第17話 絶世の美女と全裸問題
おはようございます。
せっかくの日曜の朝ですが、神殿ではシルの「ある重大なバグ」が露呈して、何やら不穏な空気が流れているようです。
休日のお供に、シルの受難(自業自得)をお楽しみください。
ロアとシルが新たな距離感で接するようになってしばらく――。ロアは不意に気が付いたことがあった。以前はシルが人化する時、全裸だったが。紳士的になってからは……必ず服を着用しているのだ。
「……学習すると、出来るようになるものなのかしら……」
ロアは手元のペンを顎に当て、シルの「構成」をじっと観察する。
魔力で物質を構成し、人化と同時に肉体を覆う。これは極めて高度な並列処理であり、以前の「ただ脱ぎ散らかして抱きついてくる」という野性味あふれる仕様に比べれば、劇的な最適化と言えた。
しかし、エンジニアとしての探究心が、ふとした疑問をログに書き出す。
「……ねえ、シル。その服、以前みたいに脱がそうとしても……あ、いえ、脱げちゃったりはしないの? 魔力の保持効率としては、裸の方がいいのかしら」
無意識の問いかけに、隣で優雅に茶を飲んでいたシルが、派手に咽せた。
「は……裸で抱きついてもいい、という許可なのか? それは求婚を受け入れるという……」
「え!? あ、いえ、そこまでの決意はまだ……っ」
赤面して否定するロア。しかし、彼女の抱いた「人化の仕様に関する素朴な疑問」は、テラスの片隅で聞き耳を立てていた騎士たちの脳内ログを、激しく再起動させることになったのである。
庭の隅で休憩していたバルドとジギの背中に、冷たい戦慄が走った。二人の脳裏には、数日前に鍛錬場で行われた『紳士修業・着衣講習』の記憶が鮮明にフラッシュバックしたからだ。
それは、マーサによる検閲が厳格化された翌日のこと。
人化に際しての「マナー」を叩き込むべく、二人の騎士の前に現れたシルは――まさに「圧倒的な雄」そのものだった。
銀色の光が収束し、そこに現れた全裸のシル。その肢体を目にしたバルドとジギは、指導教官であることを忘れて息を呑んだ。
魔力で再構築されたその肉体は、仮初めの器とは思えないほど驚異的な密度を誇っていたからだ。
広大な肩幅、しなやかに波打つ腹筋の稜線。日々鍛錬を積む騎士たちでさえ敬意を抱かざるを得ない、戦士としての「完成された機能美」がそこにあった。
そして――視線を下げた二人は、同時に天を仰いだ。
「……なぁ、ジギ。あれ、どういう構成だ」
「……知らん。だが、少なくとも俺たちの知る『標準仕様』を遥かに超越している」
それは個体差という言葉では片付けられない、圧倒的なリソースの暴力。
己たちのモノとは一線を画する、入念すぎる自己設計による極上の一品。
騎士として、そして雄として、完膚なきまでに叩きつけられた敗北感。
「……旦那。ありゃあ、反則だ」
二人は見なかったフリを決め込みつつも、その出力に戦慄した。
髪の一本から、末端のディテールに至るまで完璧に構築しておきながら、シルは平然と言い放ったのだ。
『……ふん。身体は何とかなるが、服などという不純物のイメージは演算領域の無駄だ。ロアに着せてもらうのが一番効率がいい』
その時の、どこか勝ち誇ったような黄金の瞳。
バルドは予備の騎士服を投げつけながら、「それだけ精密に構築できれば、布の一枚や二枚、片手間で生成できるだろ!」というツッコミを、喉の奥で必死に飲み込んだのである。
――もっとも、その見事な人化の造形が、実はロアの深層意識から取り出されたデータに基づいているのだとしたら。
かつて令和の乙女たちの欲望の果てに磨き上げられた「二次元の黄金比」を、神獣の魔力で三次元に出力したものであるかもしれない可能性は、今後、ロアとシルだけが知る秘め事である。
そして現在。
ロアの隣で「求婚の許可か!?」などと騒いでいるシルを見つめながら、バルドとジギの視線が、静かに交差した。
(……おい、ジギ。旦那のあの反応。確実にあれ、確信犯だぞ)
(……ああ。やはりロア様に照れながらシャツを着せてもらうために、わざと「着衣機能」をオフにしていたな、ありゃ……)
二人の騎士の中に、共通の「疑惑」という名のログが刻まれた。
そんな彼らの不穏な空気を察してか、ソファで丸くなっていた黒毛の塊が、ゆっくりと首を上げた。
「……。ふん、何を今更。あのアホ犬の姑息な隠蔽工作など、我には最初から見えていたぞ」
エリュシオンが、ついにその沈黙を破った。エリュシオンが欠伸をしながら、面倒そうに尻尾を振る。だが、バルドが身を乗り出して追いすがった。
