episode 16 ―vsカルーア―
アイリッシュがレッドアイを仕留める、少し前の話である。
最初の戦闘は、市街地の中心を走る大通りではなく、やや狭い裏路地発生していた。服飾デザイン同好会、FPS同好会、サバイバルゲーム同好会の3者が、ばったりと出くわす。おおよそ、意外に思われる展開ではなかった。
大きく開けメインストリートは戦いやすいが、スナイパーにとって絶好の餌食となる。ゲームに参加している2名のスナイパーが健在である以上、不用意にあちらへ姿を晒すのは得策ではない。結果として、この狭い路地において三つ巴の戦闘が開始される。
工兵であるスクリュードライバーは、あらかじめこの周囲にクレイモア地雷を設置している。そのため、ブラッディマリーとスクリュードライバーは、積極的な攻めの姿勢を見せなかった。
ブラッディマリーは、壁に身を隠してから、両手に構えたMP7のマガジンを再装填する。空の弾倉がかしゃん、という音を立てて床を跳ねた。
すたたたたたたん。すたたたたたたたたん。
壁の向こうから断続的な銃声と共に、フルオートで吐き出される。
これだけ弾丸の飛び交う戦場でありながら、まだ死者は一人も出ていない。デスマッチルールゆえに、いずれの陣営も慎重になっているようだった。結果として、スクリュードライバーの設置した地雷原にも、まだ誰一人として足を踏み入れてきていない。
客観的に見る限り、サバイバルゲーム同好会の方は足並みが揃っていない。練度はそれなりに良いはずだが、愛銃であるM4A1を構え、突出しがちなモヒートを、他の部員達が援護しきれていなかった。どこかしら遠慮の見られる動きだ。
対してFPS同好会の方は、しっかりとれた連携を見せている。だが、このマッチングに参加しているはずの6人中、2人しか姿が見えないのが気になった。部長であるカルーアの姿も、この中には確認できない。
「どう思いますか?」
ブラッディマリーは、MP7を構えたまま、スクリュードライバーに尋ねる。
「別行動中の4人がいることになります」
大柄のオークは、その強面を歪ませてこう答えた。
「やっぱぁ、スナイパー狙いっすかねぇ……」
「私も同意見です」
連携を揃えながらも、積極的に攻める様子を見せていないのはFPS同好会も同様だ。何かを待っているように見える。結果として、前に出ているのはサバイバルゲーム同好会、その中でもさらにモヒート1人という状態となっていた。
デスマッチ制の導入を提案したのはカルーアだが、それなりのゲーマーである彼が、このルールにおけるスナイパーの優位性に気づいていなかったとは思えない。マップ内に点在するいくつかの狙撃に適したポジションに先回りし、敵チームのスナイパーを潰す、ということは十分に考えられた。
アイリッシュが危ない。
得られる結論は同じであったらしい。飛び交う銃声の中で、ブラッディマリーとスクリュードライバーは視線を交錯させる。おそらくスナイパーの不意打ちに動いたカルーア達3人は、アサルト・カービンなどのフルオート銃をメインウェポンに据えた強襲兵だ。ボルトアクション式のライフルを一丁しか持たないアイリッシュでは、歯が立たない。
「おれ、行くんで」
短く告げるのスクリュードライバーに、アイリッシュは黙って頷いた。
「ブラッディマリーさんも、まじで気ぃつけてくださいよ。無理はダメなんで」
「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません」
