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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第13話 記憶なき母の軌跡と、明るい隠居生活の始まり

第13話です!

魔境のホワイト拠点でフルリカバリを果たした調査隊。

そこで明かされる、ロアの亡き母の驚愕の正体は……。

 温泉に入り、エリュシオンの抜け毛で織られた至高の部屋着パジャマを纏った調査隊の面々は、翌朝、信じられないほどの全快フルリカバリを果たしていた。


「……信じられん。魔力が、かつてないほどスムーズに回路を流れている」

「ああ、あの温泉とこの服……。王立魔塔の宝物庫にあるどの一級品よりも、魔導効率スペックが高いぞ」


 鏡に映る自分たちは、死にかけていた昨日の姿が嘘のように肌艶が良く、瞳には生命力がみなぎっている。

 彼らは理解した。この場所は魔境の地獄などではなく、世界で最も進んだ文明の特異点なのだと。


 そして、ここを統べる主。


 それは、王都のラングリス伯爵家で病気療養中と聞いていたはずの令嬢――ローレル・ラングリスその人であった。


(……おかしい。伯爵は、娘は体が弱く、領地で静かに過ごしていると言っていたはずだ。だが、この圧倒的な魔導構築力……そして、あの迷いのない手際……)


 本来ならば、ここで一番興奮して技術的考察を垂れ流すべき導師ゼノスが、なぜか静かだった。

 騎士たちは「どうしたのか」と不思議に思い、彼の方へ視線を向けて、首を傾げた。


「……ローレル・ラングリス殿。改めて、名乗らせていただきたい」


 ゼノスは姿勢を正し、王宮での謁見をも凌ぐ敬意を込めて一礼を捧げた。


「私は王立魔導院、最高位魔導技師――ゼノス・アルト・ヴァルハイト。かつて……君の母、エレノアの『師』であった男だ」

「……えっ? お母さんの……?」


 ロアの手から、おたまが落ちそうになった。


 ロアにとって、母とは霧の向こう側の存在だ。伯爵家では「卑しい女」と蔑まれ、唯一の味方だった侍女のマーサからも「魔導に詳しかった」と断片的に聞かされていただけで、その生涯は謎に包まれていた。


「……先生。でも、私は……お父様たちからは、母はただのメイドだと……」

「馬鹿げたことを! あのような無粋な貴族どもに、彼女の真価がわかるはずもない!」


 ゼノスが激昂し、思わず一歩踏み出した。その剣幕に、背後で「不審者なら即排除」と構えていたシルも、毒気を抜かれたように動きを止める。


「エレノアは、王都の若手で最も才気溢れる魔導技師エンジニアだった。彼女が編み出す術式は、冷徹な効率システムではなく、常に『使う者への慈しみ』に満ちていた。……私たちが、どれほど彼女を惜しんだか。伯爵家が接触を断ち、君が『無能』として追放されたと聞いた時は、絶望したものだ」


 ゼノスは震える手で、リビングの隅に転がる『全知の魔導書』や、今自分が着ている『神獣のパジャマ』を指し示した。


「だが……見てごらん。この清浄な魔力、この完璧な生活機構ベース。エレノアが……君の母が夢見た『誰もが笑顔になれる魔導』を、君はここで完成させていたのだ。……ああ、エレノア。君の娘は、我ら師をも追い越して、神域の領域にまで達していたぞ……!」


 ゼノスは涙をぬぐう。


「……ローレル殿。ここに来たら帰れないかもしれないと思い、王都を発つ前、伯爵に連絡をした。君は領地で『静養中』だと言っていた。だが、まさか……こんな魔境の深淵に、たった一人で放逐されていたというのか!?」

「ええ。一ヶ月くらい前かしら。まぁいろいろあって、着の身着のままで放り出されちゃって」


 ロアが「困ったものよね」と、まるでお天気の愚痴でも言うように淡々と語る。その言葉に、騎士たちは言葉を失い、ゼノスは怒りで全身を震わせた。


「……放逐、だと? あの男は、エレノアの娘を……王国至宝の知恵を継ぐ者を、死地に捨てたというのか……っ! なんという……なんという盲目な愚か者だ!!」


 ゼノスは、かつての教え子エレノアをよく知っている。前伯爵に請われ結婚してからというもの、連絡が途絶えたとはいえ、彼女がどれほど娘を愛し、その将来を案じていたか想像は難くない。


 伯爵家が接触を断っていたのは、庶子たるロアを隠すためではなく、単にエレノアの遺産や知識を独占していたのだと、この場で理解した。そしてロアの有用性をも理解できない息子が後を継ぎ、放逐に至ったのだ。


「……案ずるな、ローレル殿。あのような家、こちらから絶縁してやればいい。いや、もはや君の価値を理解できぬ国など、滅びても自業自得だ」

「あ、いえ。私はここで静かに隠居したいだけなので、国を滅ぼすとかはちょっと……」


 ロアが困ったように眉を下げて手を振る。

 復讐に燃えるゼノスと、あくまで快適な生活を死守したいロア。そのあまりの温度差に、後ろで控えていた騎士たちが、恐る恐る口を開いた。


「……導師殿、落ち着いてください。その……この方は、我々が守るまでもなく、すでに魔境を『支配』しておいでです」

「左様です。……見てください、あの銀狼の顔を。自分のテリトリーに『嫁の口うるさい実家関係者』が居座り、勝手に思い出話を始めた時の絶望を絵に描いたようです」


 視線の先では、シルが「いつまでこの老いぼれは居座るつもりだ……!」と言いたげに、盛大に舌打ちをしていた。


「……先生。お母さんのこと、教えてくれてありがとう。でも私……伯爵家では母の記録なんて、何一つ見せてもらえなかったの」


 ロアの淡々とした告白に、ゼノスの表情が凍りつく。


「記録がない……? バカな。エレノアが遺した膨大な研究日誌や、開発した魔導具のプロトタイプは、全てあの家が管理していたはずだ。前伯爵は、彼女を囲い込むためにあらゆる便宜を図り、その成果を家の独占財産にしていたのだぞ」

