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63 落着


 事件の後、グリサリアでは、街の男たちや、冒険者たち……まだ巣から精製された毒薬を飲んでいなかった者たちが中心になり、地下墓所で倒れている者たちの救助や、女性信者たちへの解毒などが進められていった。


 隣街からも救援が到着し、じきに騎士団や王都からの救援も到着する予定ということだった。

 そうなれば、解毒剤の精製や原料調達も進み、女性たちの正常化も加速する見込みだった。


 アイたちはというと、まともに営業を始めた宿屋で休み、疲れを取ると、少し地下墓所の後片付けを手伝った。


 その最中、シードルは牢屋から助けた男性たちと会い、英雄と称えられた。


「こいつらがいなかったら、俺たちもやばいことになってたんだ。こいつらは英雄だ!」


 男性がシードルの手を取って掲げると、作業をしていた辺りの人間からも、歓声が上がった。

 それもそのはず、今元気に動けているのは、シードルが牢屋から出した、男たちが大半だったからだ。


「ところでアンタたち、名前は何て言うんだ?」


「あぁ。俺はシードル、それでこっちが……」


「いやいや、冒険者集団としてのチーム名だよ」


 シードルたちは、顔を見合わせた。

 チーム名は考えたことが無かった。

 そもそも、アイは臨時で仲間にしてもらっているだけだし、自分とは関係なく、三人でつけるものだと思っていた。


 しかし、シードルはアイと、シェリーを見ると、少し考えて答えた。


「そうだな、俺たちは……暴風雪(ブリザーズ)だ」


 シードルは、シェリーの風の魔法と、アイの氷の魔法から、ブリザーズという名前を今つけたらしい。


「ブリザーズの英雄シードル、いいな!はは!」


 男はシードルと握手して、みんなにその名を紹介して回った。



 アイたちは急ぐ身でもあったので、この街を発つ準備を始めた。

 グリサリアの今後も気になるが、アイにゆっくりとしている時間はなかった。


「でも、よかったの?」


 アイはシードルに聞いた。


「ん?何がだ?」


「だって、私は……その、いなくなっちゃうから」


「あぁ、ブリザーズって名前のことか?いいんだ。俺の荒々しさとか、スティルの冷静さも踏まえているのさ」


 スティルが冷静かは疑問を持ったが、アイは少し安心した。


「それに、お前がいずれここを出て行っても、俺たちの始まりは、お前を含めた四人だ。それはずっと変わらないさ」


 シードルは恥ずかしげもなく、笑顔でそう言ったが、アイはかえって、顔を赤らめて照れた。

 アイの性格に比べて、この爽やかの男の考え方は、少し真っすぐすぎる。

 いなくなる自分のことが含まれるような名前でいいのかと、聞いた自分の方が恥ずかしくなってしまう。



「なあ、アイ。いつか全て片付いて、もし、お前が広い世界を渡り歩きたいと思ったのなら……いつでも戻ってこい。どこで辛いことがあったって、ここにお前の居場所がある。世界のどこにも定住しないが、移動しながらもお前の居場所は、ずっと無くならない。それを忘れずに、過ごしてくれ」