原則、殲滅戦となるデスマッチルールでは、最終防衛ラインというものはありえない。ここが突破されるのを死守する必要はないのだ。
彼はロケットランチャーを背負いなおすと、ライオットシールドを左手に抱えたまま路地を逆走し始める。ブラッディマリーは彼の背中が、狭い路地からすぐに消えていくのを確認してから、再び前の戦闘へと視線をうつす。
戦闘は膠着状態だ。誰か一人、せめて誰か一人でも倒さねばというモヒートの焦りが透けてみえ、結果として積極的には前に出ないブラッディマリーやFPS同好会に、手玉に取られている形だった。彼女が飛び交う銃撃の中を生き残れているのは、単純に的の小ささゆえだ。
少年兵じみた小柄な体躯は、身を隠すモノが多い裏路地では優位に働く。そのあたりに転がるゴミ箱ですら、モヒートにとっては完全なる遮蔽物たりうるのだ。だが、そこからさらに一歩踏み込むには、やはり味方の有機的な援護が必要になる。彼女はそれを得られていない。
このままだと、彼女がキルされるのも、そう先の話ではないな。
ブラッディマリーは冷徹にそう思考する。モヒートが倒れた後、他のサバイバルゲーム同好会のメンバーがどうなるかまでは、確実な予想を立てられない。だが、即座に足並みを整えられるとも思えず、やはり、FPS同好会の進撃を前に総崩れになる様が目に浮かんだ。
それならば、それで良い。その後は、この地雷原をはさみ、ブラッディマリーとFPS同好会の戦闘に切り替わるだけだ。その後、状況次第では戦場を大通りに移す。彼女のこなす作業は変わらない。
ブラッディマリーはAK47を構えたままのNPC兵士を待機させたまま、ひたすら状況の変化を見守っている。そんな彼女の目の前に、システムインフォメーションが流れてきたのは、まさにその時であった。
―――【Redeye】が【Irish】にヘッドショットキルされました。
勝った。
アイリッシュは荒い呼吸を整え、震える指でM700の遊底を引き抜く。からん、という音がして、空の薬莢が床に転がった。頭を吹き飛ばされたレッドアイのアバターは、彼の構えていたドラグノフごと、ゆっくりと薄れて消えていく。
勝った。
薬莢の再装填を行う頃には、ようやく指先も落ち着いてきた。
そう、勝ったのだ。この恐るべきスナイパーを相手に、アイリッシュは辛うじて勝利を収めることができた。ポイントの割り振りをいつもよりピーキーに設定し、着たくもないギリースーツを選択し、それでいてなお、掴んだ勝利はぎりぎりだった。だが、勝ったのだ。
下着や裸体などといった気の利いたグラフィックはこのゲームには用意されていない。ギリースーツを脱ぎ捨てたアイリッシュは、身体にぴたりと合う迷彩柄のジャケットと、黒いシャツを着用していた。エルフの錬金術師アイリスに比べ、いささか盛られた胸のラインはおざなりなグラフィックで、あまり注力されていない部分であることがはっきりわかる。
当然だけど、おしゃれに向いたゲームではないわね、と、アイリッシュは今更すぎることを考えていた。
ともあれ、勝つには勝った。だが勝利が決したわけではない。むしろ勝負はここからだ。
レッドアイを倒した今、戦場というマクロな要素に対してイニシアチブを取れる兵士は、アイリッシュのみである。それを活かすも殺すも彼女次第だ。絶好の狙撃ポジションがあっても、先回りされて迎撃される可能性は常にある。
「がんばらないと」
アイリッシュが建物を降り、通りに出ようとした時だ。