「そうだったのね。……でも、私に与えられたのは、それらを『壊さないように維持する』ための雑用だけだったわ」


 ロアは、かつて感電の衝撃で前世の記憶を呼び覚ました瞬間のことを思い出す。

 母の理論を学ぶ機会などなかった。ただ、壊れかけの魔導具を直せと命じられ、必死に魔力回路を弄り、感電し、その果てに令和に日本で学んだの設計思想を魔導に流用し始めたのだ。

 結果としてロアが作り上げたのは、母エレノアの優しさを土台にしつつ、前世の工業規格を融合させた、王都の魔導士たちが一生かかっても到達できない異次元の発想により出来た魔導だった。


「……前伯爵は、私の『手際』だけは気に入っていたみたいだけど。兄様は、私がただ裏でチョチョイと直しているだけだと思ってたみたい」

「……その『チョチョイ』が、神域の御業なのだとなぜ気づかん……っ!」


 ゼノスは膝を屈し、床に拳を叩きつけた。


「前伯爵は、エレノアを愛したのではない。あの子の『才能』を私物化するために、甘い言葉で囲い込み、君という娘さえも家の道具として留めおいたのだ……!」


 前伯爵はロアを便利な保守要員として都合よく使い倒し、その息子は、妹が家中のインフラを支えていた事実すら理解できずにゴミとして捨てた。


「……案ずるな、ローレル殿。君はもう、あのような家のために手を汚す必要はない。君は自由だ。エレノアが夢見た魔導を、君自身の意志で……」

「ええ、先生。今、最高に自由よ! だって……」


 ロアは満面の笑みで、魔導冷蔵庫からキンキンに冷えた果実水を取り出した。


「誰にも文句を言われずに、一日中好きな魔導具を作って、シルのモフモフにくるまってお昼寝して、美味しいものを食べる……。この『隠居(ニート)生活』、絶対に譲りたくないわ!」


 シルが自慢げに胸を張り、尻尾をフリフリする。ゼノスはロアか幸福そうなのを見て、納得いかない腹立ちが徐々におさまっていくのを感じた。


「ところで、ローレル殿」


 感涙していたゼノスがおもむろに抱きしめていた全知の魔導書をすすっと出した。


「こちらなのだが、私の生涯の夢だったのだ。譲ってくれとは言わない。読ませてもらいたい、是が非でも……!」


 ゼノスは黄金のパジャマの膝を床につき、王宮で叙勲を受ける時よりも深い、真剣な眼差しでロアを見上げた。その手には、まるで赤子を抱くように大切に、けれど決して離さないという執念を込めて『全知の魔導書』が掲げられている。


「えっ、ああ、いいわよ。好きに読んで。……あ、でもその本、結構口が悪くて」


 数日前にシルが放り出したことが気に入らなかったのか、部屋の隅に転がされた後、回収しようとして『馬鹿娘がッ!』と怒鳴りつけられて以来、そのまま放置していたのだった。


「……許可、いただけたのか? 国宝を、いや、人類の遺産を、こんな……形で……ッ!」


 ゼノスはガクガクと震えながら、震える指で魔導書の表紙に触れた。

 すると、魔導書がパカッと目を開け、ゼノスを冷ややかに見下ろす。


『……おい。なんだこの鼻息の荒い老体は。尊い私の表紙に脂をつけるな。毛むくじゃら(シル)と頭の足りぬ小娘ロアに比べればマシか』

「……しゃ、喋った……! 意思を持つ魔導書、伝説の【生ける智慧】……! おお、 罵倒さえも光栄だ! 読ませてくれ、君の中にある事象の真理を……!」


 ゼノスはその場にあぐらをかいて本と語り出した。


 目は血走り、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。もはや王立魔導院の導師としての威厳はどこへやら、ただの「重度の魔導オタク」と化した老人がそこにいた。


「……先生、一ページ読むごとに結構魔力持っていかれるってシルが教えてくれて……」

「構わん!この一節を知るためなら、寿命の数年など安い……」


 騎士たちは遠い目をした。


 昨日まで「我らの誇り」だった導師が、魔境の温泉で、パジャマ姿のまま本に骨抜きにされている。


「……なぁ、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」

「静かにしててやろう。あの人は今、生涯で一番幸せな瞬間にいるんだ……」


 一方、シルは冷めた目でその光景を眺めながら、尻尾でパタパタと床を叩く。


(……やれやれ。主も主なら、客も客だ。人の仔には『まともな知性』というものがないのか)


 呆れる守護獣をよそに、ロアは相変わらずのマイペースで朝食の準備に戻るのだった。




第13話をお読みいただきありがとうございました。

ロアの母もまた、時代の先を行く技術者だったのですね。

そしてゼノス導師……。希少素材のパジャマ姿で魔導書に罵倒されながら喜ぶ姿は、もはや救いようのない「技術者の末路」です。

次回もお楽しみに!

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