44 ネロ
数日前。
ネロは不審に思っていた。
アイはすぐ解放されるとカラムは約束してくれたが、アイが投獄されてから、もうずいぶん時間が経つ。
ネロは、こうして何度もカラムに意見をしに行くのにうんざりしていた。
一端の騎士団員が、騎士団長に意見するなど、本来ないことではあるし、ネロもそういうことは本来したくないのだ。
しかしそんな真面目なネロも、アイのこととなると、動かざるを得ない。
アイ。
模擬戦でネロを負かした、貴族の令嬢。
ネロは、炎魔法を使う事だけは控えていたものの、剣の手加減をしてないにもかかわらず、ツンとしたような小綺麗な令嬢に、負けてしまった。
その時、ネロは悔しいとは思わなかった。頼まれても女性相手に炎魔法を使うつもりがなかったのは、カラムのように正確に制御して、アイに絶対に炎を当てない自信がなかったからだ。
それはネロの実力不足だと、ネロ自身は考えていたし、カラムは実際にやってのけた。
しかし、彼女は、ネロが手加減したことにして、とネロの耳元で囁いた。
悔しいとも思っていなかったが、騎士団のメンツとして、ネロを立てたほうがいいという考えが、アイにはあったのだろう。
ネロは、そこでまた、一つの敗北を喫したと思った。
そういう広い視野を、ネロは持ち合わせておらず、ただ自分とアイの勝負だと考えていたからだ。
もちろんカラムはアイと同じような視点を持っていたからこそ、自分もアイと戦って、勝つことを選んだのだろう。
その時、すぐにそう分かったわけではないが、しばらくずっとあの日のことを考え、ネロはアイが強く、美しく、聡明な女性だと思った。
それ以来、カラムという団長の婚約者ではありながらも、ネロは彼女のことを気にしないではいられなかったのだった。
「ああ、ネロか。どうした?」
カラムは書類仕事に追われているようで、一瞬顔を上げると、再び仕事に戻りながら、ネロに言った。
「お忙しいところ……アイ様の件ですが」
「アイがどうした?」
「すぐに釈放されるという話でしたが、まだ王国への誤解は解けないのでしょうか?」
「ああ、その話か。アイの釈放なら、無しになった」
「何故です?私の証言におかしなところでもありましたか?」
「いや。ネロ、君を信頼している。だが、アイは処刑することにした」
「はっ?!」
ネロは耳を疑った。カラムの表情はいたって真面目で、冗談を言っているようには思えなかった。
「何を言っているんです!理由を説明してください!」
ネロは激昂した。
ネロが詰め寄り、カラムの机を叩きながらそう言うと、カラムはようやくうんざりしたような顔を上げ、ネロの方を見た。
「アイは処刑する。彼女はマドレーヌを殺したからな。可哀想だが仕方がない」
「証拠を掴んだんですか?」
「君に話す必要は無いよ」
「はっ……はぁ……?」
話にならない。ネロの知っているカラムの姿ではない。
天と地がひっくり返っても、平気でこんなことを言う男ではないのだ。
もし、それが事実だとしたら、ネロに真っ先に話し、とても苦しそうな顔で、その事実を打ち明けるだろう。それが、ネロが知っている、カラムという男だ。
まるで、別人だ。
そうでないなら、もう一つの可能性は……
「作戦なんですね?俺には話せない……処刑したふりをして、アイ様を逃がす、そうですよね?」
「いいや。彼女は殺す。確実に」
違う。何かがおかしい。
もし、ネロに話せない理由があったとしても、少しでも愛着のある婚約者に対して、こんなむごい言い方はしないはずだ。
だとしたら、ネロの中で、可能性は一つに絞られた。
「出過ぎた発言をお許しください。処刑はいつ取り行う予定でしょうか?」
「確か明後日だったか……」
「ありがとうございます」
怒りで震える手を握り締め、ネロはカラムを殴りそうになるのを我慢した。
そして、すぐにカラムの部屋を出た。
時間がない!
明後日だと!