パァン、という発砲音と共に、彼女の肩に鋭い衝撃が走った。ぱっ、という、血飛沫のエフェクトが跳ねて、勢い、アイリッシュの身体は反対側の壁に叩きつけられる。少なく設定したライフポイントが、がりっと持っていかれる感覚があった。
「………っ!」
取り落としそうになったライフルを引っつかみ、アイリッシュは物陰に身を隠す。ちらり、と顔をのぞかせると、3人の兵士がこちらに銃を向けて進んでくるのが確認できた。それぞれのメインウェポンの銃口は、しっかりとアイリッシュの潜んだ遮蔽物の角を狙っている。これ以上身を晒せば、弾丸の雨が飛んでくる。
カルーアだ。アイリッシュは確信した。
彼のアバターはガンサバイブ・プラネットにおいて標準的な容貌のものであり、他のプレイヤーとはすぐさま判別をつけられない。だが、彼の手にする奇妙な形状の銃には、しっかり見覚えがあった。ラムの部屋でも見せてもらったものである。
ファナティック・なんとか社が人体工学に基づいて開発したとかいう、P80だ。
P90だったかもしれない。まぁあいりからすればどっちでもよろしい。
さきほどの銃声で、居場所がバレた可能性がある。どちらにしても、彼らはおそらくスナイパーであるアイリッシュとレッドアイを探しに来たのだろうが、それも考えてもう少し慎重になるべきであった。
「来たわね、カルーアくん」
「ふん」
カルーアは鼻を鳴らし、慎重に歩を進めてくる。ヘッドギアにゴーグル。頭部の守りをガチガチに固め、防弾ベストなども着用していた。
「やるなぁ。まさかレッドアイを殺るなんて、大番狂わせだよ」
カルーアの後ろから歩いてくる兵士のひとりが、呑気な声をあげた。カルーアの方は、やはり鼻を鳴らして笑う。
「おかげで手間が省けたぜ」
「あんた達もそうなるわよ」
「無理だろ。ボルトアクションで3人同時に相手する気か?」
嘲りの色は滲むものの、油断や軽視はしていない。3人は歩調を合わせ、確実にアイリッシュを仕留めようと迫ってくる。
悔しいが、彼の言葉通りだ。アイリッシュはサイドアームすら持ち合わせていない。せめてセミオート型の自動拳銃さえ手元にあればまた違ったかもしれないが、得物はレミントンM700が一丁のみ。アサルトライフルやPDWを手にした兵士3人を相手どるには、あまりにも辛すぎる。
「なんかすごい怒ってるわね、カルーアくん!」
「怒ってんだよ!」
それもお互い様よ、と言いたいところをぐっと堪えて、アイリッシュはカルーアを睨む。
「俺たちオタクは隅っこでひっそり暮らしたいだけなんだよ! 巻き込んだのはこっちだけど、そのあとも勝手に首突っ込んで引っ掻き回すとかやめろよ! どんな恨みがあるんだよ!」
「う、うん」
唐突に口火を切るものであるから、さすがのアイリッシュもいささかたじろぐ。
彼は彼なりに思うところがあるのだろうが、いきなりそんなことを言われても困るというのが正直なところだ。
ここで引き金をひかないところを見るに、相当腹に据え兼ねているらしい。面と向かってはっきり言うにしても、彼の性格からしてそれは〝ゲームの中だから〟できることなのだろう。ここで彼女を殺してしまえば、現実世界では溜まった毒を吐くことすらできない。
これは、聞いてあげたほうが良いのだろうか、などと、アイリッシュは場違いなことを考える。軽亞が溜め込む性格なのは疑いようもないし、彼の怒りの半分は、アイリッシュ自身に責任がある。銃口がカタカタと震えているのを見るあたり、可哀想だと、思わないでも、ない。
そうだ。この場くらい、彼の怒りを受け止めてやる義務が、杜若あいりにはあるのではないか?
