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75 別れ

 翌日、アイは三人に別れを告げた。

 長いようで短い間、苦楽を共にした仲間たちだ。


「みんな、本当にありがとう」


 アイは心から感謝した。

 最初に巡り合ったのが彼らで本当によかった。


「無理するなよ、アイ。いつでも、お前の居場所はブリザーズにある。もしどうにもならなくなったら、全て投げ出してしまってもいい。俺たちとまた、旅をしよう」


 シードルはアイの居場所を、守ってくれる大事なリーダーだった。


「次戻ったらデートだからな。手にメモして覚えておけよ?アイ。それまでに……いろいろ巡って、楽しい場所を見つけておく」


 スティルは女好きだが、実は冷静で、ブリザーズに欠かせないムードメーカーだ。


「アイ。いろいろ片付いたら、絶対戻って来て。女一人は寂しいよ。あんまり戻ってこなかったら、こっちから迎えに行くんだから」


 シェリーは強くて優しい女の子だ。がさつな男たちと違って、アイも彼女の気遣いには助けられた。


 四人は、寂しい気持ちもあったが、いつかまた会えると信じて、笑顔で別れた。

 ブリザーズにとっては、王都での活躍がこれから始まるのだ。


 悲しみよりも、祝福すべき門出の日なのだ。


「私が戻るまでに、ブリザーズの名を轟かせておいてよ」


 アイのその言葉に焚きつけられたのか、シードルはやる気満々で、王都の冒険者組合本部へと向かっていった。

 ついていきたくなるのをこらえて、アイは三人の後姿が見えなくなるまで、立ち尽くしていた。





 アイは、たった一人の、罪人の令嬢に戻った。

 ネロのことを思い出し、胸が傷んだ。


 ネロのアドバイスは、王都にあるサードという酒場を探して、ソロンという人間を探せ、という内容だったはずだ。

 アイはまず、サードという酒場を探し、王都を歩いた。

 しかし、あまりに広い王都の中で、情報もないまま探すことは至難の業だった。

 いくつかの酒場に目星をつけ、そして、そこに入り、注文をしながら、店主や店員に話を聞いた。

 

 酒場同士なら交流や情報くらいはあるだろうと思い、アイは高を括っていたが、意外にも、知っている人間はなかなか見つからなかった。


 どうやら王都はその標高の高さの通りに、街が上層、中層、下層に別れており、それぞれ上流、中流、下流の階級に分かれて住民が住んでいるらしい。

 塀のようにはっきりとした線引きはないが、町並みは明らかにある通りを境に変わっているようだった。


 今まで下層を主に探していたアイは、門のほうからだんだんと上、町並みが綺麗になってくるあたりへ探す範囲を広げた。

 初めて少し小綺麗な酒場に入り店主に話を聞くと、ようやく情報を得ることができた。


「”サード”か。俺たちと同じ中層に店を構えているが……いろいろと謎な店だよ。仕入れをどこからしているのかもさっぱりだし、料理店仲間との交流もない。場所はわかるよ。西側のもう少し上流よりだ。メインの通りじゃないから、知る人ぞ知るって感じだけどね」


