65 教団と結社
暗い教会の中、一人のシスターが残された。
そのはすだったが、シスターは、突然、別の一人の女性の声を耳にした。
「いやぁ、おっかないですね。シスターの遺伝魔法は」
その声が響いた直後、空気に突然色が着くかのように、教会の椅子に腰掛けた女性が現れた。
女性は商人風の衣服だったが、黒を基調としたコーディネートだった。短めのタイトスカートに、黒いジャケットを羽織っており、茶色の髪を黒いリボンで一つに束ね、手には黒い皮の手袋までしていた。
「あら。今日はもう遅いわ。懺悔することがあるなら、明日にしていただけないかしら」
シスターは先ほどの優しげな声色とはうって変わり、冷たい声でそう言った。
何もないところから突然人が現れたというのに、動揺する様子もなく、すぐに返答をした。
その人物は席を立つと、シスターにゆっくりと歩いて近づく。
「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいよ。シスター・プリン。ウチ、こういう者でして」
小さな紙切れを差し出した女性を、プリンと呼ばれたシスターは受け取らなかった。
「結社の人間の自己紹介など、いりません。どうせしばらくすれば、名前を変えているんだから」
特に説明もしていないにもかかわらず、プリンは女性のことを結社の人間だと言い当てた。
それには何の確証もなかったが、長年培ったプリンの勘のようなものだった。
「我々のことをよくご存じだ。ユーフォリアの皆さん全てがそうではない。あなただからこそ、知っている。あなたはとても、有能だね。それにとても綺麗だ。どうかな、身分を忘れてウチらで仲良くするというのは」
「私と好意的に話してもらいたければ、まずは教団に入信することです。それで、要件は何かしら。手短にしていただける?」
「いえいえ、実は用事は済んだんです。グリサリア、あそこで何が起きたのか、ウチらは知りたかった。元々街にいたウチのメンバーも、すっかりバカになっていたので、情報が無かったんです。笑えるでしょう?それほどヤバいことが起きた。少し、調査も必要になるってものでしょう」
「結社の仔犬ども。貴様らが何をつかんだところで、私たちの邪魔はできないぞ。貴様らには筋の通った教義が無い。うわべだけ繕っても、何事も成せない烏合の衆だ」
ついに口調まで変わり、プリンは殺意をむき出しにした。
「そう怒らないでくださいよ、怖いなぁ。可愛い顔が台無しですよ?ウチは、ほんとにグリサリアで何が起きたか調べて来いって言われただけなんだ。それで、盗み聞きだけして去っていくのもなんだか寝起きが悪いから、こうして挨拶させてもらったんです」
「そういうことね……」
プリンは、そう言うと、少し俯き、顔を上げると、まるで仮面を取り換えたように綺麗な笑顔を浮かべており、ねこ撫で声で言葉をつづけた。
「さっきの話だけど、ない話ではないと思うの。立場を忘れて、二人の仲を深めるって、話。私も、急に暗闇からあなたが現れたから怖くなっちゃったの……わかるでしょう?」
そう言いながら、プリンは結社の女性に近づいていく。
「ね、どうかしら。もう少し深く、お互いのことを話しませんか?私もあなたのこと……知りたいわ」
頬を上気させ近づくプリンだったが、女性の手を取る直前で、突然結社の女性は姿を消した。
まるでその場から何も残さずに消え去るかのように、プリンの視界から消えたのだった。
「くっ……」
悔しそうな顔になったプリンが、辺りを見回して、女性の姿を探した。
「その手には乗りませんよ、シスター。絶望と自省で人を支配する貴女の遺伝魔法は、かかるとどんな魔法よりも苦痛だって噂だ。あなたと仲良くなるときは、きっとくるでしょう。でもそれはウチのペースで進めさせてもらいます。じゃあ、またね。綺麗なシスターさん」
プリンは声の元を探そうとするが、あらゆる場所からその声は聞こえてきて、プリンには相手を見つけられなかった。
「う゛ぅっ……!」
プリンは突然顔を覆うと、悔しさのあまり泣き始めた。
女性のペースに乗らずに、始めから近づき、魔法をかけれていれば、信者に対して行ったように、支配できていたのに。
感情に任せてチャンスを失ったことを、心から悔やんでいた。
教会の外、その荘厳なつくりの屋根の上で、プリンの前から姿を消した結社の女性は、頬杖をついて空を見ていた。
「詰めの甘い可哀想な女だ。そもそもお前の能力を知ってるんだから、何があっても近づくはずないだろ。けど、そこがかわいい。ついでがあったら拾ってやろう。結社に比べれば、教団の教えも目的も、子供のままごとみたいなものなんだから」
女性はそう呟くと、次の瞬間には再び、その姿を消していた。




