幕間: ロアなき王都、ラングリス伯爵邸
物語の舞台は一度、魔境の喧騒を離れ、華やかな王都へとロールバックします。
そこにあるのは、ロアを「無能」と呼び、魔境へとパージしたラングリス伯爵邸……。
王都の一角、ラングリス伯爵邸。
かつての栄華は見る影もなく、家財の多くが差し押さえられた殺風景な広間に、国王直属の「魔境調査委員会」の官吏たちが立ち入っていた。
「……信じられんな。ラングリス伯爵、貴殿は我が国の法を、そして魔導ギルドの規約を無視し、正当な手続きなく令嬢ローレルをフェルフォートへ『投棄』したというのか」
冷徹な官吏の声が、震える現伯爵エドワードと、その母である元伯爵夫人へと浴びせられる。
エドワードは脂汗を流し、引きつった笑みを浮かべて必死に言い訳を並べ立てた。
「い、いや! あれはあくまで『修行』の一環で……! 妹は、出来損ないの無能魔導士ですから、相応の荒療治が必要だと判断しただけでして……!」
その見苦しい言葉を、官吏の一人が悲痛な面持ちで遮った。
「……修行、だと?」
彼は氷のような視線で、一通の書類を突きつけた。それは、伯爵家から国へ提出されていた『育成支援金受給申請書』の控えだった。
この国の制度では、領主の子女一人ひとりに公金から支援金が発生する。ロアが疎まれながらも今日まで屋敷に留め置かれていたのは、偏に彼女が「歩く金蔓」だったからだ。エドワードも当然知っているはずの常識だが、彼はあろうことか、ロアを追放した後も「彼女は屋敷で健やかに修行中である」と偽り、支援金を不正に受給し続けていた。
「貴殿は彼女を魔境へ捨てた後も、その『死に金』を貪り続けた。……だが、隠し通せると思ったか? 貴殿が給金を着服し、過酷な労働を強いていた使用人たちが、一斉にギルドへ駆け込んだのだよ」
差し押さえで路頭に迷うことを悟った使用人たちは、せめてもの報復として、伯爵家の不適切な会計とロアへの虐待を全てぶちまけたのだ。
「冗談はやめていただきたい。……先月、我が国の魔塔が誇る最高位の研究者一人と、王国騎士団の凄腕二人による調査パーティが、万全の装備を整えてフェルフォートの調査に入った。だが――」
官吏は手元の書類を、宣告のように机へ叩きつけた。
「――音信不通。未だ一人として、生きて戻った者はいない。あそこは今、かつてないほど魔力が活性化し、神話級の魔獣たちが殺気立っているという報告すらあるのだ」
官吏が震える手で示したリストには、王国の至宝とも呼べる三人の名が連なっていた。
魔塔が始まって以来の天才と謳われ、数百の古式魔術を操る最高位導師。
一振りで巨岩を断ち、単騎でワイバーンの群れを壊滅させた王国騎士団の剛腕の守護騎士。
そして、影に潜み、あらゆる罠を無効化する隠密特化の第一級斥候。
国家予算の数パーセントを投じて育成された、文字通り「国家最高戦力」の調査パーティ。
装備の一つ一つが家一軒建つほどの国宝級という、万全を超えた布陣だった。
「その、彼らが……全滅したというのか?」
広間に、墓場のような沈黙が流れる。
官吏の目は、もはや彼らを人間として見ていなかった。
「彼らほどの英雄すら一瞬で飲み込まれる地獄に、護身用の魔道具すら持たぬ無垢な娘を放り込んだ。それが何を意味するか、理解しているのか? ……エドワード、貴殿がやったことは修行ではない。国家の資産を恣意的に抹殺した、確実な処刑だ」
「そ、そんな……! あの邪魔者のせいで、私の人生が、伯爵家の輝かしい未来が!!」
義母が絶叫し、その場で崩れ落ちる。
本日付で、ラングリス家の爵位は剥奪、全財産は国庫へ没収。
彼らは自分たちが仕掛けた罠の重みに潰され、牢獄の中で終わりのない悔恨を過ごすことになるだろう。
――しかし、彼らは夢にも思っていない。
王国最高の調査隊が行方不明になった「本当の理由」を。
処刑場であったはずの魔境が、一人の少女の手によって、王都の誰もが想像し得ない「異質な場所」へと作り替えられていることなど、知る由もなかった。
幕間をお読みいただきありがとうございました。
ロアを捨てた実家は、彼女がいないことでシステムが完全に崩壊し、自滅の道を辿りました。
一方、ロア本人はそんな王都の騒ぎなど知る由もなく、今日も今日とて「シルの全裸問題」や「猫のブラッシング」に忙しい日々を送っています。
次回、第11話。
ついに、命からがら逃げ延びた調査隊の生き残りが、ロアの「ホワイトな拠点」に辿り着きます!