邪神としての自分から逃避するわけではないが、たまには度量の大きさだって見せねばなるまい。
「どうせ俺みたいな奴を見下してるんだろ! おまえみたいなみたいな奴はいっつもそうだ!」
「カルーアくんあたしの何知ってんのよ」
「俺は先輩だ! さんをつけろ!」
「うっさいわね、留年してるくせに!」
ぴしゃりと言ってのけると、カルーアはその動きをぴたりと止めた。
儚い決意だった。
「やることなすことちっちゃいのよ! 言うことも! 何よ、まだ遊びじゃない遊びじゃないっつってんの!? 遊びよ遊び! レクリエーション! あんたはその遊びにかまけて留年してるんでしょ!」
「い、一年目は失恋のショックだ!」
「情けないことを胸張って言う……へぶっ」
勢いあまって引き金を引き、アイリッシュの愛しいレミントンM700が暴発した。反動でストックが勢いよく腹にめりこむ。横隔膜にぶち当たる衝撃がリアルに再現された。下腹部に思い切り腹パンを受けたに等しい。不快感をカットする方向性とはいえ、銃の衝撃に関してはきっちりしているのがガンサバイブ・プラネットだ。
ともあれ、
「ともあれね! りゅ、留年なんかしといて甘ったれたこと言ってんじゃないのよ! 出るのがカンタンとか言われてる日本の大学でね、留年なんかするのは怠け者の証明だわ!」
自分の吐く言葉が、ザクザクと胸をえぐる感覚があった。あいりの得意技はブーメランだ。今、思い出す。
「そーやって責任の所在をどっかに求めようとする奴が、『おまえに何がわかる』なんてトンチキなこと言い出すのよ!」
「うるさい、おまえに何がわかる!」
軽亞みるくも大概に期待を外さない男である。彼はFNP90のストックを肩に押し当て、抱え込むようにしながら引き金を引いた。すたたたたたたたたっ、という警戒な音と共に弾丸が吐き出された。反動の影響で、1秒間も引き金を引き続けることはできない。銃声に紛れて、空薬莢の地面を叩く音が、アイリッシュを追い詰めた。
逃げ出そうとしたアイリッシュに、しかしすぐにカルーアが追いすがる。掠めた弾丸がアイリッシュのライフを削り、彼女は勢いよく大地に転がった。
「……っあ!」
立ち上がるまもなく、とうとうカルーアに追いつかれる。アイリッシュは唇を噛んだ。
カルーアは、倒れこみ仰向けに彼を見上げるアイリッシュに銃口を向けたまま、ブーツで腹を押さえ込もうとして、やめた。ゲームの中とはいえ、女の子を踏みつけることには抵抗があったらしい。それでも状況は絶望的だった。カルーアが引き金を引けば、アイリッシュの身体はズタボロの血袋と化す。それでもう、ゲームオーバーだ。
「これで俺の勝ちだ! 下手くそにはお似合いの最期だぜ!」
「くっ……」
死ぬわけにはいかない。生き延びねばならない。勝利は自分の手で掴まねばならない。
「最期くらい謝ってみろ! 人として最低限のことくらいできるだろ!」
「ごめんね!」
「………っ!」
間髪入れない謝罪に、カルーアは二の句を継げなくなる。
「謝るわよ、ごめんね! あたしだって悪かったもの! じゃあ今度はあんたが謝りなさいよ! 人として最低限のことくらい……」
直後、まったく予想だにしない方向から発射されたロケット弾が、アイリッシュとカルーアからわずか数メートルの地点に着弾した。対戦車擲弾は激しい熱と爆風を撒き散らしながら、モルタル製の家屋を打ち砕き、その破片をごろごろと撒き散らした。
カルーアもまた、爆風に煽られて態勢を崩す。彼の後ろにつけてきていた残る2人のFPS同好会の部員達もまた、転がった家屋の破片に分断される形となった。
「なんだよ!」
轟音の中で、カルーアが大声をあげる。その場の一同が一斉に視線を向けると、その先にはRPG-7を肩に載せた巨漢が、ゆうゆうとこちらに歩いてくるところであった。そのシルエットは人間に酷似しているものの、小さくもつり上がった双眸や、大きく裂けた口元、ケロイド状の鱗が並ぶ筋骨隆々とした体躯は怪物のそれである。携行式ロケットランチャーとしても細身なRPG-7は、その大柄な男が担ぐと、まるでおもちゃのようでもあった。
「ちゃ、茶良畑くん……」
驚きのあまり、思わず本名で読んでしまうアイリッシュであった。
「大丈夫っすか」
「う、うん。まぁね……」
