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1 さよならと、ようこそ。

「それじゃあね。本当に大丈夫?何かあったら連絡してね。」

「あぁ。それじゃ。」

春。桜が咲き、散り。新たな生活が始まる出会いの季節─。

俺、斉藤健太は同棲していた元彼女、梨央の部屋を後にしていた。

仲が悪くなった訳ではない。俺がだらしなさすぎるのがいけないのだ。

自分に自信がない。

依存という程でもないがパチンコ通いがやめられない。

自分の欲を抑える事が苦手でそのくせ嫌な事は後回し…そんな人間が俺だ。

「ごめんね。嫌いになんかなってない...けど、このまま一緒にいても、賢ちゃんの事変えてあげられないから。」

梨央に言われた言葉が頭を過る。

梨央には散々甘えてきた。

何かある度に、変わる。これからは…と言ってきたしその時は本気でそう思っていた。

だけど結局変われなかった。

別れる事が決まり、

次の家が決まるまではウチにいていいよと梨央は言ってくれたが、

別れているのに同じ家にいるのも申し訳ない…というより俺が耐えられないから、

最低限の荷物だけを纏め、

早々に家を出て行く事にした。

「これからどうするか…とりあえずパチンコでも行くか。」

こんな時でも、こんな時だからこそ、嫌な事があったらパチンコ屋に行く癖が抜けていない。今はそれどころではないのに。

こういう所を梨央は変えてほしかったんだろうな…と思いながら、

俺は近くにあるパチンコ屋へと向かった。



店の自動ドアを抜けると、

春の暖かさとは違う少し寒い空気と、およそ日常生活では聞く事のないような音が俺を出迎える。

歩きなれた店内を進み、俺は目当ての台へと座った。

慣れた手つきでサンドへ栄一を入れて貸し出しボタンを押し、右手を捻り玉を打ち出す。

すると、打ち始めてすぐに台が騒ぎ出した。

「今日は調子が良いな。」

予想外の好スタートに期待を膨らませていると

「それ当たらないよ。賭けてもいい。」

隣から急に声をかけられた。

見てみると20代だろうか?

同じぐらいの世代に見える、茶髪で長髪を後ろで束ねた少し気の強そうな女がこっちを見ていた。

今の所確定系は無いがかなり熱い演出のオンパレードだ。

何か俺の知らない法則でもあるのだろうか?

「どうしてそんな事がわかるんだ?」

少し不安を感じながら隣の女に尋ねてみると

「だっておかしいだろ!お前座ってすぐじゃんか!アタシなんか開店から打ってるのにまだ当たってないんだぞ!こんなの絶対おかしいよ!」

...ただの八つ当たりであった。

「あぁ、そうかい。」

俺はそいつを無視する事にした。

そのまま無事に当たりラッシュにも入る。

「あぁもうさっきのやつ綠保留以外完璧だったのにもぉぉぉぉ!!どうしてだよぉぉぉぉぉ!!」

新世界の神ばりに横で騒ぐ女をよそ目に俺は淡々と当たりを消化していく。

結果的に結構な連チャンをしてくれたので大勝利だ。

「これ以上は、もういいか。」

ギャンブルは深追い厳禁だ。欲をかいてせっかく勝った分を失うのも馬鹿らしい。

気づいたら隣の女はいなくなっていた。

俺の連チャンに嫌気が差したのか、軍資金が底をついたのだろう。

変な奴だったな...と思いながら、俺はさっさと景品を交換し、店を後にする事にした。



「参ったな...。」

店外の喫煙所でタバコを吸おうとライターを取り出すも、ガスが切れてるのか火が着かない。

もう口に咥えてしまっているのにコンビニは少し遠い。

俺が困っていると

「何だよ、火ないのか。ほらよ。」

先程の女が店内から歩いて来てライターを貸してくれた。

「おぉ、さんきゅ。」

女も隣でタバコに火を着ける。

「あんたがヤニカスで良かった。もう帰っちまったのかと思ったよ。」

「俺の事を探してたのか?」

まさかまだ文句を言ってくるつもりなのだろうか?

