世界最強の迷宮探索者になる前日、俺はエロスキルを手に入れた。
――スキル〘強制絶頂〙を手に入れました。
「は?」
「どうしたの?」「何か問題が?」
「……いや、何でもない」
ここはノストワール大迷宮の91層、人類の最高到達階層の最前線。
俺は世界最強の迷宮探索者を目指して、仲間達と共に激戦を繰り広げていた。
そんな俺にとって、スキルとは生命線だ。
良いスキルが手に入れば、攻略がやりやすくなるし、仲間の負担も減る。
それなのにここまで来て手に入ったのが、エロスキル。
取得できるスキルは、その人の望みが反映されると言われている。
そこから考えられる原因は、俺の性欲が溜まりすぎたということだ。
(……だって仕方ないじゃねえかっ!パーティメンバーは俺以外女で、危険な深層で一人離れるわけにもいかねえんだから!)
これを話したらメンバーには間違いなく幻滅される。
……いや、同情されるかもしれないが、それはそれで嫌だ。俺は頼れる前衛アタッカーとしてここまで耐え抜いてきたのだ。ここでそんな芸人枠になるわけにはいかない。
幸いなことに、次のボスで歴代最高到達階層の更新だ。
そう遠くないうちに帰還できるだろう。
91階層のボスがいる扉を発見した。
俺達はホッと息を吐き、安堵する。
偉業を前に興奮している者は誰もいない、それだけ命懸けの攻略が続いていたからだ。
パーティリーダーである俺はこの日、扉の前で休息することを提案した。
ボスには万全の状態で挑まなければならない、それに全員が頷いた。
「何か隠してるでしょ」
「っ、何言ってるんだ? 攻略に大事なことを隠すわけないだろ?」
「ふーん、攻略に大事なことを隠してるの?」
「誘導尋問か何かか? 良いからアイツらと休んでろ」
白魔導士のリディアがテントから出てきて、俺の近くに腰を下ろした。
ふわりと良い匂いが漂う。
妙に距離が近いと感じるのは、俺がこんなスキルを手に入れてしまったからだろう。
俺はパーティメンバーには不用意に距離を詰めないようにしている。
それは彼女達が対等な仲間であるからだし、リーダーとしてメンバーに余計な優先順位ができないようにする為でもある。
だからこんな階層に来るまで判断を間違えなかったし、ハーレムパーティでありながら痴情のもつれで解散なんてこともなかった。
男一:女三、常にこの構成にすることで変な対立が起こらないようにしているのだ。
「まあ無理には聞かないわ。けど辛いなら言ってね、ここまで一緒に来た仲間なんだし」
「おう、気を使ってもらって悪いな。明日の山場を乗り切ったら一旦帰還するから、今日はしっかり休んどけよ」
ヒラヒラと手を振って、テントに戻っていくリディアから視線を外し、深呼吸をする。
(耐えきった…ッ! 俺偉い! 流石は91層に到達できる鋼の精神力を持つ男ッ!)
内心ギリギリだった。アイツ、俺が限界なのを分かっていてわざとやっているんじゃないか?
何にせよ、これで最後だ。
ダンジョンからの帰還はドロップ品の〘帰還の羽根〙を使って一階層まで転移する。
帰ったら娼館に行って至福の一時を過ごすのだ。
そう考えていると、今度はテントから魔法使いのミュールが出てきた。
ラフな格好で素肌の露出が多く、巨大な双丘に視線が吸い込まれそうになるのを、顔を背けることで堪える。
「ミュール、その格好はマズいって何度か言わなかったか?」
「あら、ココに居るのはジェイルだけだもの。私は気にしないわ」
顔は見れないが、経験上悪戯な笑みを浮かべているのは想像に固くない。
コイツは明確に俺を誘って弄んでいる。
本心は分からないが、俺がノッてこないと分かってから、度々こうして挑発してくるのだ。
彼女の元パーティは痴情のもつれで解散したと聞いたことがある。
俺の推測だが、ミュールはノッてこないことを定期的に確認して安心しているのだ。
さっきの話にも繋がるが、ハーレムパーティは大抵、痴情のもつれで解散する。
これは妊娠とかが原因でというのが一般的だが、単純に誰々に手を出した出さなかったとかで仲が険悪になって崩壊することもある。
俺はこのパーティを大切にしているから、彼女の心配は杞憂というものだ。
だから、その行動は止めてくれ。俺じゃなければとっくに崩壊してるから。
「ねえ、辛いんでしょう? 今日で最後だもの、私が慰めてあげましょうか」
耳元で囁かれる悪魔の甘言。俺の推測は間違っていたのかもしれない。
コイツが原因で前のパーティは解散したんじゃないか?
