54 教団の支部長
アイが部屋に入ると、中は薄暗く、ほとんど明かりが無かった。
扉が後ろで閉められ、真っ暗な狭い部屋に一人で閉じ込められてしまう。
すると、シューッっと何かが噴き出されるような音がして、甘い香りが部屋に漂う。
まずい、と思って息を止めたが、少し空気を吸ってしまい、頭がぼーっとしてくる。
「く、くそ……」
アイにとって、そのガスらしき気体も恐怖だったが、何よりも周りが暗くて見えないのが対策を妨げていた。
アイは、決意すると、何も見えないまま、魔法を発動する。
ジャキン!と剣山のように、自分だけを避け、部屋中を埋め尽くすように氷柱を生やした。
ドシュッ!という音の後に、ぽた、ぽた、と液体が垂れる音がする。
それと同時に、アイは部屋の中を見通すことができていた。
魔法を発動するときよく考えれば今までも、魔力のような青い光が辺りを照らしており、作り出された氷も、不思議としばらくは輝いていたのだった。
「うっ……!」
見ると、氷柱に刺さって、真っ黒なクラゲが垂れさがっていた。
そのクラゲのような魔物は、他の魔物と同じように、触手を丸い頭から垂らしており、天井から生えた氷柱に刺されているところをみると、浮いていたようだった。
「っ……げほっ……!」
驚いたこともあり、アイの頭はさらにぼーっとしてくる。
目の前の、入り口とは反対側の扉が開いた瞬間、アイは外に飛びだし、後ろ手に扉を閉めた。
「お疲れ様でした……ってあら?ずいぶん元気がいいですね」
アイが左右を見ると、隣の部屋に入った女たちも部屋を出てきており、入る前とは全く違う、虚ろで幸せそうな顔をしていた。
アイは、出迎えた女には答えず、視線を地面に向け、無表情を装った。
出迎えた信者は、気のせいと思ったのか、アイたち五人を集め、また別の部屋に案内した。
地下の通路に、机が置いてあり、例の信者の装束が畳んで置いてある。
「それでは皆さん、これに着替えてください」
女性がそう言うと、四人の女性たちは迷わずその場で服を脱ぎ始めた。
「っ?!」
アイは思わず声を出しそうになるのを堪え、できるだけ周りを見ないようにしながら、震えながら自分も服を脱ぎはじめた。
更衣室も用意しないとは。
まだか?もういいんじゃないか?
いつ、暴れればいいんだ?
しかし、ここを離脱して何をしたらいいのかわかるまでは、アイは行動を起こすわけにはいかなかった。
せめて主導権を握っている奴を特定するなりしなければ。
とはいえ、さっきの嬌声が響いていた部屋に入れられるわけにはいかない。
その前には必ず、脱出しなくては。
装束に着替えると、アイは先に待っていた数十人の女性たちと合流し、椅子に座って待たされた。
女性たちは、みんなが虚ろな目をしており、虚空を見上げてへらへらと笑ったり、身体をよじらせたり、よだれを垂らして拭きもしなかったりで酷い有様だった。
アイは必死で、きょろきょろと見回すのを堪え、俯いてぐったりとした振りをして、信者たちの目を欺いた。
信者たちは、先ほどアイたちが書いた、自分の名前などが書かれた紙を持って、一人ずつ名前を呼びに来た。
何人かが呼ばれて去って行ったあと、アイの名前が呼ばれた。
「グレイス。グレイス・グラスワーク?」
アイはゆっくりと立ち上がり、その女について行った。
女は、他の信者の装束と違い、ところどころに豪華な黒の刺繍が入っていた。
この女は、街で信者にされた人間ではないのかもしれない。
この先ヒントがなければ、この女を脅して、情報を引き出そう。
アイはそう見当をつけた。
「さて。この先の部屋で、支部長にお目通りしてもらいます。無礼が無いように。それが済んだら、教義をよく知って、正式に入信してもらい、最後にご褒美を差し上げたら、今日は終わりです」
初めて今後の説明らしい説明を受けたが、その内容は最悪のものだった。
しかしアイにとっては好機だ。
ようやく支部長だとかいう、偉そうなやつに会えるとわかった。
ここまで来た甲斐があった。
女は扉を開くと、アイを引き連れて部屋に入った。
部屋に入ると、中は派手な色の照明で彩られており、なんと部屋の中央に巨大なベッドがあった。
そのベッドの中に、一人の男が横たわっており、それを挟むように、両側に女性の信者が二人ずつ、座っている。
分かりやすい悪徳教祖のイメージ通りだな、とアイは思った。
「次の者です。グレイス・グラスワーク。冒険者。ジェネティック、遺伝タイプの氷魔法使いです」
「ほぉ~……氷の魔法使いちゃんか」
男はベッドから起き上がると、信者を押しのけて、アイの方へと近づいてきた。
ゆったりとしたバスローブを身に着けた男は、眼鏡をした、水色の髪の毛の、すらっとした男性だった。
鼻は高く、目は切れ長だが、隈ができており、寝不足のようで、ルーズに見えた。
しかし、アイが勝手に想像していた悪徳教祖の太ったおじさんよりは、よっぽど若く、そんなことに手を染めている男には見えなかった。
しかるべき道に進めば、こんなことをしなくても、女性からの人気は高かっただろう。
「どうなさいますか?アキナス様」
アキナスと呼ばれた男は、値踏みするように、アイを色々な角度から見る。
チャンスだ。
実権を握っている奴が目の前にいる。
この時の為に、俺はここまで我慢して来たんだ。
アイはそう思い、タイミングを見てこの男を捕らえることに決めた。
「使えそうだな。あいつらに加える」
アキナスはベッドにいる女性たちの方を手で指し、そう言った。
「おい、手を握れ」
アキナスが手を差し出してそう言うと、アイは、迷わず差し出された手を握った。
「幸せかー?身体を幸せな感覚が駆け抜けてるだろ?」
アイはぼんやりとした振りをして頷いた。
「返事しろぉー?」
「はい……」
「返事をしたら気持ちがいいな?」
「はい」
「つまり俺の命令を聞けば気持ちがいい。わかるなぁ?」
「はい……」
アイは緊張しながら、アキナスが指示することに従って、演技していた。
もちろん、アイはいたっていつも通りで、身体も精神も正常だった。
おそらく、あのガスを吸い込んだ後にこうやって手順を踏ませることで、信者の女性を操っているのだろう。
ガスをまともに吸い込んだら、幸福感で満たされ、その幸福感の理由を、命令を聞いたおかげで得られた快感だと錯覚させることで、女性を操っているのかもしれない。
さっき案内していた女性が、ご褒美とか言っていたのも、その手段の一つかもしれない。
「よーし、いい子ちゃんだ。ベッドにおいで」
アキナスがそう言い、アイの手を引き、ベッドに連れていく。
ベッドに寝転がると、アキナスは、手で横に寝ろと示す。
アイは気持ち悪いと思いながらも横になると、手をアキナスの胸に置かされた。
「どうだ?幸せか?俺の傍にいられて」
「はい……しあわせです……」
できるだけぼーっとしたように、アイは答えた。
気持ち悪い。
そろそろか。
死ぬほど恥ずかしいが、もうそろそろやっていいはずだ。
アイは、魔法を発動して、小さな氷の刃を作ろうとした。
しかし、アキナスが突然アイを抱き寄せると、アイの思考は一瞬真っ白になった。
「あっ……?」
一瞬のうちに、アイは、首に注射針を刺されていた。




