94 教会の戦い 2
一方、教会の一階でも、激戦が繰り広げられていた。
サーシャは蹴りで何度も魔物化兵士を倒していたが、何度でも立ち上がってくる。
「トドメが刺せません。決め手に欠けますね……しぶとい黒虫です!」
地面に倒した魔物化兵士の顔面を、何度も踏みつぶしながら、サーシャは叫ぶ。
別の魔物化兵士が突っ込んできたため、サーシャはそれを避け、踏みつけは中断される。
「はやくアイ様のところへ行け!」
サーシャより扉から離れた位置で戦っているエスは、そうサーシャへ無茶を言った。
「五対一でやるつもりですか?ちょっと自信過剰じゃないかしら!」
「この程度……くそ!」
エスはナイフを使い、兵士を攻撃していたが、いくら力を入れても、刃はその外骨格を通さなかった。
兵士達の動きは単調だが、全身を鎧で覆いながら、素早い動きで暴れる兵士は、脅威そのものだった。
「鎧というのなら……なんとかする……!」
エスは、兵士の振り上げた腕を掴むと身体を回して兵士の懐へと入る。
通常の鎧であれば、守りの薄い部分……
肘の反対、腕の内側に対して、精一杯ナイフを振り下ろした。
グギャァァァ、と魔物化兵士は悲鳴を上げた。
ナイフはエスの見込み通り、その刃を腕に突き立てた。
エスはにやりと笑い、兵士から距離を取る。
今しがた刺された場所を覆うように、黒い繊維が再び広がって肌を隠し、止血をしたが、腕はだらりと垂れさがり、内側の傷まで治っているわけではないようだった。
「可動する部分の装甲は、薄くならざるを得ない……なるほど。それなら殺せますね」
エスは、襲い掛かってきた別の魔物の攻撃をよけると同時に、一動作のうちにその首へ、ナイフを突き立てた。
すると、鮮血が空中に飛び散って、兵士は倒れて行った。
「エス!!殺したのですか!中身はただの人間なのですよ!」
「サーシャさん。慈善事業じゃないんです。殺されたくなければ、殺せ!」
エスはそう言いながら、先ほど腕を刺した兵士へトドメを刺そうと飛び掛かる。
「くっ……」
サーシャは別の兵士の攻撃を避け、蹴りを入れると、バランスを崩させ、後ろから腕を締め上げた。
魔物化兵士たちは、おそらく、プリンに操られたうえで、武器として外骨格を纏わせられているに違いない。
サーシャは、別の兵士が飛び掛かってきたところへ、今拘束した兵士を向け、身代わりにする。
すると兵士の鋭い爪で、装甲が剥がされ、一瞬身代わりにした兵士の腹部の装甲が剥がれた。
剥がれれば、スティルと同じ、ただの操られた人間だ。
サーシャは勢いよく膝蹴りを繰り出す。
「ぐぅッ……」
兵士は身体をくの字に曲げて、その場に崩れ落ちた。
「あと三体!」
「やるじゃないですか。殺さず倒すとは」
「エスには無理でしょうね、弱いから」
「言いましたね……できないことはない」
エスは敵を殺してもいいと考えていたが、サーシャにうまく乗せられ、先ほど片腕を封じた兵士の、反対側の腕を同じように刺した。
そして膝裏を狙って斬り、もう片方の膝裏も斬ると、兵士は膝をついて倒れこんだ。
それを後ろから蹴り倒すと、その兵士は立ち上がれず、もがいた。
「どうです?あと二体!」
二人は息を合わせて、それぞれ目の前の一体へと立ち向かった。
アイは、地下室で必死に触手の鞭の連撃を避けていた。
それはかすっただけでアイの皮膚は削れ、肌に血をにじませていた。
「何しに来たんだ?グレイス!私を殺しに来たんじゃなかったのか!」
「くッ……こんなの聞いてなかったんだよ!」
アイは悪態をつきながらも、触手の間を縫うように、氷弾を作り、プリンの顔面目掛けて各方向から飛ばした。
「小癪な」
プリンはさすがに防がざるを得ず、触手の数本と腕で、それを防いだ。
アイは考えを巡らす。
氷より硬い物体とかち合うと、炎と戦うのと同じくらい、この魔法は不利だ。
不利な時はどうする?