「余計なお世話だ。今日で最後になるかどうかは明日の俺達次第だ、馬鹿言ってないで早く寝ろっ」
「きゃっ、そんな強引にっ ……街に帰ったら宿で待ってるからね」
「サキュバスの魅了にも耐える俺の精神力舐めんなよっ」
妙に肉感のある肩を押して、ミュールを強制的にテントに収容する。
味方にコイツがいたから、俺は高位サキュバスの魅了にも耐えられたのかもしれないな。
悪魔を撃退した俺が簡易椅子に戻ってくると、既に先客が座っていた。
最後のパーティメンバー、闘拳士リンデだ。
「あ? まだ交代の時間じゃねえぞ」
「あー、うん。別にいいだろ? そんなこと」
「全然別に良くないが」
頭を掻きながら退く気のないリンデに、仕方ないので魔法袋からもう一つ椅子を出して座る。
何だかんだ明日は攻略最終日だ、いつもは爆睡しているコイツも緊張して寝付けないのだろう。
「……」「……」
お互い無言で時間が過ぎていく。
いつも快活なコイツが無言なのは珍しいことで、余程緊張していると見える。
ここはパーティリーダーとして彼女の緊張を解かなければいけない。
「明日のボス戦も、いつも通り闘えば勝てるはずだ。きつそうなら俺もヘイトは引き受けるからな」
「あ、ああ……。そう、だな……、ありがとう」
何だコイツ。ボス戦で緊張しているんじゃないのか?
もしかして、他の二人に余計なことを吹き込まれたか。
そう思った時、リンデが口を開いた。
「なあ、他の二人とは、シてるのか?」
「――は?」
「だから、性欲処理!」
コイツは突然何を血迷ったのか、大声でそんな事を言いだした。
さっきのミュールとの会話を聞いていなかったのか?
「いや、してねえよ。何だ? 自分だけ仲間外れされてるんじゃないかって心配してたのか?」
「そ、そう……っ 別に心配してたわけじゃない。ただ他のダンジョンパーティはそういうのをしてるって二人から聞いたから、もしかしたら溜まってるんじゃないかと思って……」
「……」
リンデの視線が下に下がっていく。
他二人はなんて話をコイツに聞かせてるんだ。
……そもそも何でそんな話になったのか、なんて考えるのは藪蛇か。
「そりゃ人間だし溜まるもんは溜まる。でもそういう欲求は仲間じゃなくて別で発散すべきもんだ。お前の気遣いはありがたいが、俺は大丈夫だ」
「……アタシは大丈夫じゃない」
「は?」
「アタシは大丈夫じゃないっ、手伝って!」
「おいおい、声が大きいっつの。魔物が寄ってくるだろうが」
リンデの口を手で抑える。
魔除けの魔導具は一定の音を遮断してくれるが、あまりに大きい音は貫通する。
深層だと小さな音でも遠くから反応してやってくるので、注意が必要なのだ。
しかし、コイツの言っていることはめちゃくちゃだ。
俺のことを気遣ったかと思えば、自分の性欲処理を手伝えとは。
元からそのつもりだったんだろうが、もう少し取り繕え。
「話を聞いてたか? これはパーティ全体の問題だ。誰かに手を出したら、それがきっかけでパーティが解散することもある。ミュールの前のパーティの話も聞いたことがあるだろ?」
「むぅ……。でもバレなきゃ問題ない」
「そういうのは雰囲気でバレるもんだ。やめとけ」
「こういうのは男が襲うものじゃないの? この不能っ」
「不能はあんなスキル手に入んねえよ」
「あんなスキル?」
やべ――、と顔色を悪くする俺と反比例するように、リンデの顔はにこやかになる。
俺は洗い浚い吐くことになった。
「アタシ達もそういうスキル手に入ってるから、お互い様だよ」
「私達?」
「あ、これ言っちゃ駄目だったっけ。でもこれで対等だし良いよね」
どうやら溜まっていたのは全員同じらしい。
まあそりゃそうか、一回の探索で二、三ヶ月もダンジョンに潜って我慢しなければならないのだ。
男でなくともそうなるのは仕方がないことだ。
リンデは少し落ち着いたのか、暫く話した後にテントに戻っていった。
こちらを刺激するだけ刺激して、酷い奴らだ。
でも良いことを聞けた、これであいつらが挑発してきた時はやり返すことができる。
………
「ブモォオオオオオ!!」
「くッ間に合わない!」
「きゃぁあああ!」
ミノタウロスの大群の猛攻に、俺達はズタボロになっていた。
70層の単体ボスが50体纏めて突っ込んでくる様は、恐怖以外の何物でもない。
何とかリンデと俺でヘイトを集めているが、それもあと数分持つかどうかという所だろう。
「こうなったら……っ、『アレ』を使います! 皆さん耳を塞いで!」
全員が耳を塞いだ一瞬の隙にリディアがスキル名を発する。
次の瞬間、ミノタウロスの約半数が自分達の仲間を犯し始めた。
身の毛のよだつ光景だが、効果はてきめんだ。
動きが鈍化した所でミュールが大魔法とスキルを発動する。
「『◯◯◯◯』!!」
ミュールが公衆の面前で言ってはいけない言葉を声高々に発する。…コイツは羞恥心がないのか!
