僕を覚えていて
世界が〈カラミティ〉と呼ばれる災厄に覆われた時代——
目を覚ましたエデンは、自分の名前すら思い出せないまま、燃えさかる家の中にいた。
彼の隣に倒れていたのは、美しくも儚い瞳を持つ少女、アリア。
彼女は〈カラミティ〉の力を宿しながらも、なぜかエデンのことだけは覚えていた。
二人は過酷な世界を旅しながら、アリアを蝕む呪いの治療法を探し続ける。
希望と絶望の狭間で、幾度も命をかけて戦う中、二人の絆はやがて運命をも変えるものとなる——。
「私を……忘れないでね。」
これは、記憶を失った少年と、心を失いたくない少女が紡ぐ、切なくも美しい戦いと愛の物語。
第1章:僕を思い出して
黒い雲が空を覆い、不気味な重さで荒野に佇む古びた屋敷を押し潰すかのようだった。
一人の黒人の男が、骸骨のように痩せた体で、ゆっくりと玄関へと歩みを進める。
その淡い光を放つ鋭い目には、冷ややかな皮肉が宿り、薄く笑みが浮かんでいた。
屋敷の巨大な扉の前で男は立ち止まった。
重苦しい沈黙が支配する。
中では、広々としたホールが闇に包まれていた。
その陰には、悪魔のような姿をしたクリーチャーたちがひっそりと潜んでいた。
まるで、獲物が一歩でも踏み入れるのを待つ獣のように。
男が指を鳴らす。
乾いた音がホールに不気味に響いた。
その瞬間、屋根の上から悪魔のような女性の影が現れた。
彼女は長い剣を手に持ち、叫び声とともに空を裂いて降ってきた。
すべての悪魔たちは、彼女の姿に惹きつけられたかのように動きを止め、凝視する。
完璧な陽動だった。
その隙に、男は鏡のように磨かれたリボルバーを取り出し、一歩踏み出す。
一体の悪魔が唸りながら近づいてくる。
彼は皮肉げな笑みを浮かべながら銃を向けた。
「部屋を予約したいのだが…ちょっとうるさくしてしまいそうでね。」
銃声が乾いた音を立てて響いた。
その奥では、虐殺が始まった。
女のクリーチャーは、残酷でありながらも優雅な動きで敵を斬り裂き、剣は闇の中で血の弧を描いていた。
男はホールの中央へと歩み、悪魔たちに囲まれる。
彼は一発の弾を撃った。
弾丸は壁を跳ね返りながら連鎖し、残っていた悪魔たち全員の頭を貫通した。
彼はその後、女のクリーチャーに視線を向けた。
彼女は、その光景に心を乱された様子だった。
彼は囁くように言った。
「悪い選択だったな、アリヤ…」
そして、ためらいもなく彼女の胸に二発の弾を撃ち込んだ。
背を向けようとしたその時、嘲笑を浮かべた彼の心に、声が響いた。
――僕を思い出して…
彼はわずかに身を震わせた。
「……誰だ?今の声は?」と驚きながらも、苦笑する。
「飴の食べ過ぎかな…」
彼の表情が真剣になる。
「まあ……どうでもいい。」
彼は悪魔の死体に近づき、その動脈を切り裂いて血を瓶に集めた。
だが、その瞬間、彼は足元に違和感を感じた。
床が突然割れ、彼の体は闇へと吸い込まれていった。
落下する中、彼の目に映ったのは、蠢く山のような怪物。
異形の肉体たちが融合しようと歪みながら巨大な塊となりつつある。
その怪物は顔を上げ、唸り声を上げた。
「あと数秒で…プラチナ級になる。お前なんか怖くなくなるさ、人間よ。」
落ち続けながら、彼は獰猛な笑みを浮かべた。
「地獄で玉でもしゃぶってろ、化け物。」
彼の銃からビームのような光が放たれ、怪物の体を貫いた。
地面に激しく叩きつけられた彼は、しばらく動かずにいたが、やがて起き上がり、頭をかいた。
その表情には、どこか戸惑いと感傷が混じっていた。
「……俺は……なにしてたんだ?こんなとこで…」