「へぇー、謎に包まれた酒場、ですか。危ないところなんですか?」


「下層みたいに、すぐ手が出る輩ばかり、というわけではないんだが……むしろそういう奴らの上にいる、フィクサーとでもいうようなのが、出入りしているらしい」


「ふぃく……なに?」


 アイは聞きなれない言葉を聞き返した。


「はは、裏社会やら、実社会やら、とにかくどこかで実権や影響力を持っているような人たちって感じかな。要するに、危ないヤツもいるから気を付けてってこと」


「ありがとう、お兄さん。とりあえず行ってみるよ」


 アイはようやくサードの位置を掴めたことを喜び、軽い足取りで教えてもらった場所へと歩いた。




 サードは、確かに小さな看板を掲げているだけで、入口は大きくもない扉が一つついているだけの、見つけづらい場所にあった。

 同名の別の酒場とかはやめてくれよ、と思いながら、アイは恐る恐る扉を開けて、中に入る。


 アイが店に入った瞬間、扉についたベルが自然と音を立て、来客を店内に知らせた。


 するとなぜか、空気が凍り付いたように、時間がとまったかのように、先ほどまで聞こえていた人々の喧騒が、ピタッと止まった。


 びくっと、身体を硬直させて戸惑ったアイだったが、次の瞬間には客は食事に戻り、中断していた会話や食事を再開し始めた。


「ふぅ……」


 なんだ?今の空気は。

 緊張しながら、アイはひとまず空いている席を探した。


 酒場は狭いながらも二階建てで、フロアに置いてある四人掛けや、いくつかの落ち着いた明るさの半個室などがあった。

 アイはひとまず、一人だったこともあり、カウンターに腰かけた。


「何にします?」


 単発の、さわやかな笑顔を浮かべた店員が、アイに話しかけた。


「えっ……と。麦酒で?」


 何が置いてあるのかもわからず、アイがそう言うと、店員は少し驚いたように眉を上げたが、すぐ元の笑顔に戻った。


「お待ちを」


 ジョッキにビールをついだ店員が、それを置いて離れようとするのを、アイはジェスチャーで呼び止めた。

 まずは店員に聞くに越したことはない。

 声を潜めて尋ねた。


「ねぇ、私って場違いかな?」


「まさか。当店はどんなお客様でも歓迎ですよ」


「入ってくるときすごく見られた、というか、今もちらちら見られている気がするんだけど」


「ふむ……」


 そう言って店員が見回し、アイも同時に改めて見ると、確かにアイの方を見ている客は多くいた。

 目が合って目をそらす者もいれば、そのまま笑顔を向けてくる者、睨むようにして視線を外さない者など、様々だが、注目を集めているのは間違いない。


 フィクサーが集まる店、と聞いていたアイは、自分が手配されて追われている身だということを思い出す。


「お客様がお綺麗だからでは?」


「えっ……じゃなくて、営業トークはいいからさ……」


「本心ですよ。実際のところ、このお店は一見さんが少ないんです。見つけるのが大変だったでしょう?」


「確かに」


「男女のグループが来ることは珍しくないですが……女性一人で来られるのは珍しいことではあります。もちろん、当店はどんなお客様でも歓迎ですので、気を楽にしてくつろいでください」


