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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第6話 相互認証の代償

第6話です!

温泉でピカピカにデバッグ!とんでもない「神素材」を錬成してしまい……。

過去の孤独を上書きする銀狼のぬくもり。そして、いよいよ「全裸問題」の修正パッチが当たります!

『……素晴らしい。お前の指先から流し込まれる魔力が、魂の芯までほぐしていくようだ……。これなら、毎日でも構わぬぞ』


 温泉の床に巨体を横たえ、うっとりと目を細める銀狼シル。ロアの指先が、魔力とともに毛並みの奥まで分け入り、長年の戦いと孤独で凝り固まった伝説の魔獣の「コア」を、文字通りデバッグするように解きほぐしていく。


「毎日なんてさすがにリソースが持たないわ。自分で入れるようになってね。さあ、次は乾燥ビルドよ。そのままにしたら風邪を引くし、生乾きは細菌バグの温床なんだから!」


 ロアは統括回路を空にかざし、設定値を入力していく。


「熱変換出力 5%。指向性温風――最大風量ターボ!」


 ゴォォォ! という音と共に、ロアの手元からドライヤーどころではない熱風が吹き出した。濡れて束になっていたシルの毛が、みるみるうちに一本一本独立し、空気を含んで膨らんでいく。


「仕上げに、この『超高密度ブラシ』で毛並みを整えるわ!」


 ロアは魔法で生成した大きなブラシを手に、シルの巨体に飛び込んだ。ガシガシ、わしゃわしゃ。首筋からお腹、そして立派な尻尾まで。丁寧にブラッシングを施していくと、そこには太陽の匂いさえ漂ってきそうな、究極の白銀の綿あめが完成した。


「……できた。完璧な仕上がり(デプロイ)ね」


 ロアが満足げにブラシを置く。


(これ、使えるんじゃないかしら……)


ブラシにはたっぷりと銀狼の抜け毛がついている。


「ねぇ、これ、もらってもいい?」

『好きにするがよい。そんなもの、どうするのだ』

「出来るかわかんないけど、布とか糸が作れる素材になるかも……」


 ホクホクしながら顔を上げると、そこには洗浄前より二回りほど巨大化したように見える、ふわっふわのシルが鎮座していた。そのあまりの触り心地の良さそうなテクスチャに、ロアの指がピクピクと動く。


『……終わったのか?』

「ええ。除菌、洗浄、乾燥、すべて完了。今のあなたは世界で一番清潔な銀狼よ」


 シルはゆっくりと立ち上がると、その巨大な鼻先を、ロアの胸元にそっと埋めた。乾きたての、温かくて柔らかな毛の感触がロアを包み込む。


『……礼を言う、ロア。お前が俺を愛でてくれたこと、この胸に深く刻んだぞ』

「あ、愛でて……? いや、これはあくまでクリンネスの一環で――」

『ならば次は、お前の番だな』


 シルがニヤリと(狼の姿のまま)笑った。彼は大きな前足で、まだ服がびしょ濡れのロアを、ひょいと温泉の縁へと押し戻す。


『お前も濡れた。そして、疲労ログも溜まっている。……今度は、俺がお前を洗って、温めてやろう』

「ちょ、ちょっと、シル!? ダメッ、自分でやるからーー」


 抗議の声は、極上の低音ボイスにかき消される。


「ロアの柔肌に触れるには、この姿の方がいいだろう?」


シルの不敵な囁きと共に、視界を埋め尽くしていた白銀の毛並みが、一瞬で光の粒子へと変わる。


 ――次の瞬間。ロアの目の前に現れたのは、温泉の熱気でほんのり上気した肌を晒す、一糸纏わぬシル(人型)だった。


「……え? 無理……無理ぃーーー!」


 伝説の魔獣による、文字通りの「物理的包囲網ハグ」の開始であった。

 結局、ロアの抗議も虚しく、温泉の湯気の中に引きずり込まれた。だが、ロアはパニックに陥りながらも、無意識に統括回路へ「予約タスク」を投下していた。


(……この抜け毛……無駄に……できない……! 思考リソース……30%を……素材加工に……割り当て……ッ!)


 ロアが全裸のシル(推し)の指先による「慈しみの洗体」に身悶えし、精神的ファイアウォールが火花を散らして崩壊しているその横で。浴槽の脇に置かれたブラシから、白銀の抜け毛がフワリと浮き上がった。


 ――並列処理(マルチタスク)開始。


 統括回路が淡く光り、シルの強大な魔力が宿った抜け毛を分子レベルで再結合していく。洗浄、脱脂、紡糸、そして織布。

 ロアが「もうお嫁にいけない……」と魂を半分飛ばしている間に、統括回路は淡々と「伝説の銀狼の毛100%の最高級魔導布」を織り上げていった。


「……終わったわ。私の人生、完全に致命的な修復不能(エラー)よ……」


 温泉の縁で、ロアは真っ白に燃え尽きた灰のように座り込んでいた。シルの「つがいを清めるのは義務」というプロトコルによって、心身ともに磨き上げられ、ピカピカにされてしまったロア。

 抵抗はしたのだ。だが、真顔で「だったら舐めればいいのか?」と狼の野生に従った愛情表現(グルーミング)を提案され、流されるままにスポンジで洗われてしまった……。

 絶望する彼女の膝元に、ふわり、と一枚の布が落ちてくる。


「……あら?」


 それは、真珠のような光沢を放ち、シルクよりも滑らかで、それでいて鋼鉄の防護服に匹敵する魔力密度を湛えた――白銀の布。


『……ほう。お前を洗っている間に、そんなものを作っていたのか。相変わらず、じっとしておらぬ女だ』


 銀狼の姿に戻ったシルが、満足げに鼻を鳴らす。ロアは一瞬だけ絶望を忘れ、エンジニアの目でその布を凝視した。


【伝説の銀狼の毛100%・極暖布】

生成完了。耐魔法防御:MAX、精神安定効果:中



「……完璧。シルの魔力伝導率を維持したまま、ナノ単位の多層構造(レイヤー)で織り上がってるわ。これなら、どんな魔境の毒気バグも通さない最強のドレスが作れる……!」


