第7話 仕様漏れと推しの執着心
第7話です!
ようやく「服」をデプロイしたロアでしたが、まさかのアンダーウェア未実装という致命的なバグが発覚。
魔力リソースが枯渇する中、シルが選んだ禁断の「素材」は、自らが脱ぎ捨てたばかりの汚れた作業着!?
愛と羞恥のリメイク大作戦開始!!
「よし、シルの装備(服)はデプロイ完了ね。さっさとそれを着なさい! 私の精神安定のために!」
ロアが半ば叫びながら投げ渡したのは、角ウサギの毛皮と角を再構成して作り上げた、重厚感のある濃灰色のロングコートだ。
シルはそれを片手で受け取ると、一切の無駄がない流れるような動作で袖を通した。ガチリ、と角を加工して作られた無骨なボタンが、彼の逞しい胸元で留められる。
『……ふむ。肌触りも悪くない。何より、お前の魔力が全身を包んでいるようで心地よいな』
湯気の中に悠然と佇むシル。白銀の髪に、野性味溢れる毛皮のコート。その姿は、魔境に君臨する若き王のような気品と覇気に満ちていた。あまりの「画の強さ」に、ロアは思わず目を逸らす。
(……うん、完璧。これで見なくていいものは隠れたわ。私の眼球もようやく保護された……)
ロアは安堵の息を吐き、ようやく自分自身の着替えに着手した。
温泉に入るまで纏っていた、油まみれの下女服を粒子化してパージ。代わりに、先ほどシルの抜け毛から紡ぎ出した白銀の布を呼び出す。構築するのは、白銀の毛皮をアクセントにあしらった機能美溢れるエンジニア・ドレスだ。
「ふぅ……。これでようやく、不純物を完全にパッチできたわ」
清潔な布の感触に満足し、ロアはシルの元へ歩み寄る。だが、その距離が近づいて初めて、ロアはある「致命的な仕様漏れ」に気づき、足を止めた。
「……ねえ、シル。ちょっと確認なんだけど」
『なんだ、ロア』
「あなた、その……コートの下には、何か着てるわよね?」
『? 何を言っている。お前がくれたのはこれ一着だろう。他には何も纏っておらんが』
事も無げに答えると、シルは「証拠を見せる」とばかりにさらりとコートの裾を翻した。
隙間から覗くのは、紛れもない、先ほどロアが必死に視界から外したはずの、磨き上げられた「生身」の脚。さらにその上――。
「……ッ!!」
ロアの顔面が音を立てて噴火した。
「暫定処置(応急処置)すぎたーーー!! アンダーウェアの実装を忘れてたわ!!」
『不服か? 俺はこのままでも動きやすいが。むしろ、いつでもお前の望む時に、この「遮蔽物」を排除できるぞ?』
「させないわよ!! 何が排除よ、物理的なセキュリティホールを晒して歩かないで!!」
「全裸」から「全裸にコート」へ。
事態は改善したようでいて、むしろ「脱げばすぐそこ」という、より一層心臓に悪いシチュエーションへと進化(改悪)してしまった。前世の常識に照らせば、即通報レベル。間違いなく警察に捕まる不審者パターンだ。
「待ってて、今すぐインナーをビルドするから! 脱がないで! そのままフリーズ(停止)!!」
『いんなー……とは?』
首を傾げるシルを放置し、ロアは悲鳴を上げながら、残りの角ウサギの端材をかき集めた。
ところが、魔力と素材を振り分けて「ズボン」の設計図を組み上げようとした瞬間、足元に転がっている「それ」が視界に入り、ロアの眉間がピクリと跳ねる。
そこにあるのは、先ほど脱ぎ捨てた、油と返り血に汚れ、ドブのような異臭を放つ、かつての作業着だった。
(……あんなもの、二度と触りたくない。見るだけで最悪な過去が蘇るわ。即刻焼却処分ね)
ロアが忌々しげに統括回路を向け、分子分解のプロセスを起動しようとした、その時だ。
『待て。それを消すのは、あまりにリソースの無駄ではないか?』
背後から、全裸にコートという際どい姿のシルが、ひょいと汚れた作業着を拾い上げた。
「ちょっと、シル! 汚いから触らないで! それはもう、私にとってはただの有害廃棄物なの!」
『有害? 冗談を。これにはお前の奮闘が刻まれている。何より、お前の……そう、人間でいう「におい」が最も濃く残っているではないか』
シルは事も無げに、汚れた布を自らの鼻先に寄せ、深く吸い込んだ。その恍惚とした表情に、ロアの脳内回路がパニックで火花を散らす。
「やめてぇぇーーー!! 変態! 伝説の変態銀狼!!」
『……落ち着け。お前がそれを着るのが嫌なら、俺が貰い受けよう。ちょうど、その……「ずぼん」とやらが足りなくて困っていたところだろ? お前が』
「……え。それを、あなたが履くの?」
ロアは毒気を抜かれた。
自分にとっては「二度と見たくない虐げられた日々の象徴」でも、シルにとっては「愛しい番の一部」らしい。その黄金の瞳に宿る熱は、冗談でも嫌がらせでもなく、心底からその「ボロ布」を欲していることを物語っていた。
(……まあ、捨てて汚染源にするよりは、再利用した方がマシ……かしら。シルが履くなら、私が着るわけじゃないし)
ロアは深いため息をつき、渋々、統括回路の出力を切り替えた。
「……わかったわよ。そこまで言うなら、超・徹底洗浄と、分子構造の組み替えを条件に許可するわ。あなたのサイズに合わせて、繊維の一本一本までデバッグしてあげるから!」
『あぁ。頼む、ロア』
……数分後。
最高出力の洗浄魔法と、ロアの精密なリメイク技術によって、ボロ布は「白銀のコートに調和する、上質なダークグレーのズボン」へと生まれ変わった。
シルは満足げに、かつてロアの肌に触れていた生地を、今度は自らの逞しい脚へと通していく。
『……素晴らしい。お前に抱きしめられているような、強固な守護を感じるぞ』
「……ただの古着リメイクだってば。……っていうか、私の服を履いた推しを直視するの、別の意味で精神的なデバフが凄まじいんだけど……」
ロアの身体には、シルの毛並み。
シルの腰には、ロアの服の記憶。
物理的・魔力的にお互いの「所有物」を交換し合い、不可逆的な同期を果たした二人は、奇妙な一体感を纏いながら、夕闇に包まれ始めた魔境の拠点へと足を踏み入れるのだった。
第7話をお読みいただきありがとうございました。
シルの「全裸にコート」という王者の風格(不審者スタイル)は、ロアの超高速リメイクによってなんとか回避されました。
しかし、自分の匂いのついた服を推しに履かせるという、オタクにとっての「最終試練」がロアを襲います。
次回、第8話。
拠点の防衛を固め、二人の関係はさらなるフェーズへと移行します!




