第2話:伝説の銀狼
魔境に放り出されたロアが出会ったのは、あまりにも「推し」すぎる伝説の魔獣でした。
技術屋の理性とオタクの煩悩が火花を散らす、運命(物理)の遭遇回です!
――ドサッ、と。
整備されていない硬い岩肌に、ロアの体は投げ出された。
「あいたたた……雑な転送装置だなぁ……もう。エラーチェックもしてないわね、これ」
ロアは泥だらけの作業着で立ち上がった。
鼻を突くのは、重苦しい潮の香りと、腐敗した魔力が混ざり合った独特の悪臭。
目の前に広がるのは、深い霧に包まれた巨大な遺跡の群れ――人類未踏の流刑地、魔境フェルフォート。
「…………ホワイトな隠居どころか、飲料水すら確保できそうにないわね」
前世のデータセンターの方がまだ湿度が管理されていた。ロアが不満げに眉を寄せたその時。
霧の奥から、カチ、カチと、硬い爪が岩を叩く音が近づいてきた。
「グルルル……」
暗闇から浮かび上がったのは、月の光のような銀色の毛並み。ロアの体ほどもある巨大な顎を持った伝説の魔獣――フェンリル・シルバーウルフだ。
(あ、これ図鑑の特A級危険個体! ……待って、様子がおかしいわ)
技術者としての知的好奇心が恐怖を上回った。
銀狼の体は、制御不能になった自らの魔力で内側から焼き切れそうなほど膨れ上がっている。
「あなた、もしかして苦しいの? ……これ、排熱が死んでるじゃない。完全に熱暴走しかけてる……!」
ロアは一歩踏み出し、統括回路をかざした。だが、青い魔法陣は『プロトコル不一致』、つまりは言語拒否で激しく弾かれる。
『……人の仔よ……命を交ぜよ……お前の理を流し込め……』
「えっ、直接!? ……物理干渉しろってこと!?」
『……お前の小賢しい道具では、俺の「核」には届かぬ。粘膜を通し、命の門を開け……』
「ねっ、粘膜!? ……って、つまりッ、口づけってこと!?」
エンジニアとしての解決欲求が、羞恥心を突破した。
これは不純異性交遊などではない。合理的な『緊急メンテナンス』。相手は巨大な、モフモフの、超高性能なデバイスだ。
「……わかったわよ。未知の規格だけど、私が無理やり同期させてあげる!」
ロアは覚悟を決め、銀狼の鼻先に、チョンと鳥が突くような軽い接触を試みた。
「……あれ?」
だが、魔力の奔流は収まるどころか、激しい火花を散らす。
『なにをしておる。強度が、深度が足りぬ。管理者権限は、俺がもらうぞ』
「えっ、ちょ、何――」
次の瞬間。巨大な前足がロアの肩を押し包み、逃げ場を奪った。
銀狼の鼻先がロアの唇をむちゅーっと、熱烈に塞いだ。
「んんんんん――――っ!?」
これは接触なんて生易しいものじゃない。魂をこじ開けられるような圧倒的な全同期。
ざらりとした獣特有の舌が侵入し、口内を荒々しく掠めていく。
「っ……は、ん……!?」
(な、に……これ……、過回転……ッ!)
混乱した意識の奥底で、大切にアーカイブされていた最推しの画像データが、開かれたゲートから人化プロセスへと一気に流出していった。
(読み込み中……100%。実体化開始!)
脳内に青白い文字がぴかぴかと光る。
光が収まった時、腕の中にあったモフモフ感は消えていた。
代わりに、ロアを押し倒す形で、銀髪の、そして前世で愛した「あの推し」と全く同じ顔をした全裸の男が、彼女の唇を塞いでいた。
「んむぐぅ……っ!?」
んちゅっ、という濡れた音と共に、ようやく口元が離れる。
「……悪くない。人の仔の端子接触とはなかなかに熱烈だな。回路が安定したぞ、我が番よ」
脳を痺れさせるような、推しと同じ低音ボイス。
「あ、あ…………あぎゃああああああああああ!!?」
ロアの脳内回路が、全システム一斉に致命的なエラーを吐き出した。
「あの回路の繋ぎ方、非常に気に入った。魔力の定期メンテナンスとして、毎日行うのがよかろう」
男はぺろりと自らの唇を舐め、ゆっくりと立ち上がった。月の光の下、その完璧なフルセットの裸が露わになる。
「なっ、何してんのよこの変態!! 推しと同じ顔で全裸を晒すなッ!!」
ドゴォッ!!
ロアは全力の足蹴りを見舞った。突き飛ばされた彼は、あろうことか、両膝を大きく開き、ドカッと重心を落とした野獣のような座り方――股割りの姿勢で踏ん張った。
ロアの視界の真正面から、大切なところまで一ミリの死角もなく全開で見せつける体勢だ。
(見てはならない……でも、かつて推しの限定カードを1ピクセル単位で観察したオタクの習性が、その重要箇所に視線を釘付けにしてしまう……!)
「……推しとはなんだ。……あの強いイメージは……お前が心に決めた雄なのか?」
男は堂々と股を割ったまま、真剣に問う。そこには、異常な艶かしさが漂う地獄絵図が完成していた。
「フルオープンだから! 待って、服!! 誰かこの視界を強制終了させてぇぇーーー!!!」
「ん? なかなか仔細に渡り、よく再現できたと思うのだが……なにか違うのか?」
ロアに確認させるかのように、完璧な肉体をこれでもかと見せつけてくる。視線を離すに離せないオタクの悲しき習性に悶絶するロアの声は、霧に包まれた魔境の冷たい大気をびりびりと震わせた。
だが、伝説の魔獣は「これほど俺を求めているのか……」とポジティブすぎる勘違いでそれを受け止めている。
あまりに噛み合わない二人の、魔境開拓という名の強制デバッグが、今ここに幕を開けた。
「とりあえず服! 服よ!! 今すぐその股を閉じなさい、この変態ーーー!!!」
第2話をお読みいただきありがとうございました。
いきなりの全同期から、まさかのフルオープン(笑)
シルの「良かれと思ってやっている」天然な猛攻に、ロアの心臓はオーバーヒート寸前です。
次回、第3話。魔境での本格的な「生活基盤の構築」が始まります。お楽しみに!




