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episode 09 ―告白―

「とりあえず飲み物買ってきたが。コーラでいいか?」

「うん。ありがと」


 薄荷ラムが声をかけてきたとき、あいりは少しばかり驚いたが、すぐに『ああ、そっかあ』と納得してしまった。意外と、FPS同好会のチームを追放された衝撃の方が、大きかったのかもしれない。

 ラムは昨日あった時と同じ、ありていに言ってオシャレ感の薄い迷彩柄のシャツを着用しており、その中であいりのあげたハートのイヤリングをつけていたのが、なんだかちょっと嬉しかった。組み合わせとしてはあまり映えるものとは言えないが、自分のあげたものをつけてくれているのが、何より嬉しかった。


 薄荷ラムはサバゲー同好会の人間だ。先程までのあいりなら、ゲーム内とはいえ涙を飲んで銃口を向ける立場の相手だが、もうあっちのチームは追放されてしまった。おかげで彼女と話すのに後ろめたさはない。

 とはいえ、どう切り出したものかな。あいりは悩みながら、コーラのプルタブを開ける。直後、しゅわしゅわという音を立てて、茶色の泡がとめどなく溢れ始めた。あいりはぎょっとしながら、すぐに缶に口をつける。


「わ、わ、わっ……!」

「か、カキツバタ!?」


 さすがにラムも予想していなかったのか、ポケットからハンカチを取り出す。これまた迷彩柄で、ハンカチというよりはバンダナくらいの大きさではあったが、服に引っかからないよう立ち上がったあいりの手元を拭き取った。しゅわしゅわ流れる炭酸の濁流は、そのままモザイク模様の石畳を濡らし、しばらくして止まった。


「す、すまん! そんなつもりじゃなかったんだ!」

「い、いやその……。そりゃあ最初からこんなつもりだったとは思わないけど……」


 幸いにして顔や髪などにはかからなかったが、服にはいくらか小さいシミを作ってしまった。あいりは『あーあ』と思いつつ、これくらいならシミ抜きも簡単かな、などと、すぐに頭の中で思い直す。

 あからさまに狼狽するのは、むしろラムの方だった。こちらが見ていて可哀想になるほどオロオロし始めて、ひとまずハンカチだかバンダナだかよくわからない迷彩柄の布切れでシミの部分を拭こうとして躊躇したりを繰り返している。彼女は決して背が低いわけではなかったが、なんだかうねり癖の強い髪の印象もあって、小動物を相手にしているような感覚があった。


「すまんその、クリーニング代は出すから……」

「い、いや、いいのよそんなの。ちゃんと洗えば落ちるから……」


 噴出したせいで、あからさまに内容量を減らしたコーラに口をつけ、あいりは笑う。しょんぼりしたラムをベンチに座るよう促して、あいりもその隣に腰を下ろした。


「とりあえず、あたしの愚痴、聞いてくれるんでしょ?」

「ああ。いちおう、そのつもりだ……」

「じゃあ聞く側がしょんぼりしていてもしょうがないじゃない」


 あいりが背中を叩いてあげると、ラムはすぐに『そ、そうだな』と決意を固めたような表情で、頷いた。


「それで、カキツバタ。一体、何があったんだ?」


 ラムの黒瑪瑙のような瞳が、まっすぐにあいりを捉える。うねり癖の強い髪はやや伸び気味で、彼女の視線を中途半端に隠しているが、それでも、じっと見つめられたのはわかった。こうして見ると、そばかすが残っているせいもあるだろうが、男らしい口調に反してやや童顔だ。


 さて、どう答えたものだろうか。


 と、言うよりも、


「どこから説明しようかしら……」

「そんなに込み入った問題なのか……?」


 ラムの言葉には不安の色が滲む。


「んー、まぁちゃちゃっと説明するけどね? FPS同好会って、あるでしょ?」

「あ、ああ……。あそこか……」


 あまり愉快ではなさそうな顔つきで、ラムが頷いた。やはり、サバゲー同好会とFPS同好会が一戦交えるというのは本当らしい。正直、まるきり素人であるあいりからすれば、両者とも似通った趣味の団体に思えて仕方がないのだが、この反応を見る限り、割と深い溝があるらしい。

 軽亞の態度からしてそうだった。おもちゃの銃で満足して、本当の戦争を知らない遊びの集団だとか、一人の女(たぶんラムだろう)を取り巻いて盛っている中途半端な連中だとか。まぁあいりは話半分に聞いていたが、彼がサバゲー同好会を嫌悪しているのはよくわかった。