「えー、見たいっすよ! ケット・シーの王なら、やっぱり絶世の美女とかになれるんですか!? もしかして、超クールな黒髪美女とか!?」
「……。ふん、くだらん。我の本来の姿を人間の美意向で測るな」
鼻で笑うエリュシオン。しかし、あまりにも騎士たちがキラキラした目で見つめるものだから、彼は「一度だけだぞ」と、溜息と共に魔力を解放した。
黄金の光が渦巻き、そこから現れたのは――。
夜の闇を溶かしたような黒髪をなびかせ、金色の瞳を妖しく光らせる、冷徹かつ圧倒的な美貌を持つ「黒衣の淑女」だった。
その美しさは、もはや視神経に過負荷をかけるレベルの破壊力。むさくるしい歓声が響き渡る。
「「うおおおおお――!! 美女だ! 本物の絶世の美女だ!!」」
……誤解のないように言っておくが、主であるロアも、本来なら誰もが振り返るほどの美少女……いや、美しい女性である。
だが、バルドやジギにとっては、彼女はあまりに若すぎる守るべき対象だ。その上「シルの番」として最初に認識してしまったため、彼らの理性という名のファイアウォールは、彼女を「恋愛対象」から完全に除外してしまっているに過ぎない。
その点、目の前の淑女(中身は猫様だが)は、騎士たちのストライクゾーンをマッハで貫通する、成熟した「大人の美女」であった。
興奮の絶頂でジギがふと気づき、震える指を差して叫んだ。
「……っていうか、あれ!? 服!! 服着てるじゃないっすか!!」
そうなのだ。エリュシオンが人化した姿は、彼の魔力が編み上げた美しい黒のドレスを完璧に纏っていた。レースの細部、肌をなでる絹の質感に至るまで、あまりにも精密なデザイン。
「……? 何を騒いでいる。人化とは、自身の外装データを再構築する行為だ。皮膚を作るのと布を作るのに、難易度の差などない。イメージ次第でいくらでも生成できるだろう」
エリュシオンが当然だと言わんばかりに、豊かな黒髪をかき上げたその瞬間。
現場に、何とも言えない氷点下の沈黙が流れた。
「「………………」」
騎士たちの脳裏に、共有される一つの光景。
いつも「ロア!」と叫びながら、一糸纏わぬ見事な全裸(かつ、雄としての極上の一品付き)でロアの寝室に強制ログインし、「きゃあああ! 服を着てって言ってるでしょうが!!」と彼女に全力の拳を喰らっていた、あの銀狼の姿。
「……。なぁ、シルさん。あんた、いつも人化する時、頑なに全裸っすよね」
庭の隅で、獲物の解体をしていたシルが、ピクリと肩を揺らした。
「……あ」
騎士たちの冷ややかな、けれど確信に満ちた視線が、一点に集中する。
「人化の仕様で服が作れるなら……。旦那、あんた確信犯か!? やっぱりロア様に顔を真っ赤にされながら、服を着せてもらう工程を、わざと楽しんでただろ!!」
『…………』
シルは毛並みを少し乱しながら、ものすごい勢いで尻尾を振り回し、砂埃を上げて逃亡した。
「……。あのアホ犬め。策に溺れて、我にバラされるとはな」
エリュシオンは美女の姿のまま、フッと勝ち誇った笑みを浮かべた。
この日、騎士たちで「シルの旦那は、意外と策士」という新たな記録が刻まれたのであった。砂埃を上げて逃げ去った銀狼の背中を見送りながら、バルドとジギは深く、重いため息をつく。
「なぁ、ジギ。これ、ロア様に報告するか?」
「……いや。やめておけ。もしロア様が、あの全裸突撃が『計画的犯行』だったと知ってみろ。旦那は間違いなくこの神殿から叩き出されるか、永久に物理的な隔離設定を喰らうぞ」
ジギの冷静な指摘に、バルドはガタガタと震え上がった。
主であるロアの怒りは、時として古代魔術よりも恐ろしい。それに、もしシルが追放されれば、この神殿の防衛リソースは大幅にダウンし、自分たちの業務負荷が跳ね上がる。
「……だな。これは、俺たちだけの極秘事項にしておこう」
「ああ。旦那には後で、たっぷり貸しを作っておくとしようか」
二人の騎士は、美女と化したエリュシオンの圧倒的なオーラに当てられつつも、男同士の奇妙な連帯感を固く結んだ。
最後までお読みいただきありがとうございます!
シルが頑なに全裸だった理由……皆様は薄々お気づきだったかもしれませんが、エリュシオン様の「外装データ」解説によって、ついに騎士たちに追い詰められてしまいました。
乙女には内緒、という「雄たちの連帯責任」。これからどう転んでいくのか……。
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