表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

中学生の頃の君

「それで。こんなに美味しい珈琲淹れる店に来て、どうして紅茶飲んでるんだよ」


けいが真面目にそう言うと、拓也君がまた失笑する。


「だって、珈琲飲めないんだもの。けいも知ってるでしょ」

「いや、絶対飲んだ方がいいって」

「んー、1回飲んだ事あるのよ」

「美味かっただろ?」

「……苦かった」

「お子ちゃま」

「なんですって?」

「なんでもありません」


別に漫才をやっているわけじゃない。

それなのに、大村君と拓也君の2人は始終笑いを噛み殺したような顔。


「それに、紅茶もとっても美味しいじゃない」


これはほんとうよ?

私は紅茶のカップを手にとって口に運ぶ。


「俺らは紅茶飲んだ事ねえな」

「確かに」

「この店のメインは珈琲だからなあ」

「メニューにも載ってませんよね」

「ああ」


男の人の会話ってこんな感じが普通なの?

入る隙間がなくなって、私は黙って聞いていた。


「つーか昨日の試合見た?」

「見た見た。あの終了間際のゴール!」

「あれはやばかったわ」


試合?……サッカーのかしら。

私見てないし。どうでもいいし。

紅茶飲んだら、さっさと帰ろう。



「そんで、鍵は見つかったのか?」

「え……?」


ハッと気がつくと、3人の目が私に集まっていてぎょっとした。

サッカーの話からどう巡って、鍵の話に??


「わ、私?」

「他に誰がいんだよ、アホ」


私の前だけならいいけどねえ、他の人がいるところで、私を馬鹿にしないでよー!

あれ、そういえば、〝馬鹿にする〟とは言うけど、〝アホにする〟とは言わないわね。どうしてかしら?


「……見つかりませんでした」

「ったく、やばいじゃねーか」

「別にいいじゃない…そのうち届くわよ」


なんでもいいから、こんなに人がいるところで、私の失敗話をしないでよ。

大村君にはだいたい話したとはいえ、拓也君にまで知られちゃうじゃないの。


「優さん、こいつから話聞きました?」

「ああ。昨日の夜、家に入れなかったんだろ」

「それだけじゃねぇっすよ。俺が帰ってくるまで、こいつ外で寝てたんですから」

「……それは初耳だな」

「よく風邪引かなかったっすね?」


それで終わりに済めばいいのに、けいは更に身を乗り出した。

え、嘘ぉ。全部言うつもりじゃないでしょうね?


「更に!聞いてくださいよ、こいつ、キーホルダーに住所入れてたんですよ」

「けい〜!」


な、なんなのよ!この人達に、いう必要なんてないでしょ!

拓也君がひぇっと声を上げる。でも、大村君は首を傾げた。


「それの、どこが悪いんだ?返っていいじゃねーか、住所がわかるなら、拾った人が届けてくれるだろ?」

「優さんも姉貴も、母さんも甘いんですよ!このご時世に、そんな泥棒してくださいとでも言わんばかりの物が落ちてたら、どうなるかわかるでしょ!?」


……私もうそれ何回も聞いたわ。

だから、私も同じ言葉を返す。


「あのねえ、みんなそんなに悪い人じゃないのよ。そんな事考えるのは、0.1パーセントの人だけよ。けいとか、けいとか!」

「俺は可能性を言ってるだけだっつーの!まじ、その0.1パーセントの人が拾ったらどうするんだよ」

「それは…その時考えるわ」

「それじゃ遅いんだよ!」


昨日から、けいはずっとこの調子。

どうしてそんなにマイナス思考しか出来ないのかしら?


