喫茶店と僕の一歩
「意外とぼうしちゃんって年上に見えるけど心は子供っぽいんだね」
と僕がそこらの斜面に腰かけながら言うと、
「童心に帰りたいときなんてのはわたしにだってあるさ、心は幼かったとしてもわたしは君より年上のお姉ちゃんなんだぞ」
…まあ、これ以上は触れないでおいてあげるか。なんだか年上のはずのぼうしちゃんがさっきの言動を指摘されたために、ぼうしちゃんが若干しゅんとしてしまっていることに若干の申し訳なさを感じていたのでさすがにやめてあげることしにした。
「その様子だとまだ悩みが残っているようだね」
気づいたら元気を取り戻していたぼうしちゃんが語り掛けてきた。
「そうなんだよ。僕って実は今学校に行けてなくてさ。」
うんうん、とぼうしちゃんが相槌を打つ。
「やっぱり先行きが見えなくてさ。目標も何もないから学校に行く意味もないような気がして」
己が中二病、いや高二病と言うべきが____に取りつかれてる気もしたが、実際一回やめてしまったものをもう一度始めるというのは相当な労力が必要なのは事実だ。しばらく行ってない学校などはその最たる例だ。仮に登校したとして周囲の目線、世間体、噂話など己の一挙手一投足がすべてヒューマンショーのように見られる気がしてならない。確かにこれは被害妄想なのかもしれないが、僕はこんな仕打ちに耐えられるほどの精神を持ち合わせていない。だからその可能性が少しでもある限り、今までついに登校できなかった。もしかしたらこの思考も目の前の「ガッコウ」という存在から逃れるための幻影にすぎないのかもしれないが、このことは今の僕にとってはどうでもよかった。
「でもその様子だと心境の変化はあったようだけど」
「確かに、今までの固定された生活に変化が起きた分少しだけ自身の現状について考えてみたよ。もっともそれらしい行動はほぼ起こせなかったけどね。」
かろうじて起こした行動といえばほんの少しの自習だけども、自身にとってはそれは大きな変化だった気もするのも確かだ。
「一歩目を踏み出せただけいいんじゃないかな?」
どうやらぼうしちゃんは僕の行いを良いものとして捉えてくれたようだ。
「さあ、どうだかな。でもいつもと違うことをするってのがやっぱりうまく効いてくれた気がするよ。普段と違うことをするって自らを客観視させてくれると思う。」
「だったらもっといろんな経験を積んでみようよ」
経験……経験ね……まさかデートの経験ではないよな。と突拍子もないことをつい考え始めてしまう。
たしかにぼうしちゃんといると安心感があるようでどこか親しみやすいような空気があるような…まさかぼうしちゃんのこと……ないない。それに……
「…い、……おーい?一体何を考えているんだいー?」
うっかりして完全に意識を持ってかれてしまっていたようだ。
「ごめん、つい考え事をしていた」
「お姉さんとのお話の途中で考え事とは、なんやかんやキミも精神的に幼い所があるじゃないか~」
じとーっとした目で見られる。先ほどの意趣返しだろう。
「ごめんって。それで言いたかったことは何だい?」
「キミは普段しない経験を積んで人生観を変えたいんでしょ?それならわたしにいい案があるよ!」
なんだか不穏な空気が…
「いい案?」
「わたし、この前いっしょに商店街歩いた時に見つけた喫茶店に行ってみたいの!普段行かないお店に行くのも普段しない経験の一つでしょ?だから付いて来てほしいなーって!」
まさか本当に実質的にデートの経験を積まされるとは思っていなかった僕は面食らった。それにデートという言葉はどこか今の僕らには不釣り合いな気がした。
翌日、喫茶店に行くために駅前でぼうしちゃんと出会ったときの僕の感想は「変わらないな」だった。ぼうしちゃんは相変わらず麦わら帽子をかぶっていて服装も夜に会っていた時とまったく同じだった。なんだかこの服装がぼうしちゃんのトレードマークみたいな感じがしてきた。
そして僕は
「それにしてもこんな平日の昼間なんて普通学校や仕事があるはずなのに、なんでこの時間を指定したんだい?」