スクリュードライバーは、そのままライオットシールドを前に構えて、果敢に応戦を始めた部員の銃撃を防ぐ。彼の選択したシールドは透明タイプのもので、あの迫力のある顔面が、シールドごしに相手からもはっきり確認できていた。なかなか、恐ろしいものだろう。
ゲームの中の彼は、相変わらず近づかれれば仰け反るほどの迫力ある顔面をしている。ナローファンタジー・オンラインにも、悪趣味で醜悪なデザインのモンスターはいたのだが、彼女は職業の関係上そこまで近くでまじまじと見る機会はなかったのだ。
カルーアが呆けているのも一瞬だ。彼はすぐにFNP90を構え、その銃口をスクリュードライバーに向ける。位置関係上、彼は無防備な背中をこちらに晒していた。カルーアが引き金を引けば、弾丸の雨がスクリュードライバーへ降り注ぐ。
阻止できるのはアイリッシュだけだ。彼女は仰向けのまま、レミントンの銃口をカルーアの横腹に押し付け、遊底から空薬莢を排出する。弾薬の再装填から、引き金を引くまでの動作は、もはや慣れたものであった。
乾いた音と共に、反動の衝撃がある。アイリッシュの肩が、銃床によって地面へ激しく打ち付けられた。これほどの至近距離でライフル弾を受けたところで、ライフポイントという現実から解き放たれた概念が、彼の命をつなぎ止める楔となる。
ぎり、と唇を噛んだカルーアが、さまざまな感情の入り混じった瞳を、アイリッシュへと向ける。〝下手くそ〟な彼女に至近距離から撃ち込まれたのが、どうやら相当ショックであったらしい。
「なんなんだよ……なんなんだよ!」
その声は、カルーアの感情を正確にトレースした結果、微かに涙声となっていた。
「俺たちは真剣にやってるだけなのに、なんで邪魔するんだよ! 遊びだとか遊びじゃないとか、そんなの知らねぇよ!」
やはりというか、彼は溜め込むタイプであった。アイリッシュはぼろぼろと泣き出してしまうカルーアの前からそうっと抜け出し、両手をついてなんとか立ち上がる。
スクリュードライバーは、この間もずっとライオットシールドで2人の部員が持つアサルトライフルの弾丸を受け止めていた。銃声に紛れて『カルーア、がんばれ!』『負けちゃダメです!』という声が微かに届いたが、肝心のカルーアの耳には入っていない模様だ。
とりあえずアイリッシュは、冷静に遊底を引き抜き、空薬莢を排出した。これで何発だっけ。3発? となると、まだ中には3発残っている。安心して遊底を中に押し込んだ。
「みんな俺を、ちょっとデブのオタクだからってバカにしてるんだ! 俺だって真面目に一生懸命やってるんだよ! なんでみんなわかってくれないんだよ! 初めてできた彼女だって、2ヶ月で別れたんだぞ! それもこれも、俺がデブでネクラなオタクだから……」
アイリッシュは立ち上がり、いたたまれない気持ちとなって頬を掻いた。なんだか非常に申し訳ない気持ちになってくる。なにぶん、杜若あいりという生き物は、そのギャルギャルしい見た目ゆえにそれを苦手とする人種からは敬遠されがちだ。だから、見た目だけで差別されていると主張するカルーアの気持ちは、わからないことも、ない。
しかし、同時に彼の途方もない勘違いにも気づかされる。せめてもの誠意として、それは指摘しなければならないと感じた。
「カルーアくん、こんなこと……こんなこと言いたくないんだけどね……」
ぐっと拳を握りながら、アイリッシュは呟く。
その言葉を口にするには、多大な勇気を必要とした。
「真面目に一生懸命やってたら、3回も留年したりするわけ、ないでしょうがああああああああっ!」
「へぶっ」
銃身を引っつかんでのフルスイング。ウッド製の銃床がカルーアの顎にぶち当たる。衝撃はアイリッシュの腕にも伝わった。言葉もそっくりそのまま帰ってきて、やはりアイリッシュの心を深く抉り取る。
そうなのだ。
真面目に一生懸命やっていたら、自分はこんなところにいたりしない。
単位はちゃんと取れて、ブティックでも順風満帆に働いていて、素敵なファッションデザインを仕上げられていて、ついでにパリにも行けていた。すべては自分の怠慢と逃避だ。何が未来のアパレルデザイナーだ。ちゃんちゃらおかしくってヘソから5.7x28mm弾をフルオート射撃してしまう。
杜若あいりですらそうだというのに、この男は、この男は、この男は!
