小さな『ありがとう』からはじまる物語
むかし、私たちは「ことば」をたくさん持っていました。
「すき」「いや」「ありがとう」「ごめんね」
どれもすぐに口からこぼれていました。
でも、いつからでしょう。
「これを言ったらどう思われるかな」「黙っていたほうがいいかも」
そう考えるうちに、ことばは消えていきました。
気づくと、私たちの中のことばは迷子になっていた。
胸の奥でぐるぐるしているのに、口には出ない。
「わかってほしい」「でも、うまく言えない」
そう思うと、ますます口は閉ざされ、ことばは胸にしずんでいきました。
ある日、気づいたんです。
ことばを失ったんじゃない、しまいこんだだけだった。
「ごめんね」も「ありがとう」も胸の奥でずっと鳴っていた。
ただ、怖くて口を開けなかっただけだった。
そして、もう一度言ってみようと思った。
うまく言えるかはわからない。心臓がぎゅっとなる。手がふるえる。
でも——言ってみた。
「……ありがとう」
小さな声だったけど、ちゃんとことばになった。胸の奥がふわっとほどける。
その瞬間、相手の目が光り、にこっと笑った。
「……わたしも、うれしい」
ことばは戻ってきただけじゃない。二人の間で、生きはじめた。
言えたわたしも、聞いてくれたあの人も、どこかあたたかくなった。
あなたの中にも、きっとことばはいる。
いまはまだかくれているだけかもしれない。
でもね、ほんとうに“ある”んです。
「うまく言えない」と思う気持ちは、ことばが出たがっているサイン。
小さくても、勇気を出して声に出せば、あなたのことばは、きっと誰かに届く。
「ありがとう」でも「さびしい」でも「だいすき」でも「だいじょうぶ」でも。
ことばを出した瞬間、あなたも、相手も、ほんの少しあたたかくなる。
ことばは待っていた。
そして、ふたりの心に灯る。
——今日、あなたはどんなひとことを言いたいですか?