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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第11話 オリハルコンの筐体と極楽桃のシャーベット

第11話です!

魔境の素材で「超伝導冷蔵庫」をビルドするロア。魔境で遭難中の王都からの最高戦力たちが迷い込んできて、シルの独占欲は暴走し、エリュシオンは余裕のマウント回になります。

 シルがつがいの誇りにかけて魔境の北から持ち帰った「万年氷の魔石」と、古代遺跡から発掘――もとい、物理的に破壊して奪取してきた銀色の筐体。


「すごいわ、シル! あの材質、魔力を一切通さない完全遮断合金オリハルコン・リミテッドじゃない! 冷却魔法を閉じ込めるには、これ以上の筐体ボディーはないわ!」


 希少な材料を前に、瞳をキラキラと輝かせるロア。その熱い眼差しを一身に浴び、シルはこれ以上ないほど得意満面だ。


「だろう? 箱型の金属が欲しいと言っていただろう、これほど相応しいものはないと思ったのだ!」


 ロアの期待に応えられた誇らしさに、シルの声も弾む。中を見せようと蓋を開けた彼の目に飛び込んできたのは、一冊の分厚い古びた本だった。

 今の彼にとって、ロアからのさらなる賛辞を浴びるのに「中身」など不要なもの。筐体に収まっていたその古臭い本を、彼は邪魔だと言わんばかりに無造作に放り出した。


 本は宙を舞い、部屋の隅でパタンと埃を立てて転がった。だが、今の二人にはそのガラクタを顧みる余裕などない。


 それらをロアが独自の理論で組み上げ、ついに魔境初となる『超伝導魔導冷蔵庫』が完成した頃。


 マイホームの周辺は、もはや隠居先の家というより、白銀の城壁に囲まれた要塞都市のような威容を誇り始めていた。


(隠居するのもなかなか大変だわ。まずは生活環境ベースを整えないとだものねぇ……)


 理想の「何もしない生活」を手に入れるため、ロアは皮肉にも、なかなかに忙しい日々を過ごしていた。


「よし。これで極楽桃の鮮度も永久保存ストレージできるわね。魔境の食材は使い方がよくわからないものも多いけれど……この桃なら、とりあえずシャーベットが作れるかな? 砂糖がなくても、十分すぎるほど甘そうだし」


 ロアは、宝石のように輝く桃の果肉を贅沢に切り分けると、完成したばかりの冷気を放つ冷蔵庫にと収めた。


「冷却効率は最高マックスに設定してあるから、すぐに凍るはずだわ。……ふふ、隠居生活の初スイーツね!」


 ロアにとっては、ただ「冷やして固める」だけのシンプルなデザート作り。だが、極楽桃という霊薬エリクサー級の果実なのだ。ただのシャーベットではないものが出来上がる予兆は十二分にあった。


「シル! そこ、あんまり殺気を飛ばさないで。シャーベットの出来……いえ、結界の出力が不安定ラグになっちゃうわ」


 ロアは完成したばかりの、心地よい冷気を放つ魔鉄の箱をポンと叩き、空中に展開した調整用パネルを睨んだ。

 だが、隣に立つシルの不機嫌は、もはやシステム制御で収まるレベルを超えていた。


『……納得いかん。なぜ俺とお前の聖域に、あんな野良猫の「客室」など作らねばならんのだ。……しかも、あろうことか俺の寝室の隣に』


 シルの視線の先では、お風呂上がりで黄金の輝きを増した毛並みを誇るエリュシオンが、ロア特製の魔導乾燥機(ドライヤー)の前で、無防備に腹を見せている。


「いいじゃないか、銀狼。我の魔力供給のおかげで、この拠点の結界強度は上がっただろう? それにお主が煩いから、一人で温泉にも入るし、こうして一人で毛も乾かせるようになった。家賃と食費代わりの毛も、たっぷり提供してやっておるぞ」