「だいたいね! 彼女さんにフラれたの、外見のせいだと本当に思ってんの!?」
「そ、それ以外に何が……」
「あんたが性格ブサイクだからに決まってんでしょ!」
アイリッシュは銃床でカルーアの顔面を幾度となく殴りつけつつ、さらに叫んだ。
「人のことを平気で悪し様にけなせるような奴が、コイビトつくろうなんておこがましいと思わないの!? 口の悪い性格ブサイクに付き合ってくれるような天使みたいなヒトなんかね、そう簡単にはいやしないのよ! わかってんの!? コイビト作りたかったらもっと感情押さえてマイルドになるしかないのよ! ねぇ、あんたはそんな努力したの!? ねぇ、したの!? したのかって聞いてんのよ!」
「杜若さん、泣いてるんすか?」
スクリュードライバーが振り返りながら尋ねてくる。2人の部員はいつの間にか胸を押さえて倒れ込んでいた。スクリュードライバーの攻撃がヒットしたわけではないだろう。彼らの胸をえぐったのは、もっと別のものだ。
彼の言うとおり、アイリッシュは今まさに泣いていた。カルーアを罵る言葉のひとつひとつが、それ以上に彼女の心を深く深くえぐりとっていくのだ。素手で相手を殴りつけるということが、どれほど自分の拳を痛めるか、当然プロボクサーは知っている。それでいてなお、威力を増すためにボクシンググローブをつけないことを選択するのが、杜若あいりという女であった。
「もう一度言うわ! あんたはね、自分の責任の所在を外に押し付けてるだけの典型的な無責任大馬鹿野郎なのよ! そりゃあ留年もするし、コイビトなんかできるわけないでしょ!」
カルーアは、がっくりと膝をつき、うなだれていた。アイリッシュは涙を流しつつも、肩で荒い呼吸を繰り返している。このゲームではスタミナを消費する以外に息が上がることなどないはずだが、今のアイリッシュはまさしくそのような状態にあった。
「パねぇ」
スクリュードライバーがぽつりと言った。
「茶良畑くん、あたしもう行くわ」
アイリッシュも袖で涙を拭う。これ以上泣いてなんかいられない。今日流した涙は明日の糧にするのだ。スクリュードライバーは、胸を押さえ込んで倒れたままのFPS同好会部員2名に、容赦なくロケットランチャーを撃ち込んでいた。振り返って、曰く、
「それはいいっすけど、こいつ撃っといた方がよくないっすか」
「あーうん、それもそうね……」
アイリッシュは頷き、レミントンM700の銃床を肩に押し当てた。銃口をうなだれるカルーアに向けた、その瞬間だ。
パァン、という軽い銃声は、違うところから聞こえた。アイリッシュはなんともない。なんだ、と思い顔をあげると、彼女の真横でスクリュードライバーの巨体が、ゆっくりと膝を折るのがわかった。
FPS同好会
カルーア・強襲兵
カシオレ・強襲兵
ジントニック・強襲兵
マティーニ・偵察兵
みりん・強襲兵
シードル・強襲兵
サバイバルゲーム同好会
モヒート・強襲兵
レッドアイ・偵察兵(死亡)
カンパリ・強襲兵
ウォッカ・衛生兵
エール・援護兵
ファジーネーブル・工兵
服飾デザイン同好会
アイリッシュ・偵察兵
ブラッディマリー・強襲兵
スクリュードライバー・工兵