ミノタウロス達は力を失ったようにしなしなと倒れ伏し、無抵抗に氷結魔法の餌食となる。
「おりゃぁああ!『風絶拳』!!」
「うおおお! 『炎渦流斬』!!」
二人の犠牲により、動けるミノタウロスは10体にまで減少した。
しかしまだまだ正面から戦える人数差ではない。
一体でさえ不意打ちされれば死は免れない強力な個体なのだ。
「リンデ! お前が先に使え!」
「アタシのは戦闘用スキルじゃないから無理! ジェイルが使って!」
「俺のは全体には効果が薄いんだよ! ……くそッ、ミュール! 俺のスキルに広範囲攻撃魔法を合わせろ!」
「まかせなさいっ!」
「――『強制射精』ッッ!!」
ミノタウロスの腰蓑から◯◯◯が◯◯◯◯して立ち止まった。
次の瞬間、ミュールの広範囲攻撃魔法が直撃。
腐っても最前線パーティ、後は流れ作業だった。
………
「人類史上初ノストワール大迷宮91層突破を祝して、乾杯ー!」
「「「――乾杯ッ!!」」」
ガヤガヤと騒がしい酒場の一角で、俺達は打ち上げをしていた。
酒を片手にドラゴン肉に齧り付く。
ドラゴンの肉の中で最も柔らかく美味しいとされる、シャトーブリアンのステーキだ。
自前で狩ってこれる俺達にしか許されない金貨数百枚の超高級料理である。
俺は生きていて良かったと涙を流しながら味わう。
ダンジョン内では悠長に血抜きや手の込んだ料理はできないから、こうしてダンジョンから帰還した時にしか食べられない代物なのだ。
打ち上げが終わり宿へ向かう途中、俺は戦闘中に気になったことを思い出す。
「てかリンデ、結局『アレ』、何のスキルだったのか教えてくれよ」
「『避妊』、ミノタウロス相手に使っても意味ないでしょ?」
「何だ、てっきり言いたくないから誤魔化してんのかと思ったぜ」
「それはジェイルじゃない? 叫んだ後ちょっと顔赤くなってたわよ」
「は? ミュールの魔法で熱くなってただけだっつの」
「あらあら、誤魔化しちゃって……」
「……」
いつの間にか人数不利になっていた。
こうなるとどう反論しても完璧に返されるので、俺にできることは口を閉じることだけだ。
「……あ、俺ちょっと野暮用あるから」
「「「……」」」
俺が離れようとすると、左右から腕を掴まれ、更には後ろから羽交い締めにされる。
「いやー、ははは。――え?」
「娼館、行くつもりなんでしょ」
リディアの鋭い視線が刺さる。仮に行くとして、何故パーティメンバーに言わなければならないのか。
女性ばかりの中でそんなことを宣言すれば変な空気になるだろう。
「んー、いや、装備の修理に行こうかなーと」
「もうトーパスさんの鍛冶屋は閉まってるよ」
リンデの言葉からは逃さないという強い意志を感じる。
同じ鍛冶屋で装備を作ってもらっているのに、コイツが知らないわけがなかった。
「……あ、ちょっとトイレ行きたかったんだった」
「そう、じゃあ待ってるわね」
「いやちょっと時間かかりそうだし、先に帰っててくれ」
「私も急に催したから、途中まで一緒にいきましょう?」
口だけ微笑を浮かべながら圧を掛けてくるリディアの執拗な追求に、俺は白旗を上げた。
「――参った、俺の負けだ。娼館に行きたいんだが、離してくれるか?」
「駄目ね♪」「駄目だ!」「駄目っ」
三者三様に否定されてしまう。
これは、年貢の納めどきなのかもしれない。
「お前らも、……男娼とか痛い痛い痛いっ! 分かったけど、……妊娠とか、痴情のもつれとか、色々問題起こるかもしれんのに、責任取れんのか?」
「そこはほら、『避妊』があるし」
「三人とも平等に扱ってくれる優しい殿方であれば、痴情のもつれも起こらないと思うわよ?」
「あーそうかよ。たく、俺の努力は何だったんだ。……まあ良いか、これからの攻略で我慢しなくていいなら、それが一番だしな」また変なスキルを取得しても困るし、と付け足す。
「それじゃあ、決まりね」
「アタシ、一度やってみたいことあったんだー!◯◯とか」
「ジェイルならできそうね、私は◯◯プレイとかしてみたいのだけど、良い?」
「あ゙ー! 許可取んな! どんだけ積極的なんだよお前ら!」
俺は拘束が緩んだ一瞬の隙に前へ駆け出す。
だが、俺にもう逃げ道はない。決まってしまったものは、逃げても同じだからだ。
今はただ、一人になりたかっただけ。
「俺が望んでいた世界最強の迷宮探索者は、こんなんじゃねえー!!」
――俺の情けない慟哭は、闇夜に溶けて消えていった。