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episode 11 ―青い果実―

 あいりはサバイバルゲーム同好会に入らない、とは言ったものの、なんとなく居心地がよくて、ずるずるとそこに居場所を求めてしまった。男だらけの環境で、彼らにチヤホヤされるので気分が良かった、というわけでも、ない。何のかんの言いつつ、彼らのイチバンは薄荷ラム軍曹であったからだ。

 あいりは冴えないオタク達のファッションアドバイザーという、稀有な立場を要求されていた。彼らの体型や雰囲気に見合った服をコーディネートしてやり、髪の整え方なども丁寧に指導してやる。結果、3日も経つ頃には、典型的なオタサーであったサバイバルゲーム同好会は、雰囲気リア充の巣窟と化していたのである。

 ただ、外見を取り繕ったところで彼らがラムのことを『軍曹』と呼び崇める傾向だけは、まったく変化を見せなかった。彼らは、あいりのこともまた『参謀』と呼ぼうとしたわけであるが、あいりがギャルの凄味を醸しながら全力でお断りしたため『カキツバタさん』で落ち着いている。


 ま、慕われるのは決して悪い気分ではない。この数日は楽しい日々であった。


 ただ、この数日を経て、あいりは正体不明の焦燥を募らせていた。彼女が初めて彼らと会った日からずっと感じていた、誰かにぴたりと後ろを尾行けられているような不安感である。その『誰か』が誰なのかまったくわからないのが、ことさらに気持ち悪い。

 その焦燥と不安のおかげもあって、あいりは彼らとのふれあいを、心の底から満喫できずにいた。どこかで、誰かに対して申し訳が立たないような、そんな気がしていた。最初はそれがローズマリーや茶良畑かと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。


 結局のところ、あいりはその持て余し気味の感覚を放置したまま、今日もサバゲー同好会のメンバーと一緒にガンサバイブ・プラネットをプレイしていた。


 ところで、サバイバルゲーム同好会には、優秀なスナイパーがいる。今回彼は、アイリッシュと同じタイミングで鉢合わせ、ゲームに参加していた。


「………」


 その男アカメは、現実世界で用いる電動ガンと同じSVDドラグノフ狙撃銃を構え膝立ちし、前線で交戦する敵兵を一人、また一人と、的確に射殺していく。ぴろり、ぴろり、という音が鳴って、戦力ポイントが加算されていった。

 アイリッシュはといえば、彼の隣でM700のスコープを覗き、男の戦果を確認するしか、やることがない。スコープの中で相手プレイヤーの頭が、パンパンと弾けていくさま(あいりはコンフィグで表現レベルを落としていたので、そこまでグロテスクには見えなかった)を眺めている。


 男のプレイヤーネームは、レッドアイと言った。現実世界での呼び名は赤城瞳アカメ。だからレッドアイ。単純だ。

 レッドアイと言えば、アイリッシュがガンサバイブ・プラネットを始めたその日、マッチングしたスナイパーと同じ名前である。


 まぁ、本人だ。


「あ、相変わらず上手いのね……」

「ああ……」


 アイリッシュが必死で照準を合わせ、引き金をひこうとする内に、レッドアイは3人ばかりを素早く仕留める。腕のいい狙撃手の存在に気づいた敵兵たちはすぐさま物陰に飛び込んで、アイリッシュのスコープ内から姿を消した。

 レッドアイは立ち上がりドラグノフを肩にかけると、サイドアームである自動拳銃を手にとって移動を開始する。寝そべっていたアイリッシュも慌ててそれを追いかけた。


「ちょ、ちょっと待って……」

「………」


 レッドアイの態度は、何やらアイリッシュに対してぎこちないのだが、アイリッシュはというとその理由にさっぱり見当がつかない。確かに最初の戦闘では敵同士だったが、あの時はどちらかといえば、彼女の方がレッドアイに狩られまくったくらいだから、客観的に見てレッドアイがアイリッシュを避ける理由はないはずであったのだが。理由を聞いても言葉を濁されるばかりなので、アイリッシュは『人見知りなのかしら』と、適当に結論づけた。

