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魔境に追放されたエンジニア令嬢、統括回路一本で極楽温泉郷を築く 〜伝説の銀狼(推し)とホワイトに隠居します〜  作者: 櫻庭希翠


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第1話:『役立たず』の魔境転送

はじめまして!

本作は、ブラック企業のSEだった令嬢が、バグだらけの魔境を魔法工学とサウナで「デバッグ」し、理想のホワイト環境を築く物語です。

「技術屋の意地」と「伝説の銀狼(推し)への溺愛」を詰め込みました。お楽しみください!

 ローレル――ラングリス伯爵邸で「ロア」と呼ばれる彼女は、屋敷の全設備を司る『統括回路(マスターキー)』を腰のベルトに差し、油まみれの作業着で魔導コンロの基盤へと潜り込んでいた。

 朝食の卵の火加減が気に入らなかった元伯爵夫人から「魔導コンロの調子が悪いわよ、さっさと直しなさい!」と怒鳴られたのだ。


「ロア、なんとかなりそう?」

「そうね。回路のバイパスが焼き切れてる。ここに術式を重ねて、論理門をバイパスすれば……」


 下女たちの不安げな声に、ロアは手元を注視したまま答える。

 彼女にとって、この屋敷は巨大で不格好な遺物(レガシーシステム)だ。継ぎ接ぎだらけの術式を、自作のマスターキーで強引に最適化して動かし続ける。それが彼女の日常――終わりのない保守運用(メンテナンス)だった。


 屈み込んだ彼女の指先から、青白い魔力が極細の糸となって溢れ出し、古びたコンロの深部へと滑り込んでいく。精密なレース編みのように術式が編み上げられていく光景に、周囲の下女たちがホゥと感嘆の息を漏らした。


 最新式に負けない出力を出すには、力任せに魔力を注ぐのではなく、繊細なロジックの構築が必要なのだ。


「魔力は(パワー)じゃない、回路(ロジック)よ。……コンパイル完了、点火!」


 ロアが仕上げにパチンと指を鳴らす。

 直後、沈黙していたコンロが「ボッ」と小気味よい音を立て、澄んだ青い火柱を上げた。


「「「フゥゥゥーーッ!!!」」」


 台所の空気が震えるほどの歓声が上がった。

 わっと駆け寄ってきた下女たちに揉みくちゃにされながらも、ロアの瞳には職人としての確かな充足感が宿っていた。


 それもそのはず――かつてロアは、令和日本のブラック企業のシステムエンジニアだったのだ。


 前世の記憶は、常に「納期」と「トラブル対応」の悪夢と共にあった。繁忙期の三徹目の夜、出向先のサーバー室で心臓を止めた瞬間の冷たい床の感触を、今でも覚えている。


(……次は、絶対に、誰にも邪魔されないホワイトな環境で隠居してやる……。完全自動化された楽園をビルドして、理想の推し(インターフェース)に囲まれて……)


 それが、今際の際の誓いだった。


 次に目を覚ました時、魔法が存在する異世界の伯爵令嬢・ローレルになっていた。

 平民を母に持つ彼女は、父である伯爵を亡くした途端、義母と兄に「役立たず」としてこき使われる日々を送っている。


(まぁ、前世のデスマーチに比べれば、横暴な兄なんてただの不具合(バグ)みたいなものね)


 そんな、温かな熱気に包まれていた場に――場違いな、冷ややかな声が刺さった。


「ロア! 伯爵様が執務室へお呼びだ」


 台所が、しぃんと静まり返る。

 ロアは小さく息を吐き、腰のマスターキーがしっかり固定されているかを確認した。これさえあれば、どんな場所でもシステムを組み替えられる。


 重厚な執務室の扉を開けると、そこには豪華な椅子にふんぞり返る腹違いの兄、エドワードがいた。


「……お呼びでしょうか」

「何をぐずぐずしていた。お前のような『魔力の少ない欠陥品』が、油の臭いをさせて歩き回るとは。これだから卑しい女から生まれた出来損ないは困る」


 いつもの嫌味。エドワードにとって、ロアの技術は「卑俗な手慰み」に過ぎない。


「ああ、ちょうど今、お前に『相応しい』行き先を決めてやったところだ」


 エドワードが机の上に放り出したのは、禍々しい強制転送の魔導回路が組み込まれた契約書だった。


「魔境フェルフォート。そこにある、今は亡き王族の遺跡管理を任せてやる。光栄に思え」


 ロアは内心で首を傾げた。


 この国の制度では、領主の子女に『育成支援金』が発生している。それを捨ててまで自分を追い出すメリットがエドワードにあるのか。


(……まあ、いいか。ドキュメントも読まずに仕様変更するような上司とはおさらばだわ)


 だが、最後に一つだけ忠告しようとした。

 この屋敷の快適な暮らしは、ロアのマスターキーを中核とした『統括回路(OS)』が、旧式設備の燃費の悪さを無理やりカバーすることで成立している。


「私がフェルフォートへ行くということは、屋敷の維持管理権限を失うということですが……」

「クドいっ! サッサと消えろ!」


 ドキュメントも残さず、本番環境でいきなり管理者権限を削除する。エンジニアからすれば発狂ものの暴挙だが、エドワードは勝ち誇った顔で術式を起動させた。


「二度とその薄汚い顔を見せるな!」


 エドワードの声と共に、ロアの輪郭が光に溶けていく。

 彼女が完全に消失したのを確認し、エドワードは上機嫌で高級ワインを手に取った。


「さて、これからは魔導技師ギルドを入れ、格調高く作り替えさせるとしよう」


 だが、その直後だった。


 ――ブゥゥゥゥン……ッ。


 執務室の冷暖房装置が、断末魔のような音を吐き出した。

 心地よかった冷気の流れがぴたりと止まり、壁の魔導灯が「404 Error」を告げるような不吉な点滅を開始する。ロアであれば、その致命的なシステムエラー音だけで、どうしたらいいか、瞬時に対処できる案件である。


「……なんだ? この音は。おい、暗いぞ!」


 台所ではコンロの火が、最適化を失って暴走し、爆発的な黒煙を上げた。脱衣所では、給湯システムが「未定義のプロトコル」を吐き散らし、元伯爵夫人の上に氷水を浴びせかける。


 彼らはまだ知らない。

 屋敷を支えていた高度な統括回路がアンインストールされ、全設備が互換性のない旧式プロトコルへと強制弱体化(ダウングレード)されたことに。


 エドワードが暗転した部屋で「修理人を呼べ!」と虚しく叫んでいる頃。

 ロアは、あらゆるシステムが崩壊した魔境フェルフォートの地へと、強制転移させられていた。





 

第1話をお読みいただきありがとうございます。

管理者権限:ロアを削除した伯爵邸の末路は、まさに「OSのないPC」。自業自得な展開にスカッとしていただければ幸いです。


次回、いよいよ魔境で「理想のインターフェース(推し)」と遭遇します。

第2話 お楽しみに!

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