「あたし、あそこに助っ人に頼まれてたのよ」

「カキツバタが?」


 そう尋ね返すラムの表情は複雑だ。


「そう言えば、ゲームの中でM700を使っていると言っていたな。FPSをやるのか?」

「やらないわよ。最近始めただけ。ガンサバイブ・プラネットよ。でも、言ったけど、あたし下手くそだからさ、干されちゃった」

「そ、そうか……」


 どこか安堵の色を浮かべつつ、それを表に出してはいけないなと意識しているのが、透けて見えるラムの態度である。それを見るに付け、あいりは彼女の人間性を認識した気持ちになって、かえってこちらがほっとした。

 助っ人、という言葉の意味も理解しているのだろう。あいりとラムは、期せずして戦う運命にあり、互いにそれを知る前に回避できたのだ。ゲームの中のこととは言え、一時的にでも敵対せずに済んだ。ラムの安堵はそれに対してのものだろう。あいりも同じ気持ちなのだから、正直よくわかる。


「しかし、解せないな」


 ラムは腕を組んで演技がかった口調で喋る。


「なぜカキツバタに助っ人なんか頼んだんだ。どう見ても、ゲームなんかやり込むようなタイプに……あ、いや、すまない。別にけなしているわけじゃないんだが……」

「いいのよ。実際ゲームやり込むタイプじゃないし」


 ぱたぱたと手を振って、あいりは言った。


「あたしねー、VRMMOやってたのよ。いや、今もやってんだけどね? そこで、たまたま有名になったっていうかさ。それを勘違いされた感じ」

「強豪だと思われていたのか?」

「んー、まぁね。ギルドっていうか、まぁチームのことだけど、あたしのチームはそこそこ強かったし」

「なんでそんな勘違いをされたんだ……」


 ラムの顔はまだ得心が言っていない様子だ。当然と言えば当然だろう。あいりは少し迷ったが、『ちょっと長くなるんだけど』と前置きをした上で、VRゲーム黎明期のVRMMORPG〝ナローファンタジー・オンライン〟にて、自分がどのような軌跡を描いたか、その説明をすることにした。


 あいりは、ナロファンにおいてはエルフの錬金術師〝アイリス〟となる。アイリスは別に、ゲーマーとして最強を目指すであるとか、攻略チームに入って最前線を目指すであるとか、そういった理想を持ってゲームに参入してきたわけではない。当時は服飾デザイン系の専修学校に通っていて、周囲との実力差に打ちのめされていた頃で、逃避の手段として当時話題になっていた仮想空間に逃げ込んだのだ。

 ナロファンには、オリジナルグラフィックを装備デザインに転用させることができるシステムが存在した。要するに、装備アイテムの服飾デザインだ。アイリスがこれを知ったのはゲーム内での話だが、ナロファンへ更にのめりこんでいく一因となった。


 様々な挫折と、紆余曲折はあったが、ゲーム内において彼女の努力は認められる運びとなる。キッカケは、後にゲーム内最強プレイヤーして君臨することになる一人の男であった。彼はカネと時間と才能を持て余していた奇人であって、アイリスに防具のデザインを依頼してきたのだ。ゲーム内でただひとつ、自分だけの防具が欲しいというのが、彼の言い分だった。


「すごいじゃないか」


 あいりの言葉の途中、ラムは目を丸くして言った。


「ネトゲにはあまり詳しくないが、最強プレイヤーなんだろう。目に留まるようなセンスがあったんだろうな」

「あいつも言ってたけど、あたし別に、センスがあったわけじゃないのよ」


 単純にゲームシステム的な問題で、防具のオリジナルデザインを手がけるプレイヤー自体が、極めて少数であったことが、あの男の目にとまった理由のひとつだろう。単純に、運が良かったのだ。必然性など何もない。アイリスには当時から、センスがなかったのだ。

 結局、その男の依頼を受けて、彼の防具デザインを手がけたのが、今なお、あいりのファッションデザイナーとしての一番大きな仕事になってしまっている。その男はたいそう上機嫌になり、アイリスが防具デザインを手がけるためのギルドまで設立したが、そのギルドの経営成績自体は、鳴かず飛ばずであった。


 アイリスはファッションデザイナーとして二流、ゲームプレイヤーとしても三流であった。そのギルドは、リーダーたる男の奇矯なる言動と圧倒的実力で名を馳せていたようなものであって、アイリスの存在は原則としてオマケだったのである。