 現実世界でも硬派なアカメだ。彼は、あいりがサークルのメンバーを次々とコーディネートしていく中でも、徹底してミリタリー服にこだわった。彼の場合、がっしりした体躯と、老け気味の顔に走る傷痕が絶妙な迫力を醸し出していた為、元からミリタリーファッションとの相性も抜群によかったわけでは、あるのだが。


 ともあれ、そうした理由で、あいりはアカメと親交を深められずにいる。ゲームの中でも、レッドアイはあからさまにアイリッシュを避けたがったが、ついてくる彼女までを邪険に扱うことは、なかった。結果として、アイリッシュは芋スナを卒業するべく、レッドアイの立ち回りをぴったりとマークしている。


 武器は狙撃銃ドラグノフ自動拳銃スチェッキン・マシンピストルのみ。ギリースーツや防弾服もチョイスせず、余剰ポイントをライフとスタミナにほどよく分配したレッドアイは、山の斜面をするすると登りながら移動する。スタミナを少なめ、ライフを多めに設定しているアイリッシュは、徐々に引き離されながらも、ついていくのが精一杯だ。


「杜若、止まれ」


 唐突に、レッドアイがそう言葉を発する。彼はコンフィグからアプリを開き、斜面に並び立つ木の幹にそっと身を寄せ、目の前に出現したホログラフ式のタッチコンソールをいじくりまわす。アイリッシュは斜面に両手をついたまま、尋ねた。


「なにそれ」

「距離計算アプリだ。ここから先、212メートルほどの地点に、敵兵がいる」


 ミライヴギアには、ゲーム中にも起動できるアプリケーションソフトが、有料無料を問わず数多く存在していた。大半は有志の手によって作成されたもので、もっともポピュラーなもので言えば、有料のインターネットブラウザや、ゲーム内動画の撮影アプリなどがそれにあたる。

 レッドアイによれば、中には、こうしたゲーム内の情報を算出し、プレイヤーに提供するアプリもいくらか存在するということらしい。彼が使用している距離計算アプリはそのひとつだ。


「へー、じゃあ、そのテのアプリを大量起動させればゲームも楽になるのね」

「そうもいかない。アプリは演算容量を食うからな。起動させすぎると、かえって動きが鈍くなるし、ラグを生む」


 レッドアイはそれだけ言って、ドラグノフを構えた。アイリッシュもスコープを覗き込んで、レッドアイのターゲットを探す。

 林立する木々のおかげで視界不良ではあったが、敵兵はすぐに見つかった。彼らは一箇所に固まり、アサルトライフルなどを構えながら周囲を警戒し、進んでいる。先ほどレッドアイが撃ち殺したプレイヤーと同じ顔をしていた。おそらくは狙撃兵を片付けるために、リスポーン地点からまっすぐこちらへ向かったのだろう。


 ドラグノフの先端部にはサプレッサーが取り付けられている。最初に一発目は、静かに放たれた。ぱっ、と、スコープの中に赤い花が咲き、首から上を失った敵兵がくるくると回転しながら倒れこむ。


「―――!!」

「―――――!!」


 彼らの怒号はよく聞こえない。ただ、どちら側から狙撃されたのか、瞬時に理解した様子だった。彼らは木々を盾にしつつも、アサルトライフルの銃口をこちらに向ける。正面からの撃ち合いであれば、フルオート式のアサルトライフルに対し、セミオートのドラグノフやボルトアクションのM700では歯が立たない。レッドアイは、斜面を滑り込むようにして身を隠し、そのまま木々の間をすり抜けて素早く移動を開始した。


「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 アイリッシュは慌ててレッドアイの背中を追わんとするが、直後、足元に銃弾の雨が降り注ぐ。


「ひぇっ……」

「いたぞ、敵のスナだ!」

「こいつ、よくも!」

「えええっ! ちょ、ちょっとちょっと!」


 M700の銃口を向け、あたりもつけずに引き金を引く。当然、弾丸は木々に阻まれて相手まで届くことなく、彼らはほぼまっすぐに、弾丸をまき散らしながら突撃してきた。防弾ベストに覆われたアイリッシュの身体に、鉛玉が突き立てられる。