「先手必勝!!!」
負けが込んだら挽回できない。
攻めて、攻めての短期決戦。
それを狙う。
アイは氷弾を、未だかつてない速度で生み出しては、撃ち続けた。
「いけぇえぇえぇ!!!」
ドドドドドドド!とものすごい勢いで氷弾が打ち付け、捌ききれないプリンの体を覆うドレスにもぶつかり、砕け散る。
氷は外骨格らしいドレスを貫通することは無い。
しかし、打撃のダメージは蓄積して、プリンの負担となっていた。
プリンはよろめき、少しずつ後ろに下がる。
「まだまだぁぁぁ!!!」
アイは攻撃の手を緩めない。
しかし、あまりにそれに集中しすぎて、足元の這いよる一本の触手に気づかなかった。
「うわぁぁぁ?!」
突然足首を掴まれ、宙に浮いたアイは、攻撃の手を緩めてしまう。
その瞬間、全ての触手がアイの全身に巻き付き、強く締め上げた。
「ぐあぁぁあぁっ!!」
体中を強い力で圧迫され、肺からすべての空気が悲鳴とともに抜けていった。
「はぁ……はぁ……手こずらせてくれる……」
プリンはそのままゆっくりと、アイの体をプリンのほうへと近づけた。
「ふふ……数では有利のはずだけど、仲間は多いに越したことは無い。私はここから脱出しなければならないんだ……」
そう言いながら、アイに巻き付く触手を最小限にすると、プリンはアイを抱きしめた。
「身を任せて……グレイス。私はあなたを理解してあげる。そう強がって生きることは無い。辛いことも多いでしょう?」
「放せ……」
「あなたには悩んでいることがあるのね……そう……あなたの攻撃からは……殺意を感じなかった。人を殺したくないのね?」
アイは囁くプリンに、何も答えない。
「そう、そうだわ。あなたは人を殺したことがあるんじゃないかと、迷っているんじゃない?どう?」
「あれは……あれは正当防衛だ……」
アイは塔の中で、自分がいくつもの氷を刺した、結社の男を思い出す。
「当たりね。どう?問題は、生きているか、死んでいるかよ。その人は、助かったと思う?絶望的な状況だったんじゃないかしら?」
「あいつは……もしかしたら、助からなかったかも。血が……沢山出ていたから」
「あら、困ったわね。じゃあ、人殺しじゃない、あなた。どうするの?そんなので、正義の味方を語って、私を攻撃して、それが正しいと思っているの?」
「人殺し……私が……?」
「そうよ、グレイス。貴女は悪。悪魔なの。正義ぶって人を裁いてはいけないわ。私が導いてあげる。だから、私に身を許して……」
「私は……悪……」
プリンの魔法が発動した。
アイは顔を俯けて、黙った。
メープルの顔が頭に浮かぶ。
この時に発動するのを待っていたかのように、プリンのものではなく、メープルの魔法が頭にかかっていた。
そうだ、私はあの時、メープルに相談した。
私は人殺しかもしれない、と。
殺すつもりはなかったとはいえ、人を殺めていると。
泣いて、詫びた。
それをメープルは受け止めた。
肯定も否定もしなかった。
ただ、プリンにそれに付け入れられるこの瞬間にだけは、こう思いましょう、と二人で話して、方向付けを決めた。
もし、プリンにこのトラウマをつつかれたのなら……
「その通り。私はまさに悪。……悪役令嬢だ!」
アイは顔を上げ、プリンを見つめながら、はっきりと言い放った。
「何?!こいつ対策しているのか!」
プリンは抱きしめていたアイを一気に引き離すと、すぐに触手を集めて、貫き殺そうとした。
「やって、ベリィ!」
アイが叫ぶと、今まで透明化して潜んでいたベリィが、突然、プリンの真横に現れた。
「なっ……!結社の?!」
ベリィはナイフを油断していたプリンの脇腹に突き立てた。
外骨格の薄かったそこには、深すぎない程度に、ナイフが突き刺さった。
「ぎゃぁぁあぁっっ!!!!」
プリンは悲鳴を上げる。
「ふふふ、痛そうだね、プリン!あんた、泣いてる顔のほうがかわいいよ!」
負の感情を増幅されたアイは、まさに悪そのものとなり、プリンが痛がるのを喜んで見ている。
プリンは呻きながら身をよじり、触手でベリィを振り払った。
「うぐっ……!」
アイは、吹っ飛ばされたベリィの元へ走り、両手で受け止める。
そして、のたうち回っているプリンの触手を避けながら、出口のほうへと向かう。
今しかない。
アイは、手を掲げて、氷魔法を発動した。
「潰れろ!このゴキブリ女!」
数メートルの長さ、幅のある氷の分厚い立方体、ブロックを、地下室の天井から、地面めがけて、いくつも降らせた。
ズシン!