 ただその後も、男の突拍子もないアクションに巻き込まれる形で、アイリスは何度か舞台の上に引っ張り出された。

 杜若あいりが、自らの天性の口汚さを自覚したのはそのあたりだ。彼女はメンタルが弱かったが、精神的に追い詰められると、『窮鼠猫を噛む』の諺そのままに、言葉の牙を剥くという奇癖があった。相手の心理的な弱点を本能的かつ的確に見極め、そこを抉り取るような言葉遣いをもって、決して社会的強者が多いとは言えないオンラインゲーマー達に、癒えない傷を刻み込んだのである。


 ここから先は、あいりが自覚していない部分ではあるのだが、アイリスはオタク文化にはあまり馴染みのない、いわばネットゲーム社会における〝異物〟であった。多くのネットゲーマー達は、逃避先に天敵たるリア充が侵略してきたかのような錯覚を覚えたことだろう。あいり自体、別にリアルが充実していたかといえばそんなこともないのだが、彼女は間違いなく、〝ギャル〟あるいは〝現代いま風女子〟であった。


 話を聞くうち、ラムもその恐ろしさを実感したのだろうか。顔に脂汗のようなものを浮かべていた。


 とにかく、あいりは、ゲームの中で口撃スキルという人生において何の役にも立たないであろうスキルを新たに開花させ、ゲーマーとしての力量よりもその言動を恐れられるようになった。〝邪神〟アイリスの誕生である。ついでに言うと、無自覚な悪行を働くのは何も言葉に限った話ではなく、多くのプレイヤーは、アイリスを『自分を悪だと自覚していないもっともドス黒い悪』と評価していた。


 ギルドリーダーを務めていた男は、夏の終わり頃に諸般の事情から引退したが、残ったギルドはアイリスが引き継いだ。結局のところ、彼女のギルドは防具デザインを手がけるギルドというよりは、一部のイベントに参入しては引っ掻き回す愚連隊のような扱いを受け、多くのプレイヤーをしこたまビビらせたという話である。


 その評価自体は甚だ不満なのだが、あいり的には、この経験を通じて様々なプレイヤーと知り合いになれたし、それは得がたい経験だと思っている。


「まー、そんな感じよ。だから、軽亞さん達にいろいろ勘違いされちゃったって感じ」


 あいりとしても、まさか〝邪神〟の異名がここまで一人歩きしているとは思わなかったのだ。結果として、勘違いした彼らが勝手にあいりを凄腕プレイヤーだと思い込み、勧誘してきたことになるわけである。

 彼らのやりようは身勝手ではあったが、あいりとしてはカネに目がくらんだ後ろめたさもある。自分がもっと早く、きっぱりと断っていれば、問題はここまでややこしくはならなかったはずなのだ。サバゲー同好会相手に勝つために、お荷物である自分を追い出したいという、その心理自体は非常によくわかる。ただ、それにしたって、もう少し言いようはあったんじゃない、と思わないでも、ない。


「なるほどな……」


 あいりの心中をどこまで察してかはしらないが、ラムは腕を組み難しい顔で言った。


「しかし、カキツバタは、そうか。ファッションデザインが趣味だったのか……」

「趣味っていうか、まぁ、夢みたいなもんだけど……」

「サークルにも、絵を描くのが好きな奴や、小説を書くのが好きな奴がいる。クリエイティブな夢は羨ましいな。最近は、どんなデザインをしたんだ?」

「えっ……」


 ラムの言葉に、特に深い意味はなかっただろう。あいりの話を聞いていれば、当然の相槌と、何気ない質問であったかもしれない。だが、あいりはハッと顔をあげた。その質問に答えられるだけのものを、彼女は用意していなかったのだ。

 とりたてて目を輝かせているわけでもない。ラムとしては、なんとなく振った程度の話題だったのだろう。あいりとしては、正直に『最近やってないのよ』と言えば、それで済む話であったはずだ。


 だが彼女は、それを口にすることを躊躇った。ラムが失望することを忌避したのではない。それを口にし、自分自身で停滞を認めてしまうことに、言いようもない恐怖を覚えたのだ。目をそらしていたモノを、意図せずして突きつけられたような、そんな感じがした。