 歓喜して、次の工程の術式を編み、ホクホク顔でタスクを開始させた。


「ようやく笑顔になったな」


 シルのしっぽが、ぱたりとロアを包み込んだ。

 今までロアに触れる手といえば、義母の冷酷な平手打ちか、腹違いの兄が汚れた靴を押し付けてくる時の感触くらいだった。実家じゃ下女同然に扱われ、最後は魔境にポイ捨て……。ようやく手に入れた自由な隠居生活が、まさか全裸の伝説の魔獣に磨き上げられて終わるなんて。

 ロアの脳内には、暗い屋根裏部屋で一人、壊れた魔道具を直して気を紛らわせていた孤独な日々がよぎる。あの家族たちは、今の自分を「汚い」と罵ることもできないだろう。なにせ、今のロアは伝説の銀狼の手によって、世界で一番「クリーン」にデバッグされてしまったのだから。

 そこへ、背後から巨大な白銀の影が寄り添う。


『……案ずるな、ロア。お前の価値を認めぬ愚か者たちの記憶など、すべて上書きしてやる』 


 シルは銀狼の姿のまま、ロアの背中を大きな鼻先でそっと押した。そのまま、自分のお腹の、最も深くて柔らかい毛並みの中へ埋めた。


「ちょっと、シル……」

『俺が洗ったのだ。お前は今、俺と同じ色に輝いている。……誰にも文句は言わせん。俺という『特権』が、お前の存在をすべて肯定しているのだからな』


 包み込まれた瞬間に伝わってくる、圧倒的な生命の熱。義母の冷たい視線も、兄の罵声も、ここまでは届かない。ロアの頬が、ふわふわの冬毛に沈み込む。シルの強固な毛皮の壁は、外界のすべてを遮断する最強の絶対防壁(ファイアウォール)だった。


(……あぁ、だめ。こんなの、甘やかされすぎてシステムがダウンしちゃう……)


 ロアは「お嫁にいけない」と口では嘆きつつも、自分を慈しんでくれるシルの胸に、こっそりと顔を埋めた。


『……そうだ。お前の居場所は、ここにあるのだからな』


 シルの喉が、低く心地よい音を立てて鳴っている。それはまるで、巨大なサーバーが安定して稼働している時のような、静かな肯定の響きだった。

 世界を滅ぼすと謳われた伝説の魔獣が、その強大な力のすべてを「ただ一人の人間を温めるためだけ」に費やしている。


(……温かい。私の生体センサーが、かつてないほどの幸福値を検知してるわ……)


 ロアはシルの毛並みに顔を埋めたまま、小さく息を吐いた。絶望の果てに捨てられた地で、真っ先に自分を肯定してくれたのが、人間ではなく「人ならざる者」であったこと。それは皮肉であると同時に、ロアにとって唯一の救いでもあった。


『ロア。お前の心拍が安定してきたな。……どうだ、少しは俺に、お前のすべてを預ける気になったか?』


 シルが首を低くし、ロアの細い肩に大きな頭を乗せる。銀色の毛が首元をくすぐり、ロアはたまらず小さく身悶えした。


「……ずるいわよ。こんな極上の物理報酬を用意されたら、誰だって抗えないわ」

『くくっ。ならば、一生このままここに閉じ込めておいても良いのだぞ?』

「それは……魅力的だけど、お断り。私はここで『ホワイトな隠居生活』を送るって決めたの。誰かに守られるだけの、依存しきったシステムになんて戻りたくないわ」


 ロアはシルの胸毛をぐっと掴み、自力で顔を上げた。頬はまだ赤く染まっていたが、その瞳には理系女子としての知的な光が戻りつつある。


「……さて。感傷モードのクリーンアップは終了。次は、この劣悪な『生活環境(UX)』の改善タスクに移行するわよ」

『……ほう。お前の立ち直りの速さには、いつも驚かされるな』


 シルは名残惜しそうにしながらも、彼女の自立した意志を尊重するように、毛皮の壁を少しだけ緩めた。


「当たり前でしょ。まずは……そうね、あなたのその『全裸問題』よ。さっきは勢いで押し切られたけど、いくら除菌したからって、その姿でウロウロされるのは私の眼球に対する負荷が強すぎるわ」

『ふむ。服、と言っていたな。お前と同じような布を纏えば良いのか?』

「布じゃないわ、それは『防壁』であり『礼節』であり、なにより私の理性を保護するための『遮蔽物』よ! いい、シル。今からあなたに、世界で一番かっこよくて、機能的な服をッ……ビルドするから。……じっとしてなさい!」


 ロアは立ち上がり、統括回路を力強く握りしめた。羞恥心で嘆いていた少女は、今や新たなミッションに燃えるエンジニアの顔をしていた。

 シルの金の瞳が、期待と愉悦を込めて細められる。二人の「初めての共同作業」は、今度は『被服編』へとそのフェーズを移行させようとしていた。


第6話をお読みいただきありがとうございました。

シルの「重すぎる肯定」によって、ロアの精神防壁はボロボロですが、エンジニアとしての矜持だけは守り抜きました。

次回、シルの被服問題。

いよいよ全裸の推しが見れなくなる……!?

お楽しみに!

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