と言った。そう、今は水曜日の午前11時、普通ならば学校はあるし、仕事真っ最中の時間帯だ。ぼうしちゃんも実は複雑な家庭環境を抱えていたりするのだろうか。
「いやあ、実は今から行く予定の店がランチで評判でね。だからお昼前の今にしたわけさ。」
たしかにそれなら理解できる。それにしても喫茶店のランチなんて食べたことないかもしれない…
目的の喫茶店自体は商店街にあるだけあって駅前から割と近くで、軽い雑談をしているうちにすぐに店先に付いた。昭和初期創業らしく、”純喫茶れもん”と書いてある。
「なあ少年よ、ふと思ったんだが、純喫茶と喫茶店って何が違うのかな?」
今のぼうしちゃんの発言はちょっと格好つけようとして、最初と最後の口調が合ってない気しかしないが……まあそれはいい。
「ああ純喫茶の名前の理由か。そもそも日本では西洋の文化として入ってきた喫茶店っていうのが、開国とともに日本全国に広がって明治時代後期にはあちこちに店ができたんだ」
「歴史がよくわからないからやけに難しく聞こえる…」
…とぼうしちゃん。というかこの話題女性にしてしまっていいのか。
「それでそれぞれの喫茶店が客を集めようといろんなサービスを始めたんだが_____ってやっぱりこの話題は良くない気がするが…」
「途中まで聞いて話を切るのも後味が悪いから最後まで聞きたい」
ううっ…まあいいか。
「まあそのサービスが現在の風俗に近いと思ってもらっていい。男性の客に対して……まあそんな喫茶店の退廃的なムードに対抗して”純”粋な喫茶店を作ろうという運動が始まってだな。」
「ふむふむ」
ぼうしちゃんは案外興味深そうに聞いている。
「だから純喫茶という名前が誕生したんだ。結局大正の終わりごろにはほとんどの店が普通の喫茶店として営業していたようだが。」
と喋るとなんだか人類の営みがすごいように感じてくる。
「キミ、歴史とかいろいろ詳しいんだね!」
目をキラキラさせながら風俗史について聞くぼうしちゃんといういささか犯罪臭のする光景ではあったがまあ本人が喜んでいるならば良いだろう。
話も一段落したところで店のドアを開け中に入ると、レトロな空間が広がっていた。
空いている席に二人で座り、メニューを頼む。メニューの写真にある通り、どの料理も美味しそうでわくわくしてきた。
その後料理がテーブルに届くと、しらばく夢中で食べ進めていたが、気づいたら時間は12時を回っており店も大半の席が埋まってきたようだ。比較的ローカルな店なはずなのにお客さんが多いのはやはり営業年数による近所の住民の知名度か。でもやはり相席などが普通に行われているあたり地元住民の憩いの場感は存在するようだ。
ぼうしちゃんが一瞬お手洗いに行きたいと席を立った後、もぐもぐと引き続き優雅に食事をしていると、忙しそうな店員さんがこちらのほうに来て、
「現在お席が大変込み合っておりまして、相席のご協力を…」
と声を掛けてきた。
「すみません、連れがいまお手洗いに行ってまして…」
と言うと店員さんははっとした様子も一瞬で
「左様でございますか。それではゆっくりお楽しみください」
と返してきた。たしかにお昼時に二人で長時間滞在は迷惑かもな…と思い数分後戻ってきたぼうしちゃんにその旨を説明すると「たしかにね~」と言われ完食後足早に店を出ることにした。
出てきた店先で、
「ねね、まだ12時を回ったころだけどだけど次はどうする?」
「せっかく昼間に外に出てきて気分のいい昼食も済ませたところだし、一回真面目に落ち着いて自分の将来について考えてみたくなってきたよ。」
それに対しぼうしちゃんは今までの雰囲気とは一転、真剣な声で、
「じゃあ、またあの丘で話さない?」
思えばまだぼうしちゃんと出会って三日間しか経っていないのに、あの丘がなんだか第二の居場所のような気がしてきている。と考えていたところ、
「はやくいこー!」
いつのまにかいつもの明るい話し方に戻った、重い悩みを吹き飛ばしてくれるような、悩みとは正反対と言ってもいいぼうしちゃんの笑顔がまぶしく僕の視界に輝いた。
純喫茶のくだりはなんとなく入れたくなりました。実際そうだったそうです。
恋愛要素なしで女の子のお出かけを書くのが難しい…