 痛みはないのだが、妙な異物感と同時に全身から吹き出す鮮血のエフェクトがあった。ライフポイントをガリッと削られる感触がある。ヘッドショットを狙われない限り即死はないが、どのみちこれでは反撃もままならない。


 ああ、死ぬわ。


 アイリッシュは思った。ここで銃弾の雨に晒されてゲームオーバーだ。彼らの手にしたアサルトライフルは、彼女の残る体力をも容赦なく削り取るだろう。いつものように、糸が切れた人形のような滑稽なダンスを踊って、それでオシマイだ。

 そう思った直後、アサルトライフルを持った片方の男が、ぱちゅん、とその頭を弾かせた。アサルトライフルの引き金を引いたまま、身体を一回転させ、足をもつれさせ、あさっての方向に弾丸を撒き散らして倒れこむ。


――【Redeye】が【AWAMORI】をヘッドショットキルしました。


 何が起こったのかわからないアイリッシュの前に、冷静なシステムメッセージが出現する。見れば、木々の影からこっそりと顔を出し、ドラグノフの銃口をこちら側に向ける、冷徹なるスナイパーの姿があった。

 直後、またしてもレッドアイの放った銃弾が、最後の一人を撃ち取る。ハットトリックだ。遭遇から3人の殲滅まで、3分も経っていない。鮮やかな仕事ぶりである。


 スナイパーってこういうものなのね。


 芋スナのお手本とも言うべきアイリッシュは、腕を組みながら感心しきりであった。


「あのな杜若、」


 レッドアイは、少し苛立ちと疲弊をにじませた声で言う。


「戦場では下手に足を止めるな。特に、バレたと思った場合はすぐにな。移動の際も、常にスタミナは残しておけよ。敵はどこから来るかわからないんだ」

「う、うん。ありがとう……」


 芋らないコツを的確に伝授してもらい、アイリッシュはM700を抱き抱えたまま、頷く。


 結局、レッドアイの方からアイリッシュに話しかけてきたのは、それが最初で最後のようなものだった。彼は足でまといになるな、と言いたかったのだろうが、カルーアのように出て行けとは、最後まで言わなかった。

 それは、結局今回のゲームが、コクーンを賭けていない『遊び』の範疇に収まる出来事であったからなのか、同じ狙撃銃を愛好するものとしての、せめてもの慈悲であったのか、あるいはもっと別の要因であったのか。アイリッシュには結局わからなかったのだが。


「ところでさー、レッドアイさん」

「なんだ」


 新たな狙撃ポジションに移るべく、斜面の移動を再開する。


「結局、レーザーポインターを相手に当てる奴、やめたの?」

「………」


 アイリッシュの素朴な疑問に、レッドアイが答えてくれることはなく、結局それから、その日は一度も口を聞いては貰えなかった。





「カキツバタ、来てたのか」


 1ゲームを終え、あいりがミライヴギアを外すと、ちょうど講義を終えた薄荷ラム達が、サバイバルゲーム同好会の部室へと戻ってくるところだった。少し離れた場所で仮想世界にドライブしていた赤城瞳も、どうやら目を覚ました様子だ。


