9 婚約者との決着(物理)
まだだ、まだカラムを動かすわけにはいかない。攻め続けて、遠い位置に居させないと。
先手必勝。
アイは不利属性の氷魔法で、炎魔法のような天敵を叩いて勝つには、それしかないと判断していた。
相手が慣れて、対策できるようになれば、どうやっても不利を覆せない。
アイは、氷弾と氷剣を放ちながらも、剣山のような氷柱を地面から幾つも生やした。
アイの方から、水晶の結晶のような氷の束が、カラムの方へ勢いよく生え広がっていく。
いくつかの氷柱は剣で叩き負ったカラムだったが、量に押され、またその太く強い氷の性質のせいもあって、徐々に後ろに下がって避けながら、それでも全ての攻撃を捌いて行く。
「くっそ……!」
脳のリソースを最大限に使いながら、氷弾と氷剣を撃ちながら、氷柱で地面から責め立てる。
アイの頭は爆発しそうなほどフル回転していた。
しかし踊る様に、と表現してしまいそうになるほど無駄のない洗練された動きで、カラムはすべての攻撃を避け、捌き、防ぎ、いなしていく。
美しい、とさえ、アイは思った。
それは女性のみが惚れる格好良さというより、男性でも惚れるような、確固たる実力、強さかもしれない。
同じように周りの団員達も、その技に見惚れている。
カラムは、その実力をもって、若くして団員たちを従えてきたのだろう。
そして驚くべきことに、氷柱を避けながら、カラムはアイの方へと接近してくる。
不敵な笑みを浮かべながら。
怖い……!
アイは初めて対戦相手に恐怖していた。
強者に追い詰められる弱者の心持、ハンターに睨まれた獲物の気持ちだ。
「けど……まだ……!」
しかしアイだって何もしてこなかったわけではない。
自分の魔法を分析し、できることを考え続けてきた。
アイは自らの靴に靴に氷をまとわせ、地面にも瞬時に氷を張った。
そして前方に手を構えると、小石より、いや、砂よりも細かく砕いたような氷を、一気に手から辺りに放出する。
一瞬二人の視界が爆発的な氷の粒、雪や霧のようなものでできた煙幕で遮られる。
真っ白に視界が遮られると同時に、アイはそれを放出した勢いで、一気に滑るように後ろへ下がり、カラムから距離を取った。
しかし直ぐに、白い煙の中、赤く炎が燃えるのが見え、アイは瞬時に氷剣を出し、握ると、目の前へ構えた。
その瞬間、目の前へ出した氷剣が、カラムの炎を纏った剣の一閃で、砕け散った。
「うわぁっ……!」
体勢を崩したアイは、それでもあきらめずに、背中に氷を纏わせ、仰向けの状態で氷の床の上を滑る。
しかし、滑ったその先に素早く移動したカラムが、既に待ち構えていた。
頭がカラムの脚に、ごつん、と当たって、氷の床を滑っていたアイの身体が止まった。
「嘘ぉ……」
纏った炎を消し、一瞬で常温にまで戻された、カラムの剣の切っ先が、アイの喉ぎりぎりのところに突き当てられていた。
先ほど煙幕の中で、剣に炎を纏わせたのも、あえてアイに位置を知らせ、アイに防御させる為だろうか。
アイが対応できるように。
結局は手加減されてしまったようだが、アイは屈辱を感じないほどの実力差を感じていた。
「参った?」
息一つ上がっていないカラムは、いつも通りの表情で微笑んで、そう言った。
「参り……ました……」
アイも思わず微笑んでそう言った。
なぜなら、アイは決して悔しいとは思わなかったからだ。
実力差がはっきりとした、完敗。
むしろ清々しいとさえ思っていた。
カラムの手を素直に取り、助け起こされた。
周りからは両者を称える歓声が聞こえる。
その瞬間、一瞬にして……
アイはカラムに抱きしめられていた。
「えっ?!?!」
何が起きたかわからずアイが呆然としていると、カラムが言った。
「すまない。私は君を勘違いしていた。ただ親が許婚としただけの相手だと……」
「えっ、いやっ」
「しかし今日わかった。君は、私が思っていたより、ずっと強く、美しい」
真剣な眼差しでそんなことを言うカラムに、アイは心底驚き動転し、必死で突き飛ばそうとする自分を抑えた。
ダメだ。ここで突き飛ばしたら、一瞬でまずいことになる。
暗い未来に直行コースだ。
仮にも自分は許婚の身なのだから。
「えーっと、人がみてますから……」
そう言いながらアイは、そっと手でカラムの胸板を押し、ゆっくりと引きはがす。
というか、お前はマドレーヌが好きなんだろうが……!
そもそも、婚約者ならこんな公衆の面前で抱きしめていいものなのだろうか?
観衆はひゅー!とか、もっとやれ!とか野次を飛ばしている。
この世界の基準が分からず、アイはひたすら目を回していた。
「カラムさまぁ~~~!お怪我はありませんか?大丈夫ですか?」
マドレーヌが遠くから近づいて来て、カラムははっとしたかのようにアイから離れた。
お前、あからさますぎだろ。
いや、男になんて興味ないからいいんだけどさ。
アイは思わずそう思い、カラムを白い目でみる。
「すごい炎でした。火傷などされていませんか?」
アイのことなど気遣わず、カラムばかりに治療を勧めるマドレーヌを見て、相変わらずだな、とアイは思った。
しかしおかげでカラムから離れられたので、よしとしよう。
観衆に一通り称賛され、客人たちからも挨拶をしたときとは違う、暖かい表情で迎え入れられ、アイは天幕の椅子へと戻った。
「お嬢様……お嬢様ぁ……ひっぐ……えっぐ……」
アイの隣でミルフィーユは泣き続けていた。
心配と、感動とが入り混じった感情を言葉にできず、ただただ泣いている。
「もう大丈夫だから……それと……今日のこと、お母様には絶対内緒だからな」
アイはただそれだけは必ず守ってほしい、といった感じで、ミルフィーユに釘を刺したのだった。
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