すぐに見つけなければ。
ネロは、騎士団の拠点の中を走り回った。
不審な人物、それもある特徴を持っている人物、そいつさえ見つければきっと、事態を解決できる。
そうしてネロは、ほとんどの場所を見回ったが、怪しい人物を見つけることが出来ずに、一日が過ぎた。
そして翌日、最後に残した可能性を確かめるため、ネロは副団長、キャロリンの部屋の前に立っていた。
キャロリンの部屋に入り、その顔を見た瞬間、ネロの疑いは確信に変わった。
「ネロ。どうした。団長にべったりの君が、珍しいじゃないか」
「すみません。どうしても尋ねたいことがありまして」
「どうした?」
「副団長。右目をどうされたのですか?」
今まで歴戦の戦士だというのに、顔に傷一つなく、美しさを保っていたキャロリンだが、つい先日までなかった眼帯を、右目にしていた。
「ああ。少しドジってしまってな。不甲斐ない。最近事務仕事が多くて、鈍っているな」
「生意気を言いますが、何も聞かずに、従ってください。それだけで、全てが片付く……眼帯を外してもらえませんか?」
「はは。女性の顔についた生傷だぞ。配慮が足りないんじゃないか、ネロ」
少し照れたように、キャロリンは言った。
「あまり人に見せたくはないのだがね」
「お願いします。俺を処分するならすればいい」
もう時間がないのだ。
ネロは剣の柄に、右手を添えた。
「ふふ……あははは!!!!」
上官に向かって剣を抜こうとするネロの覚悟を見て、キャロリンは突然笑い出した。
「そう、お前の思った通りだよ」
キャロリンは、眼帯を剥ぎ取った。
すると、赤く輝く独特の目が、いままでそこにあった茶色の瞳の代わりに、そこにあった。
カラムの明らかにおかしな様子、人が変わったところを見た時に、ネロは、操られていた時のアイを思い出していた。
カラムを操っている者がいる。
始めはルカを探していた。
しかし、目立たないようにカラムを操り、この近くに居続けることなど、ルカにできるだろうか?
ネロは、ミストが立ち去るときに言った事をはっきり覚えていた。
『ルカ君はどうやらその目にふさわしくないようだ。でもその目は悪くない。だから回収してこいとさ』
つまり、ルカは用済みだが、その目は回収する。
そこから考えられることは……魔眼の移植だ。
そうして他の団員達の目を、ひたすらネロは調べて回った。
そして最後に残ったのが、キャロリンというわけだ。
「なかなかどうして、やるじゃないか。ネロ。たかだか騎士団員の一人にしては、お前は動けすぎるな?」
「お褒めにあずかり光栄だが、こうなった以上は……」
ネロがそう言った時には、瞬時にキャロリンは机を跳び超え、距離を詰め、ネロに斬りかかった。
「ぐぁっ!」
脇腹を浅く斬られ、血が飛び散る。
ネロはそれでも後退しながら、剣を抜いた。
速い……!
さすが副団長だ。
「最期になるだろうから、教えてやる。この目で操れるのは一人だけ。だから残念ながら、お前は操れない。殺すしかない!」
キャロリンがそう叫んだ時、ネロは炎魔法を操り、部屋中を燃やし尽くした。
自然発火するように、壁が、床が、机が、家具が、爆発的に燃え上がった。
「なっ?!」
直接攻撃に身構えていたキャロリンは、突然視界が真っ赤に包まれて一瞬動きが止まる。
キャロリンが驚いている隙に、ネロは燃え盛る部屋を転がるように飛び出した。
自分さえも焼き殺しかねない危険な方法だが、キャロリンの一撃で実力差を痛感したネロは、迷わず実行した。
そして、部屋の外からもキャロリンの部屋の扉と、壁へ炎を放つと、ネロは必死で走った。
昨日のうちに、アイへの手紙を用意しておいてよかった。
脇腹の傷を押さえながら、ネロはそう思った。
もしかしたら、この拠点を出られるのは、アイ一人だけになるかもしれないから。
燃え盛る炎の中をゆっくりと歩き、キャロリンは自分の部屋を出た。
「案外思い切った行動をする男だ……」
正面切って戦うことを避け、部屋を爆発的に燃やして撤退したネロの適切な判断を見て、キャロリンは賞賛さえしたいほどだった。
「であれば、猶更、死んでもらわなくてはな」
キャロリンは、ゆっくりと、アイが捕えられた独房の方へと、歩いて行った。




