41 一難去って
アイは自室で、安全を守られながら待機していた。
自分の力不足も痛感していたので、氷魔法の練習でもしたいところだったが、部屋の出入りを見張られていてなかなか難しい。
自室の窓から外を見ながら、アイは思った。
この先、どうすべきかを考えよう。
まず、マドレーヌだ。
馬車に同乗していて、一緒に攫われたが、カラムとミストの交渉で、解放された。
不思議なことに、その時点ですでに、ミストたちの中では、アイの処刑とマドレーヌの解放は確定事項だったようだ。
そして、結社について。
今回の事件に裏で糸を引いている、結社。
奴らの目的も、何者なのかも、さっぱりわかっていない。どうにかして情報を得ないと、この先も命を狙ってくる可能性が高いだろう。
マドレーヌとなんとか話して、結社についての情報を、各方面から収集する。
そして、なんとかして身を守る手段も必要だ。
アイはある程度この先やることに目途を立てると、ため息を吐いた。
グレイは、大丈夫だろうか。実家でうまく、嘘をつけているかな。
間違っても、自白なんてするんじゃないぞ。
それと……ルカ。この話をすると、みんなが一斉に、まだ洗脳されてるとか、一刻も早く忘れろとか、そう言うが、ミストに連れ去られたルカは無事だろうか。
ルカは、私に事件を起こさせたあと、いつ殺してもおかしくなかったのに、生かしておいてくれたのだ。やはりその後どうなっているか、心配だった。
それにしても。
「まるで、もう没落しかけている悪役令嬢みたいだな……」
アイは呟いた。
悪役令嬢として、世に捌かれないよう、いい人間としての行動を心がけてきたつもりだった。周りに警戒をして、敵をつくらずに過ごそうと思って来た。
それなのに、アイが今置かれた状況は、どんどんと最悪の結末に近づいているかのように、悪くなる一方だった。
どうにも、開始地点があまりに詰みに近い状況だったと思えて仕方がない。
もっと早くから転生していれば、とは思わないが、マドレーヌとのいさかいを、より早めに避けることはできたはずだ。
「それでも、なんとかして暗い未来は避けないと……」
アイは諦めるつもりはなかった。
きっと、幸せに生きられる道を探してやると、心に誓った。
アイが屋敷へ戻って、ほんの翌日のことだった。
部屋の扉が、強く叩かれ、返事をする間もなく、ミルフィーユが押し入ってくる。
「お嬢様!!!大変です!」
「どうしたの、ミルフィーユ」
「カラム様が来ました!」
「あ、あぁ……」
アイはそれどころじゃなかったのですっかり忘れていたが、カラムも今回のことに巻き込まれた第一人物だった。
ネロから話を聞いて、ここへ飛んでくるのもおかしい話ではなかった。
婚約者だというのに忘れてしまうとは。本来は自分から出向くべきだったろうか?
アイは少しカラムに悪い気持ちになった。
「でも、カラムが来てくれただけでしょう?大げさだなぁ、ミルフィーユは」
「それが……普通じゃなくて……」
ミルフィーユに連れられ、アイが廊下に出ると、庭や屋敷の外まで、多くの騎士団員が詰めかけていた。
「うわっ……なんだこりゃあ……」
普段、カラムがアイの屋敷へ来るだけなら、こんな人数は連れてこない。
屋敷を取り囲んでいる騎士団員たちは、それどころか、しっかりと剣を携えて、完全武装だった。
広間へ降りると、何やらカラムと両親が口論していた。
「アイは帰ってきたばかりなんだ。今日のところはお引き取りくださらんか!」
「そういうわけにはいかないのです。これは公務だ!」
「アイをもう二度と、連れて行かせやしませんわ!」
アイの母親は泣きながら抗議していた。
アイは広間の階段を降り、両親とカラムの方に近づいた。
「アイ……本当に……無事だったんだな……」
先ほどの剣幕とはうって変わって、心配そうな顔でカラムは言った。
「カラム様。お久しゅうございます。ご迷惑をおかけしたみたいで……」
アイは、できるだけ丁寧に挨拶をした。
自分が誘拐されて、いろいろ迷惑をかけたのは確かだ。
「ところで……どうして、こんな大所帯で?」
カラムは顔を背けた。
「二人で話せないだろうか……」
アイの両親は、その言葉を聞き、猛反対した。
「二人でなんて、いけません、絶対に!アイが若いからと、丸め込ませはしませんぞ!」
「お父様、お母様……私は大丈夫だけど……」
アイはカラムと話すくらいなんてことなかったのだが、両親は事前に何かカラムから聞いたのか、断固反対していた。
「ぜったいに、ダメ!」
アイの母親がヒステリックに叫ぶ。
「ああ……ならば仕方がない……」
カラムはしばし顔を伏せ、そして覚悟を決めたように顔を上げると、言った。
「スクリーム家のアイ。君にはマドレーヌ誘拐、および殺害の容疑、また、自由都市国家連合における、数多の犯罪行為の容疑がかかっている……」
「え……?」
「アイ、君を逮捕、連行する」
騎士団員たちがなだれ込み、両親を抑えているうちに、無抵抗のアイの手を引いて連れ出した。
そこからの光景は、アイにはスローモーションにも見えたし、両親が叫ぶ、全部の言葉がただの音になったかのように、頭が働かなかった。
アイは手を紐で縛られ、馬車に乗せられると、騎士団の拠点へと、連れていかれたのだった。




