アデル
私はアデル。「暁のサーカス団」の裏方をやっている。
舞台の上に立つことは、もうない。けれど、この居場所は誰よりも自分に合っていると思う。
私は孤児だった。物心ついた頃には一人で、どうしてそこにいたのかも覚えていない。そんな私を拾ってくれたのがアルマンだ。あの大きな手に抱き上げられた温もりが、私のいちばん古い記憶。
アルマンの娘のセリーヌとは、その日からずっと一緒に過ごしてきた。姉妹のように育ち、同じ遊びをして、同じ歌を口ずさみ、喧嘩すらほとんどしたことがない。舞台の上では華やかな歌姫でも、私にとっては甘えん坊な幼馴染だ。
いまの私は裏方の仕事を一手に引き受けている。道具の整備から衣装の直し、照明や仕掛けの確認、団員の体調や緊張のケアまで――数え上げればきりがない。手先は器用な方だから、ちょっとした修理なら何でもやってしまう。
サーカス団にとって私は芸人ではないけれど、舞台を支える存在でありたいと思っている。
テントを張るのは大仕事だ。大きな柱を立て、布を張り、綱を引く。現地の人が手伝ってくれることもあるけれど、最後の仕上げは必ず私が確認する。綱一本の緩みが事故に繋がるかもしれないからだ。
安全管理は私の仕事。だから一日に何度も、何度も、点検を繰り返す。団員が笑顔で舞台を終えられるために、それだけは絶対に欠かせない。
公演の前には必ず円陣を組む。誰かが声を張り上げるのではなく、自然に肩を組んで輪になるのだ。アルマンの「最後には笑顔で」という言葉にみんなで頷き合う瞬間、胸がじんと熱くなる。
そして舞台袖。出番を控えた仲間たちと、私が交わすのはハイタッチ。セリーヌも、ロランも、カルメンも、ダリオも、タチアナも、全員だ。
「行ってらっしゃい」
「任せて!」
そんなやり取りが習慣になっている。舞台に立つ仲間が安心できるように。裏方の私にできる最大の役目だ。
私は観客の前に立って輝くことはできない。でも、誰かを支えることでなら、自分の居場所を見つけられる。
舞台の上の笑顔は、舞台の下で守る笑顔によって生まれるのだと、私は信じている。