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マスコミのお仕事

作者: 泉 羅卯
掲載日:2025/11/14

 前田浩平は、はたと気づいた。慌てて、スーツの胸ポケットからスマホを取り出した。

 腕を動かしたときに、すぐ前に立つ乗客を小突いてしまった。その若い女性に「ちっ」と舌打ちされたが、浩平は少しも気にかけず、満員電車の車中で平然とスマホを操作し、家に電話をかけた。

 すぐに妻の洋子が出た。「どうなさったの?」おっとりとした話し方で訊いた。

「幸弘を出してくれ」

「どうしてかしら?」

「ほら、学校で問題になった件だよ。今朝、あいつに話をしようと思ったんだけど、急に早朝出勤になったからな……。あいつ、まだ学校に行ってないだろ?」

「行ってない、かしら……。ああ、行っていませんわね。あなたのおっしゃる通りですわ」

 ゆるゆると答えてから、「幸弘ちゃーん」と呼ぶ声がした。そうしてから、

「あなた、どうか、叱らないで、くださいね」

 洋子がふわふわと言った。

 その喋り方にいらついた浩平は、「わかっておるっ」と、一喝するように返した。

 すると、少し遠くに立っていた初老の男が、浩平に視線を向けた。

 その視線を受けとめ、浩平は思った。

 あいつ、おれの亭主関白ぶりに、感心していやがるな――。

 長年携わってきた職業のせいか、浩平は自分の都合のいいように物事をとらえる癖が、すっかり身に付いてしまっていた。このときもそうだった。初老の男がその視線に、浩平の思いもよらぬ感情をこめていることなど、知る由もなかった。

 やがて、電話口に息子の幸弘が出た。

「幸弘、よくお聞き。おまえがしたことは、いじめなんだよ」

 浩平はずばりと言った。「でも……」と言いかけた息子の言葉を遮り、

「いいから、よく聞きなさい」ぴしゃりと言った。

 そこでまた、初老の男と目が合った。

 浩平は頷いてみせた。あんたのご期待に沿いますよ。そんなことを思って、にやりとした。

 浩平は話し始めた。

「幸弘、おまえは集団の力で、太郎君を責め立てたんだ。おまえに聞くが、おまえたちと太郎君と、どちらが力を持っていると思うかね?」

「それは、ぼくたちだよ。だって、ぼくたちが正しいんだもん」

「それは、逆だよ。正しいから力がある? そうじゃない、力があることを利用して、正しさを作り上げているんだよ。そうして、力を背景にして、弱い立場にある者を攻撃してるんだ。これはまさに、いじめの構図ではないかね。多勢に無勢という言葉もある。そんなことは、してはいけないんだよ」

「でも、太郎君は花子ちゃんを突き飛ばして、ケガさせたんだよ。いけないことをしたんだ」

「いけないことをした者に対しては、いじめをしてもいいと言うのかね? それは違うだろ。それに、太郎君はクラスのみんなの前で、謝ったんだろ? 許してあげることが、どうしてできないんだ? 罪を憎んで人を憎まず、という言葉もあるよ」

「でも、あいつは先生に言われて仕方なく謝ったんだ。心の底では悪いと思っていないんだよ。そんなの、謝罪じゃないよ。認められないよ」

「お父さんはそうは思わない。心の中はどうあれ、謝罪は謝罪さ。心からの謝罪を求めるなんて、いかにもこどもの発想さ。人の心が、君には読めるのかね? じゃあ、どんなふうに謝れば、心の底から謝ったと認めるの? そもそも、どんな謝り方をしても、君たちはそれを認めるつもりがないんだろ?」

 語気強く話していると、再び、初老の男と目が合った。浩平は、己の正しさに酔った。初老の男の視線に、賛同、感嘆、賞賛、などなどの感情を読み取った。

 それで勢いづき、浩平はますます語気を強めた。

「太郎君は、恥をしのんで、クラス全員の前で頭を下げた。これは、彼にしてみれば、つらいことだったと思う。言ってみれば、一つの罰を受けたということさ。それでもう、彼を解放してやることはできないのかね」

「でも……」

「いいか、幸弘。正しいことをしているように思えても、実は間違いを犯していることって、あるんだよ。君たちがしていることが、まさにそうさ。罪を犯した者を、権限もないのに、裁き、罰しようとする。……それって、先生がすべきことで、君たちがすべきことじゃないっ!」

 浩平は、車内全体に響き渡る声で、言い募った。

 相変わらず、初老の男が浩平に視線を向け続けていた。

 それを受けとめ、相変わらず、浩平は己に酔った。己の正しさに、酔い痴れた。


 報道部に到着すると、部下の横田が歩み寄ってきた。

「デスク、あの電話記録、ほんとに流しちゃうんですか?」

 浩平は、横田の言葉の真意を読み取れず、

「は? 当たり前だろ」と、吐き捨てるように返した。

「でも……」横田が言い淀んだ。が、思いきったように、「まずくないですか?」と言った。

「なんで、まずいの?」

「だって、あれは違法に盗聴したやつじゃないですか。しかも、電話したのは、うちの社内の……」

「黙れっ!」

 横田にみなまで言わせず、浩平は怒鳴りつけた。

 みなの視線が二人に集まった。

 浩平は、横田を促し、自分の部屋に連れていった。

 鍵を閉め、横田に向き直ると、

「あの悪徳社長は、人を大勢殺したんだ。そんなやつは、おれたちマスコミが処刑するべきだろ」

 浩平は、さも当然だというふうに言い、大きな椅子にどさりと座った。

 ふんぞりかえり、机に足を投げ出してから、浩平は言った。

「いいか、横田。悪徳な権力者は懲らしめなくてはいかん。おれらには、それを実行する力と使命があるんだ。そのためなら、どんな汚いことだって、しても構わんのだ」

「懲らしめるのは、司法機関の役目では?」

「いや、違う。おれたちの役目だ。司法の裁きなんて待っておったら、何年かかるか、わからんだろ。今すぐ、悪い奴は罰するんだ。それができるのは、おれたちだけだ。ならば、しなければならん。おれらには言論の自由という強力な兵器があるんだよ。情報を切り取り、選択し、そいつを流してやって、民衆どもの意識を操作する、そういう権限があるんだ。それを持ったおれらこそ、世界の正義なんだよ。おれらが流した情報こそ、真実なんだよ。いや、おれらそのものが、正義であり、真実なんだ。そうである以上、おれらはやらなくてはいけないんだ。悪い奴らを処刑しまくるんだ。それがおれらの仕事だよ。おれらは、処刑人なんだよ」

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