「まあ、落ち着けよ、けい。……はい、とりあえず珈琲な」

「……ありがとうございます」


おじさんみたいな、ずずっと珈琲を啜る2人。

ほんとうにおじさんくさい……。


「それにしても、鍵に住所書いとくとか、ひよりも変わってるな」

「変わってて悪かったわね」


音楽家ですからね、個性的と言ってほしいわ。


「ばあちゃんの知恵らしいっすよ」

「だってほんとうにおばあちゃんが言ってたんだもの。そうするとなくした時に届けてくれるからって……」

「いつの時代の話だよ」


けいが改めて溜め息をつく。


「母方のばあちゃんなんですよ、それが。姉貴のこのとろい性格はばあちゃんからの母親からの、遺伝ってことっすね」

「のんびりって言ってよ」

「とろい、どんくさい、にぶい」

「けいの馬鹿!」


そう言うと、3人そろって噴き出した。


「ひよりさん、ほんとうに可愛いっすね」

「……」

「照れてる〜」

「拓也、見る目ねぇなあ。こんなのがよかったらいつでもやるぜ」

「いやさすがにそれは…」

「けい!」

「はいはい」


なんなの!!馬鹿にしてるの!?

拓也君ってなに!?ナンパ男!


「姉貴、落ち着いて。まじでやばいから、とりあえず鍵に住所書くのはやめとけ。な?」

「……もう書かないし」


まるで兄のように言ってくるけいが癪にさわる。

だいたい、書いておいた方が、拾ったひとが届けてくれるじゃない!

けいは疑り深いっていうか、心が捻じ曲がってるのよ。


「金が盗まれるのはまだ替えがきくけど、姉貴のピアノ、なんかされたらまずいだろ?」


姉貴のピアノ。

思わずびくりとする。私のピアノに……。


「なん、なんかって何……」

「だから、例えば傷をつけられるとか、壊されるとか…弦を切られるとか……」


けいの言葉通りに想像してみる。

い、嫌だ。絶対に嫌!

というか無理よ、断固拒否!!

私のピアノに、他人の指なんて一本も触れさせないわ。

指紋をつけられるのも嫌。絶対絶対……。


「姉貴、姉貴。物の例えだから、そんな深刻な顔すんな」

「嫌……」

「大丈夫だって、ほんと例なんだから…まじ泣くなよ!」


無意識に目頭が熱くなる。

嫌だ、私のピアノが……。


「ひより…?ほんとに泣いて…」

「泣いてない!」

「悪かったよ、だから泣くな、困るんだよー!」


ほんとうに、駄目なのよ、私。

素人には分からないと思うけれど、ピアノを弾くひとでも分からないかもしれないけど、ほんとうに、ピアノって1台1台全部違うの。

音の響きとか明るさとか、鍵盤の感覚とか感触とか、性格がみんな違うの。人間と同じ。

だから、私のあの子は、世界中にあの子しかいないのよ。

作られた条件は一緒でも、ピアノに使われてる木の育った環境から、ピアノを置かれた場所、その日その日の天気、空調によって全部変わってしまう。


「わかっただろ?無闇に住所とか個人情報をばら撒くなよ?」


手で顔を覆いながら頷く。


「それにしても、あの佐藤がこんなに感情的になるとはなぁ」


大村君が笑って言う。……って私、大村君の顔見れてないけど。


「あの佐藤って?」

「中学んときのひよりだよ。のほほんとしてるけど、基本クールで感情を表に出さないっていうか」


なにその客観的評価。


「少なくとも俺のイメージはそんなんだったんだけど」

「姉貴が感情を表に出さない?…ああ、こいつ外面だけばいいんですよ」


帰ったら覚えてなさいよ。


「そうなのかぁ?怒ってるとことかも見た事なかったな。……いや、一回だけあった」

「なんです?」


……私、何か怒った事あったっけ。

結構イラっとした事たくさんあったと思うんだけどなぁ。1個に絞れないよ。


「中3ときの合唱コンでさ、ピアノ全然調律してないって憤慨してたわ」


ああ!それね!

あれは、ほんとうに最悪だったのよ。

素敵なフルコンサートピアノだったのに、音がズレてて!

あの和音が響かない感じが気持ち悪くて……。


「発表の後、気持ち悪いっつってホール出てたよな」


そうなのよ。音が気持ち悪すぎて、気分が悪くなったの!


「あー、姉貴よくあるんですよ、音が気持ち悪いとか言って」

「ひよりさん、絶対音感?」

「いや、天然モノじゃねーみたいだけど。一応。音大生だしよ」

「すげえ」

「お嬢様の耳は敏感だっていうね」

「確かにお嬢様だな」


ああ私、もうこの3人に付いていけないわ……。

やっぱり男って苦手よ。疲れちゃう!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