 あいりが口ごもるのを見ても、ラムは特に怪訝な顔を作ったりはしなかった。


「いや、そうか。あまり専門的な用語を出されても、わからないな。見ての通り、私はおしゃれに詳しくないし」


 彼女は勝手に納得し、頷いていた。その純粋な態度が余計に、あいりの心を苛んだ。


「しかし、カキツバタはすごいと思うぞ。夢を追いかけながら、新しい趣味にも手を出そうとしているわけだしな。FPS同好会とは、ソリが合わなかったみたいだが」


 違うのよ、と、あいりは言いそうになる。自分はそんな器用にできているわけではない。銃器の世界に入り込んだのは単なる逃避だ。何をやってもうまくいかず、たまたま飛び込んだ世界で、必死に夢中になろうとした結果に過ぎない。

 それを口にしたところで、ラムの態度が変わるとも思えない。彼女は『そうか』とだけ言って、今までと変わらぬ付き合いが続くに違いなかったが、それでもあいりは、事実を口にするのを躊躇った。


「……なぁ、カキツバタ」

「な、なに?」


 ラムはそこで初めてあいりから視線を逸らし、やや躊躇いがちに、このようなことを口にした。


「もしよかったら、サバゲー同好会の方に来ないか?」

「へ?」

「私たちの方は人数が足りているし、さすがに次のFPS同好会との試合にまでお前を入れることはできないだろうが、それまで、その、一緒に遊んだり、練習に付き合ったりすることはできるぞ。FPS同好会を追い出されて、だからその、迷っていたんだろう? もちろん、迷惑じゃなければなんだが……」


 ラムの言葉を、あいりは正面から受け止める。その上で、静かに吟味しようとした。

 確かに彼女の言う通りだ。今のあいりは、ガンサバイブ・プラネットを遊ぶ上でも孤独だった。正直、独りであのゲームをやろうとは思わない。ローズマリーや茶良畑は、言えば抜けてはくれるのだろうが、それでも今の、完全にダメになった自分に付き合わせ、振り回すのは嫌だった。

 それでも、僅かに興味を持ちかけていた世界だ。逃避の先に見つけた、必死に夢中になった結果であったとしても、あいりはその世界を楽しみたかった。ラムの申し出は、願ってもないものであったはずだ。


 だが、あいりはこう答えた。


「んー……、考えておくわ」


 心のざわめきを押さえ込んで、平静を装えた自信はある。この時あいりは、後ろからずっと誰かに尾行けられているような、えも言われぬ不安を感じていた。背後に立つ気配の正体まではわからないが、安易な首肯は、ぴったりと後ろをつけた誰かに寝首を掻かれる結末を呼ぶような、そんな感覚があったのだ。


「そ、そうか。その気になったらいつでも連絡してくれ」


 気を悪くした様子も見せずにそう言ってくるラムの態度は健気なものだ。ざわついた心地の中で、それだけは素直に微笑ましい。


「まぁ、でも今は行くところもないし、せっかくだから、ラムにメイクでも教える?」

「良いのか?」


 ラムは顔をぱっと明るくした。うねり癖のある毛先の向こうで、黒瑪瑙の瞳がきらきらとした光を宿す。


「うん。今、時間ある?」

「ああ、あるぞ。よろしく頼む」


 不安から視線を逸らし、あいりも小さく微笑んだ。ラムは見る限り飾りっけのない娘ではあるし、頬にはそばかすも目立つが、肌自体は化粧ノリが良さそうだ。髪も細い猫っ毛で、綺麗に梳かせばいじり甲斐もある。

 あいりはラムに連れられて、そのまま彼女たちの部室にお邪魔することにした。


 小奇麗で垢抜けたギャルと、野暮ったいミリタリー娘の組み合わせは、キャンパス内でもそれなりに人目を引いた。






 アイリッシュが抜けたことにより、ブラッディマリーやスクリュードライバーの士気が低下するようなこともなく、FPS同好会はそのマッチングにおいて圧勝を収めた。

 強いて言うならば、敵スナイパーの迅速な行動にいささか苦しめられる局面があったものの、即座にその居場所を見抜いたローズマリーの先行によってスナイパーは仕留められ、それによって生じた敵陣地への直通ルートを通って、拠点のひとつを制圧。大量の戦力ポイントを確保し戦況を大きく傾けた。


 その間、カルーアの人が変わったかのような暴言は常に味方に向けられていたが、取り立てて文句を言うようなプレイヤーは、他にいなかった。


 メンバーの一人が曰く、


「まぁ、あれがカルーアさんの平常運転ですから」


 とのことだ。ハートマン軍曹のようなもんだと思えば、あんま怖くもないですよ、とも。


 ただ、慣れていない2人にとっては溜まったものではない。カルーアの暴言は、しばしブラッディマリーやスクリュードライバーにも向けられ、ブラッディマリーは茶良畑著葎須の、実に珍しい舌打ちを耳にすることとなった。腹を立てるよりも、珍しいものを見た感動の方が大きかったので、ローズマリーはさしてカルーアの暴言を気に留めることはなかった。