 エリュシオンは優雅に尻尾を振り、温風に舞う自分の抜け毛を眺めながら喉を鳴らす。その文明に馴染みきった姿が、シルには我慢ならないらしい。


『黙れ、毛玉。ロアの隣は俺の特等席だ……その余裕、今すぐ粉々に噛み砕いて消去してやろうか』


 シルが鋭い牙を剥き、エリュシオンを威嚇したその瞬間。

 拠点の外周――いがみ合いながらも、無意識下に広域スキャンを維持していた二大巨頭の意識が、同時に不審な人間たちを検知した。

 先ほどまでの騒がしい空気が、一瞬で氷結する。

 リビングを支配したのは、本能を震わせるような冷徹な殺気。作業の手を止めたロアも、肌を刺すような緊張感に顔を上げた。


「人の仔か」


 エリュシオンが、とろけていた瞳を鋭い縦長へと絞る。その声には、先ほどまでの愛嬌は微塵もなかった。


「3人いるな。それも……かなり、ボロボロだぞ」


 シルは鼻を鳴らし、不快そうに視線を外へと向けた。

 ロア以外の何者も受け入れるつもりはないと言わんばかりの、魔境の主としての冷酷な眼差しがそこには宿っていた。


 その頃。

 魔境を彷徨い、もはや自力での帰還を諦めていた導師ら調査隊は、ある「異変」に足を止めていた。

 死の澱みに支配された魔境にはありえない、鼻を突くほどに甘い桃の香りと、肺の奥まで洗われるような清浄な空気が、どこからか流れてきたのだ。


「……あ、ありえない……。魔境の深淵に、これほど高純度な聖域が……」


 導師が震える手で茂みを掻き分けると、そこには、王都の宮殿さえも凌駕するほど洗練された楽園が広がっていた。


 一点の曇りもない白銀の石材が美しく敷き詰められ、立ち上る湯気と共に、枯渇した魔力を穏やかに回復させるアロマの香りが漂ってくる。


「……ここは、天国でありましょうか……」

「きっとそうだろう。我々は死ぬ間際に、良い夢を見ているのだ。……もう、疲れた……」


 限界を超えていた騎士が、安堵に震える声を漏らす。だが、隊長と呼ばれた男は、霞む視界の中で門の奥に佇む「影」を捉えていた。


「隊長、我々は本当に死んだのか?」

「……いや。天国にしては、あの銀狼の殺気が現実的すぎる。……だが、助かった。あそこに行けば、きっと……」


 彼らは最後の力を振り絞り、這うようにして聖域の門を叩いた。

 それが、ロアの静かな隠居生活が、期せずして魔境の迎賓館へとアップグレードされる歴史的瞬間であった。


 拠点の門前。

 シルは今にも飛びかからんばかりに白銀の牙を剥き出し、低く唸っていた。その殺気の矛先は、ロアと同じ人間の男である調査隊の面々だ。

 行き倒れ寸前の導師たちは、伝説の銀狼から放たれる「本気の神罰」のような覇気に当てられ、立ったまま白目を剥いて震え上がっている。


「やめなさいってば、シル! 彼ら、完全にHPが1(瀕死)の状態なのよ。今あなたが咆哮ノイズを放ったら、それだけで心停止システムダウンしちゃうわ!」


 ロアが必死にシルの腕を引いて制止するが、シルの黄金の瞳には焦りにも似た怒りが宿っている。


『だが、ロア! こいつらは男だ!』


 自分と彼女だけの、白銀に閉ざされた聖域。そこに土足で踏み込もうとする薄汚れた異物。シルにとってそれは、いかなる魔獣の襲撃よりも容認しがたい致命的なエラーだった。

 怪訝な顔をしたロアに向かって、シルは言葉を重ねた。


『不潔で、弱くて……それでいて、お前と同じ種族の……っ!』


 言葉の端々に、つがいを奪われまいとする獣特有の切実な独占欲が滲む。だが、その張り詰めた空気を、後ろからのんびりとした声が切り裂いた。


「くくっ……見苦しいぞ、銀狼。余裕のない雄は嫌われるというのが、この世の真理だというのに」


 特等席のソファで丸くなっていたエリュシオンが、意地の悪い笑みを浮かべて目を細めた。呆れ返ったロアはすかさず、加勢を求めるように彼へ視線を向ける。


「エリュちゃんはどう思う? 私は行き倒れの人を見捨てるのは良くないと思うのよ」

「まったく同感だ。これほど『弱い』人の仔が三匹増えたところで、このエリュシオン様がいるのだ。何を恐れることがあろう?」


 寛大な王を演じながら、エリュシオンはシルの警戒心を「臆病」だと暗に切り捨てる。その計算高さに気づかないロアは、感心したように声を弾ませた。


「エリュちゃんカッコいい……! さすが器が大きいのね。あとで念入りにブラッシングしてあげるからね」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、エリュシオンは乾かしたばかりでまだ少し絡まっている黄金の毛並みを誇示し、わざとらしく前足を舐めてみせる。


「くく……最高のご褒美だな」

『――黙れ、野良猫! お前もまとめて排除対象だ!』


 ブラッシングという特権まで横取りされ、シルの殺気はついに臨界点を超えた。


「落ち着いて、シル! ……ええと、導師さんたち。まずはお風呂をどうぞ。そんなクサ……いえ、埃まみれな格好のままでは、お辛いでしょう?」


 ロアはかつての伯爵邸での振る舞いを必死に思い出し、極力丁寧な言葉を選んで口にした。

 だが、その本音は「そんな不衛生な格好で、私のクリーンな床を歩かないでほしいわ!」という、管理責任者としての悲鳴に近い。

 シルの荒ぶる殺気などどこ吹く風で、ロアは震える調査隊を浴室へと半ば強引に押しやった。


「……か、かたじけない……。なんと慈悲深い御方だ……」


 ロアの父親と同じくらいの年齢であろう導師は、深々と頭を下げ、救いを得た巡礼者のようによろよろと中へ入っていった。すっかり毒気を抜かれた騎士たちも、夢遊病者のような足取りでその後を追う。


「……やはり、ここは天国だ。地獄の淵で、我らは女神に拾われたのだ……」


 洗浄室から漏れ出るアロマの香りと、暖かい湯気。

 彼らが地の果てでの救済に涙していることなど露知らず、ロアは彼らの脱ぎ捨てた汚汚れた装備をどう処理するか、すでに計算を始めていた。


 つまりは洗浄したところで「あの汚れていた服」で再び家の中を歩き回られるのが、生理的に我慢ならないだけである。それならば、手元にある最強の素材を使って、自分の管理基準クリーンネスを満たす服を着せてしまった方が、精神衛生上よほどいい。


「シル、編み機の魔力充填をお願い。一気に仕上げちゃうから!」


 かつて王都の宝物庫に一房あるだけで国が傾くと言われたケット・シーの王の毛。それが今、ロアの清潔への執着によって、ただの即席部屋着へと作り変えられようとしていた。







第11話をお読みいただきありがとうございました。

シルの持ってきた「オリハルコンの箱」の中にあった「古びた本」、なんだか凄そうな雰囲気だったのをご記憶にとどめていただきたいです(笑)

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