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episode 14 ―戦闘開始―

 その日、赤羽のゲームセンター〝アルカディア・レッドフェザー〟には、観客を含めて数十名の城南大学生が集まっていた。既に設置されていた筐体のほとんどが撤去され、店内にはミライヴギア・コクーン12台を除いて、業務用のゲーム筐体は見当たらない。薄暗い店内は、どうにもだだっ広く、うら寂しい。

 壁には、十数年まえに荒川を挟んだ向こうからやってきた伝説的なゲームセンター荒らし三兄妹をはじめ、様々なゲーマーの写真が飾られて、このアルカディア・レッドフェザーの歴史を物語っている。机の上には献花もあった。愛されていたのだろう。


 そんな愛されたゲームセンターでも潰れた日が来てしまうというのは、時代とは残酷だ。ローズマリーは思う。


 枯れ枝のような体躯をした老人は、杖をつき、ぷるぷると震えながらも、集まった学生たちを満足げな表情で眺めていた。彼が、アルカディア・レッドフェザーのオーナーだ。おそらく閉店の遠因となったであろうコクーン12台の処分に困り、結果、希望する学生に引き渡すことに決めたのだという。

 ゲームで勝った方に渡す、というのも、飛び入り参加を積極的に容認する方針も、全てオーナーの趣味だ。ニコニコぷるぷるとしたオーナーは、部屋の中央には仮想空間を映像として投影可能な大型ディスプレイを設置し、戦いを見守るつもりらしい。


「なんか、店ツブす割に結構余裕ありそうな人っすね」


 オーナーを横に眺めながら、茶良畑がローズマリーに呟いた。確かに、そうだ。歳を重ね身体はだいぶ弱っていそうだが、肌のツヤや顔色自体はかなり良く、身につけているものも上品である。進退きわまり店を畳むような、追い詰められた状態にはとうてい見えない。ディスプレイだって新品に見えた。


「そうですね。ゲームセンター経営は片手間だったのでしょうか」


 ローズマリーも頷く。


 服飾デザイン同好会のメンバーとしてゲームセンターに訪れているのは、ローズマリーと茶良畑のみ。FPS同好会とサバゲー同好会のメンバーは、一部を除いてほぼ全員が集合していた。あいりはローズマリーの自宅からコクーンで接続するため、本人の学生証を持ち込んで参加申請を済ませてある。


 今回対決する、両チームの空気は非常に対照的だ。

 サバイバルゲーム同好会のギクシャクしたムードは改善されていない。赤城も含めたチームメンバーは、どこか気まずそうな面があった。当然、ラムも来ている。M4A1を抱え込んだまま、あいりを探して視線をさまよわせるものの、当人を見つけられずに肩を落としていた。ラムのおしゃれは昨日に比べれば中途半端で、衣装には若干ミリタリーの色が濃く、髪もややボサついている。ただ、化粧でしっかりそばかすは隠していたし、耳にはあいりのあげたイヤリングをつけていた。他の男子部員も、大半は冴えない迷彩柄の服に戻って、少しラムから距離を置くように立っている。

 純粋にやる気に満ち溢れているのは、FPS同好会の方だ。部長の軽亞を筆頭に強く団結した様子を見せている。ラムやローズマリーに対する敵対感情を隠す様子も見られないが、試合に対するモチベーションは一様に高い様子だった。チームプレイにおいて強敵となりうるのは、むしろこちらの方であるかもしれなかった。


「それでは、全員揃ったようだな」


 進行を務めるのは、かつてこのゲームセンターの常連であったらしいひとりの男だった。背が高く、縁の薄い眼鏡をかけている。ローズマリーのメイド服を見てなにやらギョッとした様子だったが、とりたてて心を乱した様子もなく、参加メンバーを前に出させる。


「改めて確認する。ルールは3チームによるサバイバルマッチ。参加人数はFPS同好会とサバイバルゲーム同好会が6名で、服飾デザイン同好会が3名だ。うちひとりは、都合により自宅からログインする。何か質問は」

「あー、質問ってほどじゃ、ないんですけど……」


 やや遠慮がちに手を挙げたのは、FPS同好会の軽亞だった。


「なんだ」

「参加チームも3つになるんだし、ルールは戦力ポイント制ではなく、デスマッチ制にしたいんですが……」

「なっ……」


 驚いた顔を見せるのは、ラムの方である。ざわめきが、ギャラリーの方へも広まった。


「軽亞先輩、それは……」

「別に問題ないと思うんだけど。ねぇ?」


 軽亞は、やや肉のついた口元に、いやらしい笑みを浮かべていた。ラムは傍に立つ赤城に視線を向ける。この件については、赤城も難しい表情はしていた。

 この男の提案に対し、真っ先に不利を被るのはサバゲー同好会ではない。ローズマリー達服飾デザイン同好会の方だ。デスマッチ制とは、単純にキャラクターのリスポーンを禁止し、相手チームを全て殲滅するまで続ける方式のルールである。一度死んだらそれまで。マッチングルールとしては甚だハードだ。当然、人数の少ない方が損をする。