「うん、おはよー。ラム」

「おはよう。最近はよく来てくれるな。嬉しいぞ」


 ラムはにこりと微笑む。以前の野暮ったい印象がないだけに、その笑顔も輝きをまして見えた。

 ラムは化粧も自分で始めた様子だが、さすがにあいりほど上手くはできていない。ただ、髪型をしっかり整えることだけは覚えた様子だ。やはりあれは寝癖だったのだろう。

 彼女の後ろからは、雰囲気リア充と化したサバイバルゲーム同好会の兵隊おとこ達が、ぞろぞろと入室してくる。


「カキツバタさん、ちーす」

「お世話になってまーす」

「今日もよろしくぅ」


 外見に多少自信をつけてか、言葉遣いもチャラ男じみてきた様子だ。部屋の後ろの方では、やはり赤城が無言で電動ガンのドラグノフをいじくりまわしている。


「そう言えば、ラム、あんた今日もそのイヤリングなのね」

「あ、ああ……。まぁな」


 耳朶からぶら下げた金属製のハートをピンと弾いて、ラムは頷いた。


「他につけるものを持っていないんだ。今度教えてくれ」

「いいわよー。どんなのがいい?」

「任せる。そう言えば、カキツバタはゲームの中では、蝶のイヤリングをつけていたな。ああいうのがいい」

「あ、ああ。あれ?」


 思い出し、照れも混じってアイリッシュは苦笑いを浮かべる。

 そう言えば、ゲームの中ではそうだった。ナローファンタジー・オンラインにおいて、エルフの錬金術師アイリスは、蝶を模した耳飾りをつけていて、それがそのままミライヴネットのアバターとして反映されているため、ガンサバイブ・プラネットにおいても、アイリッシュは耳から蝶のイヤリングをぶら下げている。

 蝶は、まぁ、かつてのアイリスブランドにとって象徴とも言えるものだったので、その名残だ。あいりはちょろっと、そのへんの説明をした。


「こないだ話した、ほら、あたしにデザインやらしてくれた奴? そいつが好きだったのよ。蝶」

「なるほど……」


 ラムは机の上にカバンを置きながら、頷く。


「そいつがあたしを見つけてくれたキッカケも、蝶のブローチだったし、結局デザインした装備も蝶がモチーフになったしねー。思い出深いわね」


 語りながら、あいりはまた、その背中に焦燥を覚え始めた。これで何度目だろう、と思いつつ、じっとりと汗ばむ背中を忘れようと努力する。この不安感の正体は一体なんなのか。背後から尾行けてくるのは、一体『誰』なのか。もどかしいったら、ない。

 ラムとの何気ない会話の中で一度だけ、『私もいつか、カキツバタのデザインした服を着てみたいな』と言われたことがある。その時の彼女の言葉は『あいりがいつかファッションデザイナーになる』という言葉を前提にしたものであるように聞こえ、その一瞬、あいりはえも言われぬ罪悪感じみた感情に支配されたものだ。その時も、今感じているのと同じような焦燥があった。


「そ、そんなことよりさぁ」


 あいりは、慌てて話題をそらそうとする。


「もうすぐね。FPS同好会との試合」

「ああ、そうだな。カキツバタの言った必勝法も研究してある。大丈夫だ」


 ラムは自信に満ちた顔つきで頷いた。

 薄荷ラムは、ガンサバイブ・プラネットにおいては強襲兵の〝モヒート〟となる。彼女はゲーム内でのアタリ判定を減らすべく、ナローファタンジー・オンラインを購入し、新たに新規追加された種族〝ブラウニー〟でのアバターを作っていた。小柄なためにM4A1の取り回しにやや不便が出ている様子だが、ゲーム内では子供のような大きさになるため、ブッシュに潜めばほぼ相手には気づかれない。

 この辺は、あいりが知り合いの運営する検証ブログを見て提案したものだ。ナロファンの新規種族〝ブラウニー〟は、ガンサバイブ・プラネットのアバターメイクにおける新たな最適解のひとつとして認識されており、現在は駆逐された〝どうぶつの里〟の二頭身アバターに変わって、少年兵じみた妖精兵士が、上位ランカーの戦場を多く駆け回っているという話だ。どちらにしても地獄であることには変わらない。


 ラム自身、強襲兵としてはそこそこ優秀な立ち回りができる兵士だ。優秀なスナイパーたるレッドアイもおり、ラムを中心に統率の取れた前線兵士達を思えば、現状の上位ランカーを相手どってもかなりいい試合ができるのではないだろうか。


 が、と、あいりはちょっぴり不安にもなる。


 FPS同好会には、今、ローズマリーと茶良畑がいるわけで。彼らの実力だって相当なものだ。以前、あいり達がレッドアイとマッチングした際は、あいり自身が足を引っ張ったために惨敗を喫したわけだが、今、FPS同好会にはあいりはいない。

