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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第4話:遺跡の暫定ビルドと初めての共同作業

第4話です!

魔境の朝は早い。飲料水、トイレ、そして食事。

生きていくために不可欠なインフラを、ロアが「統括回路」で強引にリビルドしていきます。

「……ん、んん……」


 心地よい熱源が、ゆっくりと離れていく。

 ロアがまどろみの中で意識を浮上させると、視界を占拠していたのは、朝日を浴びて白銀に輝く巨大な毛並みだった。


「すまぬ、ロア。起こしてしまったか」


 シルが低い声で囁き、鼻先でそっとロアの頬を突いた。その動作は、まるで壊れ物を扱うかのように繊細だ。


「……シル? もう朝……?」

「あぁ。巣作りを始めるには、まず食料が必要だろう。少しの間、側を離れるが……すぐに戻る。大人しく待っているのだぞ」


 シルにとって、これは番に捧げる「最初の供物」のための狩り。黄金の瞳に狩人の鋭さを宿し、彼は音もなく霧の奥へと消えていった。


「……あ、ちょっと……。……行っちゃった」


 一人残されたロアは、大きく伸びをして立ち上がる。


 シルの体温が残る場所から離れるのは名残惜しいが、技術屋の朝は早い。まずは顔を洗ってシャキッとしたいところだ。


 だが、魔境フェルフォートの遺跡周辺には、水も食料も見当たらない。さらに言えば、台所や風呂どころか、トイレすらないのだ。


 昨日は早朝からのコンロ修理に始まり、転移、シルとの出会いなどあまりに目まぐるしく、疲れ切って泥のように眠ってしまった。だが、そろそろロアに生理現象に抗えない時が来てしまうだろう。


(野外とか、イヤすぎる……)


 しているところにシルが帰ってくるのもイヤだ。なんせ相手は狼、排泄物についての見解も人とは大きく違うはずだ。


(もし、散歩中の犬みたいに嗅がれたりしたら……。私の社会的尊厳が抹殺されちゃうわ!)


 前世で見た、電柱の匂いを熱心に嗅ぐ犬の姿が脳裏をよぎり、ロアは激しく首を振った。


「……ダメ。一刻も早く、安心して籠れる安全圏(セーフティエリア)を作らなきゃ」


 生理現象という名の制限時間(タイムリミット)に突き動かされ、ロアは立ち上がった。


「よし、あそこの半壊した東屋をベースにしましょう。まずはプライバシーを確保しなきゃ」


 ロアはポケットから統括術理を取り出し、崩れた石柱にかざした。

 先ほどまでの「乙女の悩み」は消え、その瞳にはエンジニアとしての鋭い光が宿る。


「システムスキャン。構造欠陥を確認、暫定パッチをデプロイ。――再構築リビルド開始!」


 ロアが唱えるのは、この世界の魔導言語とは似て非なる「論理の言葉」。

 傍から見れば、それは極めて高度な無詠唱魔法、あるいは失われた古代の呪文のように聞こえるだろう。

 ガガガッ、と地響きを立てて石材が浮き上がり、目に見えない幾何学的なラインに沿って整列していく。


「オブジェクト結合。物理演算を固定。仕上げに――外域遮断(ファイアウォール)!」


 仕上げにロアが地面を叩くと、東屋を包み込むように半透明の膜が広がった。

 それは魔獣の侵入を防ぐ結界であり、同時にロアが最も切望した、中の音を封じ、かつ外から中が見えない壁の構築だった。


「ふぅ……。これでようやく、安心して一息つけるわ」


 下水処理のロジックを組み終わると、ロアは満足げに息を吐く。

 本格的な建築にはまだ程遠いが、魔境のど真ん中に「個室」という名の安全圏がビルドされた瞬間だった。


「ロア、戻ったぞ。……お前のために、手頃な食材を確保してきた」


 地響きと共に現れたシルが引きずっていたのは、ロアの身長を優に超える、丸々と太った巨大な角ウサギだった。


「……手頃? これ、どう見ても大型車両クラスじゃないの!」


 唖然として供物を見つめるロアの瞳を、賛辞と受け取ったのか、シルは意気揚々と胸を張り、鋭い牙を見せた。


「ちょっと待って、シル! そのまま食べるつもり!?」

『……? 鮮度が命だ。お前に一番良い部位を……』

「いらない、というか無理なの。人間は獣をそのまま齧ったりしない……できないの! 少なくとも私は、ちゃんと解体して調理した肉しか受け付けないわよ」


 ロアの主張に、シルは動きを止めた。


『人の仔とは、面倒な……いや、繊細なのだな』


 彼にとって食とは素材のまま齧り付くことだが、番が「それでは食べられない」と言うのなら、話は別だ。


『……ふむ。ならば、お前が望む形に俺がすべて処理しよう。だが……処理、とはどうすれば良いのだ? 牙で細かく引き千切れば、食べやすくなるか?』


(そこからかー……)


「解体が必要なの」

『……解体、か。牙で裂くだけでは駄目なのだな?』


 銀狼の姿のまま、シルが首を傾げる。その鋭い爪がウサギの腹を軽く撫でるだけで、ぶ厚い皮がやすやすと裂けた。だが、そこから先は野性の領域だ。


「そう。臓器を傷つけずに取り出して、関節ごとに切り分けるの。……って、その大きな前足じゃ無理ね、爪が太すぎて、精密なカットができないし」


 ロアは統括術理でウサギの構造をスキャンしながら頭を抱えた。このままでは、ただの「引き千切られた肉の残骸」になってしまうし、ロアの体の大きさでは到底無理だ。せめて、大柄な成人男性ーーロアは思いつき、フリーズした。