 ラムが反論を口にしようとし、それをつぐんだのは、そうした事情をアンフェアに感じたからだろう。赤城も同様だ。だが、単純に勝利を目指す上で、軽亞の言葉は確かに『別に問題ない』。


 加えて、戦力ポイント制の場合、有利になるのは服飾デザイン同好会の方だ。足りない人数の差はNPCで補填することになるが、倒されても低ポイント何度となくリスポーンできるNPCは、運用手段によっては極めて強力な手駒となる。ローズマリーの前線指揮能力は、既に情報として両チームが知るところであって、兵士のひとりひとりがプレイヤー=高ポイントとなる両チームは、相対的に不利なのだ。

 この事情を鑑みた場合、デスマッチ制の導入は必ずしもアンフェアとは言い切れない部分がある。ローズマリーらが全力で反対した場合、それこそ自分たちの有利なルールを維持せんとした言動に見えるだろう。だからというわけでもないが、ローズマリー達は押し黙る。


 進行役の男も、しばし吟味するように目を閉じた。が、最終的には、決断をローズマリー達に委ねる形とする。


「服飾デザイン同好会の方がそのルールを承認するようなら、こちらとしては問題ない。そうですね、粟森さん」


 オーナーの粟森氏はぷるぷると震えながら、ニコニコ顔で頷いた。


「活力に満ちた若者たちによる容赦のない闘争を望むよ」


 今にも事切れそうな声で恐ろしいことをのたまう老人だった。


「そのようなわけだが、服飾デザイン同好会としては」

「どちらのルールでも構いません」


 ローズマリーは淡々と告げる。『おお……』と、彼女の即決を称えるような歓声が、ギャラリーの方より上がった。自然と拍手が巻き起こる。

 こうもあっさり要望が通ると思っていなかったのか、軽亞は若干拍子抜けしたような顔を作ってから、すぐさまその表情をいやらしいものへと戻す。


「それでは、各自持参したミライヴギアを用意して所定の場所へ。粟森さんのご好意で、リクライニング式の高級マッサージチェアを用意させてもらった。こちらを使ってオンラインに接続して欲しい」


 進行役の男が指した方向には、チームごとに別々に設置されたマッサージチェアが、合計14台ほど並んでいる。


「やっぱり、カネ有り余ってんじゃないですかねあの人……」

「そのようです。あるところにはあるんですね」


 キャラクタービジネスで儲けつつ、それなりに銀行口座を潤わせているローズマリーは、淡々と頷いた。

 一同がぞろぞろとマッサージチェアの方へと移動を開始し、その間、進行役の男は賞品についての説明をギャラリーに行っている。中古のミライヴギア・コクーンを12台。改めて豪勢な話に、ただ観客として訪れていた多くの城南大学生はどよめいた。なおローズマリーは初耳だが、それ以外にも粟森氏は、賞品を多数用意していた。

 最も多くの相手プレイヤーをキルしたMKP(Most Killing Player)には、伊勢の自然が育んだ海産物と松坂牛のセットが贈られる模様だ。これはこれで豪華だが、コクーンに比べるとだいぶビミョーだ。


「……よっしゃ、」

「張り切ってるんですか、チョリッス」

「いや野々さん。まじで、おれやりますから。殺しまくりますから。明日のベントー楽しみにしててくださいまじで」


 マッサージチェアに腰掛け、横を見やると、ミライヴギアを頭部にセットしようとしながらも、茶良畑著葎須が真剣な顔で頷いていた。元不良の雰囲気がそれとなく漂うチャラ男が真顔で『殺しまくりますから』などと言うのだから、威圧感は半端ない。少し離れたところにいるはずの軽亞やラムが、肩をびくりと震わせているのがわかった。


「私もキル数は稼ぐようにします。無茶はしないように。状況によってはアイリのサポートをお願いしますね」

「うす」


 ローズマリーははやる茶良畑をたしなめるようにして、リクライニングに背中を預ける。もうすっかり被り慣れた改造済みのミライヴギアを頭にセットすると、そっと目を閉じて、意識を現実世界からシャットアウトさせた。





 さすがにローズマリーの部屋に設置したコクーンをゲームセンターへは持って行けなかったので、あいりはこちらの部屋から試合に参加することとなる。参加手続はローズマリーがしてくれるようだった。本人が直接いけない旨には難色を示されるかと思ったが、学生証とアカウント証明など複数の書類と、仮想世界でのコンタクトを条件にあっさりと許可された。ゲームセンターのオーナーは、そうとう、器の広い人物である。


 あいりは試合開始までの数時間、ひたすら野良プレイに勤しんで訓練に励んだ。コクーンの演算能力を通してみる仮想現実世界は、彼女が今まで見ていたものよりも何倍もクリアであって、あいりはまるで、自分自身の五感が過剰に研ぎ澄まされたかのような感覚に陥っていた。

 コクーンのハードディスク・ドライブには、多数のアプリケーション・ソフトを、ストアからダウンロードしている。レッドアイが教えてくれた距離計算アプリを始め、各種ゲームソフトに対応した相手プレイヤーのステータス予想アプリ、銃器データベースアプリなど、様々だ。あいりの周囲には常に複数のホログラフコンソールが浮かび上がる状態となっていた。意外と便利なのは、自分の使う射撃武器の効果予測範囲を表示してくれるアプリで、スナイパーとして動く上では実に助けられる。