彼はゆっくり立ち上がり、眼鏡をかけ直し、顔を拭いた。
そして、瀕死の悪魔に近づいた。
その悪魔は、涙を浮かべながら苦しそうに声を絞り出す。
「なぜだ…なぜ……僕たちは、ただの悪魔じゃなかった……人間みたいに夢を見てた……ご飯も食べた……家族を作った……昔の習慣も捨てて、平和の世界で生きようと……人間と同じように……でも、君たちは僕たちを狩り続けた……拷問して……殺して……」
声がかすれ、最後にこう呟いた。
「善を信じてくれた者を追い詰めて、悪を狩ることで……君たちは善を捨てた……なぜなんだよ……なぜ……なぜ……」
その目が虚ろになり、涙を流しながら息絶えた。
男は無表情のまま瓶を取り出し、手を震わせながら血を集めた。
振り返ると、そこは子供たちの遊び場のような部屋だった。
深く息を吸い、地面のペンとノートを拾い、何かを書き記す。
一滴の涙がページに落ちた。
その時、背後から女性の声が響いた。
「エデン……」
彼は驚いて振り返り、叫ぶように言った。
「アリヤ!待ってくれ!今行く!」
部屋を見渡し、ロープを見つけると金属の支柱に括り付け、上に投げた。
ロープはすぐに落ちてきた。
「ちっ……ツイてねぇな……」
彼は皮肉げに笑う。
「まるで俺が物語の中にでもいるみたいじゃないか……」
ロープを結び直し、勢いをつけて再度放つ。
今回はロープが調理用具の棚に引っかかった。
「……これで何とかなるか。」
全力で引っ張ると、棚が崩れて金属音が響いた。
「うっ……ちくしょう!」
少し怪我をしながらも、彼は登りきり、アリヤの元へと辿り着いた。
彼女は瓦礫の下で苦しみ、恐怖に顔を歪めていた。
「ごめん……すぐ助けるから。」
彼は力を振り絞り、てこの原理で瓦礫を持ち上げた。
彼女の体には金属片が刺さっていた。それを一つずつ抜いていく。
「……守ってあげられなくて……本当にごめん……」
アリヤは叫びながら再生し、その傷はゆっくりと癒えていった。
彼は顔を背け、何度も呟いた。
「ごめん……ごめん……ごめん……」
息を整えた彼女と視線が合う。
やめろ……彼女はただの同僚だ……よく知らない……利用なんて……
その時、突風のような衝撃が部屋を貫き、二人は床に叩きつけられた。
アリヤは意識を失いかけていた。
男はすでに構えていた。
扉の前には、白い仮面をつけた悪魔のような男が立っていた。武器を構えている。
「エデンさん……あなたは重大な罪を犯し、多くの命を危険にさらした容疑で逮捕されます。あなたと、そのクリーチャーも。」
二人同時に引き金を引いた。
エデンの弾は爆裂したが、敵の弾は彼の体を貫いた。
彼の体が重くなり、麻痺が広がる。
視界が暗くなる中、再びあの声が響いた。
――僕を思い出して…
彼は一瞬身を震わせ、目をこじ開ける。片目は負傷して閉じたままだ。
首をかすかに動かすと、そこはもう屋敷ではなかった。
彼は雪に覆われた森の中、地面に仰向けに倒れていた。
胸には鋭い刃で切られたような傷。
すぐ近くには、異形の「災厄」が彼に迫っていた。
アリヤは地面に倒れながらも、片腕を折られ、両足が砕けた状態で彼を必死に呼び起こそうとしていた。
剣を握りしめながら――
その時――
激しい戦いの末、すべての厄災はドクターたちによって打ち倒された。エデンはついに闇から解放され、失われた記憶を少しずつ取り戻していった。アリヤのそばで、彼は封じられていた過去と裏切られた約束の真実を知ることができた。ふたりは共に未来へと歩き出す。そして長い時を経て、ついに朝日が地平線を照らし出した――新たな夜明けが、平和な世界に訪れたのだった。