「うん……はは、シードルにはかなわないなぁ……」


 アイはシードルの言葉に胸を打たれて、そう小さく答えた。

 この先、自分を待っている世界は、辛いことだらけかもしれない。

 そんなものすべて捨てて、シードルたちと気ままに世界を巡りたかった。

 ついでに人々を救ったりなんかしながら。


 それでも、この世界に来てから、アイに優しくしてくれた人たちをみんな捨て去ってまで、そうすることは、できなかった。

 前の世界の人間関係は、自分の死によって全て断たれてしまった。


 せめて、この世界で巡り合った、両親や、使用人や、婚約者や、友達が苦しんでいるのなら、自分もできることを最大限頑張ろうと、アイは思っていた。




 アイとシェリーは街を出る前に、ある場所へ向かっていた。

 この街へ来てから、一度通った裏路地を抜けた奥にある、住宅の中の一室だ。


 アイが玄関のドアをノックすると、一人の若い、綺麗な女性が扉を開けた。

 アイたちはその女性と面識が無かった。


 女性は少し戸惑ったように、尋ねる。


「こんにちは?あの、どちら様……」


「シェリーちゃん!!!!アイちゃん!!!」


 後ろから、元気いっぱいになった、ロイズが飛びだしてきた。

 そのままの勢いで、シェリーに抱き着いた。


「ロイズぅ!元気にしてた?ちゃんとお母さんが戻ってくるまで、お留守番できた~?」


「うん!言われた通り、静かに待ってた!ごはんもありがとう!」


「あー……あれはね、ちょっと拝借したやつだけど……気にしないで!」


「あなた達が……ロイズから話は聞いています!本当にありがとうございました!」


 ロイズの母親はロイズから話を聞いていたようで、アイたちを歓迎した。


「ロイズね、アイちゃんとお友達になる」


「うん?そうだね!お友達になろっかぁ!」


 何も知らずにアイは元気にそう答えた。


「アイちゃんはね、せけん、を知らないから、私が教えてあげるの!」


「えぇ……」


 予想外に高圧的な友達だったので、アイは戸惑った。


「私はせけん、をしってるから、お姉ちゃんだよ!ロイズお姉ちゃん、ってよんでね!」


「うん……お姉ちゃん……世間って何……?」


 少し悲しくなりながら、アイは尋ねた。

 アイがシェリーの方を見ると、シェリーはにやにやと笑っていた。

 きっとシェリーの入れ知恵だろう。

 ちっちゃい女の子をお姉ちゃんと呼ばされるって、どんなプレイだよ。


「せけんはねー、みんなが思ってることだって、自分がおもってることだよ!お母さんが言ってた!」


「うーん?」


 アイにはよくわからなかった。もしかしたらアイは本当にロイズに色々教わった方がいいかもしれない。

 それはさておき、あの頃とは別人のように明るいロイズの姿を見て、アイはほほえましく思った。

 アイがこの街で守ったもので、一番大切なもののようにも思えた。


「お母様、旦那様はご無事そうですか……?」


 シェリーが少し声のトーンを落として、母親に尋ねたが、母親の顔色が変わらなかったので、少しほっとした。


「ええ、おかげさまで。ベッドで寝ていますが、少しずつよくなっていますよ。なんでも、不眠不休で何日も働いたくらい、身体じゅうがだるいんだとか」


 実際に、魔物の巣の影響で、意識を失いながらも身体を動かし続けていたのだろう。

 魔物のように、食べ物以外のエネルギーで身体を動かしていたようだが、身体に疲労はしっかりと溜まっていたらしい。


 とにかくこの一家は全員が無事だった。

 アイとシェリーはそのことに満足し、笑顔で手を振るロイズと別れた。


「またね、ロイズ」


「ロイズお姉ちゃん」


「またね、ロイズお姉ちゃん……」


「またね!!」


 年頃の女の子は上下関係に厳しい。アイはそう思った。




 帰り道、アイはシェリーに抗議した。


「あんまりでしょ……年下の姉できちゃったんだけど。しかも頭よさそうなこと言われたし」


「あはは、それくらいの罰は受けてもらわないとね」


「そんな世間知らずじゃないと思うんだけど」


「どうかなぁ……一人で無茶して飛び込んで、次に会ったときのアンタの真似してあげようか?」


「待って」


「あはは……しぇりぃ~~っ……だぁいすき♡」


 シェリーは虚空を眺めて精一杯バカっぽく、そう言った。


「や・め・ろ!!!」


「可愛かったなぁ~……あれは間違いなく、ロイズより年下だったね~……しぇりぃ~♡って。シードルたちにも見せてあげたかったなぁ~」


「ぐあぁぁあ……絶対言わないでください絶対……!」


 アイはそれ以上は何も言い返せず、頭を抱えて顔を真っ赤にして悶えたのだった。





 その夜、アイは屋上に佇む男の下に、近づいた。

 その男の綺麗な金髪は、夜風にたなびいて、月光を反射して、輝いていた。


「止めてくれるな、アイ。俺はもう決めたんだ。あの四人を幸せにするってな」


 スティルはアイの気配に気づき、振り返らずにそう言った。

 あの四人、というのは、アキナスと一緒にいた、魔法使いの女性たちのことだろう。


「あのーそれが、さっき四人がここに来まして……」


「何!どうして俺を呼ばなかった!」


「それがめちゃくちゃ怒っていて……いないと言ったら伝言を伝えろと……」


「そ、そうか……何で怒ってるんだ?」


「えー……いきます。『私たちを助けるふりして、薬を盛るなんて許せない!!そもそもあの触手の魔物を放ったのも、あなただったんでしょ!次会ったら、埋める!』だそうです。あ、最後の埋める、のところは、沈める、斬る、焼く、とそれぞれ違う殺し方を言っていました」


「なんでだ……あれは解毒剤じゃなかったのか……」


「ただの解毒剤だったらあんなにベタぼれにはならないでしょ……」


「そうなのぉ?かっこいい俺に助けられたから惚れたんじゃないのぉ?結構がんばったよ?デカい触手相手にさぁ……」


「無駄な努力だったね……いいんじゃない?ひと時とはいえ夢を見られたなら」


「アイちゃぁぁあん。やっぱ俺にはお前しかいねぇよ……」


「きもちわるい、寄るな」


「ひでぇや……」


「まぁでも、ありがとう……助けに来てくれて。それはちゃんと言っとかないと、と思って」


 アイはスティルにだけ言いそびれていたことを、ようやく言い終えた。


「ぶっちゃけ惚れた?」


「ぶっちゃけ惚れては無い」


 こうして離脱直前までいった色男も、ブリザーズに残留することが決定した。


 黙って大人しくしていればモテそうなのに、とアイはもう何度思ったかわからないことを、再び心の中で呟いた。




 翌日、アイたちは、忙しい中でも顔を出してくれた数人の人々に見送られ、街を発った。

 彼らの滞在時間は短かったが、ブリザーズの英雄たちの逸話は、今後何世代にもわたって、脚色されたりアレンジされたりしながらも、グリサリアに住む人々の間に伝わって行ったのだった。



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