6 社会科見学
アイが、騎士団の訓練を視察する日が来た。
馬車でミルフィーユとともにしばらく揺られ、着いた先には、柵に囲われた広大な土地の中に、基地というべきか、騎士団の拠点があった。
入り口から憲兵らしき人に案内されて、入っていくと、要塞のような建物や、寝泊りするような建物が遠くから見えた。
いくつかの建物の間の広いスペースで既に、騎士団員たちは訓練を始めていた。
その傍には天幕が立てられており、客人用の椅子が用意されている。
既に何人かが腰かけており、その中にはマドレーヌの姿もあった。
名誉騎士団員なのに、訓練せずに座るんかい、とアイは思ったが、にこやかに手を振って挨拶を済ませた。
ミルフィーユに誰がどういう人かとかいう説明を受けて、アイは他の客人にも挨拶をして周ったが、みんなびくびくとしながら、早めに挨拶を切り上げた。
おそらく、アイの日頃の行いの悪さを知っているか、どこかで聞いたか。
あるいはそんな奴が、にこやかに挨拶をしに来たことが気味が悪かったのかもしれない。
「ふぅ。疲れた」
「お嬢様……今までにないくらいご立派でしたわ」
「あっそう……」
今までは一体どうしていたんだ、とアイはぞっとした。
空いた席に勝手に腰かけた二人は、日差しを遮る天幕のおかげで少し落ち着いて息を整えた。
マドレーヌはしばらくすると席を立ち、訓練で怪我をした団員を治療して回っているようだった。
「あ、ほら。カラム様も見て回っているみたいですね」
そう言われてミルフィーユが指さした方を見ると、カラムが、訓練で剣の型を練習している騎士団員に、姿勢を正させたりして指導をしていた。
アイたちが見ていると、それに気付いたのか近づいてきた。
「やあ。アイ、わざわざすまないね。来てくれて感謝するよ」
「いえいえ、どんなことをしているのか見たかったので」
「ハハ……妙な感じだな。君はいつもお母様に無理やり連れられては、うんざりした顔でそこにいたのに」
「あはは……」
ミルフィーユが、まったくそうだったという感じで重くうなずいていた。
「もしよければ、もっと傍で見るかい?案内するよ」
「是非!」
ガタッと席を立ったアイを、周りの客人が訝し気にこちらを一斉に見ていた。
「あ、あはは……ごめんあそばせ……」
母親曰く、取り合えずそう言って笑っておけば大体誤魔化せるらしい。
こんなに早く使う予定は無かったのだが、とアイはどこか悔しさを感じていた。
どうにも、こういう場に来ると好奇心が勝ってしまう。
カラムに案内されて見ていくと、騎士団員たちは様々な訓練を行っていた。
実戦形式でペアを組んで決闘のように戦っている者、木人相手に剣の型を確認する者、基礎体力の訓練をする者、炎魔法をひたすら的へ放ち続ける者など。
アイは、実戦形式で戦う男たちを間近で見せてもらった。
「ふわぁ……すごっ……」
今しがた片方の団員が、もう一方の剣を弾き飛ばし、喉元に剣を突きつけて決着が着いた。
「そう見えるかい?二人とも、まだまだ未熟だ。基本はしっかりしているが、型の延長だけで戦っていると、突発的なことに柔軟に対応できないものさ」
「へぇ~……ではカラム様は二人より全然強いんですね」
そう発言して、すぐに、しまった、とアイは思った。
騎士団長ともあろう人に、そんな物言いは、本当に強いのか疑うようなことで、嫌味にさえ聞こえてしまったかもしれない。
「あはは。私もまだまだだよ。上には上がいて、果てなんかないからね。そんなことより私は、君の氷魔法を見てみたいけどね」
全く気にもしていないといった感じで微笑みながら、カラムはそう言った。
「どうだい?いっそ鍛えてやってくれないか?うちの団員も喜ぶよ」
「いいんですか?!」
二度目のしまった、をアイは感じた。
冗談を真に受けてしまったかもしれない。
「やるかい?」
ちょっとだけ真剣な眼差しになりながらも、微笑みを崩さず、カラムは言った。
欲望に勝てず、アイはこくりと頷いた。
試したい。自分の魔法がどこまで通用するのか。
「いいね。彼に相手をさせよう。ネロ!こちらへ!」
ネロといえば、意識が戻ったアイのところへ、カラムが連れて来ていた団員だ。
「はっ!お呼びでしょうか!」
「模擬戦だ。お相手は君のお気に入りのアイお嬢様だぞ」
「はっ!!はっ?!?!」
驚きまくったネロが正気か、という顔でカラムを見つめるが、カラムは早く準備をしろと開けた模擬戦場へと促した。
アイもその反対側に立つと、合図を待った。
「本当にいいんだね?ネロも達人だ。怪我はさせないと思うが……」
最後にやはり心配になったのか、カラムが尋ねたが、アイは緊張しながらも頷いた。
しかしアイにはそれよりネロの緊張の方が心配だった。明らかに勝ってよいものか迷っており、顔が引きつっている。
安心しろ。そんな迷い、一瞬で吹き飛ばしてやる。
侮られているのを感じ取って、アイは俄然やる気を出した。