第一話
僕、五十嵐悠斗は、どこにでもいる平々凡々で何の個性も取り柄さえもない人間と自覚していた。
がしかし、ある日突然、緑谷ひなたさん黒羽ゆいさん青空さくらさんの三人が僕たちのクラスに転入してきた。
ただ、僕のクラス転入してきただけならまだ転入生来たんだ! おめでとう! で、終わる話なんだけど、その三人の転入生。あろうとこか、肩肘ついてうとうとしていた僕に抱きついて「悠斗〜! 会いたかったよ〜」と、言ってきたのだ。
当然、あり得ないことが起こった僕を含むクラスは、何が起こったのか理解できていなかったことから、およそ一分前後鎮まり返り、割れんばかりの歓声やら悲鳴が教室一帯を占めていた。
「悠斗〜悠斗〜!」
もちろん、異性と手を繋いだことすらなかった僕は緑谷さんに抱きつかれて以降、放課後までの記憶がさっぱりない。
で、現在はというと、緑谷さんと青空さんに左右で抱きつかれ、そして後ろというか上に黒羽さんの豊満な胸が当たっている。
「悠斗、ごめんね?」
緑谷さんが下眼瞼に涙を溜めながら申し訳なさそうに謝罪してくれたが、ぶっちゃけ今も尚、何が起こってるのかわかっていない僕は、大丈夫だよとだけは言って、三人に離れてもらった。
すると、状況を察した黒羽さんが、なんで緑谷さんが抱きついたのかを説明してくれた。
「悠斗さん。私たちは全員、貴方の未来の彼女なの」
「……未来の彼女? え………っと、えええええぇぇぇ?!」
近くにいた緑谷さん黒羽さん青空さんには申し訳ないけど、生まれて初めてこんな大声を出してしまった。
そりゃそうだ。今も状況が飲み込めていないのに、さらにそれに追い打ちをかけるように僕の未来の彼女って言われたんだ。申し訳ないが、これは流石に僕を嘲笑うための盛大なドッキリか何かだと勘繰ってしまうけど、黒羽さんがまた話し始める。
「今の悠斗さんには驚かれてしまうと思って、現代に行くことができるって知った時、一つだけ貴方の物を持ってきたのだけれど、見てどうか判断してもらえないかしら?」
そう言って三人は自分の鞄を漁り始め、一人ずつ僕の身近なものを出した。
緑谷さんは小説や本を途中で読むのを中断した時とかに使う栞。黒羽さんは僕が唯一小さい頃、母さんにねだってねだってようやくもらった手のひらサイズのスフィア。そして、青空さんは妹が初めて僕の誕生日にくれたキーケース。
どれも僕の自室においてた筈だけど、母さんと妹が僕の知らない彼女たち三人を家にというか僕の部屋に案内は絶対にしないから本当のことなのかもしれない。
不安に思った僕はおそらく家で自堕落してるであろう妹に宛に電話をかける。
『はいもしもし、お兄たま大好き悠ちゃまですが』
『悠。ゲームしてるところ悪いんだけど、兄ちゃんの部屋に行って、机に赤いリボンがついた栞と枕元に置いてると思う手のひらサイズのスフィアあるか見てくれないか?』
『……良いけど、急にどったのにぃ』
間があったな。色々と邪推するところは悠の悪いところではあるけど、これに関しては信じてもらえるかわからないけど、家に帰ったら話そう。
『あ、ママに呼ばれたから行かなくちゃ。写真撮って送っとくね』
ママ? 珍しいこともあるんだな。悠は普段から母さんのことは母君とか母様って呼ぶのに今日に限ってママです……か。怪しいなんてもんじゃない。何かを隠しているのか?
気まずい沈黙が続く最中、十八時を前に二枚の写真が送られてくる。
お願いした通り、スフィアと栞が写ってるってことはそこにあるってことだから彼女たちが持ってるスフィアと栞は? それにキーケースに関しても実際、僕のポケットに入ってるし、本当になんなんだ?
期間限定で売られてたり、置かれてたりしてたやつだから再販されて買ったにしても、僕は誰にもスフィアと栞、それにポケットに入ってるキーケースを持ってるなんて言ったことないから知ってるのは家族のみだし、彼女たちは本当のことを言ってるのか?
というか、未来の僕の彼女というなら年齢的な話になってしまうけど、未来での同い年と仮定して、こっちに本当に来たっていうんだったら彼女たちの方が年上ってことにならないか?
しかも何年後の僕の彼女かもわからないから十年もしくは二十年以上の後の彼女っていう可能性もあるから疑問が疑問を生む……。
「もやもやするのあんまり好きじゃないし、スッキリしときたいから聞くんだけど、僕の未来の彼女って嘘でも言ってくれるのは正直嬉しい。だからこそはっきり答えてほしい。その手に持ってるものは、母さんや妹が自作したものだし、栞に関しても僕がこの前、父さんの書斎から見つけたものなんだよね。答えによっては拒絶する」
僕の最後の言葉にゴクリと唾を飲み込む三人。
沈黙が続く中、青空さんが口を開く。
「まず、訂正したい。確かに、あたし達は悠斗の未来の彼女。ここは嘘じゃない。そうすると疑問に思うのが、あたし達がいつの時から来たのか、どうやって悠斗の大切にしてるものを三つそれぞれ持ってるのか。それについてはまず一つ一つ説明したい」
十分前までのとろけた顔から一変、真剣な表情そのもので、本当のことを言ってるのはなんとなくわかる。だからこそ、疑問が生まれる。
「まず、あたし達がいつの時から来たのかについてだけど、十年後から来た。そうすると、年齢的な話も出てくる。十年後だったら、あたし達の年は三十歳手前。でもなんで、同年代のように見えるか。それは、難しい話になるけど、あたし達なりのやり方で、意識だけをこの世界に持ってきた」
「私たちが持つそれぞれのものは、10年後の悠斗。つまり未来の貴方に託された一品なの。それと、お母様と悠ちゃんには事前に話して理解してもらってる」
ははん。そういうことだったのか。なんでいつもはキレの良い悠が歯切れ悪そうにしてたのか、少し納得した……となると思ったのか? いやいや、なるわけなくない?
母さんと悠の自作を持ってる理由はまあわかった。無くなってないし、奪ったってわけでもないからそこは納得せざるおえない。彼女ら三人なりのやり方で意識だけを持ってきて今の彼女らに憑依なりをした。それも十分わかったけど、10年後の僕が付き合ってたからって今の僕が彼女らと仲良くする道理はない。
「つまり、10年後の僕に頼まれてきた。もしくは、僕に何かが起こったから来た。そういうことでいいんだよね。それでわざわざ来てくれたことには感謝しかない。僕を知ってるならわかると思うけど、僕がそう簡単に信用しないってのは」
青空さんたちはそれぞれ頷き、真剣な表情を崩さない。
「うん。あたし達は、そんな疑い深いけど、面倒見が良くて人一倍優しい所を好きになったの。だから、信じてもらえるまで頑張る」
「未来が改変して私たちが入れなくなってしまう可能性もあるから、事の詳細まで詳しく話せないけど、悠斗さん。貴方にはこれから数々の困難が待ち受けてるの。その全ての困難を解決しないと、……10年後の悠斗さんは」
黒羽さんがそういうと、彼女たちは何かを思い出したのか、また下眼瞼に涙をためていた。
この時はまだ、彼女たちの真意を知らなかった。