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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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8/20

第8話:新規クライアント、野良猫ログイン。

第8話です!

魔境の南を統べる「猫の王」が、シルの美しさに惹かれて拠点にログイン!



 この魔境の南側を支配するケット・シーの王。


 彼は自身の縄張りをパトロール中、とんでもない光景に遭遇した。


「……な、なんだ、あの光り輝く物体は!?」


 森の奥から飛び出してきた白銀の影。それは、かつて「歩く天災」と恐れられていた銀狼の王・シルだった。


 だが、今の彼は違う。


 毛先の一本一本までが滑らかに整えられ、わずかな魔境の光を反射してプリズムのような輝きを放っている。絡まった枝も、こびりついた泥も一切ない。

 それは、魔境の過酷な環境ではありえない、神々しいまでの毛並みだった。


『……ふん。我がロアに磨き上げられたこの身、貴様のような野良猫には眩しすぎたか』


 そんな自慢げな言葉を残し、シルは超高速で北へと消えていった。


「野良猫だと!? この我を! ……くそっ、あいつ……。ん? ロアってなんだ?」


 対抗心を燃やしたケット・シーは、シルの残した馨しい匂いを辿り、中央の遺跡へと向かった。


 そこは本来、朽ち果てた石柱が転がるだけの死地だったはずだ。

 だが、目の前に現れたのは、もはや遺跡ではなく神殿だった。


 見たこともない白銀の建材が組み上げられ、空中に浮遊する光の回路によりリアルタイムで屋根が仕上がっていく。


「な、なんだこの場所は……。結界の強度がハンパないぞ……」


 ケット・シーが恐る恐る結界の隙間から覗くと、そこにはちっこい人間が一人、地面にしゃがみ込んで作業をしていた。


「よし。これで排水システムの実装完了。……ふぅ、シルがいない間に外構を固めちゃわないと」


 そこにいたのは、ロアだ。

 しかし、彼女の姿を見て、ケット・シーは再び衝撃を受ける。


「……待て。あの娘が着ているもの……あれ、全部シルの毛じゃないか!?」


 ロアが纏っている白銀のワンピース。それは、シルがブラッシングで抜けた毛をロアが丹念に紡ぎ、魔導エンジニアの技術で織り上げた最高級の防護服だった。


 物理耐性。魔法耐性。そして何より――。


「……におう。におうぞ。あんなちっこい体から、シルの『これは俺の番だ、触るな』という、鼻が曲がるほど濃厚な執着心がぷんぷん漂ってきやがる!」


 それは、魔物にとっての絶対的な立ち入り禁止サイン。

 全身を「シルの欠片」で包み込まれ、シルの匂いを纏い、シルの魔力で守られている少女。


 その光景は、誰がどう見ても「伝説の魔獣に、骨の髄まで愛され、所有されている番」そのものだった。


「……。だが、銀狼の輝きの正体は、きっとあの娘にある」


 ケット・シーは、恐怖よりも「自分もあんな風に綺麗になりたい」という本能的な欲求が勝った。彼は勇気を出して、結界を叩いた。


「おい、そこのシルのつがい!」

「番……? ちょっと、あなた」

 

 不機嫌そうに振り返ったロアは腰に手を当て、ジト目で目の前の「泥の塊」を見上げた。

 

「……毛玉の発生率、推計80%。キューティクルの摩耗によるパケットロス、深刻」

 

 だが、その瞳の奥にはエンジニアとしての好奇心が、統括回路マスターキーの輝きを灯している。


「あなた、南側を統べる霊獣、ケット・シーの王でしょう?」

「……。ふん、我が正体に気づいたか。いかにも、我こそはエリュシオンーー」

「あぁっ、勿体ない!! なんてことなの、信じられないわ!」


 エリュシオンが威厳たっぷりに名乗っている瞬間、ロアが悲鳴のような声を上げた。彼女は泥の塊の周囲を高速で周回し、その「惨状」をスキャンしていく。


「図鑑のデータによれば、ケット・シーの王は、漆黒と黄金が混じる世界一のテクスチャを持つはずなのよ! それが何、このガビガビの低解像度な見た目は! 完全に管理不備エラーじゃない!」

「ぐ……っ、そ、それは……魔境の呪詛と戦いの名残で……」

「本来なら絹より滑らかに流れるはずなのに……これじゃあ、ただの動くジャンク品よ! あぁ、私の審美眼がバグりそう!」


 ロアの執念に気圧されたエリュシオンは、抗うこともできず温泉へと強制ログイン――もとい、連行された。


「我は……我は、猫族ぞ? 水はーー水はぁ……!」

「黙りなさい! これは水じゃないわ、温泉よ! あなたの表面にこびりついた不純物をパージするの、じっとしてて!」


 ざっぱーーーん!!