大きな音を立てて、氷は自らも砕きながら、黒い触手を、更にはその下にある地下室の地面をも砕き、押しつぶして行く。
ズシン!ズシン!
巨人の足音のような音が響くたびに、圧倒的な質量で、重力に引かれた氷が全てを押しつぶす。
「ひっ……やめろ!やめろぉ!!」
体から伸びた触手が全て押しつぶされ、氷の下に敷かれ、プリンは悲鳴を上げる。
「あはははははは!!!!!怖い?痛い?苦しい?冷たい?もっと叫んでよ!!」
アイは嬉々として氷のブロックを落とす。
まるで自分が別人になったような、あるいは本来の自分に戻ったような、気持ちよさを感じていた。
もしかしたら、これが本当の自分なのかもしれない。
そんな喜びの中で、やりたい放題に、言いたい放題に、今なら何でもできる気がしていた。
「やめてくれえぇえぇ!!!」
自分のすぐ横を、当たったら即死するほどの巨大なブロックが落ちていくたび、その場からうごけなくなったプリンは悲鳴を上げた。
「きゃはははは!最っ高の気分……」
狂乱状態ののち、半ば恍惚としながら、アイがそう言って、魔法を止めた時には、地下室のほとんどが氷のがれきの下に敷かれ、壁まで覆いつくされていた。
その氷の世界の真ん中に、ぽつんと、腰から上だけを生やしたまま震えている、プリンの姿がある。
「や……やめろ。来るな!」
「さぁ、どう料理してやろうかな?」
怯えるプリンの方へ、アイは一歩一歩、進んでいく。
まだ魔法で増幅された感情は、落ち着いていなかった。
「や、やめろ……命だけは……」
そして、アイはプリンを取り囲むように、細く鋭い氷の剣山を、氷の地面から生やして見せた。
「待て!待て……降参する……」
鋭い氷がプリンの喉元に突き刺さる直前に、アイを、意識を取り戻したベリィが腕を掴んで必死で止めた。
「アイ、アイ!ダメだよ、それ以上は!」
「あぁ?」
アイは、鬱陶しそうにベリィを見たが、その怯え切った表情で、少し感情が落ち着いた。
「あ、あれ……俺……今……」
何も取り繕えないほど素の状態になり、アイはアイという仮面すら外しかけてしまった。
「魔物化を解除して!」
ベリィが今の内という感じで、プリンにそう命じた。
「くっ……」
プリンは、解除するにはそうするしかないのか、上半身の黒いドレスを脱いだ。
もともと着ていたシスター服は黒い繊維にびりびりに破かれていたので、ほぼ全裸だった。
手で身体を隠しながら、プリンは顔を真っ赤にして怒った。
「これで満足ですか?」
「えっ?あっはい……」
アイは素のところに突然裸の女体を見せられ、脳が完全にショートした。
ベリィに言われるままに、プリンが動けるように、周りの氷の瓦礫をどかした。
黒いドレスから離れてしまえば、操れないのか、下敷きになった黒い触手たちもしゅるしゅると縮んでいった。
「終わったようですね」
ちょうど一階での戦闘を完勝で終わらせた、サーシャとエスが階段を下りてきた。
二人とも怪我ひとつしていないようだった。
しかし、裸のプリンを取り囲んでいるアイとベリィを見て、サーシャは首を傾げた。
「ああ……アイ様は敵を辱めるタイプのようです。私たち、お邪魔だったようですね……ほら、エス。アイ様はお楽しみ中です。見てはなりませんよ」
「そうか?アイ様がそうしたいのなら仕方あるまい」
「違うから!待って!待って!」
アイは必死でサーシャたちを呼び止め、誤解を解くと、プリンを連行して、宮殿へ戻ったのだった。




