第9話 寝室の論理エラーとモフモフの防壁
第9話です!
拠点に加わった新たな住人(?)、ケット・シーのエリュシオン。
もちろんシルは気に入りません。
モフモフは安全、というロアの「論理エラー」が招く結末とは!?
ごろごろと甘え上手なケット・シーの王エリュシオンを撫でまくりつつ、ロアは言った。
「……決めたわ。エリュちゃん、あなたその毛並みを維持するためにも、ちゃんと専用の寝床が必要ね」
「ほう、我のために住処を用意するか。くくっ、殊勝なことだ」
エリュシオンが勝ち誇ったように喉を鳴らす横で、シルの顔面が蒼白から土気色へと変わっていく。
「ちょっと待て、ロア! なぜだ! なぜその野良猫の寝所を、俺たちの神聖な巣の中に確保する必要がある!?」
「シル、私にはエリュちゃんが必要なの!」
ロアはシルの抗議を一蹴し、統括回路をリビングの一角に向けた。シルはあまりの衝撃に、灰になる寸前だ。
「くくっ……俺はあの一番日当たりの良い窓際がいいぞ?」
おねだりまで始める始末。ツンデレ猫の甘え攻撃に、ロアはもうメロメロだ。シルが何を言っても「黙って」「後にして」「静かにしてて」……だ。
「オブジェクト生成。ベースは衝撃吸収材(低反発ウレタン)、カバーは……そうね、あなたの毛とシルの毛を 5:5 で混紡した、最高級ハイブリッド・ベルベットにするわ。名付けて――『超重力・吸着猫ベッド』、デプロイ!」
光の粒子が渦を巻き、そこに出現したのは、一度沈み込んだら最後、どんな霊獣でも立ち上がれなくなるほど心地よい、純白と漆黒と黄金が入り混じる巨大なクッションだった。
「……ふむ。どれ」
エリュシオンがゆったりと、その中央に身を沈める。
瞬間、彼の黄金の瞳がとろけ、威厳という名の防壁が音を立てて崩壊した。
「……は、はにゃああああ……。なんだこれは。体が……溶けて……消える……。我は、今、宇宙と一体に……」
魔境の王が、ただの「ふにゃふにゃの液体」と化した。
『……お、おい。貴様、そのベッドは……。……そんなに、良いのか?』
あまりの「堕落っぷり」に、怒りを忘れて思わず身を乗り出したシルに、エリュシオンは薄目を開けて、とどめの一刺しを放つ。
「……あぁ。お前も、来たいのだろう? 銀狼。だが、ここは我とロアの共同作業で成った『愛の巣』だ。……お前のような、大きな犬の入るスペースなど――」
『ふざけるなーー!! ロア! 俺だ! 俺のベッドはどうした!? なぜその野良猫にだけ最新のパッチを当てるんだ!!』
ついにシルが「自分もわしゃわしゃしてほしい」という本音を、プライドを投げ捨てて叫び始めた。
ロアは二匹(?)の巨大なモフモフに囲まれ、幸せな悲鳴を上げたのだった。
ーーところ変わって、マスターベッドルーム。
そこには、シルがエリュシオンに対抗して獲ってきた貢ぎ物ーー夢見鳥の羽毛をふんだんに使った、王族でも腰を抜かすほど極上のキングサイズベッドが鎮座していた。
「……よし。これでようやく、泥の床とはおさらばして、良質な睡眠に入れるわ」
ロアは白銀のエンジニア・ドレスをパジャマ代わりの薄い寝衣に着替え、ベッドに飛び込もうとした。……が、その背後には、当然のように「人型」のシルが、優雅な足取りでついてきている。
「待って。ストップ。入室許可出してないわよ!」
『……なんだ、ロア。寝るのだろう? 俺も眠い』
「同じ部屋で寝るのは許可したけど、同じベッドに入るなんて許可してないわよ! あなたはそっちのソファか、別室の予備のベッドへ!」
ロアが毅然と指差すが、シルはどこ吹く風で、むしろ距離を詰めてくる。温泉で磨き上げられたシルの肌から、地熱の温かさと、ロアと同じ石鹸の香りが立ち上る。
『……冷たいことを言うな。俺がお前を洗ったのだ。いまさら何を拒む必要がある?』
「それはそれ、これはこれ! 私は『ホワイトな隠居生活』を求めてるの。推しの顔なんて、私の理性にデバフをかける姿の男と添い寝なんて、システムがオーバーヒートして死んじゃうわ!」
顔を真っ赤にして叫ぶロアに、シルは困ったように眉を下げた。だが、その瞳には獲物を追い詰める狼の愉悦が混じっている。
「いい、シル。究極の二択を提示するわ。
①このベッドで一緒に寝るなら、『銀狼』の姿に戻ること。
②人間』の姿で寝たいなら、今すぐ別室へ隔離されること。……さあ、どっち!?」
ロアの中では完璧な論理だった。
人間ならアウトだが、銀狼ならーー。
毛皮という名の絶対防壁がある限り、貞操観念という名のファイアウォールは突破されない……と、彼女の脳内回路は結論づけたのだ。
『……ふむ。狼の姿なら、このベッドで共に寝て良いのだな?』
「ええ、そうよ! モフモフなら安全だもの!」
シルは呆れたように吐息をついた。
この小さな娘は、相手が世界を滅ぼす魔獣であることを忘れているのか、それとも自分の「番」としての価値を無自覚に晒しているのか。
『……お前は、時折ひどく可愛いな、ロア』
この場合の可愛い、は。ひどく愚かだと言われているのと同義だったが、ロアは気がつく様子はない。
光の粒子が舞い、次の瞬間、ベッドの上には巨大な白銀の銀狼が鎮座した。
圧倒的なボリュームの、ふわっふわの冬毛。太陽の匂い。
「きゃあ、最高……! これよ、これこそが私が求めていた至高の睡眠環境だわ!」
ロアは歓喜して、シルの首元の長い毛にダイブした。
シルの巨大な前足が、ふわりとロアを囲い込み、逃げられないように抱き寄せた。
『……本当に、これで「安全」だと思っているのか?』
「ふにゃ……あったかい……最高……」
喉を鳴らすシルの振動が、ロアの全身に伝わる。
『今日は魔力の定期メンテナンスはしないのか……?』
残念そうにシルは呟く。しかし、すでに腕の中で無防備に寝息を立て始めたロアの頭を、大きな舌で一度だけ愛おしそうに舐め上げた。
『……狼なら「獣」だ。人間のような理性に縛られず、本能のままにお前を喰らうこともできるのだぞ?』
その囁きは、夢心地のロアの耳には届かない。
こうして、魔境の主と天才エンジニアの添い寝は、ロアのガバガバなセキュリティ意識の上に成立してしまった。
翌朝、彼女が「人型」のシルの腕の中で目覚めるまで、あと数時間のことである。
お読みいただきありがとうございました。
シルの「人型」を警戒しつつ、「狼型」なら全肯定で抱きつくロア。
狼姿のシルの「喰らうこともできる」という囁きは、果たして比喩なのか、それとも……。
次回、第10話、お楽しみに!