「怒ってるんですか? スクリュー」

「……っつに、怒ってねぇっすけどぉ」


 あからさまに唇を尖らせながら、オークはウェイティングルームでガトリングガンをいじくっている。


 このオークの巨体は、ガンサバイブ・プラネットをプレイする上では、極めて不利に働いた。ボディサイズが大きいということは、すなわちアタリ判定が大きいということだ。〝エルヴン・ウォー〟で作られたオークアバターの身体は指も太いため、ガンサバイブ・プラネットに登場する大半の銃器を行使することができない。加えて、怪物じみたその威容は非常に目立つ。結果として窮地に陥る局面が何度か発生し、スクリュードライバーはカルーアより罵声を浴びせられていた。まぁ、ありていに言って恐ろしい外見ではあったので、相手の足を恐怖ですくませる心理的効果自体は、非常に有用であったのだが。


 このあたりは、〝アバターを自由に設定できる〟というゲームシステムそのものの、大きな欠陥であると言えた。ローズマリー達がナローファンタジー・オンラインで世話になったプレイヤーの中には、VRゲーム検証サイトの管理人などもいたわけだが、彼の運営するブログでは、既にガンサバイブ・プラネットにおける上位プレイヤー達の奇態を、面白おかしく取り上げている。

 要するに、銃を運用するのに支障がない範囲内で、極力身体を小さくすれば、ゲームの中では有利に働くという考え方である。このため、ガンサバイブ・プラネットのプレイを有利に運ぶために、他のゲームを買ってアバターを作成するところから始めるプレイヤーが急増した。当初注目されたのは、満天堂の『いこうぜ!どうぶつの里』であり、人間よりはるかに小柄なファンシーな擬人化動物たちが、銃器を手に血みどろの戦場へ身を投じるという地獄絵図が度々発生していたらしい。


 まぁ、2等身である『ぶつ里』のアバターは、ヘッドショットキルを誘発しやすいという欠点が発見されて以降、彼らのアバターは別のものへとシフトしていっている模様だ。だいたいあのでっかい頭ではスコープも覗けない。


 スクリュードライバーのアバターについて罵倒するくらいなら、カルーア達もアバターの性能から見直してはどうかと、ブラッディマリーは提案したのだが、彼らは現在の屈強な兵士としての外見にそれなりのこだわりがあるらしく、この件についての追求は、最終的にうやむやになった。


「杜若さん、大丈夫っすかね」


 ディスプレイをタッチし、次の戦闘の準備を完了させ、スクリュードライバーは言う。


「と、言うと」

「いやぁ、おれぇ、杜若さんのことガチリスペクトしてますけどぉ、あのひと、マジでメンタルやべぇじゃないっすかぁ」


 どうやら、茶良畑スクリュードライバーも、彼なりにあいりのことを心配している様子だ。


「今は、彼女の自由にさせてあげましょう」


 ブラッディマリーとて、いろいろ思うことはあるわけだが、ここはきっぱりとそのように言う。


「迷って、悩んで、逃避するのは、良いことなのです。ただ、彼女もいつかは結論を出さなければならないでしょう。彼女の心が決まっているのなら、その後押しをします。そして、決断すべき時に至ってなお、心が定まらないようであれば、」


 ブラッディマリーは、装備のわずかな調整をした後、ディスプレイに触れた。


「その時、彼女に残酷な二択を突きつけるのも、友人である私たちの役目なのです」

「そんなもんっすか」

「そんなもんっす」


 彼女の真紅に染まる視線の先には、カルーアがいた。FNP-90を小脇に抱え、難しい顔を作る屈強な兵士だ。

 彼の気持ちが理解できるか、理解できないかというのは、ローズマリーにとっては非常に些細で、ナンセンスな問題に過ぎない。どちらにしても、カルーアの方針に唯々諾々と従うか、あるいはいずれ彼に対して銃口を向けることになるのか、それを決めるのは、ローズマリーではないからだ。


 ただ、決戦の日は近い。すなわち、決断の日も近いということだ。

 いずれ来るべきその日のために、杜若あいりは、果たしてモラトリアムの迷宮を脱することはできるのか。ブラッディマリーがただただ思索を巡らせているうち、本日二度目となるマッチングバトルが開始される。


 彼女は意識を切り替えて、銃を構えたまま戦場に出た。

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