「ありがと。で、もう一つ教えて欲しいんだけど……ソロン、って人、このお店にいる?」


「ふむ……店側の人間にはおりませんが……お客様の情報はプライバシーがございますので」


「言えてるね。やっぱり、こればかりは直接聞いて回るしかないかぁ……」


 アイは途端に憂鬱になった。

 つわものぞろいと聞いた酒場で、誰かわからない相手に、人の名前を聞いて回るとは。


 アイはぐいっと酒を飲むと、覚悟したように席を立った。

 先ほどからアイのほうをみて、笑顔を向けている男のところへと歩を進めた。


 白いスーツに身を包んだ、金髪をセンターで分けたその若い、身なりのいい男は、ほかに二人の男性客と、女性客一人と、テーブルを囲んでいた。

 それぞれが高そうな衣服やアクセサリーを付けており、いい暮らしをしているように思えた。


「やぁ」


 その男は曇りのない笑顔で、アイに手をひらひらと振った。

 アイも作り笑いを浮かべ、手を振る。


「どうも。楽しんでますか?」


 どう切り出したものかと考え、アイはぎこちなくそう尋ねた。


「君が店に入って来てからは特にね。今が最高潮だ。話そう!隣においで」


 そう言うと、金髪の男の隣に座っていたもう一人の男が、席を立ち、今までいた場所に座るように促した。


「失礼……」


 少し緊張しながら、アイは椅子に腰かけた。

 男との距離は近く、いつ何をされてもおかしくないと警戒する。


「私を知っているかい?」


 アイは肩をすくめた。


「いいね、私は自分が誰か知られていない相手との会話のほうが好きなんだ。きっとそうだと思った」


「王都には来たばかりで」


「だろうね。女性一人で、通り沿いでもないこの店に入ってきて、自分がなぜ注目されるかもわからなくて戸惑っている。だろ?訳アリさ。見ればわかる」


「すごい観察眼ですね……」


「いや、誰でもわかる」


 おどけた表情で、男が同じ席についている女性を見ると、女性もふっと小さく笑った。


「私のほうからも提案はあるが……まずは綺麗な小鳥がわざわざこの枝に止まろうと思った理由を聞こうかな?」


 気障っぽい表現で、男は言った。


「人を探していて……」


「待った。当てよう」


 話を遮られ、アイは眉をひそめて口を閉じた。


「君が探しているのは、”花屋の主人”で、その人に働き口を紹介してもらおうと思って来た。違う?」


「いえ……」


「ハズレだ!残念!」


 大げさに悔しがる男に、酒が入っているからか、周りの三人もげらげらと笑った。

 アイは、少し気圧され、戸惑っていた。


「悪い、悪い。実は私こそが”花屋の主人”だ。困りごとがあったら頼ってほしい」


「花屋?」


「そう、花屋。お花屋さんと呼んでもいいよ」


「お花屋さん……」


 アイがそう言うと、テーブルのみんなはくすくすと笑った。

 そして、手をアイのほうに向けて、続けるように示した。


「ソロンって人を知っている?」


 アイは率直にそれを聞いた。


「なんだ、男か」


 名前から男性と判断したのか、花屋と名乗った男は、お手上げだというポーズをして見せた。


「女性だったら得意なんだけどね。あいにく知らないな。悪いね」


「そうですか……ならいいんです。ありがとう……」


 話を切り上げようとするアイだったが、隣の男性は席を立とうとはせず、アイもそこから出ることはできなかった。


「まぁまぁ、こっちの話も少しは聞いてくれよ。さっき言ったように、私はいい働く場所を知ってる。君のように、綺麗で、訳アリで、食いつないだり元手が必要な人にとびきり向いた場所だ。どうかな?詳しく話を聞く気はある?」


 話の内容から、少しいかがわしさを感じたアイは、その話をすぐに断った。


「いえ、いえ結構です。しなければいけないことがあるので」


「まぁそう言わず。君なら億万長者も夢じゃない。ここ……王都には、金払いのいい奴がたくさんいる。そのうち、王様やら王子様だって客に来るさ!」


 花屋の大言壮語に、机の三人は拍手をして笑う。


「えーと……」


 アイが困っていると、一人の男性が席に近づいてきた。


「王子様が顔出すって?あるわきゃないだろ」


 酒瓶を片手に、泥酔しているような男は、花屋と違って、汚れた衣服を身に着けていた。

 茶色い皮の帽子と、ジャケットを身に着けた男は、無精ひげを生やしており、いかにも飲んだくれといった感じだった。

 しかし、傭兵か何かなのか、腰には刀を提げていた。

 鞘に入っていはいたが、アイがこの世界に来てから初めて見る、剣ではなくて、刀のようなものだった。


 このサードという酒場は、花屋のような種類の人間もこの男のような人間も同時に存在している、不思議な場所だった。


「何だよおい。楽しく飲んでるんだ。邪魔しないでくれ」


 うんざりしたように花屋は言った。


「お前んとこの女はまるでダメだね。ガワだけで積極性が足りねぇ」


「なんだ、お客様か。フィードバックをありがとう。改善しておくから、また頼むよ。ったく、ほら他へいこう。飲み直すぞ」


 花屋は仲間を引き連れると、アイを置いて席を立った。


「お嬢さん、上層のフラワーメアリーにいつでもおいで。お客さんでも、働き手でも」


 そう言って、花屋は去っていった。


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