ダリオとタチアナ
暁のサーカス団の中で、もっとも明るい声を響かせるのは、ダリオとタチアナだろう。
二人は過去に観客として暁のサーカス団を見て、「ここでなら自分のすべてを賭けられる」と決意し、アルマンに志願して仲間に加わった。
ダリオは空中ブランコの使い手だ。
快活で、どんな時でも前向きな言葉を放つ。
「俺、今日こそ最高の飛び方を見せてやる!」
そう笑う彼の瞳には、失敗や恐怖という言葉は存在しないかのようだ。
一方のタチアナは綱渡りの名手。
ダリオに負けず劣らず元気で、ハキハキとした物言いは聞いているだけで気持ちが晴れる。
「怖い? そんなの考えるだけ無駄よ。見てなさい、私がやってやる!」
その自信には一切の迷いがなく、観客も思わず息を呑む。
彼らの芸には安全のための網が張られている。だが、それは「保険」でしかない。
空を翔ける一瞬の失敗が大怪我に繋がるのは誰もが知っている。
それでも二人は躊躇わない。網を気にしているような素振りを一度も見せないのだ。
それは彼ら自身の勇気でもあるし、同時に「仲間が支えてくれる」という絶対の信頼でもあった。
本番前、舞台袖でダリオが笑う。
「アデル、ハイタッチ! これで落ちる気がしなくなるんだよな」
そう言って手を叩き合えば、タチアナもすかさず割り込む。
「私も! 縁起は分け合わなきゃ!」
勢いよく打ち込まれる掌に、思わず笑ってしまう。
そして幕が上がれば、彼らはまるで風そのものになる。
ダリオの豪快な飛翔に歓声があがり、タチアナの綱の上での軽やかなステップに拍手が響く。
危うさと美しさが交錯するその瞬間、観客はみな息を忘れる。
だが二人は決して不安を抱かせない。いつも楽しそうに笑みを浮かべているからだ。
「俺は飛ぶために生きてるんだ!」
「私は渡るためにここにいるの!」
そんな心の声が、彼らの動きからまっすぐ伝わってくる。
公演後、汗を拭いながら二人は顔を見合わせて笑った。
「今日も最高だったな!」
「当たり前よ! だって私たち、空の主役なんだから!」
そのやり取りに、こちらまで元気を分けてもらったような気持ちになる。
彼らの存在は、サーカス団にとって単なる芸人以上のものだ。
眩しいほどの明るさと、迷いなき勇気。
それがみんなの心を軽くし、また次の公演へと進む力を与えてくれる。