 こうしたアプリケーション・ソフトを並列起動させても、自分自身の行動パフォーマンスにはまったく支障をきたさない。250テラフロップスってすごいのねー、などと、浮動小数点数の意味もろくに知らないまま、あいりは頷いていた。


 さて、しばらくすると、フレンド達が次々とオンラインになっていく。インフォメーションメッセージの中に、未だ登録されたままとなっているカルーアや、レッドアイ、モヒートなどといった名前を見つけ、あいりアイリッシュは少し、顔をしかめた。

 赤城レッドアイラムモヒートはもちろん、軽亞カルーアに対してだってある程度の負い目がある。自分のわがままで、彼らを振り回した側面があるのは事実なのだ。だが、それは決して、手を抜く理由にはならない。


 アイリッシュは野良チーム用のウェイティングルームでレミントンM700を抱きしめる。その後、すぐさまオンラインに入ってきたブラッディマリーによって招集をかけられ、彼女の部屋へと飛んだ。


「お待ちしておりました。アイリッシュ」

「うす」

「うん……」


 ブラッディマリーとスクリュードライバーが、2人でアイリッシュを出迎える。

 思えば、この3人だけで同じウェイティングルームに入るのも、一週間ぶりであった。FPS同好会と行動を共にした日々を思えば、日数的にそう経過しているわけではないのだが、なぜだか無性に懐かしい気持ちになる。


 ブラッディマリーは、いつものように強襲兵を選択し、短機関銃を2丁チョイスしながら、あいりに語りかける。


「昨日お伝えしましたが、アイリッシュ」


 彼女はいつも選択している低ポイントのウージーではなく、少しリッチなMP7を選択していた。アイリッシュには違いはわからない、が、彼女なりに考えてのことなのだろうな、とは思った。


「サバイバルゲーム同好会の内情は、思わしくはありません。客観的に見るに、いずれくるべき崩壊だったようには感じますが、引き金を引いたのは、間違いなくアイリの行動です」

「うん、わかってる」


 アイリッシュは改めて偵察兵を選択し、武器も今までと同じレミントンM700を選ぶ。アクセサリとしてマズルブレーキやスコープも忘れない。


「でもあたし、あのままダメになってくのヤだったから。あたしも、ラムも」

「それはアイリの自己満足に過ぎない可能性があります」

「それはまー、そーよね……」


 少なくとも、ぬるま湯を楽しむ選択肢はあった。居心地が良かったのはあいりだけではない。だが、居心地の良さのなかに、違和感を感じていたのは、それだってラムも同じだったはずだ。あの場所はあくまでもサバイバルゲーム同好会であって、ラムとあいりを中核にした場であってはならない。

 今の自分が割り切れているかというと、そうでないのが難しいところだ。だが、やると決めたらやる。1億借りたのだ。借りて返せないまま、あの男の靴を舐めて過ごす一生は、ゴメン被る。


 結局のところ、背水に自らを追いやらねば、友情にメスを入れる勇気がない臆病者なのだ。


 構うもんか。自分は勝つ。勝って正々堂々、全部をいただいていく。ラムと仲直りするのは、その後だ。


「あれ、アイリッシュさん。それ選ぶんすか」


 オークの巨体にロケットランチャーを背負ったスクリュードライバーは、その迫力満点の顔をおぞましく歪めた。おそらくこれは、『意外そうに目を見開いた』とか、そういう感情表現だろう。

 彼の疑問も無理はない。アイリッシュが装備として選択したのは、ファッションデザインから遠く離れた芋スナの象徴、すなわちギリースーツであったからだ。全身をツタで覆ったかのような不気味なデザインは、『モリゾー』だとか『ムック』だとか『ウー』だとか、まぁ、散々言われている。カモフラージュ率は高いが、機動性は低い。


「うん、まー、いろいろ考えるところがあってね」

「そっすか、まぁ、信じてるんで」

「うん」


 スクリュードライバーは兵科には工兵を選択していた。ロケットランチャーの他には、各種設置型の爆弾や、工兵が取得するにはやや高コストとなるライオットシールドなどを選択している。通常の人間型アバターであれば全身を隠せるはずのシールドだが、スクリュードライバーの巨体とはまったく釣り合っていない。


「なんか、完全に別世界よね……」

「これ、おれの攻めのスタイルなんでぇ」


 昔、ひとりで延々とタワーディフェンスもののVRゲームをやっていた彼であれば、トラップを設置して敵を迎撃する工兵は、確かに攻めのスタイルであるかもしれない。


「あと言い忘れましたが、アイリ」


 3人が一通り準備を終えた頃に、ブラッディマリーが声をかけてくる。


「なに?」

「ルールは戦力ポイント制ではなく、デスマッチ制です」

「ふーん」


 アイリッシュは、レミントンM700の遊底ボルトをがしゃん、と押し込んでから、こう言ってのけた。


「それは好都合だわ」

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