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88 執事の旅

 エスはアイを探し出し、キッシュの宮殿に直接現れた。

 エスとアイは、キッシュに今までの経緯を説明することになった。


 とはいえ、アイはエスがどうやってここまで来たかも、まるで見当もつかなかったが。


 キッシュの執務室で、アイ、エス、サーシャの三人は、部屋の中央の机の前の椅子に、それぞれ腰をかけた。


「それで……いったい何があったのか、聞かせてくれるかな?」


 これはひょっとして、怒られているのか?

 そう思いながらも、キッシュの問いかけに、アイは答えた。


「キッシュ様、こちらはスクリーム家の執事のエスです。少し変態なところもありますが、根は良い人です」


「エスと申します。愛が行き過ぎることはままありますが、変態ではございません。よろしくお願いいたします」


 エスはきっちりと訂正した。


「エス、よろしくね。第三王子をやっている、キッシュだよ」


 キッシュは物おじせずに微笑んだ。


「第三王子ですか……想像していたより……そうですね、柔軟な考え方をお持ちのようだ」


 エスが、意外そうな顔をして、そう言った。

 それもそのはず、王族の家に侵入しておいて、拘束もされずにこうして直々に訳を聞かれている時点で、異例中の異例だった。


「柔軟な考えにだけは自信があるんだ。それで、聞かせてくれる?どうやってアイを見つけ出したのかな」


「いたって簡単です。あらゆる場所で、私は人々にこう尋ねた……『黒髪の美しい少女を見かけなかったか』と」


「なるほど?」


 アイは悪寒がし始めたが、とりあえずは口を挟まずに話を聞いた。


「そのいくつかはハズレでしたが、一定の証言はアイ様を指すものらしかった。やはり、アイ様ともなれば、その美貌を人々の心に刻んでやまないのでしょう。そしてそれらのいくつかの証言は、王都へと道筋を作っていたのです。実際、苦労したのは王都に来てからのほうですね。ここはあまりに人が多い」


「勘弁して……」


 黒髪の美少女のことを人々に尋ね歩くエスを想像して、アイは赤く紅潮した顔を両手で隠した。

 恥ずかしすぎるだろ!もっと髪が黒い少女とか、年齢はこれくらいだとか、普通に聞け!

 アイは身内の恥とはこのことだと思った。


「あとは手当たり次第王都を探しましたが、つい先日、この宮殿に何者かを背負って入っていくアイ様を見つけ出したのです。必死で探して見つからなかったというのに、めちゃくちゃ目立っていたので、驚きました」


「ああ……あの時か……」


 微笑みを崩さない第三王子の目から、それでも一瞬光が消えたのを、アイは見逃さなかった。

 あの時とは、スティルを背負ってここに帰ってきたときのことだろう。

 ごめんって。

 二度と勝手に抜け出さないって。

 そう心の中で謝った。


「そうしてついに、アイ様を見つけるに至ったのです。納得いきましたでしょうか。まあ王都に着くまでのくだりは冗談ですが。それでは、連れて帰ってもよろしいですか?」


 王都までのくだりは冗談?じゃあ結局、エスはどうやって王都までたどり着いたんだ?

 アイは疑問に思ったが、キッシュは気にしていないようで、連れ帰っていいかという部分だけに返答した。


「あはは、それは少し難しいかな」


 アイは一瞬、キッシュとエスの間に、火花が散った気がした。


「ここは、世界中のどこよりも安全だよ。だから、エス、君にも、アイとともにここに滞在してほしいな」


「それなんですけど、キッシュ様。エスが簡単に侵入しているんですが、それは……」


 アイは手を挙げて抗議した。

 安全とか言いながら侵入されてるじゃん。

 それを言いたくて仕方がなかった。


「実は、エスがこの敷地内に侵入した時点で、僕は把握していたんだ。サーシャがエスに対応していたのも、わかっていたよ」


「えぇ~……?」


 アイは後出しでそんなことを言われても、どうにも信頼できなかった。


「それは確かですよ、お嬢様。私も、あと何分で増援が来るかなど、見当をつけていましたが、一向に来ませんでしたし、侵入したときから、複数人の視線は感じ続けていましたからね」


「そうなの?」


 エスは気取られていると分かったうえで侵入したし、キッシュたちも全部把握したうえで、泳がせていたということか。

 この人たちの考えることはさっぱりわからない。

 アイは相手の気持ちになって考えることを放棄した。


「それなら……まあいいや……」


「ここが安全というのは確かでしょう。私もお言葉に甘えてここへ滞在させてもらうことにいたします。そもそも、もう二度とアイ様の元を離れるつもりもありませんし」


「いいね。アイにはエスとサーシャがついていれば、何の心配もないだろう。この二人なら何人も衛兵をつけるより、よっぽど安全だ。と、言いたいところなんだけど……エスには一つ、頼みたいことがあるんだ」


 キッシュは突然そう切り出した。

 つい昨日、館に侵入してきた相手に、早速頼みごとをするとは、柔軟にも程がある。

 アイは感動するというよりは、半ば呆れていた。


「内容次第ですね」


「実は、アイの仲間が行方不明なんだ。彼らを探してくれないかな?こちらでもやっているけど、なかなかうまくいかなくてね」


「ふむ……シードル達のことですか」


「知ってるの?!」


 アイは驚いて聞き返した。


「知ってるも何も……グリサリアでは有名ですよ、グレイスお嬢様たちは」


 あえて偽名を使って、エスはアイにそう言った。


「内容次第とは言いましたが、いいでしょう。アイ様のためになることなら、大歓迎です」


「話が早くて助かるよ。よろしくね、エス」


 キッシュはそうして、シードルたちを探すことをエスに依頼したのだった。




「それと、ついでですが、ひとつご報告が」


 最後に、エスは切り出した。


「ネロは生きていますよ」


 そう言って、エスはアイの方を見て、笑った。



 ネロが生きている。


 その言葉を聞いたアイは、ここ最近で初めて、心から喜べるニュースを聞いたと思った。


「ネロが?!本当に?いまどうしているの!」


 アイは立ち上がり、エスにそう尋ねたが、意外にも同じくらい喜んでいたのがキッシュだった。


「本当かい?彼は、怪我をしてないか?探し回ったのに、一体どこに?」


「ネロは命からがら、大けがをしながらなんとかアイ様の屋敷へたどり着きました。私が屋敷を発つ頃には、ご主人様……アイ様のお父様の伝手で、治療師の元で療養をしていました。治療に時間はかかるものの、命に別状はないそうです」


「よかった……本当に……」


 アイはほっと胸をなでおろした。

 アイはネロがいなければ処刑されていた。

 命の恩人だ。

 ずっと安否が不明だったが、ようやくその生存が確認できて、アイは胸のつっかえが取れたような心地がした。


「本当、よかったよ。ネロ」


 キッシュも遠い目をして言った。

 ネロは、ソロンか、あるいはキッシュに借りがあるというようなことを手紙に記していた。

 キッシュの様子を見るに、ネロと面識があるのだろうと、アイは思った。


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