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拝啓  作者: 夢幸
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「あなたの名前は何ですか」

単純な質問には少しの焦りとほのかな薔薇色の香りが含まれていて、私はそれに少し酔いながらも彼女の顔を見つめていた。

「何だと思いますか」

生まれてこの方15年、女性と関わることなどなかったのだから彼女の妖艶な振る舞いが彼女独自の物なのか女性という者全員に備わっている物なのかはわからなかった。

「わかりません」

私は少しばかり正直な性分だったから学校の試験など選択肢があったとてわからないものは解答しないほど正直で頑固でもあったと思う。

その性格は対話でも勝手に面に出てしまうらしい。

「ふふ。君って正直なのね」

よほど私が面白かったのか彼女は笑みを溢した。

そして色鮮やかな容姿に私はまた惚れてしまう。

「私の名前は白姫雪愛です」

とても可愛らしい名前で、名は体を表すとは言ったけどここまでその言葉が似合うのは彼女だけだろう。あなたの雪のように白い肌に触れてみたいという好奇心に駆られそうになったがぐっと抑え、頭の中に用意した台本に従った。

「友達になってくれませんか」

女性最も同年代の女子と会話したことがない私にはこの発言はとても大きな一歩に思えて多少の不自然さなど目に入らず、心臓がとても速く動き出している。

「君って可笑しい人。その前に君の名前を聞いてもいいかな」

そうやって彼女に言われてからやっと自分の面白おかしさに気づいてきっと肌がやんわり赤く染まってきている。それの真偽は彼女にしかわからないけれど。

「えっと、私の名前は夢幸。柳川夢幸です。」

「そっか夢幸君か、私今日から入院なんだ。病院生活初めての友達になってよ」

ほんとは私から聞いてたはずなのにいつのまにか立場が逆転して私が求められる方になっていた。

でもそんなことに違和感ではなく心地よさを覚えるくらい私は高揚していた。

「はい!お願いします」

「元気がいいね。これから入院するのを憂鬱に感じていたけどこれからが楽しみになったよ」

それはお世辞であったかもしれない、心からの言葉じゃなかったかもしれないといつもの私なら考えていたが、どうも彼女に言われると心が火照って満たされてしまうんだ。

きっとこれが恋なのだろう。

自分のポリシーや考えが勝手に曲がってしまうほどに心が体が満たされるのをただ渇望してしまう。

そういうどうしようもなく私自身を動かすのがきっと恋なのだと浅はかな知識ながらも確かに感じていた。

「なら一緒に行きましょう」

そうやって私と雪愛さんは桜舞う花道を一歩ずつ踏みしめて帰った。

ここでそっと手を繋いだり話題を提示できるような人がきっと世の中で女性に人気の高い人なのだろうと思案したが女子との会話に一々心のなかで台本を用意してしまうような私には到底不可だったのでそれを考えるのはやめた。


「ここからは流石に案内してよ」

庭から病院の本棟に入る時に雪愛さんが笑いながら言った。

ここまで私が何も話しかけられず、受け付けない空気を出してしまったからか彼女に気まずい思いをさせてしまっていた。私から声を掛けておいて何も話さないのは流石に申し訳ないし私も仲良くなりたいので好印象を与えられるかや上手く会話できるかなど置いといてとりあえず話してみることにした。

「あの、あなたは何歳なんですか」

無難な挨拶や自己紹介のつもりで言ったのだが彼女にはそれがどうも変だったらしくまたしても笑われてしまった。少しばかり後悔しつつも彼女の笑顔が肌身に染みるくらい綺麗なので感情は自然と後悔から恍惚へと変化していた。

「これもまた唐突だね、16歳だよ。夢幸君は何歳なの」

こうなんでもない会話だけど話を続けてくれるただの当たり前な空気がとても嬉しく感じる。

「えっと私は15歳です」

「年下だったんだね。あとさっきから気になってたんだけど一人称が珍しいね」

そう言われて考えてみるが私という一人称はそこまで風変りなのだろうか。

昔から引っ込み思案で人見知りの激しい私だったから他人と会話する事があまりなくそこら辺の常識がからっきし抜け落ちてしまっている。ここで見栄を張ったり、下手に理屈を出すのもきっと良くないと思うので素直に聞いてみることにしよう。

「一人称で私と言うのはそんなに変わっていますか」

「変わっているかと言えば変わっているかもしれない。世の中の中高生は大抵イキりたいのかかっこよく見せたいのか「俺」って言うけど夢幸君はずっと「私」って言うからさ。最初は大人ぶりたいのかと思ったけど、どうも素で言っている感じがしたんだよね」

「その昔からあまり人と仲良くできる方じゃなくてしゃべることができたのが母だけだったので母の一人称が移ったんだと思います」

私は何で返したらいいかわからず結局正直に昔の話をしてしまっていた。

「やっぱり正直者なんだ。正直で素直な人は好きだよ」

多分彼女は当たり前の事を言っただけなのだろうけど私はまるで自分が彼女に好かれているような錯覚をしてしまい、体が火照り全身が赤くなるのを感じた。

「そ、そろそろ病院の案内をしますね」

これ以上この話題が続くのは心が持たなかったので無理矢理話を逸らした。

「はーい」

それに気づいてるのかいないのか。彼女は少しにやっと笑って頷いた。


その後30分くらい歩きながら案内し、病院を一周した。

「せっかくだし私の病室寄って行く?」

彼女の誘いに少し戸惑い、少し照れつつも最後に一緒に彼女の部屋まで向かった。

彼女の部屋は5階、私の2階上にある個室の部屋だった。その部屋は相部屋の私の部屋より少し小さいが一人の部屋にしては十分すぎるくらいだった。

部屋の中には本が数冊と元より置かれているテレビくらい。質素と言えば質素だが私の部屋の簡素さに比べれば幾分ましか。

ただ少しばかり寂しそうと感じたのはなぜだろう。

物の多い少ないが感情に直結するとは思っていないがどうも部屋が悲しく感じる。

「物少ないんですね」

「そりゃあ今日来たばかりだもん」

それはそうだ。引っ越しじゃあるまいし初日に私物で溢れかえっている方が怖い。

ふと窓際まで歩いてその眼科を見下ろした時、唐突に私の脳裏に今朝の記憶が呼び起こされた。

窓の外を見れば桜が少しづつ散っていたこと。

それを少し残念に思いまた、とても美しいと思い相部屋のお婆さんに話しかけたこと。

お婆さんは居なかったこと。

1人の部屋に憂鬱さと哀愁が漂っていて、私は孤独感に見舞われたこと。

私がこの部屋に来て感じた寂しさがどういうものかやっと言語化されて腑に落ちる。

きっと私はこの部屋にぽつんと佇む雪愛さんを想像し、それと自分とを重ねていたのだろう。

これは雪愛さんを思ってか、私自身のためかわからないが私は言葉を咄嗟に口にしていた。


「明日からここへ来てもいいですか」


それの本意を見透かしてか彼女は笑いながら言った。


「待ってるわ」

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