『……ならば、どうしろというのだ。俺に、これ以上どうしろと』

「それは……その……」


 ロアは言い淀んだ。目の前には、モフモフで愛らしい銀狼。

 この「デバイス」では、ロアの求める繊細なタスクは実行不可能。ならば、選択肢は一つしかない。


「……シル。……人化、して」


 消え入りそうな声で、ロアが告げた。


『……なんだと? 昨夜、あんなに嫌がって銀狼に戻らせたのはお前だろう』

「そうだけど! でも、この作業には『人の指先』が必要なの…… 」


 ロアは真っ赤な顔で、半ば逆ギレ気味に言い放った。

 対するシルは、面白そうに喉を鳴らした。照れている番を見るのは、悪い気分ではない。


『ふむ。お前がどうしてもと言うのなら、なってやっても良い。……だが、いいのか? あの姿になれば、また騒ぐのではないか?』

「私は今、エンジニアとして『作業効率』の話をしてるの! 余計な羞恥心は一時的にシャットダウンするから、さっさと……人化しなさい!」

『くくっ……。心得た、我が妻よ』


 シルの声に、明らかな愉悦が混じる。

 直後、眩い光が視界を白く染めた。


「……待たせたな。お前の望む『姿』だ。さあ、どこから手をつければ良い?」


 光の向こうから現れたのは、やはり一糸纏わぬ、神々しいまでの全裸の推し。

 ロアは反射的に手で顔を覆ったが、隙間から見えるシルの端正な顔は、心なしか「勝者の余裕」を浮かべて微笑んでいるように見えた。


 シルは地面にドカッと腰を下ろした。……そう、例のフルオープンな座り方だ。


「ひ、ひゃあああ!? 」

「……騒がないと言ったくせに。それに、結構見ているではないか。この姿になった俺を、気に入っているのだろう? なんせお前の理想をつめこんだ姿を構築したのだ」


 ロアの心臓には負荷が強すぎた(実際はガン見している)。


「わ、わかったから、こっち向かないで! 手順だけ教えるから、そのまま作業して!」


 ハタと気づいた。

 後ろを向いていても全裸は全裸。足の間にチラつく要所が、気になって仕方がない……。


(ああああああ……)


 視線を逸らせないロアは真っ赤な顔で両手で目を覆い、指の隙間から「解体マニュアル」を叫び始めた。こうでもしないと、興味が先立ち、見てしまうのだ。


「いい、まずはその角の付け根に指をかけて! 皮と肉の間に魔力を流して、癒着を剥がすみたいに一気に剥ぐのよ!」

「ほう。……こうか?」


 ドシュッ、と肉が裂ける生々しい音。

 全裸の美形の白い肌に、赤い血飛沫が点々と飛び散る。筋肉が躍動し、推しの顔が無機質なほど真剣に獲物を捌いていく。


(……地獄絵図だわ。美しすぎて、グロすぎて、恥ずかしすぎて……。魔境の初調理が、なんでこんなに情報量の暴力オーバーロードなのよ……っ!)


 ロアの絶叫に近い独白を余所に、全裸の「解体ユニット」となったシルは、番に最高の肉を供するべく、驚異的な手際でウサギをバラバラに分解していくのだった。


「……よし、血抜き完了。次は加熱処理に入るわよ」 


 ロアは、全裸で「やりきった顔」をしているシルから目を逸らし、切り分けられた肉の塊に統括術理をかざした。


「出力20%固定、指向性加熱、グリルモード、起動!」


 ロアの放つ青い魔力が肉を包み込み、ジジュウ……と食欲をそそる音が響き始める。

 本来ならただの殺傷魔法も、ロアの手にかかれば精密な調理器具だ。肉の内部温度を均一に上昇させ、余分な脂を焼き落としていく。


「……ほう。火も使わずに肉の色を変えるとは。お前の魔力回路、実に興味深い」


 血に塗れた全裸のまま(※ここ重要)、シルの鼻先がロアの肩越しにグイッと肉へ近づく。


 獣の体温と、焼きたての肉の香りが混ざり合い、ロアのパーソナルスペースは完全にパンク寸前だ。


「ち、近寄らないでってば! ほら、焼けたわよ。香草で誤魔化したけど、食べてみて」


 ロアが統括術理で適温にまで下げた肉を差し出すと、シルはそれを無造作に口に放り込んだ。

 咀嚼した瞬間、シルの金の瞳がカッと見開かれる。


「……っ!? ……これは、なんだ。俺が数万年食べてきた『肉』と同じとは到底思えん。不純物が完全に排除され、旨味の密度が跳ね上がっている……!」

「……でしょ? ちゃんと最適化したんだから。気に入った?」

「あぁ……美味い。美味すぎるぞ、ロア。……お前は、俺の魂だけでなく、胃袋まで支配するつもりか……」


 恍惚とした表情で、血と脂に濡れた唇を舐めるシル。

 その姿は恐ろしく絵になるが、下半身は相変わらずの大開放である。


(……私、この伝説の魔獣の中枢制御(コア・システム)に、技術メシという名の強烈なパッチを当てちゃったのかしら)


 ロアは自分の分を小さく齧りながら、確信した。


――この魔獣、私の構築するロジックに、すこぶる相性が良い。


 番と言われるのが気になるところではあるが、要するに魔境でのパートナーである。


 技術メシを基軸にした環境改善(デバッグ)さえ続ければ、魔境のホワイト化という無理難題デスマーチも、案外スムーズに完遂(デプロイ)できるかもしれない。


 


第4話をお読みいただきありがとうございました。

どれほど神々しい美形でも、やってることは「全裸でウサギの解体」。


次回、第5話。

いよいよ生活環境の構築に本腰を入れます!

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