表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

暁のサーカス団

 戦争が終わって二十年。

 大陸には、車が普及し、街は徐々に賑わいを取り戻しつつある。けれども人々の心の傷は、そう簡単には癒えない。


 私たち「暁のサーカス団」が巡業するのは、そんな時代の田舎町や港町、娯楽に乏しい村々だ。

 大きな都市には大規模なサーカス団があるけれど、私たちは人の少ない土地を選んで旅をする。

 笑顔を必要としている人のために。



 「暁のサーカス団」は十人足らずの小さな一座だ。

 赤とオレンジ、紺と白――夜明けをイメージした衣装をまとい、テントを張っては旅をする。

 移動に使うトラックは戦後の軍用車を改装したもので、私とセリーヌが子どもの頃に絵を描いた。

 つたない太陽の絵がまだ荷台に残っていて、私たちの象徴のようになっている。




 朝、私は目を覚ました。

 大きなテントの中、仲間たちと雑魚寝をしている。

 セリーヌが隣で眠っており、彼女の髪留めの赤いリボンが布団の脇に転がっていた。


 外に出ると冷たい空気。すぐにみんなも起き出してきて、簡単なストレッチで一日が始まる。


「今日こそ俺の勝ちだぞ!」

 空中ブランコ担当のダリオが声を張ると、

「無理に決まってる!」

 と綱渡りのタチアナが即座に返す。

 いつもの軽口だ。


 犬の調教師カルメンは、相棒のセントバーナードのブルーノに前足を伸ばさせて運動をさせている。

「ほら、ブルーノもやるんだから、あんたたちもサボらないの」

 ブルーノはおっとりと舌を出し、子どもたちから絶大な人気がある看板役者だ。


 ピエロのロランは眠そうにあくびをしながら、ジャグリング用の球をいじっていた。

 舞台ではおどけて観客を笑わせるが、本当はとても繊細な性格だ。本番前には心臓が破裂してしまいそうなほど緊張している。


 演出家のルーカスはすでにノートを片手に立っていた。

「今日の客層は子どもが多い。テンポを崩すなよ」

 冷静で几帳面、誰よりも芸術を重んじる人だ。


 そして団長のアルマン。五十代の彼は、もとは大規模サーカス団の名アクロバット芸人だった。

 戦争で人々から笑顔が消えたのを目の当たりにし、「最後には笑顔で」という理念を掲げてこの一座を立ち上げた。

 今は舞台には立たず、全体を見守る父のような存在だ。





 朝食は簡素なパンとスープ。


「せっかくだから今日は童謡を歌おうかしら」


 セリーヌが嬉しそうに提案する。彼女はこの団の歌姫であり、亡き母の子守唄をきっかけに歌い始めた。

 その歌声は子どもから大人まで魅了し、暁のサーカス団最大の目玉でもある。


「歌うのはいいけど、間の取り方は気をつけろよ」


 ルーカスが真剣な顔で返し、


「わかってるわよ」


 とセリーヌが少しむっとする。

 そんなやりとりにみんなが笑い、食卓はいつも通りの温かさに包まれた。




 食後、それぞれが準備に取りかかる。


 私は裏方としてロープや留め具を点検し、舞台装置の不具合を何度も確かめる。

 カルメンはブルーノと芸を合わせ、ダリオとタチアナは現地の子どもたちと遊びながら体を慣らす。

 ロランは布の陰で「ぼんじゅーる……」と新しい挨拶を練習していた。


 私はそんな光景を眺めながら思う。

 ――ここが私の居場所だ。





 夕方のリハーサルでは、ルーカスの指示が飛ぶ。


「テンポを早めろ。子ども相手なら間延びは禁物だ」

「了解!」とダリオが返せば、

「声が大きすぎ!」とタチアナが笑う。


 その様子をアルマンは目を細めて見守っていた。





 夜、公演が始まる。


 ロランの玉乗りジャグリングで観客の心が掴まれ、

 空中ブランコと綱渡りがスリルを見せる。

 カルメンとブルーノの芸には子どもたちが歓声をあげた。


 そして最後はセリーヌの歌。

 大陸に広く伝わる童謡が響くと、子どもたちが自然に声を重ねて歌い出す。

 会場は拍手と合唱で包まれた。



 幕が閉じ、アルマンが穏やかに言う。


「それではまたお会いする日まで、お元気で」


 舞台袖に戻った仲間たちは互いにハイタッチを交わす。

 私もその輪に混ざり、胸の奥で強く思った。


 ──戦争を知らない私だけど、このサーカス団の仲間と一緒に人々の笑顔を守りたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