金に指をかける刹那、ブラッディマリーは目を見開き、初めて、感情のこもった言葉を口にする。
「私の、勝ちです!!」
モヒートがその言葉を理解するよりも早く、ベレッタm92の銃口から、9x19mmパラベラム弾が飛び出した。弾丸はブラッディマリーの胸元を穿ち、弾丸の運動エネルギーが、ゲーム内アバターにも丁寧に設定された肉や骨などのグラフィックを粉砕しつつ、背中から飛び出していく。
MP7の銃口が、モヒートの肩ごしに後ろへと向けられる。援護射撃のためにちょうど顔を出していたエールとファジーに向けて、たっぷり1秒間、4.6x30mm弾が雨あられのごとく降り注いだ。
―――【BloodyMary】が【MOJITO】にキルされました。
―――【ALE】が【BloodyMary】にキルされました。
―――【FuzzyNavel】が【BloodyMary】にキルされました。
流れてきたシステムメッセージを前に、アイリッシュは足を止める。マップの上から、ブラッディマリーの反応が消えるのがわかった。
スクリュードライバーは死んだ。ブラッディマリーも死んだ。残されたのは自分だけだ。それだけではない。システムメッセージのログを漁るまでもなく、フィールドに残されたプレイヤーの残り人数は、正確に表示される。
FPS同好会、0人。
サバイバルゲーム同好会、1人。
服飾デザイン同好会、1人。
この広すぎる戦場には、もう自分を含め、たった2人しか残されていない。それが意味することはわかっている。勝利を手にするために、アイリッシュは、彼女に向けて、引き金を引かねばならないということだ。
ブラッディマリーの反応が消えた路地まで、残り数百メートルもない。アイリッシュは、レミントンM700を、改めてぎゅっと抱え込んだ。