 ローズマリーのピーキーな戦闘能力は、然るべき状況できちんと機能する限り、おそらくはどのような敵にも平等に脅威となりうるのだ。サバゲー同好会だって例外ではない。


 それに、FPS同好会が勝てば、


 と、その考えが頭をよぎった瞬間、あいりはかぶりを振る。


 勝てば、50万だ。だがそれが、なんだというのか。そんなものなんか、欲しいわけじゃあ、ない。

 欲しいわけじゃあ、ないが。


「あのさ、みんながコクーン欲しいのって、要するにみんなでゲームをしたいからでしょ?」

「ま、まぁ、そうだな」


 あいりの言葉に訝しげな表情をしつつ、ラムが頷く。


「じゃあ、もし負けても、全員にミライヴギアを分配できたりしたら、それでもいいの?」


 もし、FPS同好会が勝った場合、ローズマリーを通して、あいりの手に50万が渡る。本来は、フランス旅行に行くために欲しかったおカネだ。だが、今のあいりは、そんなおカネでフランスに行きたいとまでは、思わない。

 だが50万あれば、家庭用のミライヴギア・エックスが7台、中古でもいいなら10台以上は確実に購入できる。現在、ミライヴギアを買えずにいる部員に行き渡らせるには十分だ。


 そう、思ったのだが、


「それではダメだ」


 それまで黙っていた赤城瞳が、ぴしゃりと言った。


「負けて得るものに何の意味もない。サバイバルゲーム同好会として勝利を掴むことに、俺は意味を見出したい。それ以外に、興味はない」


 彼の瞳には、静かな情念とも言うべきものが宿っている。青い炎が燃えていた。


「まぁ、正直コクーンを持て余す可能性があるのは事実だな。維持費もかかるらしいし。だが、負けるだとか、他に擦り寄るだとかいうことを、俺は一切考えていない。俺たちはサバイバルゲーム部だ。そうだろう」

「そ、そうだな。うん」


 赤城の声には妙な凄味があり、ラムはすぐに頷いた。追従するように、他の兵士達も頷く。『そうだ』『確かにそうだ』『アカメさんが言うなら』。

 あいりはその光景にわずかな違和感を感じたが、口には出さなかった。


「そういうことだ。カキツバタ。だから私たちは、負けない」

「そ、そっか……」


 となると、ローズマリーや茶良畑には、FPS同好会のチームから抜けてもらうのがいいだろうか。どうせ勝っても、50万を自分で使う気にはなれないし、サバゲー同好会にそれを手渡すこともできないのなら、彼らに戦ってもらう意味もない。

 正直、自分の都合だけで彼らを振り回してしまう、その一点だけが、どうにも申し訳なくはあるが……。


「俺は、次の講義があるので出る」


 そう言って、赤城はドラグノフを肩にかけ、カバンを持って教室を出た。講義に行くのになぜ狙撃銃を持っていくのか、という疑問は、誰も口にしない。このサークルで一番銃を愛しているのは、おそらくあの男だ。


「それでカキツバタ、おまえは、どうする?」

「んー」


 あいりは、ラムの問に対して頬を掻きながら考え込む。


「ちょっと、自分のサークルに顔出してくるわ」

「ん、そうか。終わったらいつでも来ていいぞ。次の講義は6コマ目だから、私は当分ヒマだしな」

「うん、ありがと」


 そのまま、笑顔で手を振る他の部員達にも別れを告げ、あいりはサバゲー同好会の部室を出た。

 服飾デザイン同好会の部室には、ここ数日、顔を出していない。ローズマリーや茶良畑とは、ほとんどがLINEを通したやりとりだ。少しばかり気まずいが、踏ん切りがつかないといつまでも顔を出せないだろうし、ちょうどいい機会だろう。


 あいりが部室棟を移る途中、中庭には梅の木が実をつけていた。まだまだ熟していない青い実を眺めながら、あいりは、またしても背後からじっとつけてくる、正体不明の影を感じ取っていた。

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