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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第15話 桜焔の神殿と床暖房

第15話です!

魔境の冬を越すためにロアが着手したのは、まさかの「床暖房」の実装。

火霊サラマンダーの超高級素材を「面」で制御するという暴挙(?)、英雄たちは床の暖かさで次々とダメ人間にリビルドされていき……!?

 

 魔境にそびえ立つ『桜焔おうえんの神殿』。


 ロアが作り出した建物になぜそんな名が付いたか、それはマーサがやってきた日にまで遡る。


「紅蓮の鱗……」

「きれいでしょう?」


 ウキウキと見せびらかすロアに、マーサはポツリと言う。


「さっき、シル様が私をここに連れてくる時にお使いになったのと同じものでしょうか」

「左様。上空は寒いのでな、紅蓮の鱗で暖をとりながら来たのだ」


 なんて事のないようにシルが言う。


 マーサは、王都から魔境までの超高速移動中、自分を包んでいた「心地よい熱」の正体を知って戦慄した。

 シルが懐から無造作に取り出したのは、赤黒く脈動する『紅蓮の鱗』。サラマンダーの長が、ロアに気前よく譲渡した、火属性魔法の極致とも言える超高級素材である。


「シル様……。これを、わたくしを運ぶための『使い捨てカイロ』のようにお使いになったのですか?」

『上空は風が強く、低気温(マイナス40度)だったからな。ロアの大切な侍女が凍結してはここに連れて来れないだろう? これが、最も手軽な保温方法だと思った』


 シルは事もなげに言うが、その一片で城一つが買えるほどの国宝級アイテムである。


「手軽……」


 騎士団の面々は卒倒しかけた。


 しかし、それを聞いていたロアの目が、キラリと切り替わった。


「シル……あなた、天才ね! その『暖の取り方』、点じゃなくて面で展開すれば、最高のQOLが実現できるわ!」


ロアが熱っぽく語り、愛用のスパナを高く掲げる。

 その隣で、シルは黄金の瞳をぱちくりとさせ、耳をぴょこんと動かして聞き返した。


『……きゅー……お……える?』


 シルはその言葉を、自分の知らない高度な魔導言語か何かだと思ったらしい。


『それは、新しい攻撃魔法のコードか? あるいは、俺の魔力回路をさらに書き換えるための、強力なパッチの名前か?』

「違うわよ、シル。QOLっていうのはね……簡単に言えば『毎日をどれだけ幸せに、心地よく過ごせるか』っていう、人生の質のこと。……ほら、床が暖かいと、それだけで『生きててよかったー!』って思うでしょ? それがQOLが高い状態なの!」


 シルは少し考え、それから目を閉じた。


『……ふむ。幸せに、心地よく、か。……ならば、ロア。俺にとっての「きゅーおーえる」の定義は、既に出ている』

「あら、意外と理解が早いのね。何だと思ってるの?」

『俺が望むのは、お前の隣で、誰にも邪魔されずにお前を愛でることだ。……これが、俺の人生の質の最大値だ』


 胸を張ってドヤ顔でロアを見る。そのシルの毛並みがふさりとなびいた。


ロアは顔を真っ赤にして、うつむいた。


「それは……それは……」


 一方、その会話を横で聞いていたマーサが、クスクスと笑った。


 ロアがさっそく設計したのは、拠点の基礎部分を網の目のように走る【紅蓮魔力・熱伝導回路】。

 鱗を粉砕し、特殊な液体魔導金属に混ぜ込むことで、熱を一定の温度(24.5°C)に保ったまま循環させる、魔境初の「オーバークロック床暖房」である。


「システム起動!」


 ロアがメインスイッチを叩くと、拠点の石床が、深層からじんわりと淡いピンク色に発光し始めた。

 紅蓮の猛火を、ロアの精密な制御パッチが「春の木漏れ日」のような優しさにまでデバッグしたのだ。


「……見て。床が、桜の花びらを敷き詰めたみたい。……ロア様、ここはまるで『桜焔おうえんの神殿』ですわね」


 マーサが感嘆の声を漏らす。


 それ以来、この拠点は魔境の吹雪の中でも、常に「春」が維持される聖域となった。


 だが、その奇跡的な魔術の恩恵を、床に寝転がって全身で受けているのは、かつて王国を救った英雄たちであった。

 魔塔が始まって以来の天才と謳われ、数百の古式魔術を操る最高位導師ゼノス。

 一振りで巨岩を断ち、単騎でワイバーンの群れを壊滅させた剛腕の守護騎士バルト。

 そして、影に潜み、あらゆる罠を無効化する隠密特化の第一級斥候ジギ。

 伝説に名を連ねるはずの彼らが、今はただの「床暖房の虜」となり、溶けたように石床に張り付いている。


「導師殿、『おーばーくろっく』とは何でしょうね」


 バルトが重い口を開くと、ゼノスは天井を見上げたまま、深く、静かに頷いた。


「ふむ。私にも正確な語源は分からぬが……ロア殿の成したことを見るに、『ことわりの限界を超え、素材の魂を極限まで使い切る』ということなのだろう。それを暴走させず、春の陽だまりに封じ込める。……恐ろしいまでの制御能力だよ、あれは」


 賢者の言葉に、斥候のジギも深く同意するように目を閉じる。


「ジギ、この床……。もう王宮の騎士団寮には戻れねぇぞ……」

「同感だ、バルト。俺の隠密スキルも、この暖かさの前では『微睡まどろみ』に上書きされる……」


 かつては死地を駆け抜けた猛者たちが、今やロアの提供する「QOL」という名の最強の魔法によって、完全に戦意を喪失していた。この神殿に流れる穏やかな時間こそが、彼らにとって人生で初めて手に入れた「本当の平穏」なのかもしれなかった。


 

第15話をお読みいただきありがとうございました。

シルの「QOL = ロアを愛でること」という迷いのない定義に、床暖房が必要ないくらい熱くなりますね!

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