プロローグ
幕の向こうから、子どもたちのはしゃぐ声と、大人たちの笑い声が波のように押し寄せてくる。
私の居場所は、舞台の上じゃない。ここ――袖の暗がりだ。
道具のチェックも衣装の整えも、火薬玉の点火も。大事な役目は、ぜんぶここにある。私にしかできないこと。
「アデル、ハイタッチ!」
ロランが玉乗りの前に袖を駆け抜けていく。震える手を隠そうと笑ってるけど、私は知ってる。舞台に立つときはいつだって、胸が張り裂けそうなくらい緊張してるって。
私は手を差し出し、軽く打ち返して震える手を握る。
「……だいじょうぶだよ」
そのひとことだけで、ロランの顔がほんの少し柔らかくなる。
続いてダリオがひょいと逆立ちのまま飛び出してきて、勢いよく手のひらを合わせていった。
「よし! 今日も飛ぶぞ!」
「まったく、あんたは落ち着きがないわね」
タチアナがため息をつきながらも、しっかり笑っている。二人は相変わらず、いつも一緒。
ブルーノの首輪を直したカルメンが横を通る。
「ほら、おとなしくしてなさいよ。……アデル、こっちは準備オッケー」
「ありがと、カルメン」
彼女の笑顔は頼もしくて、舞台に立つよりずっと勇敢だと思う。
その隣ではルーカスが、腕を組んだまま舞台の光をにらんでいた。
「……よし、タイミングは問題ないな。予定通りに行ける」
その冷静さは、指揮官みたいだといつも思う。
そして、最後にセリーヌが現れる。白を基調にしたドレスがランプの光を受けて淡く揺れて、舞台袖が一瞬で華やぐ。
「アデル、手を」
彼女はにっこり笑って差し出した。私はそっと手を握り返す。
「……行ってくるわね」
「うん、がんばって」
幕が開き、音楽が流れ出す。
子どもたちの歓声に迎えられて、仲間たちが次々と舞台へ駆け出していく。
私は袖からその背中を見送った。
――私は、もう舞台には立たない。
だけど。
みんなが安心して笑顔になれるように、ここで支えている。
それが、私の役目だ。