第12話 王都の導師たちとパジャマパーティー♪
第12話です!
魔境のホワイト拠点に迷い込んだ「国家予算の塊」こと調査隊の面々。
彼らを待っていたのは、伝説の銀狼による「俺の番アピール」。
そして……部屋の隅に転がる「ゴミ」の正体に、導師が発狂!?
ーーその頃、導師たちはというと。
「何を渡されたのです、導師殿」
「いや、先ほどの令嬢にな。まずは洗い場で身体を洗うようにと言われ、『洗い場?』と問い返したところ、この案内に沿って入浴せよと」
導師が掲げたのは、ロアが「初めての利用者でも迷わないように」と自作した、防水加工済みの入浴ガイドラインであった。それはかつてインバウンドに沸いた温泉大国日本の、外国人向けガイドラインを忠実に模したものだ。
「身体を洗ってから、湯船に……。なんと、聖域の泉を汚さぬための厳格な戒律か。やはりあの方は、この地の調和を守る高位の巫女に違いない」
「見てください、この洗浄液……。泡立てるだけで、身に染み付いた魔境の呪いが、嘘のように剥がれ落ちていく……っ!」
ロアにとっては自作の石鹸で汚れを落としてほしいだけなのだが、騎士たちはその泡立ちにさえ、高度な浄化の奇跡を見出していた。身を清めただけで、魂の煤までが洗い流されたような軽快さを覚える。
「ああ……温かい。骨の髄まで、凍てついた魔力が溶けていくようだ……」
彼らが湯船に浸かり、あまりの至福に「ふぅ……」と英雄らしからぬ声を漏らした、その時だった。扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれ、氷点下の咆哮が吹き荒れた。
『――震えて待てと言ったはずだ、不浄な人の仔ども』
一瞬で浴室の湯気が凍りつき、背筋が瞬時に凍結する。そこに立っていたのは、神域の威圧感を全身から放つ銀狼公――この魔境の真なる支配者、シルだった。
「ぎ、銀狼公……っ!」
『我が名は――古の月光を溶かし、銀の山嶺を統べる者、フェンリィ・シルヴァリウス・ヴォル・フォーリア。この地の主であり、ロアの「番」である者だ。貴様らのようなゴミが、我が妻に近づけると思うな』
ドスの効いた声で言い放つと、シルは抱えていた「黄金の部屋着」を男たちの顔面に叩きつけた。
『……それを着ろ。ロアが、お前たちの汚い服を廃棄しろと言っている。その不潔な肌を一刻も早く覆え。……いいな?』
ドサリと足元に落ちた布地から溢れ出す、絶大な魔力。
「……は? ケット・シーの王の、毛……!? こんな素晴らしいものを我らに……!?」
国家予算が飛ぶ伝説の素材を「パジャマ」として与えられた事実に、導師の脳はパンク寸前、オーバーフローを起こした。
『ただの野良猫の毛だ』
シルは吐き捨てるように言ったが、狂喜する彼らの耳には届いていない。
神獣の毛並みに包まれる究極の肌触りと、底上げされる魔力の全能感。導師たちは自分たちが「国家予算級の塊」を纏っている事実に震えながら、ふらふらとリビングへと戻った。
「ロアが早くしろと言っている。なんでも『毒味』をして欲しいとのことだ」
「毒味……」
導師の頬が引き攣った。銀狼公が口にする「毒」だ。だが、これほどの聖域で今さら毒を盛る意味があるか? ならば、この『毒味』とは――。
リビングでは、冷気を湛えた魔鉄の箱の前で、満足げに微笑むロアが待っていた。
「あ、来たわね。試作品が出来たの。……はい、これ。桃のシャーベットよ」
差し出されたのは、白銀の器に盛られた淡い桃色の結晶体。極楽桃を『超伝導魔導冷蔵庫』で一気に凍結させた特製スイーツだ。
導師は覚悟を決め、未知の合金製のスプーンを手に取った。探究心と期待に溢れた彼の舌に、氷結した果実が触れたその瞬間――脳内で何かが弾けた。
「っ!?」
超低温で魔力を固定された「食べる聖遺物」。糖分と魔力が爆発的なエネルギーとなって奔流し、傷ついた魔力回路をバグ修復のように繋ぎ直していく。
「な……なんだ、これは……!? 味が……いや、身体に漲るこの力は……!」
「う、うまい……。桃が凍結されているのか……?」
「桃……いや、これは伝説の『極楽桃』……!」
騎士たちが涙すら凍りつく至福に酔いしれる傍らで、シルが「俺の分は!?」と激しく尻尾を振る。
「その尻尾、煩いぞ。これだから『犬』は品性に欠けるのだ」
「お前こそ煩い、この野良猫め! いつまで居着くつもりなんだ、この穀潰しが!」
「うるさいわねぇ! もう、二人とも静かにしてて!」
ロアの一喝。神獣たちが一瞬で「くぅん……」と項垂れ、「ふんっ」と顔を背けて沈黙した。その光景を見て、導師は悟った。
「……やはり、我々は死んだのだ。ここは、天国という名の狂った異界に違いない……」
だが、その確信は、部屋の隅に転がる「あるモノ」を見た瞬間に、絶叫へと変わった。
「あぁ……ああああああぁ……!! 全知の魔導書がぁ!!」
シルが筐体から不要なゴミだと放り出した本が、埃を被って転がっている。世界中の学者が一生を捧げて探し求める伝説が、ただの古新聞のように。
「なぜ……なぜこれが、こんな場所に……っ!? 私が生涯をかけて探し求めてきた、夢の……あぁ……っ!!」
導師は立ち上がる気力すら忘れ、パジャマのまま床を這い、全知の魔導書を抱きしめた。
こうして王都最精鋭の調査隊は魔境の深淵で完全に骨抜きにされていき。ロアの隠居生活は、賑やかに(本人の意図とは裏腹に)加速していくのだった。
第12話をお読みいただきありがとうございました。
導師が一生をかけて探していた「全知の魔導書」、シルにとっては「冷蔵庫の隙間を埋めるのにも使えないガラクタ」でしかありませんでした。
価値観のバグが凄まじいことになっています。
次回、第13話もお楽しみに!