「ひにゃあああああ!? 熱い、熱……いや、温か……? ……はにゃあああああああ!?」


 嫌がる猫を無理やり沈めるような光景になるかと思いきや、温泉に足をつけた瞬間、エリュシオンの表情がバグを起こした。


「……は、はにゃあああああああ!? な、なんだこれは、魔力が……全身の淀みが、溶けて消えていく……っ!」

「大人しくして。今から『魔力中和シャンプー』をデプロイするわ。あなたの本来の姿を取り戻してあげるから」


 ロアはシルの抜け毛ワンピの袖を捲り上げ、全力でブラッシングを開始した。魔境を統べる王が、温かいお湯の中で完全に「液体」と化し、喉をゴロゴロと鳴らし始める。


 ロアはそんな彼を見て、エンジニアとしての達成感に浸りながら、さらに「もふもふ」の山に指を沈めていくのだった。

 

 ――数刻後。

 一方、氷の魔石を手に入れ、魔境の北から電光石火の勢いで帰還したシル。


(喜ぶぞ、ロアは。これでまた、俺を撫でてくれるはずだ……!)

 

 期待に胸を膨らませ、拠点マイホームの扉を勢いよく開けたシルの視界に飛び込んできたのは――絶望だった。


「……あ。おかえり、シル。早かったわね」


 リビングの特等席。そこには、お風呂上がりのブラッシングを終えて、究極の「漆黒と黄金の毛玉」と化したエリュシオンが、我が物顔で寛いでいた。


『……っ!? ロア、それは何だ!』


 シルは持ってきた貴重な魔石を床に放り出し、驚愕の声を上げた。


 対するエリュシオンは、ソファの背もたれに長い尾をゆったりと預け、まるで長年連れ添った亭主のような顔で肉球を舐め上げた。シルが放り出した魔石が虚しく転がる音など、意に介した様子もない。

 彼は細めた黄金の瞳で、激昂するシルを「格下」を見るような薄ら笑いで見据えた。


「おうおかえり、銀狼。少し声が大きすぎるぞ。この邸宅の主は今、我のメンテナンスで忙しいのだ。無粋な真似はよせ」


 その態度は、まさに寵愛を独占した「間男(ログインユーザー)」のそれだった。


 シルはといえば、そのあまりに堂々とした不法占拠おしかけぶりに、脳内の全回路がショートしかかっていた。


「……目移り……。ロア、お前……。俺という最強の個体がありながら、そんな野良猫に……」


 シルの絞り出すような絶望の声を余所に、ロアはうっとりした表情で、エリュシオンの漆黒の毛並みに指を沈めている。


「ちょっとシル、浮気なんて失礼ね。見てみて! エリュちゃんの毛、こんなにドロップできたのよ!」


 ロアが嬉々として掲げたのは、宝石のように輝く黄金色の柔らかな毛の山だ。


「……エリュちゃん……」


 番が、自分以外の雄の個体に「愛称」を割り当てたという事実。それがシルの誇り高き魂に、致命的なクリティカル・ダメージを与えた。


「シルの毛と混ぜて織れば、さらに耐性の高いドレスがビルドできるわ! エリュちゃん、気前よく提供してくれたのよ」


 番の言葉を追い風に、エリュシオンはさらに図々しく、ソファの上でゴロリと喉を鳴らして腹を見せた。


「あぁ、いいぞ。我の毛を好きなだけ纏うがいい。なんなら今夜は、我のこの温かな毛皮を枕にして眠らせてやっても――」

『ダメだ! 絶対にダメだーー!!』


 シルはロアとエリュシオンの間に強引に割り込んだ。モフモフとモフモフに挟まれ、ロアはうっとりと吐息を漏らした。


『ロア! その毛は捨てろ! 即刻デリートだ! においも、俺のものだけで十分だろう!?』

「もう、シル! いい素材を捨てるなんてエンジニアにあるまじき行為よ!」


 ロアを抱きしめて離さないシルと、その背後で「ふん、心の狭い犬だ」と喉を鳴らすエリュシオン。


 魔境を揺るがすはずの二大魔獣が、一人の少女の「布地」と「におい」を巡って、オーバーな騒ぎを起こしている。

 その喧騒は、少しずつ魔境にさらなる誤解バグを広めていくのであった。






第8話をお読みいただきありがとうございました。

シルという「銀の最高級素材」に続き、エリュシオンという「金のレア素材」まで手に入れたロア。


次回もシルのさらなる暴走をお楽しみに!

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