「違うよ。アタシさっき言っただろ。当たらない、賭けてもいいって。けど当たってたからさ、あそこまで言ったんだ。何かしなきゃ気がすまないからさ。」

意外と律儀な奴である。

あんなの聞き流してるんだ真に受ける訳ないだろうに...。

「あ、もちろんエッチな事はできないぞ!」

「そんな事頼まねぇよ!」

人を一体何だと思っているんだ...。

けれど、

何かしてもらうと言っても、してほしい事なんてないし、

初対面の奴に一方的にお願いを聞いてもらうなんて...と考えていると、

隣からぐぅ~と腹の虫が鳴く音が聞こえた。

「お前飯食べてないのか?」

「開店から打ってたから...。」

女は少し恥ずかしそうに俯いている。

それなら飯でも奢って貰おうかとも思ったが今はちょうど昼時。

開店から打ってて当たり無しって事はそこそこ負けてるもんな。

そんな奴に奢ってもらうのは...と思ったが、

良いことを思いついた。

「そうか。なら今から一緒に飯を食べに行こう。勝ったから俺の奢りだ。その代わり...俺の相談に乗ってくれ。」

「相談?何にせよアンタがそれがいいならアタシは構わないよ。正直、奢ってもらえるのもありがたいし。」

「よし、じゃあさっそく向かうか。」

タバコの火種を消し、俺達は近くにあるファミレスへと向かった。



「そっか。賢太も色々大変なんだな...。アンタが悪いけどさ。」

「まぁな...てかいきなり呼び捨てかよ。」

「まぁまぁ良いじゃねーか。」

俺は注文したコーラを飲みながら目の前に座る奴を見る。

名は金崎杏子。23歳、同い年だ。

飯を食べた後、俺は梨央と別れる事になってから今に至るまでの経緯を金崎に話していた。

俺が相談をしている間、

金崎は茶化す事もなく真剣に話を聞いてくれていた。良い奴である。

「だからさ、どうしようかなって思ってんだ。勢いで出てきちまったけど、住む所も決まってないし。見つかるまではネカフェ暮らししかないけど、仕事もあるしなぁ。」

一応真面目に働きはしているのである。

ネカフェ暮らしとなると何かと不便だからな...。

「少しの間友達の家とかはダメなのか?」

「俺、環境が変わる度に連絡先とか全部消してるから、ほとんど友達いないんだ。今行きつけのバーの友達はいるけど、皆一人暮らしで狭いからな...。」

「リセット症候群かよ。」

その時どれだけ仲が良くても、

学校が変われば、仕事が始まれば、生活のリズムが変われば会う事も連絡も必然的に減る...だったら持ってても意味がないと考えてしまうのだ。

こんな所も自分の悪い所だとは思っている。

いきなり連絡がとれなくなるなど相手からしたらびっくりするだろう。

現に、街中でたまたま会った学生時代の友達に「お前地元では死んだ事になってるよ。」

と言われた事もある...。

「でも、そっかぁ...だったら、ウチ来るか?」

「はぁ?金崎の家?無理だろ。」

住む場所がないのは困るが、

それでも会ったばかりの金崎の家になど住める訳がない。

梨央が知ったらショックで泣いてしまうことだろう。

「アンタが想像してるのとは違うよ。コ○リコ坂わかるか?あんな感じの所に住んでんだ、アタシ。でかいリビングがあって各部屋に人が住んでて...。」

「あぁ、そういうこと。」

何となくイメージはできる。

シェアハウス...とはまた違うが、

ようは下宿屋みたいなものだろう。

「男の部屋も空いてるしな...よし、今から行くか。」

「随分急だな。アポもなしに大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないか?アタシが出る時は大家さんいたし。とりあえず、話を聞くだけでもさ。」

「わかった。よろしく頼むよ。」

「じゃ、行こうか。」

会計を済ませ、ファミレスを後にする。

ここからそう遠くないようなので、

俺達はそのまま歩いて向かうことにした。



横浜市営地下鉄にある地元の駅から徒歩十数分。

人の手によって植えられた木や花が生い茂る緑道をくだらない会話をしながら歩いていると、金崎の足が止まる。

どうやら目的地に着いたようだ。

目の前には庭付きの、比較的新しく見える大きな家があった。

入り口の表札には大きく水野荘と書いてある。

「ここか。」

「あぁそうだ。」

入り口で止まっていた金崎がくるりと身体を反転させこっちを向く。

そして笑顔でこう言った。

「ワケあり荘へようこそ!」

これが俺と金崎の───ワケあり荘の住人達との出会いの始まりだった。



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